仮面の集団
宿屋にチェックインして自分の部屋に入ったアルは糸の切れた人形の様にベッドに倒れ込んだ。
ナーマとの遭遇と一日中歩き続けた事での疲労が限界に達していた。その所為か、アルはそのまま意識を手放して眠りについた。
深夜になり、月明かりが窓から射す中、アルが飛び起きた。そしてガタガタと体を震わせながら膝を抱えて顔を膝の間に埋めてしまう。
「俺のせいだ……」
「俺のせいだ……」
「俺のせいだ……」
ぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。昨夜、キャラバンが悪魔に襲われて沢山の人が死んだ。ナーマという悪魔は大魔王の魔力に興味を持っていた。つまり、アルさえあの場にいなければキャラバンは壊滅しなかったかもしれないのだ。その事を考えると、アルは心底自分の存在が嫌になってしまう。
いつもならアルがここまで不安に駆られる前にジブリールが子供をあやす様にアルを抱きしめてアルを肯定する言葉を掛けているのだが、今夜はジブリールも疲れ切っていてアルの異変に気付かずにいた。
それは仕方のない事だった。ジブリールはナーマの魔力に影響されて魔力暴走を起こし掛けたアルの魔力を吸魔しつづけた影響で普段よりも弱ってしまっていた。
ベッドの隅でうずくまっているアルに、何処から現れたかわからない人影がアルを優しく抱きしめた。
「そんな顔をしないでくださいませ」
部屋に突然現れた影の主、ナーマによってアルの大魔王の魔力が刺激される。
「うぁぁ!」
苦しむアルを見たナーマはアルの身体の自由を奪い、身体を撫でまわす。
撫でられるたびに魔力が反応し、理性を失っていくアルを見て愉悦の笑みを浮かべるナーマ。
「苦しいの? あなたの大魔王の魔力をたっぷり吸い取ってあげる」
そう言うと、ナーマはアルの顔を両手で包み、顔を近づけて口づけをしようとした時、街の警鐘がけたたましく鳴り響いた。
警鐘を聞いて飛び起きたジブリールがアルの部屋へ勢いよく飛び込んだ。
「アル! 大丈夫ですか!」
「あら、邪魔者が来ちゃったわね」
部屋に飛び込んだジブリールの目に映ったのは、アルに夜這いを掛けようとしているナーマの姿だった。
「外の騒ぎは貴女の仕業ですか!」
「この騒ぎは私じゃあないわ」
「でわアルに何をしようとしてたんですか! というか早くアルから離れなさい!」
威嚇する様にジブリールは剣を構える。
抵抗すると思っていたが、ナーマは素直にアルから離れる。
ナーマがアルから離れると、ジブリールは駆け足でアルの元まで行き、アルの状態を確認する。
「心配ないわぁ、まだ何もしていないから」
「信じられません! アル! アル!?」
ジブリールに肩を揺すられてアルの意識が正常に戻る。
その姿を見て安堵の息を吐く。
「ジブリール! 俺の所為でキャラバンの皆が!」
「大丈夫です、アルの責任ではありません。だから自分をあまり責めないでください」
「……ああ」
目をつむりゆっくりと深呼吸をする。
「よし! もう大丈夫だ、心配かけてすまない」
「いえ、いいんですよ。それよりも今は外が気になります」
「確かに。まさかまた魔族の仕業なのか?」
そう言ってナーマへ視線を送る。
「先程も言いましたけど私ではありませんわ」
「本当か?」
「貴方に嘘は吐きませんわ」
「そうか、今はその言葉を信じよう。ジル!」
視線をジブリールに戻す。
ジブリールもアルと視線を交わす。
「この騒ぎの原因を探るぞ」
「はい!」
アルとジブリールが一緒に部屋から出ると、何故かナーマも付いてきた。
「なぜ貴女が着いてくるのですか?」
「興味があるだけですわ」
「なら、邪魔だけはしないでくださいね」
「はいはい、わかりましてよ」
宿から出ると、逃げ惑う人々で溢れていた。そしてよく観察すると、人々は中央広場から逃げている様子だ。
すぐに3人は中央広場へ向かって駆け出した。
通路のあちらこちらで人が倒れている。だが、今は救助をするよりも騒ぎの原因を突き止めるのが先決と判断し、髭惑う人々をかき分けて広場を目指す。
ようやく広場へ到着したアル達の目に映ったのは、羊の仮面を被った集団が、見境なく人々を襲っているところだった。
その光景を見ていち早く動いたのはジブリールだった。
一番近くに居た仮面の人物に切り掛かった。
数舜遅れてアルもジブリールに追いつき、他の仮面と対峙する。
アルは腰に携えた立派な剣を鞘から抜き放ち、そのままの勢いで仮面の一人を一薙ぎで切り伏せる。アルの剣術はジブリールから教わったものだが、いまだに模擬戦ではジブリールに勝てていないが、仮面の敵程度ならアルの敵ではなかった。
ジブリールとアルの二人が連携し、次々と仮面の集団を倒していく。
「ふぅ、だいぶ片付いたな」
「はい、ですが油断しないでください」
「分かってるさ。アイツだけは別格みたいだしな」
そう言ってアルとジブリールが視線を送った先には一人の仮面を被った敵が佇んでいた。
男とも女とも分からない仮面の人物は、仲間がやられたというのに一切の動揺をみせない。
すると、ずっとアル達を見ていたナーマが二人に合流した。
「アル様、魅了は発動されてますか?」
「あいにく自分で制御出来ないんでな、ずっと発動してるよ」
「なるほど。アル様の魅了が効かない相手ですか」
ナーマはチラッとジブリールを見て、すぐに視線を元に戻す。
「何か言いたいのですか?」
「いいえぇ。ただ、今回はアナタの同族って訳ではないみたいねぇ」
「それがどうかしたんですか?」
「可能性の話だけどぉ、今回は私の同族のようですわ」
「はぁ~、また貴女関連ですか」
「あくまでも可能性の話よ。ねぇ、そこの仮面さん、あなたは何処の誰さんかしら?」
ナーマが問いかけると、今まで口を開かなかった仮面の人物が言葉を発した。
「大魔王の魔力……、アルファードには死んでもらう」
その言葉を聞いた3人が一斉に臨戦態勢になった。