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女神様の異世界管理局

作者: 速水ニキ

 女神の朝は早い。

 沈むことのない外の光を背景に、小さな羽を生やした天使達がラッパを吹いて起床の時間を告げる。


「……ふがっ」


 頭の中まで響くラッパ音に強制的に目覚めた女神ルナは昨晩いつのまにかソファに寝ていたらしく、上半身だけ床へと転げ落ちた状態で覚醒した。


 白銀の長い髪は妙な体勢で寝ていたことでボサボサに飛び跳ねており、乱雑に着ていたパジャマは今にもボタンが外れそうなまでにぐしゃぐしゃになっている。


 未だ残る睡魔と格闘しながら歯を磨き、ワイシャツとパンツに着替えて家を出る。


「ルナ先輩! おなようございます!」

「あ、エポナ。おはよう」


 家を出るとすぐ、見知った女神エポナに声をかけられ、ルナはさきほどまで閉じかけた両目を開き、頼れる先輩を装って凜々しい表情を浮かべる。


 後輩女神のエポナはスキップしてツインテールの赤色の髪をピョンピョン揺らし、ルナの腕に抱きついてくる。


「ルナ先輩今日も美しいです!」

「エポナも、今日も元気だね。昨日はバタバタしたけれど、ちゃんと眠れた?」

「ルナ先輩のおかげでそれはもう! あんのヘッポコ転生勇者が死ぬほど役立たずでにっちもさっちも行かないし。ルナ先輩が派遣してくれた別の転生者達がいて本当に良かったです!」

「たまたま別の世界に再転生してくれる人達がいたからね。毎度出来るとは限らないけれど」

「でも解決いただきました! ルナ先輩、今日はシフト何時までですか? 夜ご飯奢らせてください!」

「えー、そんなに気にしなくて良いのに」



 そんな二人が談笑しながら歩いていると、目的の建物に到着する。


 入り口には『異世界管理局』という看板が置かれており、二人が門を通ると、門の両端で警備服を着た小さな天使が敬礼する。


「お疲れ様です」

「お疲れ様ですー!」


 天使達に挨拶を交わして廊下を歩いて行く中、エポナが先ほどの天使達を肩越しで見ながら口を開く。


「なんか天使ちゃん達、役職に応じた服装をするようになりましたよね」

「まぁ、ちょっと前まで全裸だったものね。転生者達が見たときにクレームが入っちゃって、近頃のコンプライアンス的にどうだっけ、て神様達の間で改めて話し合って決めたみたい」

「もう、天国に来てまで決まり事あるの息苦しいー」

「いろんな時代の人が流れてくるからねー」


 そうこうしているうちに二人が別れる通路にさしかかり、自然とエポナがルナの腕を放す。


「それじゃ先輩! 今日のシフト終わったら連絡してください、他の子達も誘っておきますので!」

「あ、うん分かった」


 まだ昨日の疲れが残ってるから本当は早く帰りたいんだけどな。

 と、心の吐露を胸に秘め続けながら走り去っていくエポナに手を振る。

 いつもの時間通りにルナは職場に到着すると、複数の天使達が出迎えた。

 全員がスーツを着こなしており、その内の一人だけはファッションコーディネーターとして洒落たワンピースを着用し、両手にはヘアドライヤーとクシを握っている。


「お待ちしておりましたルナ様、さっそく準備にとりかかりましょう」

「えぇ、分かったわ」 


 鏡の前に座らされたルナにファッションコーディネーターの天使が手慣れた手つきでルナの髪を整え、その後ろでは残りの天使達がルナ用に準備していた女神の衣装を用意している。


 その様子を鏡越しに眺めていたルナは小さくため息をついた。


「毎度思うのだけれど、毎日ここまで準備するの、効率悪いと思うなぁ」

「何を仰います。現世から来た人達が最初に目にするのは女神様達なんですよ。いつだったかどこかの女神がジャージ姿のまま出勤して出迎えた時なんて、その転生者からクレームが凄まじかったんですから。転生先でも嫌な噂を流す始末でしたし」

「繊細な人多いものね、転生者」

「だからムードを大事にするんですよ、ムード。ルナ様はそれこそ女神感が高いのですから、ムードを守っていきましょう」

「女神感て、ちゃんと女神なんだけどなぁ私」


 などと半分愚痴をこぼしつつ、ルナの準備はあっという間に終わった。


 今朝とは打って変わってルナの長い銀髪はキューティクルでさらに輝きを増し、白と青を基調としたドレスは彼女の体にピタリとくっつき、そのしなやかな体型のシルエットを魅せてくれる。


 胸元と肩を露出させ、背中には外付けタイプの翼をつけ、その姿を見る者に「あ、なんか女神ぽい人がいる」とわかりやすく教えてくれる。


 鏡を見ながらふむ、と一つ疑問が浮かんだ。


「あれ? 頭の輪っか付けないの?」

「輪っかは最近のトレンドから外れてるかもしませんで。もちろんそれが好きな人もおりますが」

「そこまで気を配らないといけないんだ」

「死んで天国に来たての転生者は手厚く迎えるのが天界の方針ですからね。ちょっとした配慮のミスが方針にそぐわない結果になりかねません」

「世知辛いねぇ」



 全ての準備を終え、奥の扉を天使達が開き、ルナが向かった先には花畑と通路に真っ白なタイルが敷き詰められた広場が用意されていた。


 辺りには天使達が数名飛び回っており、抜け漏れがないか周辺を確認している。


 広場の中央に用意された台座にルナは座り、隣の小テーブルに置かれた天使の囁き(人間風にインカムと呼んだら天使達に怒られた)を耳につける。


 すると、準備中の天使達の声が一斉に流れ込んでくる。


『転生者来場まであと五十!』

『誰か羽、通路に落としてるよ』

『プロジェクター準備出来ましたー』

『天界の窓、な。転生者に聞こえたら風情が台無しだから気をつけろ』

『女神様、準備よろしいでしょうか?』


 最後にルナへの確認が飛ばされ、「うん、大丈夫だよありがとう」と短く答える。


 すると広場の明かりが一気に暗くなり、辺りに静けさが広がる。


 天使の一人が暗がりで片腕を上げ、全員の視線がそこに集まる。


「転生者来場まで、六、五、四……」


 最後の三秒は指を折って数えられ、零になると、ルナの目の前に光の柱が立ち上がる。


 光の柱が昇ると共に、青い炎をまとった魂が現れ、それは元の持ち主の姿形へと変形していった。


 現れたのは、二十代半ばの成人男性。髪は黒の短髪、黒縁めがねの中肉中背な体型だ。


 事前情報で彼、杉本俊哉(すぎもととしや)は日本で何やら年二回行われる漫画の祭典の帰りにトラックに跳ねられ、転生者となったとのことだ。


 日本でトラックに跳ねられる確率は異様に高く、どうにかならないものかと神々が頭を悩ませている。


 ルナの職務責任はあくまで転生者の担当となり、転生プランとその後のアフターケアなので、神々の悩みは一旦放念するが、何も悪いことばかりではない。


 トラックに跳ねられて天国送りになることがあまりにも高いゆえ、なぜか日本からくる転生者はこの後に何が起こるのか把握しているパターンが多い。


 ルナはゆっくりと台座から立ち上がり、両手を広げて杉本を迎える。


「ようこそ天界へ、杉本俊哉さん」

「お、うおおお! これってまさか、異世界転生前の女神との邂逅て奴か!」


 杉本は感動して目をキラキラと輝かせ、ルナや周りに飛んでいる天使達が神々しい雰囲気を出している様子を目に焼き付けている。


 杉本に限らずどうして転生者は死んだばかりなのに絶望もせずこんなに明るく振る舞えるのだろう、前世に未練はないのだろうか。


 それとなく彼らの価値観について心配しつつも、ルナは気を取り直して笑顔を振りまく。


「ご名答。私、女神ルナが貴方を異世界への転生を案内いたします」

「よっしゃあああ! どんなチート能力をくれるんだ!? それとも自分で選べるのか?」

「まぁまぁ、そう焦らず。プロジェクター……じゃなかった。天界の窓を」


 遠くで待機していた天使達が一瞬息をのみつつも、手元にあった水晶を照らす。


 ルナと杉本の間を阻むように宙に映像が映し出され、そこにいくつもの文字が刻まれている。


「まず貴方には三つの選択肢があります。現在の記憶を引き継ぎつつ、神の恩寵を授かりながら異世界へと転生するか、記憶を無くし、元いた世界で生まれ直すか、あるいは天界に残るか」

「天界に残る? 残ったらどうなるんだ」

「それはもう、新しい社会に再び身を投じて--」

『ルナ様何を口走ってるんですかぁ!!!』


 キーン、とノイズ混じりに天使が叫び、ルナはあやうくしゃがみ込みそうになるが、どうにか踏みとどまる。


「……こほん。天界に残って天使として新しい生活をしていくことになります」

「今新しい社会って」

「天界、です。こちらに来たばかりで激しく聞き間違えたのでしょう」


 どうにか笑顔だけは保たせ、杉本を説得する。

 腑に落ちない様子ではありつつも、彼の選択は既に決まっていた。


「俺の選択は決まってる! 異世界に行って無双人生をスタートさせること一択だろう!」

「分かりました。それでは異世界への転生お助けパック……じゃなかった。神の恩寵を貴方に選ばせましょう」


 ついつい昔のサービス名を言いかけてしまい、すぐに言い直す。


 固有名詞の変更は頻繁に行われており、どの名前が更新され、どの名前が現状維持されているのか時折混乱してしまう。


 その後の行程はつつがなく行われ、最後に杉本へ再び光の柱が落ちてくる。


「さぁ、行くのです、狂戦士にしてパティシエにして色男で特技がけん玉となった杉本。世界が貴方に祝福を与えんことを」

「よっしゃあああ! 行くぜええええ!」


 空へと昇っていく杉本が咆哮を上げながら消えていき、完全に見送ったあとルナはんー、と眉をひそめる。


「なんであんな変な組み合わせの恩寵にしたんだろ?」


 時々趣味に走って妙なお願いをする転生者もいるが、未だ彼、彼女らの意図はよく理解出来ない。


 ともかく、周りの天使達が「お疲れー」「次の転生者来る前に早くスモーク炊く準備してね」など、いそいそと動き始める。


 今日はあと三人の転生者のお迎えと、最後に二つほど野暮用があるくらいか。


 そう頭の中で今日のスケジュールを組み、ルナは次の転生者を迎える準備へと加わる。



 午前中の転生者のお出迎えを終わらせ、ルナは昼食もそこそこに次の仕事へと移る。


 それは転生者のアフターケアだ。


 転生者の主な使命は転生した先の世界を幸福に導くことだ。


 それは悪い魔王を倒したり、困っている人達の手助けや、文明を発達させて民草の生活を豊かにするなど、いくつも道がある。


 だが、その使命を全うするにあたって躓く者もいるため、ルナは時々担当した転生者達の様子を見に行く。


 今日に関しては目下の悩みの種である二人だ。


 一人目の世界に飛んだルナは、その世界に到着した瞬間に顔をしかめる。


「あちゃー、こうなっちゃったか」


 世界は雷雲と紫色の空に染められ、山ほどの高さもある巨大な城の頂上からは高笑いが聞こえ、その城の周りではボロボロの服を着た多くの市民が兵士らしき者達に監視されて労働を強いられていた。


 ルナは城の頂上へと飛翔し、玉座に座る男の前へと現れる。


「あのー、転生者様」

「おぉ、女神か! 久しぶりだなぁ!」

「……しばらく天界で様子を見ていたのですが、魔王を倒した後どうしてこのような世界になってしまっているのでしょう?」

「なぜってそりゃあ、魔王倒したら俺が王様になってくれって皆に言われたから、皆が生活しやすい世界を作ったに決まってるじゃないか」


 ぐびぐびと酒を飲みながら転生者は笑う。


「おぉい! 酒が切れたぞ! 酒、肉、女、この三つは絶対切らすなって言っただろ!」


 従者にそう叫ぶ転生者を見て、「うわぁ……」と素直にヒきながらルナはどうしたものかと考える。


「明らかにこの世界の皆さんが魔王が居た頃と同じかそれ以上に幸福度が低いのですが、今のやり方を変えることは出来ないですか?」

「何言ってんだよ! 皆喜んで俺の方針に従って動いてくれてんだから幸福に決まってるだろ。幸福度が低く見えるのはお前の主観だろ」

「いやいや、こちらは常に各世界の幸福度を監視してるので異常があればすぐに見れますので」

「んな細かいことどーでも良いじゃねぇか。そうだ、女神、あんた俺の嫁になれよ。俺と数日夜を共にすりゃアンタの幸福度も爆上がりよ」

「あっはっは、カスは転生してもカスになってしまうのでしょうか」


 ついつい頭に来て本音が出てしまうが、ルナはすぐに咳払いしていつもの調子に戻る。


「分かりました転生者。これが貴方の選択ということで受け止めましょう」

「なんだよもう行っちまうのかよ。つれねぇなぁ」


 後ろからぶつぶつと何やら言っているが、もうあいつのことはどうでもいい。


 ルナは空へと飛び、この世界を去りながら耳元に手をかざして天界へと声をつなぐ。


「こちらルナ。異世界番号八八三五を魔王統治世界と認定します。明日以降にそこへ勇者を派遣するか新しい転生者を飛ばします。転生者の使命は魔王の討伐とします」


 一方的に天界へそう報告を飛ばした後、深くため息を吐く。


「もう。この世界を救うために何年も時間かけたのに、どうしてまたやり直しになるのよ」


 そう吐露しつつ、次の世界へと飛んだ。



 次の世界は未だ魔王に統治された世界であり、この世界に転生者を送ったのはまだ三ヶ月ほど前だ。


 ルナはとある宿の一室、その扉の前に現れ、扉の向こうにいる転生者に向けてノックする。


「転生者様、いらっしゃいますか?」

「なんだよ、またアンタか……」

「はい、ルナです。もう冒険を辞めて二ヶ月経ちますが、また活動を再開される気になりましたか?」

「ウルセェな! もっと楽に仲間とか集まると思ったのに、全然じゃねぇか! ラノベみたいに美少女が勝手に寄ってくるんじゃねぇのかよ!」

「そう言わずに、ほら、宿の一階にギルドへの加入募集の張り紙がありましたよ。そこで新しい仲間に出会えるかもしれませんしーー」

「あーぁ、それ後でやる気だったのに、そんなこと言われたらやる気無くしちまうだろ、冒険する気失せたわ」


 ぐちぐちと文句を言う転生者にルナは拳をギュッと握る。


 チート能力授かってイキって新しい世界に降り立ったくせに、陰キャコミュ障のおかげでろくに人付き合いがうまく行かず、最後は爪弾き者にされた奴が何を言ってんだ。


 と、心の中でありったけの咆哮をあげつつも、深呼吸をしてどうにか押し止まる。


「そ、それよりもご飯食べました? 一人で閉じこもってると気が滅入りますし、一緒にご飯食べませんか?」

「ウルセェババア! どっか行けよ!」


 ドン! と向こう側から扉に何かが激突する。


 ルナのこめかみにピクピクと青すじが走り、今にも目の前の扉を蹴破って中にいる転生者を路上に吊し上げたい衝動に駆られるが、それもグッと堪える。


「また来ますね〜」


 引きつり笑いを浮かべながら宿を後にしつつ、天界へと再び声をつなぐ。


「あー、チョロそうな都合の良い冒険者の女の子数名を宿の付近に来るよう仕向けられますか? 異世界番号七六八一五です。転生者との接触頻度を増やしてみようと思いまして」


 苛立ちはさておき仕事は仕事。


 次の対応を打ちつつ女神ルナは天界へと帰還していく。



 天界に戻り、さっさと女神衣装を脱ぎ捨てた頃に、天使の一人から神様がルナを呼んでいるとの連絡を受けた。 

「お呼びでしょうか、ゼウス様」

「おー、ルナちゃ〜ん、お疲れちゃ〜ん」


 執務室に入って早々、モジャモジャの白髭の男神、ゼウスが出迎える。


 長い布一枚でその裸体を隠しているが、ファッションのつもりなのか、それともギリギリ布の長さが足りていないのか、右胸だけは露出しており、右乳首の強調がキツイ。


 見慣れた姿といえばそうだが、ルナは先ほどからのイライラを早く解消したく、目の前のおっさん、もとい、神の要件をさっさと終わらせたい心境にあった。


「いやね、転生者二名に苦戦してるって聞いてさ、進捗どうかなーって気になって」

「一人は魔王になって、もう一人は引きこもりになってしまいまして、さっきまで交渉に出てたのですが、どうも応じてくれそうになくて」

「えー、困っちゃうなぁ。世界救うのが僕たちの使命だしさぁ。ちゃんと救わないとうちのチームのノルマ達成遠のいちゃうよ?」

「対応として、引きこもった転生者には近くの冒険者との接触を試み、魔王になってしまった方には別の転生者を送る手配をしてます」

「前者は良いとして、後者はなぁ。手段としては分かるんだけどねぇ……転生者て僕らにとって資産、お金みたいな物だからさ、お金使って物ごと解決させるのって誰でも出来るからさ、やっぱ汗水流して功績あげることが健全だと思うんだよね」


 椅子に座って口しか動かさない奴が汗水流そうと言っても説得力皆無です。


 と喉まで出かける言葉を無理やり押しこみ、代わりのセリフを捻り出す。


「そうは言いましても、他の転生者を使わずして対応するとなると、それ相応の時間がかかりますし、コスト的に考えると他の転生者を呼び出す方が安くなりますよ」

「いやいや、だからその貴重な資産を使い続けるのが困るんだって。ルナちゃんがやるって言ったからお願いした案件なんだけどなぁ」


 お前がこの案件担当しろって言ったんだろ!


 今日何度目かも分からない本音が飛び出しそうになりながらも、女神ルナは慈悲の精神を己の魂におろし、「一旦、検討してみます〜」と鉄壁の作り笑いを出してその場を後にした。



 今日の仕事は終了し、あとは自宅へ戻るだけ、ともいかず、約束通り女神エポナと他の後輩達に引き連れられ、天界居酒屋の奥の席で後輩達の愚痴吐き大会の相槌役としてルナは召喚されていた。


「聞いてくださいよルナ先輩! また変な転生者が私の担当になっちゃって、ろくに魔王討伐しようとしないんですよ!」

「ルナ先輩、私もう本当に頭に来てるんです! あの男神、セクハラとパワハラが激しくて、どうやったら地獄に堕とせますかねぇ……」

「ルナ先輩〜、う……っ、えぐ……彼がぁ、う、私とはもう、ひぐ、別れた方が良いってー!」


 矢継ぎ早に降ってくる愚痴の雨に、ルナは「大変だね」「それはひどいね」「泣かないで」と献身的に一つ一つ返しながら、心の中で何かが吹き出そうになっていた。



「あーもーうるせえええ!」


 帰宅した頃には人間界的には午前二時を回っており、ソファへと身を投げたルナは仰向けになって天井に向かって吠えた。


「何が冒険に出ないだ、つべこべ言わず使命を全うしろ! 私が出来るって言ったから振った案件ダァ? お前が勝手に当てた案件だろ! 彼氏に振られたぁ? 知るか働け! 私にも愚痴吐かせろー!」


 虚空に向かって、およそ女神らしからぬ悲痛な叫びを出すも、疲れと睡魔が容赦なく襲い、ルナはいつの間にかソファで寝ることとなった。



 女神の朝は早い。


 沈むことのない外の光を背景に、小さな羽を生やした天使達がラッパを吹いて起床の時間を告げる。


「……ふがっ」


 頭の中まで響くラッパ音に強制的に目覚めた女神ルナは昨晩いつのまにかソファに寝ていたらしく、上半身だけ床へと転げ落ちた状態で覚醒した。


「は、早く行かなくちゃ」


 今日は初っ端からとある転生者のもとへ飛ぶ予定だ。


 未だ重い頭を揺らしながら、ルナはいそいそと準備をする。



「もう、僕なんかじゃ魔王を倒すことなんて出来ないんです。世界救うなんて無理なんですよ」


 朝起きたルナの一発目の仕事がこれだった。


 冒険の進捗率が悪い転生者がいるとのことで駆けつけたところ、案の定、仲間が出来ずに冒険を進めるどころか生活がままならない状況に陥っていた。


 件の転生者は冒険の道中、原っぱと林が生い茂る道のど真ん中で跪いて嗚咽を漏らしている。


「まぁ、まだまだこれからじゃないですか。一、二年そこそこじゃそんなにすぐ成果が出ないことがほとんどですし」

「でも、俺、前世でもダメダメで……こんなんじゃ転生した世界でもダメに決まってますよ……」


 ふー、とルナはその場で空を見上げた。


 一応、マニュアル上ここは転生者を励ますなり、一旦引いて経過観察するなり、別途申請は必要だが追加のチート能力を与えてモチベーション維持をするのが無難だ。


 が、にこりと笑顔を浮かべたルナは耳元に手をかかげて天界に声が届かないよう通信をオフにする。


「なら、辞めちゃいましょ、冒険者なんて」

「え?」

「向かないと思ったら辞めちゃえば良いんですよ。無理して続けて仕事に慣れたなーなんて思っても、それただ感覚が鈍ってるだけで本質は変わってないんですから」

「め、女神さん?」


 戸惑う転生者を無視し、「あー、だるい」と吐きつつ近くの木に背中を預ける。


「転生者さんは何かやりたいことないんですか? ほら、ゆるい日常ライフとか、ご飯作るとか、創作するとか」

「え? えっと……畑する、とか。したことないけど」

「良いじゃないですか、畑」

「でも、やったことないし、周りになんて言われるか」

「気にする必要ないですよ、そもそも転生者だから周りに知り合いいないですし。いたとしても貴方のことを四六時中考える人なんていないです、皆そんな暇じゃないです」

「お、おぅ」

「そうだ、なら他の転生者さん達がどんな冒険や他の職業についたか見に行きましょう。畑をされてる人たちもいるでしょうし、お仕事を続けるコツを教えてもらえるかも」


 うんうん、と一人納得したルナは冒険者へと手を伸ばす。


「それに、いろんな人を見て自分がやってきたことを振り返ると、辛いことばかりじゃなかったな、と良いことにも気付けるかもしれません」


 そう言った途端、ルナが伸ばした手がピタリと止まる。


 一生懸命サポートしてくれる天使達、珍しく差し入れをくれた上司の神達、笑顔で抱きついてくる後輩女神達、そしてどうにか立ち直って使命のために切磋琢磨する転生者達。


 様々な過去の情景が浮かび、自然と口の端が緩む。


「あ、ありがとうございます」


 そしてまた一人、転生者がルナの手を取り立ち上がる。


「あの、じゃあ、女神様がお仕事を続けられる秘訣て何ですか?」


 早速の質問を女神に投げてきた冒険者へ、ルナは笑顔を返す。


「それは、今しがたもらったばかりです」



 とある少女の夢を見た。


 前世で命を落とし、天界で目覚めた少女は全裸の男神のナニを見せつけられながら問われる。


「あー、君に選択肢が二つある。現在の記憶を引き継ぎつつ異世界へと転生するか、記憶を無くし、元いた世界で生まれ変わるかだ」

「え……そんなこと言われても……」

「うーむ、前世の世界居心地悪そうだったものなぁ。かと言って今の記憶引き継いで他の世界行っても、何の能力も無しだとすぐ行き倒れるしこちら側が出来る手助けもないしなぁ」


 急な展開にオドオドする少女に全裸の神はふむと何かを思いついてポンと手を叩く。


「君、うちで働いてみる? 人手が足りないし」

「こ、ここで?」


 そこで急に二人の声が遠ざかっていき、情景もボヤけていく。


 気づけば夢は覚めていき、遠い昔の少女の姿もやがて消えた。



 女神の朝は早い。


 沈むことのない外の光を背景に、小さな羽を生やした天使達がラッパを吹いて起床の時間を告げる。


「……ふがっ」


 頭の中まで響くラッパ音に強制的に目覚めた女神ルナは昨晩いつのまにかソファに寝ていたらしく、上半身だけ床へと転げ落ちた状態で覚醒した。


 何だか懐かしい夢を見た気がするが、内容は忘れた。


 心なしか今日は頭が冴え、肩も軽い。


「よーし、今日も働きますか」


 そうして今日も女神様は異世界管理局へと足を運ぶ。

頭を空っぽにして久しぶりに短編を書いてみました。女神様て大変だったりするのかなー、と適当な想像を膨らませつつ。ご感想などありますと嬉しいです。

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