表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
連関のストラーダ  作者: やせんちゅ
第2章【風の止まった男】
17/26

第9話【風道】

(いや無駄じゃない!)

憐花は、そっと、一枚の紙飛行機を手に取り、

その風を感じる。

憐花(……今なら――届く。)

小さく、笑った。

憐花「もう大丈夫...」

「この想いが――あなたに風を吹かせるよ」

そして、

静かに、

その手から、

紙飛行機を放った。

まるで祈るように。

止まった世界に、

一陣の風を運ぶために――。

憐花が放った紙飛行機は。

碧斗のドリルの空洞の中を、

静かに、まっすぐに進んでいく。

灰色に閉ざされた世界。

止まった空気のなかで、

ただこの空洞だけが、

かすかに風を通していた。

紙飛行機は、

ドリルが拓いた道を、

ふわり、ふわりと進む。

その先には――

スルヴァ=トーンがいる。

けれど、

ドリルの輝きは、

もはや限界に近かった。

ギギギギ……ッ!

大地を震わせる音。

碧斗は、奥歯を噛み締める。

碧斗「……っ、頼む……!」

そして――

ドリルは、

音もなく、

砕け散った。

光の破片となり、

薄灰色の世界に、静かに溶けていく。

すべてが、

無に帰ろうとするなかで。

ただひとつ。

ただひとつだけ。

砕けた空間のなかから、

紙飛行機だけが、残った。

風に乗って、

小さな翼をはためかせながら。

スルヴァの目の前へ、

まっすぐに――

生きて、飛んでいた。

スルヴァは、目を見開いた。

止まった世界のなかで、

動くものなど、なかったはずなのに。

止まった自分に、

届くものなど、ないはずだったのに。

だが、

今。

砕けた螺旋の残骸のなかを、

ひとつの想いが、

小さな風に乗って――

彼に向かって、

確かに、飛んできていた。

スルヴァは、

震える指先を伸ばした。

恐れでも、拒絶でもない。

それは、

ただ、受け止めたいと願った、

はじめての、心からの動きだった。

そして、

紙飛行機は、

彼の掌に――

そっと、降りた。


スルヴァ=トーンの掌に、

小さな紙飛行機が、そっと降りた。

それは、

かすかな重みだった。

でも、

彼にとっては、

世界を変えるほどの、衝撃だった。

止まった世界に、

動くものなどないはずだった。

止まった自分に、

届くものなどないはずだった。

だけど今――

小さな翼が、

確かに、彼に触れている。

スルヴァは、

震える指先で、

そっと紙飛行機を撫でた。

冷たかった心に、

ほんのわずかに、

温かいものが滲んでいく。

……本当は、

動きたかった。

……本当は、

止まったまま、

終わりたくなかった。

過去の失敗が怖かった。

再び失うことが、怖かった。

でも――

この紙飛行機は、

何も求めなかった。

ただ、

憐花れんかたちの想いを、

静かに、静かに、

届けに来ただけだった。

スルヴァ「……俺は……」

かすれた声が漏れる。

動いてもいいのか。

また誰かを傷つけるかもしれなくても。

それでも、

また、風を受け入れてもいいのか。

彼は、

戸惑いながら、

その答えを探していた。

そのとき――

憐花が、

そっと歩み寄った。

重たかった空気が、

ほんの少しだけ、軽くなる。

憐花は、

にっこりと、笑った。

憐花「大丈夫だよ。」

その声は、

止まった世界に、

やさしく、

小さな音を立てた。

憐花「あなたが選んだことなら、

 きっと、それが――あなたの風になる。」

碧斗も、後ろから声をかけた。

碧斗「怖ぇなら、怖ぇって言え。

 オレたち、そんなことで嫌いになったりしねぇからよ。」

スルヴァは、

手のひらのなかの紙飛行機を見つめた。

止まった世界で、

たったひとつ、

風に乗ってきた、小さな希望。

彼は、

ゆっくりと目を閉じた。

そして――

ほんのわずかに、

心のなかで、

"動きたい"と願った。

それは、

誰かに押しつけられたものじゃない。

自分自身の、

はじめての、

自由な願いだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ