訓練開始
街を出て街道沿いに歩く三人。先程の街では危うく英雄にされるところだった。アルの最終的な目標なら、ここで英雄として名を売っておく方が後々役に立ったかもしれないが、今のアルはそう考えていなかった。滅びたグレイス王国の第三王子と知れれば、何の後ろ盾も無いアルでは英雄よりも災厄を齎した国の生き残りとだけ認識されてしまうと考えたのだ。アルは一刻も早くニブルヘイム王国の後ろ盾が欲しかった。
後ろ盾とは他に、ナーマが仲間になった事で魔力操作を教わる事が出来る様になった。この事はすごく大きな意味を持つ。もしかしたら、自力で大魔王の魔力を消し去る事が可能かもしれないからだ。
アルそんな期待を込めてナーマに問いかける。
「ナーマ、魔力操作ってどうやってやるんだ?」
「その前に、アル様はどの程度魔術を使えますの?」
「小さな火を出したり、水を出したりくらいだな」
「実際に使ってみてください」
「おう!」
アルは立ち止まり右手に魔力を集め、落ちている小枝目掛けて魔術を発動する。
≪|火よ熾れ《ファイア》≫
アルの手の地らからこぶし大の炎の塊が飛び出し、ゆっくりと小枝に当たり、小枝に火が付いた。
「次は水だな」
そう言って先程と同じように魔力を集め、燃えている小枝に向かって魔術を使った。
≪|水よ猛れ《ウォーター》≫
こちらもまた先程の様に手からこぶし大の水の塊が飛び出し、ゆっくりと燃えている小枝に当たり、火が消えた。
今できる魔術を使い終わり、ナーマに振り向く。
「どうだった俺の魔術は?」
そう聞かれたナーマは言葉を選ばずにズバリと言った。
「全然ダメですわね。到底魔術とは言えないですわ」
ナーマが直球のダメ出しをすると、アルは何故か喜んだ。その姿にナーマは首を傾げるが、ジブリールはアルの性格を知っているので特に驚く様子はなく、地図と睨めっこをしていた。アルは壁にブチ当たると、どうその壁を超えるかと燃える性格だった。
アルは興奮気味にナーマへ質問する。
「一体何がダメだったんだ? どうすれば上達する?」
「そうですわね、やはり魔力の流れが遅すぎますわ」
「そうなのか、自分じゃわからないな」
「あの程度の魔術なら❝溜め❞は必要なく使えますわ。このように」
そう言うとナーマが空に手をかざすと魔術を行使した。
≪火よ熾れ≫
≪水よ孟れ≫
立て続けに二つの魔術を放つ。ナーマの手からはアルと比較すると同じ魔術とは思えない程大きな塊が飛び出した。空に放たれた火球と水球が空中でぶつかり、お互いがお互いを相殺して、空には水蒸気がもくもくと立ち昇った。
ナーマの魔術を見て、アルは感嘆の声を挙げる。
「凄いな」
「この程度、魔力操作が出来るようになればアル様ならもっと威力が出せますわ」
「マジか! 早く! 早く魔力操作を教えてくれ!」
「ではアル様にはまず魔力維持をして貰いますわ」
「魔力維持?」
「ええ」
ナーマは手のひらを上に向け、《ウォーター》と魔術を行使した。先程の様に勢いよく水球が飛び出すかと思えば、水球はナーマの手のひらの上でふよふよと浮いているだけだった。
「アル様にはこれを最低1時間は維持できるようになってもらいます」
「お、おう!」
言われた通りに手のひらを上に向けて魔術を行使する。だが、ナーマの様に浮遊するわけではなく、空に向かって打ち出されてしまった。打ち出された水球が地面にパシャリと落ち、アルはナーマを見る。
「どうやって射出させずに維持するんだ?」
「それはイメージですわ。術を行使する時に手の上で維持しているイメージが大切ですの」
「なるほど、イメージか……」
今度は手のひらの上で水球が浮遊しているところを強くイメージして魔術を行使した。すると、水球はナーマの様に手のひらの上でふよふよと浮遊した。
「やった! 出来たぞ!」
と喜んだ瞬間、水球は只の水となって手のひらから零れてしまった。
それを見たナーマが嗜虐的な笑みを浮かべ、アルに助言する。
「先程も言いましたが、水球を最低1時間は維持出来るようになってくださいまし」
「まじか……」
一度成功したからこそ理解できる。この訓練は地味に見えて、かなりキツい。水球を維持する為に魔力を放出し続けなければならない。かといって魔力を強めてしまうと打ち出され、弱めると零れてしまう。絶妙な魔力量を常に放出し続けなければならないのだ。
「頑張ってくださいまし」
とアルに言葉を掛けると、ナーマは未だに地図と睨めっこをしているジブリールの方へと行ってしまった。
街を出てからひたすら街道沿いを歩き、もうすぐ日が沈みかけていた。ジブリールは野営が出来そうな場所を探しに行き、ナーマは暇そうに木に寄りかかっていた。
アルはというと、絶賛水球の維持の練習中であり、今日一日何度も失敗しては再挑戦を繰り返していた。そして、今手のひらの上にある水球は、発動してから30分程が経過しており、ようやくこの訓練の折り返し地点まできていた。
「ぐぬぬ……あと半分か……!」
アルが必死に水球を維持している姿を遠目で見ながら、ナーマはアルの魔術の才能に驚いていた。教えた水球の維持は確かに初級の訓練だが、10分も維持出来れば一人前と言われている。それを今朝から始めたばかりのアルはその3倍も維持している。勿論、大魔王の魔力を制御しようとしたら、生半可な魔力制御では適わない。だからこそ1時間という難易度にしたのだが、アルの成長スピードには畏怖さえ感じたのだった。
「あっ!?」
アルの水球がパシャッと零れてしまった。はぁはぁと肩で息をするアルにナーマが近寄り声を掛ける。
「惜しかったですわね」
「やっぱり難しいな。でもコツみたいなものを掴んだ気がする」
と言ってもう一度挑戦しようとするアルをナーマが止める。
「今日はここまでにしておきましょう。魔力も使い続けてしまうと暴走する危険もありますわ」
「くそ、明日こそ絶対1時間達成してやる!」
「意気込むのも良いですが、ジルに感謝してあげなさいな」
「ジルに?」
「今日はずっと彼女が地図を見ながら先導していたんですの。それに今は野営できる場所を探しに行ってますし」
「そうだったのか、ジルには迷惑かけちゃったな」
と言っている間にジブリールが返ってきた。魔術の練習をしていないアルを見ると駆け足で傍まで来た。
「アル、もう訓練はいいんですか?」
「ああ、やり過ぎは良くないってナーマに言われてな」
「そうでしたか」
「それよりも今日はずっとジルに任せっぱなしで悪かった」
「いえ、大丈夫ですよ! 私はアルの従者ですから。それよりも野営が出来そうな広場があったので今夜はそこで夜を越しましょう」
ジブリールの案内で、街道脇の森の中にぽっかりと開けた場所へ移動した。そしてアルとジブリールは手分けして野営の準備をする。旅に出てから数年、こうしたものにも慣れたものだった。
焚火を起こし簡易的なスープで腹を満たす。後は寝るだけとなった時にアルは違和感を感じた。
「あれ、いつもの結界は張ってないのか?」
「はい。結界を張ってしまうと悪魔であるナーマがはじき出されてしまうので」
と言いながらジブリールはナーマを見る。その視線を感じ取ったナーマが補足する。
「私は適当な場所で過ごすと言ったんですのよ? ただジルが強引に連れて来たんですの」
「一応仲間なんですから一緒に居た方が良いでしょう?」
「そうですわね。結界がなくてもリリス達に周囲を警戒させておきましたからアル様は心配なさらないでください」
アルはジブリールのナーマは仲間発言に驚いた。最初はあんなに警戒していたのにいつの間に仲が良くなったんだろう。おそらくアルが訓練に夢中になっている間だろうが、どんなやり取りをしたのか気になったが、ここでそれを聞くほど野暮ではなかった。
「そっか。ナーマには色々感謝だな」
「いえいえ、これも契約の内ですわ」
「じゃあそろそろ寝るか。二人共おやすみ」
一日中魔力訓練をして疲れていたアルは早々に自分の寝床に入った。そして数分もしない内に寝息が聞こえて出した。
月明かりが広場を照らす深夜、一つの影がアルの寝床へ近づいていく。その目的は定かではないが、その人物の瞳には深く眠りにつくアルの姿が映っていた。




