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遠雷  作者: 北野 いまに
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戦い

 戦い慣れないペールが殴り倒した修道兵達は怪我をしておらず、すぐに痛みを克服して立ち上がった。そして、自分たちを襲って女魔術師をさらっていったカニンを倒そうと、アルヴォを無視して追い始めた。

 無視されたのでは足止めの役目を果たせない。アルヴォは、自分の横をすり抜けようとした修道兵二人を杖で殴りつけた。慣れない杖ではペールが扱ったときほどの威力が無く、相手を倒すことはできなかった。それでも、修道兵は、アルヴォを無視するのは無理だと判断し、三人全員で倒そうと立ち向かってきた。今まで実力行使を渋っていた副隊長だったが、こうなったら後の始末は隊長に任せてしまえと居直り、戦闘の指揮を執り始めた。

 アルヴォは、足止めに成功したことに気を良くした。経験上、杖さえあれば三人の人間の兵くらい簡単にあしらえるはずだった。だが、慣れない杖は、思うように動かない。杖と体の動きが微妙にずれて相手の攻撃を的確に捌けない。予備呪文をかけられた杖の妙な癖に焦りを感じ、予想もしなかった苦戦に陥った。

 幸い、すぐに援軍がやってきた。アルヴォたちが逃げるところを見つけた子供たちが集まって、アルヴォに加勢しようと雪玉やそこらのガラクタを修道兵たちに投げつけ始めたのだ。いつの間にか戻ってきたハンスが目を狙えと叫んだ。修道兵は子供たちを相手にしなかったが、しばしば顔に、時には狙い通り目に当たる雪玉が集中力を削いで手元を狂わせた。



 サロモンは、マーリングでの平和な生活に甘えて体をなまらせてしまったことを後悔しながら走った。緩やかなカーブを抜けると、その向こうでアルヴォが三人の修道兵と戦っていた。アルヴォの杖の動きが鈍いことに気付いたサロモンは、大声を出して修道兵の注意を引いた。修道兵達は素早く目を見交わし、一人がアルヴォとの戦いから離れてサロモンに向かってきた。

 サロモンの相手は、小柄ながらたくましい人間の若者だった。機敏に動き、鋭い剣戟を放つ。それを捌こうとする杖は、魔法を掛ける時間が無かったせいで、魔術師の杖と言うよりは単なる棒だった。サロモンは、ずっと以前に訓練した魔法無しの杖術における杖の扱いを思い出しながら、少々不器用に戦う羽目になった。魔法を前提として作られた杖は、常人の杖術で用いる杖よりはるかに重い。サロモンは、重量の影響を軽減しつつ杖の両端を利用して手数を確保するために短く持ち、やっとの思いでその修道兵に対応した。

 周りで騒ぐ子供達の声が変わった。サロモンがなんとか相手から距離を取り周りを見回すと、さらに三人の修道兵が走ってくるのが見えた。同じものを見たアルヴォのあえぐ声が聞こえた。



 ホルンは、出発のために橇を持ち上げようとしていた。


「いいかい、浮かせるよ。よく見といてね。次からはあんたもやるんだからね」

「いやあ、御者をやりながらよく見るのは難しいなあ。出発した後、もう一度丁寧に教えてくれよ」


 ヌーティの冗談を真に受けたティルダが申し出た。


「あたしがよく見てます」

「ありがとな。でも、やっぱり俺もよく見ておくよ。初心者に任せ切りじゃいけないからな」

「じゃあ、ヌーティもしっかりね。さあ、アルヴォ達が心配だから、早く行こう。とにかく浮かせるよ」


 ホルンは、ランナーが雪面を離れるまで大型橇を持ち上げた。だが、後端は、まだ雪面に着いている。


「ヌーティ、アルセスを道路の方に歩かせて。ゆっくりね」

「おいおい、後ろが持ち上がってないんじゃないか?」


 ヌーティは御者席に座っていてランナーの様子が見えなかったが、橇が微妙に後ろに傾いている気がして不安になった。


「それでいいんだよ。後ろを軸に回すんだから。あたしが呪文を再開したら動かして」

「そういうことか。難しいなあ」


 ヌーティが納得すると、ホルンは呪文を再開した。小屋を積んだ状態の橇に慣れていないホルンは、転回している間中呪文を唱えて橇を安定させておきたかったのだ。

 橇は、ホルンの思惑通り、雪面に付いている後端を軸にして見事に回った。別れを告げに来てまだ残っていた近所の住民が拍手をした。

 ホルンは、橇の前端を下ろし、ランナー全体が若干雪面に沈むようにした。


「さあ、行こう。大人たちは橇を押しておくれ。アルセス一頭じゃ動き始めるのに時間がかかるから、勢いを付けてほしいんだよ。大きな子供達も頼むよ」


 タルッティとパニラ、そして拍手をしていた住民が橇の後ろを押し始めた。子供達も面白がって一緒になって押した。前進しようと頑張るアルセスを見て、ホルンの魔法を見て覚えるはずだったティルダも橇から降りて押す方に加わった。皆の力が合わさり、すぐにアルセスの並足の速度になった。


「ようし、十分だ。もう押さなくていいよ。ありがとう。タルッティたちは乗っておくれ」


 タルッティは、ティルダを抱え上げて橇に乗せ、パニラを助けながら自分も乗った。


「さあ、ヌーティ、速歩で走らせとくれ。それ以上には速くしないようにね」

「急いでるんだから、もう少し速くてもいいんじゃないか?」


 ヌーティは急ぎたがったが、ホルンは、首を横に振った。


「あまり速いと、止めるときが危ないんだよ。この橇は、よほどのことがない限り並足で引かせるのさ。速歩だって滅多に使わないよ」

「ふうん、そういうものなんだ。じれったいなあ」

「やったー!」

「行け行け!」


 ゆっくり走らせなければならないという話をしているのに、それを全く聞いていないような声が御者席の両側から響いてきた。

 御者席に登るステップにヘイノとヤーミが乗って騒いでいる。


「こら、俺達はこのまま町を出て行っちまうんだぞ。乗ってちゃだめだ」


 ヌーティが叱ったが、ヘイノとヤーミは降りなかった。


「ハンナマリを助けたら降りるって」

「アルヴォを拾ったら降りるって」

「それ行け! おっちゃん、もっと速くならないの?」

「ならんよ。さっきホルンがそう言ったろ」

「アルセス遅いな。頑張れ!」


 うるさかった。だが、ヌーティは、ハンナマリの友達ならこんなもんだろうと諦め、そのまま騒がせておくことにした。相手をしてはいられない。最初の曲がり角に近づいている。速度を調整しなければ。

 ちょっと待て、発進させるのに人の手伝いが必要だったんだ、アルセスの力だけで速度を落とせる気がしない。迫ってくる曲がり角に、ヌーティは焦った。


「おい、どうやって減速するんだ?」


 ホルンが、御者席横のレバーを押し下げた。


「アルセスの手綱を引きながら、この棒を押し下げるんだよ。底に付いてる板が降りて雪面を噛んで減速するよ」

「はあ、なるほど。大分覚えることがあるな。とにかく今は、ゆっくり行くことにしよう」


 十分に減速してゆっくりと角を曲がると、前方からペールがハンナマリを抱えて走ってきた。

 橇を見つけたペールは立ち止まり、橇が近づくと並んで走り出した。そして、前部デッキの後ろにある出っ張りにハンナマリを乗せた。


「わあ、こんな所に乗せられたって困る!」

「ごめん、自分で何とかしてくれ」


 抗議するハンナマリに一言だけ謝って、ペールは前部デッキに飛び乗って荷室に入り、最初に目に付いた杖を持って、すぐに飛び降りた。


「ちょっと、ペール、それ……」

「アルヴォとサロモンさんが修道軍を食い止めてるんです。応援に行きます」


 それだけ言うと、ペールは、全力で走っていった。

 ホルンは、ペールを止めようと腰を浮かせたが、それで何かできるわけもなく、すぐに腰を落とした。


「ああ、行っちゃった。あの杖、予備呪文がかかってないのに。そもそも、自分の杖はどうしたんだい」

「サロモンかアルヴォに貸したんだろ。その杖は俺に貸してくれよ。現場に着いたら何とかするから」

「あんた、戦えるのかい?」


 ヌーティの勇ましい言葉に、ホルンは目を丸くした。

 ヌーティが返事するまでには、少し間があった。


「たぶん」

「不安な返事だねえ。それでもあたしよりはマシかな。ペールよりもマシかもね。あの子も戦闘訓練なんかしてないんだから。だから、ほらほら急いでよ」

「はいはい。でも、速歩でも難しかったから並足で行くぞ。まだこの橇の扱いに慣れないんだ」

「急げ、頑張れ!」


 ちゃっかり御者席の横に上がり込んでいたヘイノが叫んだ。

 ホルンが、その尻馬に乗って急かした。


「ほら、子供にも応援されてるんだから。じれったいねえ」

「いや、無事に着かなきゃ意味ないだろ」


 ヌーティは、御者席周りの騒がしい連中には閉口したが、それでも、自分が安全と思える速度を保ち続けた。



 伝令の知らせで駆け付けた修道軍の隊長は、神殿からそう離れていないところで戦う三人の部下を見つけた。相手は二人だ。

 戦いは膠着しているらしい。まだ少年らしい男が部下の二人を相手にしている。杖は魔術師のものらしいが、大した威力がない。あれも魔法職人というやつだろうか。もう一人は、戦い慣れているようだが兵士というには華奢な年かさの男だ。こちらの杖も魔術師のものらしいが、全く魔法を使っていないようだ。その男が、杖の重さに振り回されている。

 隊長は、同行する二人の修道兵に戦いに加わるよう命令した。


「副隊長を呼んでこい。お前達は戦いに加われ。あの二人を制圧しろ。絶対に殺すな。今戦ってる奴らにもそう言え。行け!」


 修道兵達はすぐに戦いに身を投じた。

 呼ばれて応援の修道兵と交代した副隊長が、すぐに隊長の下にやってきた。


「隊長、済みません。やり合う羽目になりました」

「何があった?」

「神殿前の街灯に魔法を使っている魔術師らしき女の子を見つけて事情を聞こうとしたのですが、その子を助けようとした子供達や住民に邪魔をされて失敗しました」

「その子は魔術師だったのか?」

「魔法職人と自称しておりました」

「なぜ戦うことになったんだ?」

「住民とおぼしきカニンの男が、その子を助けようと我々を殴り倒したからです」

「そいつは魔術師だったのか?」

「多分違います。あれが魔術師なら不意を突かれた私たちが今生きているとは思えませんし、カニンの男ならあれくらいの力はあるでしょう」

「カニンはどこに行った? 今相手をしている奴らは何だ?」

「カニンと交代した連中です。私たちをここに足止めするつもりです。魔法職人の少女を逃がそうとしているのでしょう」

「くそっ、魔法職人か!」


 隊長は、忌々しそうに吐き捨てた。魔法職人とやらのせいで、話がややこしくてかなわない。


「多分あの少年もそうです。大人の方は戦い慣れているようですが、魔法を使っていません。兵士でしょうか」

「多分そうだ。つまり、郷主命令に反していない魔法職人を咎めて、郷兵相手に戦う羽目になったということか。まずいな。このままでは、この地の支配者と真っ向から対立することになってしまう」

「それで困って、隊長を呼びに行かせた次第です」


 隊長は、渋い表情で、困り顔の副隊長を睨んだ。


「俺に面倒を押しつけたんだな。ちっ。だが、お前達の後始末も隊長の務めだ。とにかく奴らを制圧するぞ。殺すなよ!」

「はっ」


 こちらは六人、相手は二人だ。魔術師でもない奴らなど、確実に制圧できる。


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