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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第130話 フォークフォークフォーク


 父性切れと診断されたことにより、思ったより早めに解散になってしまった。


 大量生産系は風信の返事待ち。

 衣装作りは明日の予定。

 料理はサピダンたちの自主練中。

 大聖堂には行き過ぎてさすがに怪しまれる。


 ……ということで、久々に完全にフリーになったライチは、ずっと楽しみにしていたものの進捗を聞きに行くことにした。


(あれから五日くらいかな? フォークとか箸とか絞り器とか!フェラドのお父さんのところに寄って、今どんな感じか、見たかったんだよな)


 いい加減、領主領主領主のご命令ご命令ご命令……で、食傷気味だ。

 もう無茶ぶりはいい。

 箸を……箸を使いたい。

 箸を持って、ほっとしたい。

 日本が恋しい。というか家が恋しい。

 ロクの首のシワに溜め込まれたミルクゲボの、チーズの匂いを全力で嗅ぎたい……。


 荒地から、肥溜め池、郊外村……と抜けて、南門から街に入ると、すぐにフェラドのお父さんの工房に着く。


 以前来たときと同じように、南門から左へ曲がると、ひときわ大きな工房がすぐに顔を出した。鉄槌と火掻き棒の紋章が目に入る。


 下町らしく、門は開いたままになっていて、門番もいない。出会い頭に殺人ハンマーが爆速で飛んでくるような場所に、不審者は入ってこないのだろう。


 正面の小さな中庭に入って、ライチはようやく異変に気づいた。


「あっつ!」



 「それ持ってこい!」

  「湯、もういいぞ!」

「型を開けろ!」

    「おいそっちはまだだ!」



 以前のハーモニーが消え失せ、中庭であってもむせ返る熱気と、作業音と怒号で、工房全体が上に下にの大騒ぎになっていた。


「あのぉ〜……」


 正面の建物の開いた扉から、ライチはそっと顔を入れてみる。


「バカ野郎!死ぬぞ!!」


(へ?)


 鋭い声。誰に言ってるか分からず、呑気に右を見ようとした瞬間。


 ――ヒュンヒュンヒュンヒュン


 またも金属ハンマーが、回転しながら風を切って飛んでくるのが、視界の端に映り込んだ。


「だぁぁ!」


(今度こそ死ぬっ!!)


 反射的に身を引くのと同時。ハンマーはライチの鼻先をギリギリで掠めていく。そして、左にいた人物の手に吸い込まれていった。


「鍛冶屋に顔から入ってくるやつがあるか!誰だァ!この馬鹿は!」


 相変わらずの剣幕で、フェラド父が床に穴を空けそうな勢いで走ってきた。ハンマーが飛んできた方向だ。


「え、あ、すみませ――」


 言いかけたライチは、フェラド父の顔を見て固まった。


「や……やつれました?」


 たった五日で、頬がこけて、隈が酷いことになっている。髪もボサボサで、髭も伸びっぱなしだ。病気を疑うレベルである。


「お前ぇは……ラ……なんだ……そう! “スーパークラフター”とやら!」


(なんかフェラドがふざけて言ってたなそれ)


 バクテリアはともかく、自分の呼び名に“スーパー”がついているのは、三十過ぎの男として、いかがなものか。


「お前ぇがフォークを頼みに来てから、鍛冶屋と木工屋は地獄を見てんだ」


「えっ」


「フォークだよフォーク!フォークフォークフォークフォークフォーク!朝から晩までフォーク!」


 フェラド父が、両手を頭に乗せて天を仰ぐ。


「昨日も今日も明日もフォーク!とんでもない納期と数!」

「それは、悪いのは俺じゃなくてプルデリオさんでは……」


「おい、オヤジィ……持ち場離れんなって……」


 奥から、煤だらけの男性が一人、ふらふらと歩いてきた。

 前回来たときに会った、フェラドの兄の一人だ。


「あっ、最初のお客さん……」


 こちらも、あまり寝ていないのか、精気もなくボロボロである。


「お前ぇ……」


 フェラド父が、ゆっくりとライチの肩を掴む。


「一本作ってみるのと、死ぬほど作るのじゃ、わけが違うんだよ、分かっ、て、ん、の、か?!」


 そのまま物凄い勢いで前後に揺すられる。


「俺っ、は、試作、品を、」


(プルデリオさんに言えない愚痴を、俺に言わないでくれ〜)


 ライチが頼んだものが一本であることは分かっているようで、怒りを直接向けられている感はない。

 しかし、フラストレーションが滲み出てる、というか、立ち昇っている。


 その声を合図にしたように、奥から何人もの男たちが顔を出した。


「親方、俺から言ってやっていいっすか」「いや俺が言う!」「俺なんか毎日夢に出てきてんだぞ」


「わゎ……」


 思わず可愛くて小さい生き物のような声を漏らし、ライチが一歩後ずさる。気分はゾンビに囲まれた絶体絶命の生存者。


「お前ぇがフォークを頼みに来てから五日……俺たち職人はとんでもない目に遭ってるが、自覚はあんのかゴラァ」


 般若だ。般若がいる。お国的には悪魔か。


「えっと、もうちょっと納期をゆっくりにしてあげてって、プルデリオさんに頼んでみますから」


 あくまでも直接の原因はライチではない。……と、本人は思っている。


「馬鹿」「そういうことじゃない」「鍛冶屋舐めんなよ」


 よってたかって猛反発を食らってしまった。なぜだ。


「あー。地獄を見てはいるが、文句はねぇんだ。そこは誤解すんな。

 地獄だからこそ、とんでもない儲け話をもらったんで、死ぬ気で食らいついてるだけだ。商人組合長にチクんのは、絶対やめろ」


 フェラド父が一度トーンダウンして説明してくれた。

 なるほど。地獄の納期だが、儲かるから頑張っちゃってるよ、という状態らしい。さすが、プルデリオとアルジーナのコンビである。


 フェラド父が再度ライチの肩をがっしり掴む。


「だけどな? 地獄の元凶がのこのこ来たら、いかに俺たちが無茶振りをされてるか、お伝えしたくなるもんだ。……なァ、お前ぇら」


「そうだそうだ」「よくも軽々しくこんなもんを商人組合長に教えたな」「他の発注も待ってもらってんだ」「うまくできるまで、オレたちがどれだけ試行錯誤したか」


 不満の声が、ほうぼうからライチにかけられる。


(俺か?! 俺のせいなのか?!)


 ここまで言われると、段々自分のやり方が何かおかしかった気がしてきた。


(え、自分で使う用のカトラリーと調理器具を頼んだだけだよな?)


 よく分からないが、愚痴を聞く責任くらいはあるのかもしれない。


「そうだぞ、お前ぇ。責任とって、どれだけ大変か聞いていきやがれ!」


「ふぁい……」


 ライチは気の抜けた返事で受け入れた。

 

「まずは試作品だ!鉄を打って成形してみた!スプーンの端を切りゃできんだろってな」


 ――チャリン、チン、キン


 机の上に、何本ものフォークの試作品が投げ寄せられた。


「歯が細くて三本ある!」「しかも三本とも太さ、長さ、間隔を揃えろと!」「二本目を叩いてる間に一本目が潰れんだよ!」「さらに混じりもんだらけだから、こんな薄く細くしたら、すぐ折れんだぞ!」「口に入れる道具なら、鍋なんかと違って、ごく細かい凹凸も危険だ!」


「一本ならともかく、三百本、これをやるのは無理だ」


 比較的形の綺麗な鉄フォークを持って、フェラド父は言った。


「さ、三百……」


 確かに、一本ずつ繊細に叩くには多そうだ。しかし、なんとなく、現代人のライチからすると、プレス機みたいなもので、ポンポン鉄板から型抜きして作れば、すぐ出来そうな本数のように聞こえてしまう。


「フェラドの案もやってみた!鉄板から打ち抜きゃいいって話だ」


(おお、まさにそれ!)


「だがな、その“打ち抜く型”を作るのが大仕事だった。硬ぇ鉄で作らなきゃなんねぇからな」


「硬い、鉄」


 鉄にも硬さがあるらしい。何かの成分の含有量とかだろうか。


「で、作って、叩いて伸ばした鉄板の上に乗せて、ハンマーで打ち抜こうとしてみた」


「おおっ」


「鉄板がまだ厚かったんだろうな。しかもフォークは歯が出たり引っ込んだりしてやがる。ハンマーで叩いたって、力が散っちまって、鉄板は抜けねぇしで」

「先に型が潰れちまった」「オレの傑作が……」


 フォークの形のクッキー型のようなものが、無残にも潰れているものが机に放られた。


「他にも、部位ごとに打ち抜きするやり方も試したが、どうしてもどこかしらへしゃげちまう」


 ――キン、キン、チン


 失敗作が積み上がる。


「しかも、食器なら濡れて使うもんっしょ? 鉄だと、スズのメッキがちょっとでも剥がれりゃ、すぐにこんな風に錆びちまう」


 水につけて置いていたのか、すでに赤茶になり始めているフォークを、フェラドの兄の一人が手に取った。


「た、大量生産って、大変ですね」


 少数作るのと、「これをたくさんよろしく」では、わけが違うのだ。ライチにはそれがよく分かる。


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