聴取
奥の扉が開いて、貴族らしい豪華な服を着たがっしりした男が護衛の兵士と共に入ってきた。マーリング郷主だ。
郷主が椅子に座ると、護衛はその後ろに立った。笑ったところを見られたバレッシュは、慌てて顔を引き締め背筋を伸ばした。
「バレッシュとロニー、ユバ親子の両脇に座れ」
「は、しかし…」
戸惑うバレッシュに、郷主は手を振った。
「今日はお前たちも聴取対象だ。それに、ヘルミネンの娘が緊張しきっておるではないか。あれでは聴取に差し支える。せめてお前たちくらいは気分を緩めておれ」
入室前の会話が郷主に聞こえていたらしい。
「仰せの通りに」
護衛の任を解かれたバレッシュとロニーは、リラックスした様子でサロモンたちの両側に座った。
ロニーは、ハンナマリに手を振って笑って見せた。だが、ハンナマリは、まだ緊張が解けないようだ。
そんなハンナマリを見た郷主は、苦笑いをした。
「では始めよう。サロモン・ユバ殿、まず、あなたの警告を聞かせていただこうか」
サロモンの話の内容は、バレッシュとヌーティにより昨日した話と同じであることが証言された。
サロモンの家族や生い立ちについては省略されていたが、ヌーティも、それについては不要と考え見逃した。
ハンナマリは、サロモンの話を顔に恐れを浮かべて聞いていた。昨夜父から大筋を聞いていたので平静を保てたが、当事者の言葉で聞くと、父の軽い語り口とは違って、恐ろしく、終いには父にしがみついていた。
アルヴォの話は、ハンナマリが街灯点灯のために家を出たところから始まった。事実はハンナマリが覚えている通りだった。話半分に聞いていた護衛という言葉も、アルヴォの視点から語られると真剣なものだったことが分かる。
反省したハンナマリは、後でアルヴォに謝ろうと思った。だが、ハンナマリが扉でロニーを吹っ飛ばした時のことまで詳しく語られると、そんなことはきれいに忘れてしまった。
アルヴォの発言が終わり郷主が子供たちに退室を命じた頃には、当初の緊張はすっかり解れたが、アルヴォに対してぷんぷんと怒っていた。
「組合長の娘は面白いな」
郷主は、怒って赤くなったハンナマリを見送りながら、そう笑った。
「恐れ入ります」
ヌーティは、本当に恐れ入っていたが、郷主は楽しそうだ。
「バレッシュとロニー、尋問は終わりだ。任務に戻れ」
郷主が手を振ると、二人は素早くサロモンの後ろに立った。
「さて、ユバ殿、あなたの警告についてはよく分かった。西の国で起こったことを、残念に思う」
「仰せの通り、実に残念なことでした」
話すことにより記憶を新たにしたサロモンは、唇を噛みつつ答えた。
郷主は、椅子に深く座り直し、話を続けた。
「私は、この国でそのようなことが起こってほしくはない。少々時間を取らせることになるが、さらに詳しく聞きたい。私がこの国の現状を説明するので、あなたの国やその周辺国の状況と比較した意見を述べていただきたい」
サロモンは、郷主に話を真剣に聞いてもらえただけでも満足だったが、魔法排斥に至った西の国の実態をさらに詳しく知らせるのに否やはなかった。
「仰せの通りに」
郷主は、サロモンを真っ直ぐに見据えて、話を始めた。
「現在のマーリングでは、いろいろなところで当然のように魔法が使われているが、以前はこうではなかった。魔術師は主に貴族に仕えており、武士と同じように町や国を守るための存在だった。一部には平民相手に商売をする魔術師もいたが、報酬が高いため顧客が非常に限られていた。
マーリングに限らず、この国ではどこでもそのような状況だった。あなたの生国のサンデでも同じだったのではないか?」
「はい、同じでございました。魔術師は、基本的には軍務につきます。お話したように、仕える主人の命令で普請のようなこともいたしましたが、それは例外でした。軍に所属しない魔術師もおりましたが、貴族や豪商の依頼を受けることを生業とするのであって、一般の平民相手の商売をするような魔術師はおりませんでした」
「やはりそうか。魔術師の置かれる立場はどこの国でも変わらぬものと見受けられるな」
「はい、そのようです。サンデのみならず、その周辺国でも同じでした」
「だが、十五年ほど前にヘルミネン夫妻がこの町に来ると、ここマーリングではその事情が一変したのだ。ヘルミネンの妻ハンナは、一級の魔術師だったにもかかわらず、貴族に仕えず、また、貴族相手の商売もせず、平民に魔術を提供し始めた。やはり高価ではあったので、それだけならば魔法がこれほど普及することはなかっただろう。
しかし、ヘルミネン夫妻は、予備呪文と言うものをもたらした。ハンナの予備呪文を使って魔法を安価に提供し始めたのだ。サロモン殿は、予備呪文と魔法職人については聞いているのだったな?」
「はい。昨日ヘルミネン氏自身から聞きましたし、先ほどお話した通り、息子のアルヴォはヘルミネン氏のお嬢さんがその仕事をするところを見ています」
サロモンが返事をしてヌーティに目をやると、彼はゆっくりうなずいた。ヌーティも、郷主の前では軽口を挟んだりしないようだ。
郷主は、話を進めた。
「ヌーティとハンナは、私に魔法職人について説明し、魔法職人組合の設立の許可を求めた。許可すると、ヌーティは十数名の魔法職人を育て、ハンナの予備呪文と併せて、まるで十数名の魔術師がいるかのような成果を上げ始めた。
これには私も驚いたものだ。魔法職人になるには、魔術師ほど希有な才能を必要としない。従って、魔法職人の費用は、魔術師のように高くない。そのおかげで、産業を担う平民にも利用できるようになった」
郷主から視線を向けられたヌーティが補足した。
「魔法職人の報酬は、魔術師の何分の一かに過ぎません。普通に人を雇うよりは高いですが、より多くの仕事をこなせるので、結局かなり安上がりということになります」
郷主はうなずいて、話を続けた。
「マーリングの土地は砂糖芋の栽培に向く。昔から製糖工場があり、大事な産業になっていた。砂糖産業には大量の熱源が必要だ。だが森の木をそればかりに使うと、町民の暮らしや、他にもいろいろと支障が出る。配分のバランスを欠くと、利益を損ない、治安の悪化を招き、政情が不安定になりかねない。そのため、思うように拡大できなかった。
しかし、魔法職人により熱が潤沢に供給されるようになると、そのような心配が無くなる。製糖業は、今でははるかに大きな規模になり、マーリングは、周辺国も含めて砂糖の一大生産地になることができた」
サロモンは、郷主が言葉を切った隙を捉え、昨日驚いたことについて質問した。
「昨日、薄暗くなってからヘルミネン氏のお嬢さんが街灯点灯の仕事に一人で出向いたことに驚きました。ヘルミネン氏の説明では、この町の治安は非常に良いと言うことですが、これもやはり魔法職人が関係しているのでしょうか?」
「うむ。砂糖産業が発展して町が豊かになったことが大きい。他にも魔法を利用した産業はいくつかある。また、町の要所に街灯を設置し、犯罪を犯しやすい環境を減らすこともできた。マーリングの犯罪の少なさは我々の自慢とするところだし、それ自体が町をさらに発展させる」
「私が住んでいたサンデでは、暗くなってから出歩くことは危険とされていましたし、それを魔法で解決できるとは想像もしていませんでした。あまりの成果に言葉もありません」
その言葉に、郷主は笑みを漏らし、ヌーティは得意げな表情になった。魔法を平時に利用する術を彼らが誇りに思っていることがよく分かる。
サロモンは、昨日のロニーとの会話の後で感じたこと、魔法と民衆がもっと近しい関係であれば神聖教の台頭を抑えられたのではないか、サンデの発展と幸せが奪われることもなかったのではないかという考えの確証を得たような気がした。