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連関のストラーダ  作者: やせんちゅ
第2章【風の止まった男】
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第6話【まだ届かない】

動かない空気のなかで、

憐花れんかは、紙飛行機を両手にそっと抱えた。

一歩、スルヴァ=トーンに近づこうとするたびに、

足取りは重く、

世界そのものが、彼女を押し戻してくるようだった。

碧斗あおとも、横で額に汗をにじませていた。

そのとき、憐花はふと気づいた。

――音が、ない。

風のさざめきも、

町のざわめきも、

自分の靴音さえも、

すべて、吸い込まれるように消えていた。

動いたはずの自分の影も、

わずかに、遅れて地面を滑っている。

まるで、

この空間そのものが、

「動くな」と命じているようだった。

呼吸するたび、胸が重く沈む。

憐花(……このままじゃ、まともに動けなくなる。)

体温さえ、ひんやりと冷めていくような錯覚。

碧斗が、低い声で言った。

碧斗「……悪い。オレ、そろそろヤベぇ。」

いつもは平然としている彼の表情が、

かすかに引きつっていた。

憐花は、ゆっくりとうなずく。

ここでは――

紙飛行機も、風も、想いすらも、

届かない。

まだ、その時ではない。

まだ、この風には、力が足りない。

憐花は、そっと紙飛行機を胸に抱きしめると、

碧斗に目配せした。

憐花「……戻ろう。」

碧斗「……ああ。」

ふたりは、重い足を引きずるようにして、

静かに、スルヴァのもとから離れていった。

背中に、スルヴァの視線が刺さることはなかった。

彼は、最初から最後まで、

ただ静かに座ったままだった。

世界の中心で、

自らを止め、

誰も寄せつけない孤独のなかに、沈んでいた。


森を抜け、町の外れまで戻ったとき、

憐花と碧斗は、ようやく、

まともに呼吸ができるようになった。

風が、かすかに、頬を撫でた。

憐花は、顔を上げる。

そこには、変わらぬ空が広がっていた。

けれど、

彼女の胸の奥には、

たしかに――

動かない男に届けたい、まだ小さな風が、

静かに、力強く、吹きはじめていた。

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