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遠雷  作者: 北野 いまに
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追放

 アルヴォは、三人を相手にしていた。敵が二倍に増えた時にはこれまでかと思ったが、戦いに加わったのは二人だったし、一人が抜けていったので、増えたのは一人だけだ。杖の扱いに慣れてきたおかげでそいつを引き受けられた。父は、魔法無しの杖で戦っている。自分が対応できて助かった。

 新たに加わった二人と入れ替わりに抜けた男は、指揮官とおぼしき男と話している。あの二人が戦いに加わったら、ひとたまりもない。修道軍はこちらを殺すことを避けているようだが、それでも、あっという間に勝負がつくだろう。

 いったん逃げれば、修道軍はハンナマリを追うか自分達を追うかで迷うはずだ。ハンナマリを追うなら再度足止めすればいいし、こちらを追うなら路地を利用して迷わせてやる。両方を追おうとして隊を分けてくれればしめたものだ。アルヴォは、チラリとサロモンを見た。サロモンもアルヴォを見て、小さくうなずいた。同じことを考えているようだ。

 突然、話し合っていた隊長と副隊長がサロモンに向かって走り始めた。簡単に制圧できそうなサロモンを先に片付けることにしたらしい。逃げる時機を逸してしまった。修道兵も隊長達の動きに気づき、サロモンに寄ろうとするアルヴォを妨害した。ハンスが大声で叫び子供達が雪玉をその二人に向かって一斉に投げつけたが、大半が外れて嫌がらせにもなっていない。

 その時、ペールが突風のように走り込んで、隊長と副隊長に杖を振るった。隊長が杖を受け、副隊長がペールの手を狙ったが、ペールはカニンだけが出せる速度で飛び退いて避けた。


「ああっ、この杖、予備呪文がかかってない!」


 ペールが慌てた声を上げた。

 それを聞いた隊長は、下手なくせに速度だけはありあまっているカニンを憎々しげに睨んだ。


「また魔法職人か」


 ペールが隊長と副隊長を相手にしたので、戦いは、また膠着状態になった。だがすぐに、三人を相手にするアルヴォが疲れて押され始めた。




「あらー、ペールって、あたしから見ても下手だわ」


 戦っている男達が橇から見えた時、ホルンがあきれたような声を出した。


「カニンなら、魔法無しでも人間の二人くらい簡単に負かせるだろうに。戦闘訓練を全然してないんだな」

「あたしに教えろったって、無理だよ。もう年なんだからね」


 ホルンは、師匠のせいだと言わんばかりのヌーティに反論した。


「型くらい教えておけばいいのに」ヌーティは、手綱をホルンの手に押しつけ、御者席から立ち上がった。「この杖を借りるよ」


 ヌーティが呪文を唱えると、杖は空を切って軽々と動いた。


「ああ、ハンナの予備呪文だ」


 ヌーティは、懐かしそうに杖を色々と動かしている。


「ハンナから教わったんだから当然似てるよ。でも、そんなことやってる場合かい?」

「きゃあっ!」


 御者席のすぐ後ろからハラハラしながらアルヴォを見ていたティルダが悲鳴を上げた。修道兵の切り込みを受けたアルヴォの足がふらついたのだ。


「お父さん、早く行って。アルヴォがやられそう!」

「お、そうだった。じゃ行くぞ」


 ハンナマリの声で我に返ったヌーティは、橇から飛び降り、走り出した。

 しかし、アルヴォの危機を前にした子供達はそれでは不満だ。ヘイノとヤーミが怒鳴った。


「おっちゃん、空を飛んでけよ!」

「魔法使いなんだから飛べ!」

「そりゃ無理よ。魔法使いが飛ぶのなんて、おとぎ話の中だけなのよ」


 ハンナマリがあきれて言ったが、騒いでいるヘイノとヤーミの耳には入らなかった。その代わり、ティルダが「ええっ、そうなの」と驚いた声を上げた。

 最近運動不足で太り気味とは言え、玉運び主力プレイヤー・ハンナマリの父親であるヌーティは、足が速かった。すぐに戦いの現場に到着し、アルヴォの相手を一人、杖で殴り飛ばした。


「うおー、おっちゃん、すげー!」

「おじさん、がんばって!」


 御者席の周りでは子供達が声援を送っている。




 ヌーティは、殴り飛ばした相手がすぐに起き上がれそうにないと見て取ると、すぐに矛先を変えてサロモンの相手も殴り倒した。そして、サロモンに杖を押しつけた。


「これを。予備呪文がかかってる。呪文は覚えてるよな」

「助かる!」


 サロモンが杖を受け取ると、ヌーティは、その場で膝に手をついて下を向いてしまった。息が荒い。

 サロモンは、何事かと焦った。


「大丈夫か?」

「いや、久しぶりに、走ったから、息が」

「そうか……」


 気を取り直したサロモンは、静かに修道兵に向き直り、呪文を唱えた。杖が軽く動く。微妙な癖を感じるが、十分に使える。

 サロモンは、素早く状況を検分した。ヌーティが一人を倒したおかげで、アルヴォには余裕がありそうだ。ペールは、カニンの素早さのおかげで何とかなっているが、見るからに危なっかしい。サロモンは、ペールの相手の一人に打ちかかった。

 その相手は、素早く反応してサロモンの杖を受け流した。そして、叫んだ。


「くそおっ、また魔法職人かっ」


 サロモンは、相手に対峙しながら、怪訝そうに眉をひそめた。


「魔法職人に嫌な思い出でもあるのか?」

「あってたまるか、そんなもの! でも、今日、その思い出ができちまったんだっ」

「それはよかった。大事にしろ」


 次から次に現れる魔術師ではないらしい魔法の使い手に嫌気がさして一瞬とはいえ冷静さを失った隊長は、魔法で杖を操るサロモンの敵ではなかった。

 ようやく橇が到着した時には、アルヴォとペールも数が減った相手を倒していた。

 ホルンが、橇の速度を緩めて、御者席から急かした。


「さあ、乗っておくれ。このまま逃げるよ」


 ペールは軽々と橇に飛び乗った。まだ息が切れているヌーティはヨレヨレとしながら、サロモンとアルヴォはそんなヌーティを助けながら、乗った。

 ホルンは、御者席の周りを占領している子供達に降りるよう促した。


「さあさあ、ハンナマリの友達は降りとくれ。もう町から出て行くからね」

「ハンナマリ、ティルダ、元気でな」

「戻って来いよ。待ってるぜ」


 子供達は、ハンナマリとティルダに声を掛け、意外に素直に降りた。だが、分かれがたいのか、橇の横を走って付いてくる。そんな彼らを見たハンナマリとティルダが「さよなら」と手を振りながら涙を浮かべている。ヌーティとタルッティは、黙って娘達を見守っていた。

 突然、橇の反対側から誰かが飛び乗ってきた。

 ティルダが小さな悲鳴を上げ、ハンナマリが「何よ、ハンス」と悪態をついた。


「おまえら、かっこいいぞ。がんばれよ」


 ハンスはそれだけ言うと飛び降りようとしたが、ハンナマリがコートの裾を掴んで引き止めた。


「何がかっこいいのよ。あんな変な連中に追い出されるなんて、格好悪いし、悔しいわよ」


 声に怒りを滲ませるハンナマリに、ハンスは笑った。


「こんな目にあっても魔術師を目指すおまえらがかっこいいんだ!」


 ハンスは、そう言って、さっさと橇から飛び降りた。

 ハンナマリは、ハンスに励まされたのだとすぐに気付いたが、その間にも橇は進み、御者席の横にはハンスの姿が見えなくなっていた。ハンナマリとティルダは、急いで橇の中を通って後部デッキに行った。ハンスを先頭にした友達が橇を追いながら手を振っているのが見えた。


「言われなくてもがんばるわよっ!」

「あたしもがんばるわ!」


 二人の声が聞こえたのか、友達は立ち止まって、ひときわ大きく手を振った。

 遠ざかる友達を見つめながら、ハンナマリとティルダは誓い合った。


「立派な魔術師にならなくちゃね」

「うん」


 橇は、ゆっくりと、だが、着実なペースで進み続けた。




 街を抜けてすこし進んだ頃、騎馬の何者かが数名、橇を追って来た。

 後部デッキにたたずんで遠ざかるマーリングの街をぼんやりと見つめていたハンナマリがそれを見つけ、大声で橇の前方にいる大人達に知らせた。


「誰か橇を追いかけてきた!」


 大人達の間に緊張が走った。


「修道兵か?」

「わかんない。馬で追いかけてきてる」

「ペール、あんたが見ておいで」


 ホルンが指示する声が聞こえると、遠目が効くカニンであるペールが、すぐに狭い通路を体を斜めにして器用に走って来た。修道軍だった場合に助けがいると思ったアルヴォも来た。


「郷兵です。五人います」


 ペールが大声で報告すると、大人達の緊張は、すぐに解けた。

 ヌーティとサロモンも、確認しようと後部デッキにやってきた。

 ちょうど郷兵達が追いついたところだった。先頭で指揮を執るバレッシュは、話ができるように後部デッキの横に馬を付けた。


「やあ、ヌーティ、サロモン、アルヴォ。お弟子さんとお嬢さん方も。遅くなってすまん。約束通り追放しにきたぞ」


 ヌーティが口を尖らせた。


「もうちょっと早く来てほしいもんだ。もう、一悶着あったんだぞ」

「修道軍だろ。郷主邸にも来た。伝令に呼ばれて、話し合いの途中で飛び出していったよ。あんた達と騒ぎを起こしてたんだろ」

「ちぇっ、何とか退治したけど、大変だったんだからな」

「あはは、退治しちまったのか」

「笑い事じゃないや」


 バレッシュは、急に真顔になった。


「奴らを退治するのに、魔法なんか使わなかったろうな。もちろん、予備呪文がかかってるものを使うのは除いてだ」

「使ってない」


 ヌーティがわざとらしく力を込めてそう言ったのに、正直者のアルヴォが恐る恐る言い出した。


「すみません、皿を修道兵にぶつける時に使いました」


 バレッシュは、ぎろりとアルヴォを睨んだ。


「いや、それは投げつけたんだ。修道軍の隊長がそう言っていたのだから、俺は、そちらを信じる」


 厳しい視線を受けて遅ればせながらバレッシュの質問の意図に気付いたアルヴォは、身をすくませて言い直した。


「皿を飛ばして修道兵にぶつけました」

「皿は、うまく投げればよく飛ぶからな。郷主命令には違反してないんだから問題ない」

「郷主に挨拶しようと思ってたんだけど、行けなくなっちまったな」ヌーティがすまなそうに言った。「このまま町を出てっていいよな?」

「ああ、修道軍がいるんだから、町に戻るのは良くないだろう。このまま郷境まで送っていこう」

「ありがたい、頼むよ。もし修道軍が追跡してきたら、追い払ってくれよ」

「それは無理だ。でも、また奴らを退治しても邪魔はしないぜ」

「嫌だなあ。もうやりたくない」

「殺してもよいなら、簡単に退治できるが」


 予備呪文のかかった杖を借りているサロモンがそう言ったが、バレッシュは首を振った。


「いや、殺さないでくれ。できれば怪我もさせないでほしい。俺達の立場も考えてくれ」

「そうか。難しいな」


 前方からホルンの声がした。橇と馬上で話をするために大声だったので、聞こえていたらしい。


「彼らが追って来られないコースを使うから大丈夫だよ。その代わり、後ろをよく見ていて、修道軍が来たら早めに教えておくれ。ペール、ちゃんと見てるんだよ!」

「はいっ」


 ペールが後ろの様子を見張り始めた途端だった。


「あっ、来ました。橇が二台です。私達と戦った修道兵達が乗ってます」

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