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遠雷  作者: 北野 いまに
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逃走

 ヘルミネン家では、荷物の積載をすべて終え、別れの挨拶に立ち寄る人々もまばらになって、やっと急ぎの作業から解放された大人達がのんびりと、だが、どことなくそわそわと子供達が戻るのを待っていた。

 ホルンとヌーティは、町の方を様子を窺いながら話していた。


「もう出発できるってのに、子供達は遅いねえ」

「アルヴォは、そろそろ戻る頃だな。ハンナマリは、何をやってるんだろう? とうに戻っていてもいいんだが」

「友達と遊んでいるんじゃないのかい?」

「ありそうだな。これが最後と思えば、その気持ちも分かるが、困るなあ」


 サロモンは、あまり困ってもいなさそうなヌーティの愚痴を聞き流しながら、無念そうな表情でヘルミネン家の建物を見ていた。

 タルッティとパニラは、彼らの家を買った友人に鍵などを渡し終え、ゆっくりと別れの挨拶を交わしている。


 そこに、ヤーミが駆け込んできた。


「大変だ、ハンナマリが兵隊と喧嘩してる!」

「兵隊って、郷兵か? ハンナマリが何かやらかしたのかな? 喧嘩してるんじゃなくて怒られてるんだろう」


 ヌーティは、ハンナマリが郷兵と喧嘩しようとしても相手にされるとは思えず、どうせ何かいたずらでもしたんだろうと考えた。


「違うよ、おっちゃん。ハンナマリが神殿の街灯を点けてたら魔法嫌いの兵隊が来て、ハンナマリと喧嘩になったんだ」


 サロモンが真っ先に反応した。


「修道軍だ。もう到着したのか!」

「ティルダは? ティルダは無事なのか? 奴らはティルダをどうしてる?」


 友人と話していたタルッティが飛んできて、ヤーミの肩を掴んで揺さぶった。


「おっちゃん、やめろ、痛い! ティルダならこっちに走ってるよ」

「逃げてるのか。追われてるんだな」


 タルッティがティルダを助けに行こうと走り出すと、パニラが足を引っかけて転ばせた。


「ちょっと落ち着きなさい。追われてるなんて言ってないでしょう」

「ティルダなら、もうすぐ来るよ。慌てんなよ、おっちゃん」


 タルッティは、二人の声など耳に入らず、跳ね起きてまた走り出そうとした。

 そこに、ティルダがヘイノと一緒に走り込んできた。

 ティルダを見て安心したタルッティは、力が抜け、雪に足を取られてまた転んでしまった。

 サロモンが落ち着いた声でヤーミに問いかけた。


「喧嘩と言うからには、いきなりハンナマリが制圧されたわけではないのだな。どういう状況か分かるかね?」

「兵隊がハンナマリを取り囲んでた。ハンナマリが大声で何か文句を言ってた。一番偉そうな兵隊が困ってた」

「何だそりゃ?」ヌーティが顔をしかめた。 「ハンナマリが修道軍に喧嘩を売ったのかな?」

「魔法職人なら今日まで魔法を使っていいのに、兵隊が魔法を使うなって言ったんだ。それでハンナマリが怒った。他の子も応援してる」


 サロモンがティルダに問いかけるように目をやると、ティルダは、うんうんと何度もうなずいた。


「ふむ、聞いたところ緊急性はなさそうだが、修道軍が魔法職人をどう考えるか分からない。行ってみる」


 サロモンは、橇からホルンにもらった杖を取り出すと、神殿に向かって走り出した。

 ホルンが、素早く弟子に指示した。


「ペール、あんたも一緒に行きなさい。サロモンの指示に従うんだよ」

「はい」


 ペールも橇から自分の杖を取り、サロモンを追った。

 それを見送ったヌーティは、橇の準備を始めた。


「さて、修道軍が来ちまったんじゃ仕方が無い、出発するか。あの二人ならハンナマリを助けてくれるだろうから、それを途中で拾えばいいや」

「まだ、アルヴォが戻ってないわ」


 パニラは、道の方を気にしながら心配そうだ。ティルダも、アルヴォを探してきょろきょろと辺りを見回した。


「アルヴォは、窯業組合から戻ってくる途中だろう。どこかで拾えるんじゃないかな。いなければ窯業組合まで迎えに行くさ」

「拾えなければ、俺が残ろう。俺は、追放されるわけじゃないから、いつ町を出ようが自由だ。なんとかアルヴォを見つけて後を追う」


 ティルダが戻って安心したタルッティが、頼りになる男に変身していた。パニラが、またうっとりしている。


「最悪の場合には頼むよ」


 明後日の方向を向いてそう言うと、ヌーティは、淡々と橇の準備を続けた。




 カニンであるペールが全力で走ると、先に出たサロモンにあっという間に追いついた。


「師匠の指示で手伝いに来ました」


 サロモンは、自分にペースを合わせて走ろうとするペールに先に行くよう手を振った。


「先に行ってくれ。様子を見て、必要ならハンナマリを助けてくれ。後で面倒になるから、修道兵を殺すなよ。できれば、大きな怪我もさせないでくれ」

「はいっ」




 ハンナマリとアルヴォは必死で走った。だが、鍛え抜かれている修道兵は、すぐに距離を詰めてきた。

 襟首をつかまれそうになったハンナマリは、素早く屈み込んでかわした。運のいいことに、修道兵が速度の落ちたハンナマリにつまずいて転んだので、その隙に横っ飛びに逃げられた。

 だが、すぐ次の修道兵がまた襟首を狙って手を伸ばしてきた。ハンナマリはまたかがんでかわそうとしたが、今度の修道兵は準備ができていて、小さくなったハンナマリを飛び越えて素早く向き直った。ハンナマリは向きを変えて逃げようとしたが、そちらには先ほど転んだ修道兵が起き直って待ち構えていた。

 足が止まってしまったハンナマリは、背の低さを活かすことができず立ちすくんだ。

 アルヴォは、もう一人の修道兵と戦っていたが、ハンナマリの窮地に気を取られた隙に腕を掴まれ、自由を失った。筋力では修道兵にはかなわず、逃げられない。


「やれやれ、何なんだお前たちは。こちらとしても問題を起こしたくないから、穏便に済ませようと思っているのに……」


 副隊長がおとなしくなった二人に向かって話し始めた時、脇腹に何かが激突して跳ね飛ばされた。地面に倒れて悶絶しつつも何とか周りを確認すると、後の二人が棒で弾き飛ばされるのが見えた。新たな敵に対処しようと体を起こしたが、新たな激痛が走り再び倒れ込んでしまった。

 油断していた修道兵達を杖で殴り倒したペールは、子供二人に逃げるよう促した。


「ハンナマリ、お父さんたちが出発の準備をしてる。早く行ってくれ」

 そして、アルヴォに向かって、

「君も、ハンナマリを守ってくれてありがとう。ここまでで十分だ。後は僕が引き受けた」


 ハンナマリは、一度うなずくと、すぐに家に向かって駆け出した。

 アルヴォは、首を横に振った。


「僕も一緒に戦う。僕も魔術師だよ」

「え?」ペールは、改めてアルヴォの顔を見た。「なんだ。アルヴォじゃないか。じゃ、一緒に行こう。とにかくヘルミネン家を目指すぞ」

「分かった」


 アルヴォは、ペールと同時に走り出した。だが、何歩も行かないうちに、ペールに比べると自分の足が絶望的に遅いことに気付いた。


「杖を貸して! 僕が奴らを食い止める。ハンナマリを抱えて家まで運んでください!」


 ペールは一瞬躊躇したが、すぐに納得して杖をアルヴォに渡した。この杖があれば、自分より軍人としての訓練を受けているアルヴォの方が強いはずだ。


「予備呪文がかかってる。君がホルン師匠から教わった呪文で使えるはずだ。君のお父さんが言ってたが、奴らを殺すなよ。怪我もあまりさせない方がいい。後が面倒だ」


 アルヴォがうなずくと、ペールは、ハンナマリを追いかけた。あっという間に追いつくと、追い抜きざまに抱え上げて運んでいった。驚いたハンナマリの悲鳴が、すぐに歓声に変わって響いてきた。

 アルヴォは、昨日教わった呪文を杖に向かって唱えてみた。杖は、手の動きに軽々と反応した。足下に打ち付けてみると、その勢い通りの威力で固く踏み固められた雪面を抉った。自分の杖を使うときのような杖が自ら動いてくれる感覚は無く、威力も大分弱いが、修道兵三人を食い止めるくらいはできそうだ。




 隊長を呼ぶために郷主邸に向かった伝令の修道兵は、門番に止められて郷主邸に入れなかった。事情を話しても、頑として拒否された。

「急いでるんだ。中に入れてくれないなら、隊長を呼んでくれ」

 門番は、魔法を否定する神聖教が嫌いだった。だから、修道兵も嫌いだ。だが、これほど慌てているのだから何か理由があるのだろうと考え、心の中でにやにやしながら部下に指示を出した。


「隊長を呼んでこい」


 そして、口の動きだけで「俺達の」と付け加えた。

 部下は嬉しそうに返事をして、邸内に駆け込んだ。

 呼ばれて出てきた隊長を見て、修道兵はわめいた。


「ちがう、この隊長じゃない。俺の隊長を呼んでくれ! 急いでるんだよ」


 修道兵をからかうネタに使われたと気付いたバレッシュは、笑いをこらえている門番に、しかめっ面を向けた。門番は、もっともらしい顔を作って気をつけの姿勢を取った。

 やっと出てきた修道軍の隊長に、修道兵は手短に事情を説明した。


「副隊長が街灯に魔法を使っている少女を発見して、私たちと共に事情を聞いていたところ、魔術師とおぼしき何者かの攻撃を受け取り逃がしました。現在追っていますが、副隊長は、隊長の判断を仰ぎたいと言っておられます」

「何人やられた? やられた者はどうなった?」

「二人やられましたが、特に怪我はありません。今は、魔法を使った少女と攻撃した魔術師とおぼしき少年を追跡しています」


 隊長は、眉をひそめた。


「分からんな。魔術師の攻撃をまともに受けて無事で済むとは思えん。小石でも投げつけられたのではないか?」

「そうかも知れませんが、街灯に魔法が使われたのは確かです」

「とにかく、すぐに行く」


 バレッシュは、走り出そうとした隊長に声を掛けた。


「この件を郷主に報告したら、私も行きます。それまで、あまり大事にしないでいただけませんか」

「事態がよく分からないので、来ていただけるのはありがたい。できるだけ穏便に済ませるつもりです」


 隊長は、走りながら思った。一体何が起きてるんだ? 俺が郷兵の仕事を監視するつもりだったのに、逆に監視される立場になってしまった。これは面白くない。

 バレッシュにとっては、事態は明らかだった。ハンナマリが街灯を点けているのを見つけた修道軍が騒いでいるだけだ。あの子が魔法を使っても郷主の命令に反しているわけではないから、俺達には関係ない。攻撃したのは、多分アルヴォだろう。あの子は武器を持っていないから、手近なものをぶつけたんだろう。今日から魔術師に禁止された魔法を使わずにやったと思っておこう。きっと、石でも投げたんだよな。奴らの隊長もそう言ってたし。

 バレッシュは、何かと騒がしい修道軍が余計なことをしでかす前に現場に駆け付けようと、駆け足で郷主に報告に行った。


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