表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/87

第57話 銀行


「銀……行?」


 ここが銀行だと言われて見上げたのは、城壁の見張り塔のような、円柱形の重厚な石造りの建物だった。ほんの小さな窓しかない、排他的なその佇まいが、まるで幽閉塔のような雰囲気を醸し出している。

 

 完全に閉じられた鉄扉の前に、屈強な男性門番が二人、立っている。


「次の方。六番、犬の部屋へドウゾ」


 まだ先頭は遠いが、門番の声が大きいので、案内の内容が丸聞こえである。しばらく聞いていると、どうも字が読めない人用に、動植物の名前がついた部屋へ案内しているようだった。屈強な男性から出てくる可愛い部屋の名前に、ほっこりしてしまう。

 

(一番から、羊、牛、フクロウ、カニ、猫、犬、鹿、ヘビ、馬、ヤギ、鳥、魚の部屋だな)


 ほんのりだが星座にも通じてる気がする。門番が案内する度にどんどん穴が埋まっていく感じが、いい暇つぶしである。


 メルカトはそんなライチの隣で、出金入金の仕方を丁寧に教えてくれていた。

 どうも、個室の中は、日本のパチンコ屋にあると聞く、顔の見えない換金所のようになっているらしい。


 ギルドカードと、出して欲しい・入れて欲しい金額を伝えたり提出したりして、待っていれば、中で処理をしてくれるようだ。

 円の中央側が、職員と金銭が動くゾーンで、客はそれらが見えない・関われない円の外側の個室から、職員に対応してもらうらしい。


 つい気になって、門番の声がする度に部屋の名前を調べながら聞いてしまったので、手順が少し怪しい気もするが、おおむね心の準備はできた……と思う。


「いける気がする。ありがとう。……ところで、いくらくらいの現金を携帯しておくのが妥当なのかな?」


「…………」


 あの優しいメルカトに、じっとりとした目で見つめられる。


「……あっ、ごめん、もしかして、言ってくれてた? 聞きそびれた、ごめんなさい」


 慌てて謝罪すると、メルカトがふっと笑った。


「部屋の名前が気になるんですか? 十二個全て、教えましょうか?」


 大人な返答に、再度頭を下げる。


「いや……部屋はもう分かったからいいんだ。ごめん、今度はちゃんと聞くから、もう一度出金金額を教えてください」


 くつくつと笑ったメルカトが、教えてくれた。


「通行料と食費、他にも必要な日用品を買ったりするのにも必要なんで、ケースバイケースで“これ”という金額はないんですが、二万Gほどおろしておけば、とりあえずは困らないのではないかと思います。盗難に遭ってもそこまで痛手ではありませんしね」


 二十万円……確かに、旅行先で考えると、現金のみで海外で買い物をしたり食事をしたり移動をしたりしようとするとしたら、ギリギリいい感じの金額な気がした。いや、盗難されたら普通に痛手だし、めっちゃショックだけどね?


「オッケー。それで出金してくるよ。ありがとう。

 このあとは大聖堂の孤児院に、この育児用品をもらってもらえるか聞きに行ったり、街を見学したりする予定だから、もう大丈夫だ、と……思う」


「そうですか。分かりました。困ったことがあったら、役所や、大聖堂の聖職者が、市民の困りごとの受け皿になってくれています。頼ってみてくださいね。……では、また後ほど」


 行く先は公営施設だし、出金する金額が分かっていれば、さすがに大丈夫だろうと判断されたようで、メルカトがライチをひとり立ちさせてくれた。再度お礼を言って見送る。



 とうとう、ライチくんのはじめてのおつかい、スタートである。


「♪ふ〜ふふん ふ〜ふ〜ふふんふん ふんふんふん ふ〜ふ〜ふふん」


 ついつい、誰にも内緒でお出かけする歌を鼻歌で歌ってしまう。


 ついに自由行動だ。所持金はカードの中に六千万円ほど。


 おつかいついでに、軽く家とか買っちゃおうかな〜?あは〜ん? なんて、脳内ジョークをひとりごつこともできてしまう。典型的なリッチハイだ。

 スピネラ村のあたたかな暮らしもとても良かったので、家を買って根を張るなら両方にしたいくらいだ。


(飛車っていくらするんだろう? 動かす魔力持ちさんを雇うのには、いくらかかるのかな?)


 家を二つ持って、クラフトと販売で片道徒歩七日の距離を何往復もしていたら、三十二歳のライチはあっという間に年老いてしまう。

 飛車でひゅーんと飛べたら最高なのに。


(それか、蒸気エンジンをクラフトして、道路整備をして、自動車でがっつり高速輸送できるようにするとか……)


 地球なら一九〇〇年あたりに、蒸気機関のエンジンが出来上がり、一気に産業革命が進んだはずだ。


 詳しい仕組みはよく分からないが、確か、蒸気を溜めてピストンを押す部屋と、その空気を水冷する部屋とが繋がってて、蒸気の圧によってピストンが動くついでに弁が開閉して、中の空気が加熱・冷却されて、うまくピストンが押し引きされて動き続ける……のようなシステムだったと思う。

 弁……ピストン……真空の部屋……石炭のような燃料……。


(……う〜ん、ここでそれが作れそうなイメージが全く沸かないな……)


 真空の部屋の溶接が甘くて、蒸気の圧でバーン!!と爆発しているイメージしか持てない。


 大体、権力の中心の貴族が、電気のような便利な魔力を使えるのである。ということは、最新技術の開発に金を出すパトロンは、たいてい魔力使用ベースの魔道具を作らせようとするわけで……。


(こりゃ、電気の発明とか、産業革命とか、めっちゃ遅れそうだなぁ……)



 あれこれ考えはしたが、特にいい案も思い浮かばないまま、ついにライチの番が来た。


「ギルドカードをここにかざして。……はい、ありがとうございマス。手を挙げて、ばんざーい。……はい、問題なし」


 声の大きな方の男性ではない、もう一人の屈強な男性に、ギルドカードのチェックと、ボディチェックをされる。敬語が苦手なのか、独特のカタコトさが耳につく。


「次の方。二番、牛の部屋へドウゾ」


 ライチの頭など、片手でぐしゃりと握りつぶせそうな感じの強そうな男性に、鉄のドアを開けてもらった。

 中に入ると、目の前にはもう一枚鉄の扉がある。一人で少し不安に感じたが、もはや進むしかないので、気合いで押して中に入った。




---




 中は静まり返った空間で、じめっとしていて薄暗い。

 正面には “← 一〜六   七〜十二 →” とイラストが添えられた木の看板がかかっている。

 ライチは左の外周廊下へ進んだ。


 右へ右へと曲がりながら、右手に見える個室の部屋番号が六……五……四……と減っていく。二番の牛の絵の部屋の前まで来ると、ライチは『ふぅ』と深呼吸をした。


 コンコン


 通された部屋だが、念の為ノックをして、少し待ってから部屋に入る。ドアには横にスライドするだけだが鍵がついていたので、しっかり施錠しておく。

 

 聞いていた通りの簡素な部屋だ。木製の椅子と小さな机。その机がピタリとくっつけられているのが、部屋の奥の石壁だ。

 机の高さに合わせて、スリットのように穴が空いている。スマホでも差し込まないと、中の様子は見えないだろう。


(パチンコ屋の換金所というか……囚人の面会室みたいな所だな。穴はないけど、個室だし)


 監視カメラもない世界、庶民の街で多額の現金をやりとりするには、これくらいのセキュリティが必要なのかもしれない。


(どうやって入口無しで内部に入り込むんだろう!気になる〜)


 こればっかりは、不審人物になりすぎるので誰かに聞くこともできない。地下で何処かに繋がっているとか、ハシゴで上って屋上などから入るとか、実は部屋数は十三あって、そこが出入り口になっているとか……色々と密室侵入の秘密を考えてしまった。


「本日のご要件は?」


 席に座ると、中の男性から声をかけられた。ライチより少し年上の人のように聞こえる。


「出金をしに来ました。ここでは他に何ができますか?」


「出金ですね。かしこまりました。当行ではその他に、現金のギルドカードへのお預け、納税などが行えます」


 なるほど。ギルドカードの金額を管理するハブがないため、振り込みなどはできない仕様のようだ。


「ありがとうございます。では、二万Gを出金させてください」


 横長の穴の向こうの男性に声を掛けると、スリットから長方形の木の皿が差し出された。


「二万Gですね。一万G以上、十万G未満の出金には、手数料三パーセントを頂戴しております。ご了承ください」


「えっ!!手数料三パーセント?!」


 それはメルカトから聞いていない。二万なら、九千Gを二回おろしに来る方がお得ではないか。


「さようにごさまいます。少額の出金は市民経済の活性化のために無償で支援させていただいております。また、十万G以上の出金は全て五パーセントの手数料となります。入金には一切手数料はかかりません。……出金金額を調整されますか?」


 なるほど、少額出金が無償なら、あれだけ行列ができるわけだ。


(三パーセント……二万Gなら、百パーセントで割って、かける三だから……)


 脇に嫌な汗をかきながら大急ぎで考える。個室で、行列が控えていて、目の前には異世界のベテランっぽい職員さん。焦る焦る。


(六百G!つまり六千円の損失!デカい!ナシ!もっかい並ぶ!!)


 メルカトがいたら見栄で六千円も損するところだった。一人でよかった。


「あ……すみません、それなら、九千Gの出金にして、また並んでもいいですか、お手間なんですが……すみません」


 バカ正直に説明しながら頭を下げると、ふ、と中の男性が柔らかく微笑む気配を感じた。


「九九九九Gの出金が二回でもかまいませんよ。ただし、一日の出金の上限は三回までとなっております。お気をつけください」


 とてもいい人そうだ。顔が見られなくて残念である。


「では、九九九九Gの出金をお願いします」


 ライチはそうお願いして、カチリと噛んだ個人認証済みのギルドカードを木皿に乗せて提出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ