第5話【止める想い】
憐花は、そっと口を開く。
憐花「……あなたは、ここで、何をしているの?」
スルヴァは、微動だにしない。
しばらく間を置いて、答えた。
スルヴァ「何もしていない。」
憐花は眉をひそめた。
確かに、彼は、ただ座っているだけに見えた。
けれど――
憐花「この町……
水も、風も、人の心も、止まってる。
あなたのまわりだけ、特に。」
スルヴァは、表情を変えずに言った。
スルヴァ「……それがどうした。」
碧斗が、少し前に出る。
碧斗「どうしたもこうしたもねぇよ。
オレたちの知ってる"生きてる町"ってのは、
こんな死んだみたいな空気じゃねぇ。お前は何も感じねぇのかよ!」
スルヴァは、かすかに目を伏せた。
それは、答えを拒むというより――
自分自身の中に、すでに答えがあることを、
どこかで知っている者の仕草だった。
スルヴァは、じっと座ったまま、
何も言わない。
憐花は、
改めて町を見渡した。
建物は整っている。
道も、人の気配も、消えてはいない。
なのに――
すべてが、止まっている。
憐花(……生きているのに、動いていない。)
そして、
自分たちが歩いてきたときに感じたあの冷たい風。
それは、この大樹の根元――
スルヴァのもとから流れていた。
確かに、感じた。
碧斗も、周囲を見渡して言った。
碧斗「……この空気、オレらが感じた異変、
全部、あんたから流れてきてる。」
スルヴァは、否定しなかった。
ただ、目を閉じる。
その仕草が、
まるで「認める」代わりのようだった。
憐花は、
そっと前に踏み出す。
憐花「あなたが……この町を、止めてるの?」
スルヴァ「……俺は、何もしていない。」
そう言った声に、
かすかな、けれど確かな“意志”が滲んでいた。
スルヴァ「……ただ、ここに在るだけだ。」
それだけで、
世界は、静止してしまった。
動きをやめ、
風を失い、
流れを止める。
その事実が、
言葉以上に、この場所を支配していた。
憐花は、紙飛行機を拾い上げながら、
そっと顔を上げた。
スルヴァ=トーンは、
大樹の根元に静かに座ったまま、動かない。
憐花は、もう一歩、彼に近づこうとした。
碧斗も、少しだけ後ろで身構える。
けれど――
憐花「……っ。」
踏み出した足が、
信じられないほど重くなった。
まるで、
見えない何かに押し返されるような感覚。
手足の動きが鈍る。
呼吸さえ、うまくできなくなる。
碧斗も、顔をしかめた。
碧斗「……体が、重てぇ……!」
憐花は、必死に立ち止まり、
静かに問いかけた。
憐花「……これは、あなたの……?」
スルヴァは、目を伏せたまま、
静かに答えた。
スルヴァ「ソウルドライブ【グレイカーム】……俺に近づくほど、
物質の動きも、感情の動きも、
すべて、遅くなる。」
淡々とした声。
それは、脅しではなかった。
ただ――
警告だった。
憐花は、はっと気づく。
スルヴァは、
これ以上近づけばどうなるかを、
教えてくれている。
碧斗も、苦笑いしながらつぶやく。
碧斗「……そんなのありかよ。」
スルヴァは、無言で目を閉じた。
それは、
無意味な争いを避けたいという、
わずかな、
けれど確かな優しさの表れだった。
スルヴァ「……帰れ。」
その声に、敵意はない。
ただ、
深い、深い疲れと、
小さな、未練のようなものが滲んでいた。
憐花は、静かに紙飛行機を見つめた。
飛ばなかったこと。
届かなかったこと。
でも、
それでも、
心のどこかが叫んでいた。
――まだ、あきらめたくない。