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遠雷  作者: 北野 いまに
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追跡

 バレッシュは、振り返って確認しようとしたが、橇が二台あることは分ったものの、揺れる馬上からでは、人間の目で見ても誰が乗っているかまでは識別できない。


「ロニー、確認しろ」

「見覚えのある修道士が乗っています。修道軍の隊長を確認できます」


 言われるまでもなく後ろを見ていたロニーが即答した。


「やれやれ、やはり来たのか。俺達に任せろと言っておいたんだが」と、バレッシュが愚痴った。

「一度負けたから、意地になってるんだろ」と、ヌーティ。


 バレッシュがにやりと笑った。


「彼らの今日の仕事は、魔術師追放の確認だ。きっと立ち会いに来たんだろう」

「そんな雰囲気に見えないけどなあ」

「郷主のご厚意で、そう決まったんだよ。じゃあ、俺達は奴らを出迎えているからな。その間になんとかしろよ」

「なんとかって言ったって、一本道だよ」

「さっきホルン魔術師がコースを変えるって言っていたじゃないか。どこを走るつもりか知らないが、うまくやってくれ」


 ホルンが橇の中の通路越しにペールを呼んだ。


「ペール、おいで。コースを変えるよ。あんたが橇を浮かせなさい」

「はい」


 ペールは、狭い通路を通るのが面倒になったらしく、橇を飛び降りて、馬や橇に踏み固められた街道の雪の上を走っていった。人間の小走り程度の速度で走る橇だ。ペールはあっという間に御者席の横に飛び乗った。


「ホルン魔術師はどうするつもりなのだろう?」

「街道のこの辺りには脇道も無いのになあ」


 首をかしげるヌーティ達に、御者席のホルンとペールが何やら呪文を唱える声が聞こえてきた。




「やあ、隊長殿。魔術師追放に立ち会ってくださるんですね!」


 わざとらしく明るい声で歓迎するバレッシュに、修道軍の隊長は嫌な顔をした。


「私達は、魔法を使った魔術師を捕らえに来たのです。ご協力ください」

「おや、魔術師は、郷主命令に従って魔法を使っていないはずですよ。魔法職人の間違いではないですか?」

「ううっ、魔法職人だったかも知れません。ですが、魔法を使ったことは確かです」

「郷主命令では、魔法職人は今日まで魔法を使えます。捕らえる理由になりません」バレッシュは、手を振って自分の言葉を強調した。

「教主は、魔法を禁止しておいでです。私達の目の前で魔法が使われたのに、それを見逃すわけにはいきません」

「いやいや、我々は郷主命令に従っているのです。いいですか、郷主は領主の命令で魔法禁止令を出しました。領主は摂政の命令に従いました。摂政は、王の代役です。結局、我々は、教主より上位の方が出した命令に従っているのですよ。分りますね?」


 バレッシュは、噛んで含めるように、ゆっくりと隊長に言い聞かせた。

 だが、隊長は、強硬に言い張った。


「しかし、私達の前で魔法が使われたのです。魔法職人だかなんだか知りませんが、とにかく罰を与えねばなりません」

「魔法職人は魔術師ではありません。正しく区別してください。魔法職人の魔法禁止に関する郷主命令をご存じでしょう?」

「ええーい、魔法職人など……」


 時間稼ぎとしか思えないバレッシュの言い草に隊長が怒りを爆発させそうになった。

 その時、副隊長が叫んだ。


「隊長、奴らの橇が!」




「それっ、乗り入れるよ」


 ホルンのかけ声に合わせて、ペールが橇の前端を持ち上げた。アルセスは、街道脇の雪の土手を登り始めた。

 橇は、簡単に雪の土手を登り切り、ここしばらくの好天で表面が固く締まった雪原に乗り入れた。雪原は、緩やかな起伏のある地形の通りに波打っている。アルセスは、足指を一杯に広げて雪面を捉え、あまり沈まずに歩く。

 ペールは、アルセスが土手を上っている間中、ガラス容器の中に重りが吊り下げられたものを見つめながら呪文を唱え続けていた。上り終えた後も、時々重りを確認しては呪文を唱えている。

 それをハンナマリが不思議そうに見ていた。ペールが呪文を唱えると橇の動きが変わるから橇の何かを調整していることは分るのだが、何故外も見ずに重りばかり見ているのか分らない。


「これ何?」


 重りの位置が安定しているのを確認してから、ペールが答えた。


「下げ振りだよ。糸にぶら下がってる重りの位置で上がどっちか分るようにしてあるんだ」

「上って、あっちじゃない」


 ハンナマリは、橇の天井を指さした。

 ペールは首を振った。


「それだと、橇が斜めになったら本当の上からずれるだろ。そうすると、橇を持ち上げる向きが狂って、アルセスに余分な力を使わせることになるからね」

「ふーん、そうなの」


 そう言いながら、ハンナマリは首をかしげた。真剣な眼差しで下げ振りを見つめているティルダも分っていないようだ。


「学校じゃ教えないけど魔法を使うには必要になるから、旅の間に教えてあげよう」と、御者席で手綱を持っているホルン。

「難しそうだなあ」


 ハンナマリがそう呟くと、アルヴォが励ました。


「大丈夫だよ。僕でも知ってるんだから、君達なら簡単だよ」

「そうかなあ、そうよね、きっと」


 ハンナマリは、いかにも自信なげだ。

 ティルダは、「後で教えてね」とアルヴォにねだった。アルヴォは、ティルダの信頼に満ちた表情に、少しドギマギしている。


「ペール、橇を浮かす役は私がやるよ。あんたは修道軍の様子を見張っといて。ヌーティ、御者をやっとくれ」

「よし、手綱をくれ」

「はい」


 ヌーティはホルンと入れ替わりに御者席に滑り込み、ペールは御者席の背を踏み台にして、橇の屋根に手をかけた。


「屋根を踏み抜くなよ。幌を張ってあるだけなんだからな」


 ヌーティがそう注意すると、ペールはにっこり笑って返事した。


「大丈夫です。棟の骨組みがある部分に乗りますから」


 ペールは、するすると屋根の上に上がっていった。下から屋根を見ると、ペールが手で幌を押して骨組みのある場所を探っている。

 その様子を見て安心したヌーティが、屋根の上に声をかけた。


「どうだ? 奴らが見えるか?」

「ちょっと待ってくださいね、よいしょっと。あはは」


 やっとの事で安定して座れる場所を見つけたペールは、後方を見るなり突然笑い出した。


「どうした?」

「奴らの馬が雪に埋もれてます。無理矢理雪原に突っ込ませたんでしょう。郷軍は笑って見てるだけです。手伝う気は無さそうです」


 全員が真剣な表情で耳をそばだてていたが、ペールの報告を聞いて雰囲気が緩んだ。


「これで諦めるかな。ホルン、あなたの思惑通りになったようだ」


 いつも慎重なサロモンも安心したようだ。

 だが、ペールが、続けて報告した。

 全員が一斉に天井に顔を向けた。


「いえ、諦めていないようです。何かやってます。馬の足に何かを着けようとしてるみたいです。かんじきかな?」

「やれやれ、面倒だねえ。相手が急使用の橇じゃ、すぐに追いつかれそうだわ」

「どうする、ホルン?」


 ホルンは、すぐに方針を決めた。


「ヌーティ、この辺りに川があったよね」

「川? あるよ。ここまでは川と平行に来たからな、すぐそこだ」

「じゃあ、川の方へ行っとくれ。渡るからね」

「分った。でも、大丈夫なのか? 橇は魔法で浮いてるからいいとしても、アルセスは川に落ちるかもしれないぞ」


 ヌーティは、アルセスを川の方に導きながら尋ねた。


「大丈夫。まあ、見ててよ」


 河畔に着くと、川面はまだ全面が凍っていて、その上に雪が積もっていた。だが、春が近づいて氷が薄くなり、場所によっては雪の重みで氷が割れているらしく、雪面にひび割れが見える。


「氷が弱くなってそうだな。アルセスの体重に耐える場所がすぐに見つかるかなあ」


 ヌーティは眉をひそめた。修道軍に追いつかれそうなのに、こんな所で渡れる場所を探す時間は無い。

 だが、ホルンは「期待した通りだね」と満足そうにうなずき、橇を止めて指示を出し始めた。


「ペール、降りといで、また橇を制御するんだよ。ハンナマリは上に上がって見張りをしてね。人間の大人達とアルヴォは、一緒に来ておくれ」


 ホルンの指示に従って、皆が一斉に動き出した。

 ペールはひょいと屋根から飛び降りると、ハンナマリを屋根に押し上げた。ハンナマリは、小さな体を活かして、簡単に屋根の上に居場所を確保した。

 タルッティ、パニラ、サロモンとアルヴォは橇から降り、ホルンが取り出してきた毛布のようなシートをアルセスの腹の下に沿わせ、左右数カ所を梶棒に結びつけた。


「なんだい、それ?」


 御者席から見物していたヌーティが面白そうに尋ねた。


「アルセスが川に落ちないように持ち上げるんだよ。タルッティとサロモン、梶棒の軸の後ろに付いている重りを外して、こっちに持ってきておくれ」


 子供くらいの重さがある重りを不安定な足下に負けないように踏ん張って持って行くと、ホルンは、それを梶棒の先に革ベルトでくくりつけるよう指示した。皆が指示に従うと、アルセスは、急に増えた重量を気にして首を振った。

 ホルンが革ベルトの状態を確認している時に、ハンナマリが大声を出した。


「修道軍の橇が見えた!」

「近いか?」

「そうでもないけど、馬が凄く頑張ってる」

「それじゃよく分らんな」


 ヌーティが文句を言うと、少し目を凝らしてからハンナマリが答えた。


「近いけど遅いわ。少し時間がありそう」


 ホルンは、重りの固定を確認し終えて、橇によじ登ってきた。


「ヌーティ、私が合図したら川を渡って。ペール、橇の扱いは任せたよ」

「分った」

「はい」


 ホルンは、梶棒に取り付けた重りを見つめながらすぐに呪文を唱え始めた。重りを持ち上げようとしているらしい。

 サロモンがその様子を見て、納得したようにうなずいた。


「重りを持ち上げることによってアルセスを少し持ち上げるのか。氷にかかる重量を軽減するのだな」

「時間がかかるなあ。予備呪文をかけておけば良かったのに」


 ヌーティがぶつぶつ言うと、ホルンはうるさそうに顔をしかめたが、呪文が早口になった。

 その時、屋根の上のハンナマリが叫んだ。


「橇がこっち向いたっ」

「ああ、こりゃいかん。ハンナマリを見つけたんだろう。最短距離で来るぞ。ホルン、急げ」


 ホルンはますます早口になり、ペールは緊張して下げ振りから目を逸らさずに師匠の合図を待っている。

 サロモンとアルヴォは予備呪文のかかった杖を手に取り、ハンナマリが指さす土手の上を睨んだ。

 まもなく土手の上に馬の頭がのぞき、次いで修道兵の顔が見えた。修道兵達が橇を降り、雪をかき分けながら進んでいるせいだろう、土手に向かってゆっくりと進んできた。

 サロモン達が迎え撃つために橇を降りようとした時、突然、修道兵の姿が消えた。

 屋根の上で、ハンナマリが歓声を上げた。


「雪を踏み抜いたわよ! 胸まで雪に埋まってる」


 サロモンとアルヴォは、状況を理解できず、修道軍を迎え撃つ準備をすべきかどうか迷った。

 そんな彼らに気付いたティルダが説明した。


「雪の下が溶け始めてるのよ。もう春が近いんだもの。茂みが埋もれてる場所はこの季節には地面側から溶けちゃってるから、そこを踏み抜いたんだと思うわ」


 ハンナマリは、よく見えるように屋根の上に立ち上がって、修道軍の様子を伝えてきた。


「埋まっちゃった人を助けてるけど、その人も埋まったり大変そう。偉そうな人がこの橇の通った方向を指さしてるから、同じ所を通って降りてくることにしたみたい」

「まだ時間がかかりそうか?」とヌーティ。

「今、最後の一人を掘り出してるところ。橇の向きも変えた」

「ホルン、まだか? もうすぐ来るぞ」

「上がった! ペール、始めなさい! ヌーティ、川を渡って」


 ヌーティが急かした途端、ホルンが声を上げた。重りを取り付けた梶棒が持ち上がり、アルセスを支えられるようになったのだ。

 ペールは、下げ振りを見つめたまま、師匠に負けない早口で呪文を唱え始めた。

 じりじりと待っていたヌーティは、すぐにアルセスに前進の合図をした。

 アルセスの力だけで引く橇の加速は、遅い。アルセスは頑張っているが、元々力が弱い上に、巨大な橇を引いている。足下も悪いし、体を持ち上げられて十分に踏ん張れないせいもあって、ほとんど速度が上がらない。橇は、這うような遅さで動き始めた。

 そうしている間に、ハンナマリ達の橇の跡をたどって緩いスロープを降りた修道軍の橇が河畔に降り、みるみる近づいてくる。

 サロモンとアルヴォは、後部デッキに移動し、戦う準備を始めた。

 それに気付いたホルンは、前後をつなぐ通路越しに大声で指示を飛ばす。


「サロモン、アルヴォ、橇から降りるんじゃないよ。どこから水の上か分らないんだからね。うっかり踏み抜いて氷水の深みにはまったら、まず助からないよ」

「では、どうすればいい?」怒鳴り返すサロモン。

「修道兵が橇に乗ることを防ぎなさい。あなたが橇から離れてまで追い払う必要は無い」


 サロモンは迷った。追い払う必要が無いと言われても、修道軍の橇が左右に分かれて一気に乗り移ってくれば、一人くらいは成功しそうだ。そいつにハンナマリかティルダを人質に取られたら、形勢が逆転してしまう。

 修道軍も同じことを考えているようだ。のろのろとしか動かないこの橇を左右から追い抜きながら、後部デッキと前部デッキの左右の四カ所から乗り移ることを狙っている。


「アルヴォ、前に行け。御者席に奴らを上げるな」

「はい」



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