騒ぎ
神殿に残った副隊長は、郷主邸に向かった仲間が見えなくなったので食堂に戻ろうとした。その時、10人ほどの子供達が神殿前にやってきたことに気付いた。男の子達が深雪に飛び込んだりしてふざけ、女の子達はひとかたまりになっておしゃべりをしている。あのように子供が活発に遊ぶのは、ここが豊かで暮らしやすい町である証拠だ。
副隊長は、子供達の様子に満足して、食堂に戻ろうとした。
その時、目の隅に明るい光を感じた。そちらを向くと、神殿前にしつらえられた街灯が煌々と光っている。ランプでも入っているのかと思ったが、すぐに思い直した。そんな明るさではない。不審に思ってよく見ると、なんと、街灯の前にいる女が街灯に向かって何かを唱えている。フェイの魔術師だ。
それを認識した途端に体が勝手に動き、神殿の前庭を街灯に向かって駆けだした。魔術師の取り巻きは子供ばかりで、その中には成長すれば手強いカニンもいるが、まだ幼児だ。一人で立ち向かっても簡単に勝てるだろう。だが、魔術師だけは別だ。他の隊員と協力しなければ危ういこともあり得る。だから、できる限りの大音量で呼び子を鳴らす。仲間は、さっき見えなくなったばかりだ。これで十分に聞こえ、すぐに駆け戻ってくるはずだ。
副隊長は、神殿の庭で遊び始めた子供達の間を駆け抜け群れる子供達を押しのけて、その魔術師に迫った。
魔術師を制圧しようとした瞬間、心の中の冷静な部分が、隊長が挨拶のために郷主を訪問している間に武力を行使すべきではないささやいた。その結果、魔術師の肩を掴んでこちらを向かせるだけという半端な行動になった。武力行使とは見做されない程度の手段で魔術師が対抗できないようにする必要がある。なのに、魔術師の体のあまりの軽さにひるみ、つい手を離してしまった。まるで幼児を腕力で従わせたような罪悪感を感じた。
ハンナマリは、いきなり肩を掴まれて振り向かされ、思わず呪文を途中で止めてしまった。それまでは調子が良かったのに、今日一番大事な光を長時間安定させるための部分を丁寧に唱えている時に突然邪魔をされて、一瞬呆然とした。
正面には、修道服に帯剣というちぐはぐな格好をした人間がいた。こいつが邪魔したに違いない。頭に血が上った。何か戸惑っているようだが、そんなことは関係ない。
「マーリングで最後の仕事なのに、台無しじゃない、何考えてるのよ!」
副隊長は、魔術師が子供であることに驚き、また、魔法で対抗してこないことにほっとしながら、気を落ち着けて対応した。
「魔法の使用は禁止されているはずだ」
この言葉は、ハンナマリだけではなく、子供達全員の反発を引き起こした。
「禁止は明日からだろ!」
「魔法職人はいいんだよ!」
「そこにある告知板をよく読めよ」
「ちゃんと読まないと先生に怒られるんだぞ」
「俺んちなら、父ちゃんに殴られる」
「告知板でか」
「それじゃ死んじまう! 拳固に決まってんだろ」
副隊長は、脱線している子供達に魔術師の気が逸れたので、チラチラと魔術師から目を離して告知板を見た。魔術師が魔法を使えるのは昨日までで、明日からは全ての魔法を禁止と書いてある。今日は、魔術師以外なら魔法を使って良いということか? 魔術師以外が魔法を使うのか? そう言えば、隊長から何か聞いていたような気がする。
「お前は魔術師ではないということか?」
「あたしは魔法職人よ! そんなことも分からずに邪魔したのね!」
ハンナマリは、再び怒りを副隊長に向けた。周りの子供達も、また騒ぎ出した。
副隊長は、魔法職人と子供達が騒いでいるのを他所に、迷っていた。目の前で魔法が使われることを許すわけにはいかないが、魔法職人とやらの魔法使用禁止が明日からという郷主の命令を無視するのもまずそうだ。隊長の指示を仰ぎたいのに、その隊長は郷主邸に挨拶に行っているし、その訪問中に郷主命令を無視して実力を行使したとなると、大問題になる可能性がある。
副隊長の迷いは、彼の呼び子に応えた仲間達によって断ち切られた。仲間達は、剣を抜き、完全に戦闘態勢だ。慌てた副隊長は、手を上げて大きな問題がないことを伝えた。それを見た仲間達は、少し勢いを減じた。
だが、剣を抜いた修道兵が迫っていることに気付いた子供達は、悲鳴を上げて逃げ出した。副隊長に注意を向けていた魔法職人も、横にいた男の子に腕を掴まれて気付き、走り出した。その男の子が神殿を指さし、二人で一目散に駆けていった。
仲間達は、男の子と逃げる女が魔術師だと正しく見当を付け、再び勢いを増してその二人を追った。副隊長は、慌てて仲間を追って走り出した。逃げる二人は素早かったが、武人である修道兵達はさらに速かった。神殿の手前で追いつくだろう。だが、追いついた後、どうすればいいんだ?
アルヴォが窯業組合を出るとき、組合長が少し大きめの箱を渡してくれた。
「うちの組合で作った皿だ。持って行ってくれ。売れば結構な金になるだろうし、それで飯を食えば倍は旨くなるという評判のものだ」
そんな高価なものをもらえないと辞退するアルヴォの手に、組合長は、これまでの感謝の気持ちだとその箱を押しつけた。
アルヴォがその箱を落としてはいけないと大事に抱え、雪面の轍を避けながらおっかなびっくり歩いていると、聞き覚えのある呼び子の音が聞こえた。修道軍だ。緊急事態を知らせている。この時間には、ハンナマリが街灯点灯に出ているはずだ。
びくっと体に力が入り、箱を落としそうになった。体中が行動に備えて緊張するのを感じながら箱を押さえ、聞こえた方向を目と耳で探る。その時、前方の道を修道服の数名が駆けて行った。帯剣しているところを見ると、やはり修道軍が予定より早く到着したに違いない。アルヴォは、少し離れて彼らの後を追った。
神殿が見えてくると、街灯の下に子供達が集まって騒いでいるのが見えた。一緒にいる修道士と喧嘩しているらしい。困惑した表情の修道士が修道兵達に気付いて手を振った。その動きで迫る修道兵達に気付いたらしい子供達が、一斉に逃げ出した。子供の人垣がなくなり、ハンナマリが見えた。修道士に向かって拳を振りながら何かを大声で言っている。その横にいたハンスがハンナマリの腕を掴んで、神殿の方に駆けだした。ハンナマリは、驚いて何かハンスに言ったようだが、ハンスが首を振って追い迫る修道兵達を示すと、全速力で逃げ出した。ハンスは、神殿を指さし、ハンナマリのすぐ後ろを走った。
だが、いくら二人の足が速いと言っても、訓練を積んだ修道兵達にはかなわない。神殿玄関に至る直前で追いつかれ、取り囲まれてしまった。
それを見たアルヴォは追うのをやめ、彼らが見えるギリギリの距離で止まって隠れた。杖も剣も無しでは修道兵達と直接戦うわけにはいかない。武器にならないかと、もらったばかりの高級食器を箱から出してみた。大きくて分厚く重い皿が一枚出てきた。十分武器になりそうだ。これを使ってハンナマリ達が逃げる隙を作ろう。一瞬、高度な技術と多大な労力が注ぎ込まれた誇り高き高級食器を石つぶてと同列に扱うことに罪の意識を感じたが、やむを得ない。雪が分厚く積もっているこの季節では、石ころを見つけるのも難しいのだ。呪文を詠唱している間に状況が変わることを心配したが、一旦は逃げ出した子供達が戻ってきて、雪玉や何かよく分からないものを投げつけて修道兵達の邪魔をしてくれている。おかげで詠唱の時間が稼げる。アルヴォは、大急ぎで呪文を唱え始めた。
ハンナマリとハンスは、体の大きな修道兵達に取り囲まれてしまった。まるで壁のように立ち塞がっている。だが、ハンナマリは、全くひるむことなく、魔法を邪魔した修道士に再び声高に抗議していた。
「あんな呪文の大事なところで邪魔するなんて何考えてるのよ。あれじゃ朝まで光るかどうかだって怪しいじゃない。最後にしっかり明るくしておきたかったのに、台無しだわ。街灯が暗いんじゃ、町の皆が困るでしょ。そんなことも分からないの。一体どんなしつけを受けてきたのよ。大人になっても、やっていいことと悪いことの区別が付かないのね。だから、魔法が嫌いなんだわ。この町じゃ、街灯だって竈だって魔法で動いてるのよ。それがなくなったら、どんなに困るか分からないの? ちょっとは考えなさいよ」
魔術師や魔術師を使う貴族達とも戦いの中で話をしてきた副隊長だったが、ハンナマリのようなことを言った者はいなかった。ハンナマリが小さな女の子だったこともあって少々面くらい、魔法を使わせるつもりはないものの、これ以上魔法を使わないならこの二人を解放しても良いような気がした。あの街灯が最後の仕事だと言っていたし、もう光ってるんだからとなだめれば終わりにできるんじゃないかな。
副隊長の思いは、また突然断ち切られた。どこからか大きな円盤が飛んできて、修道兵のうちの二人を跳ね飛ばして粉々に砕け散った。。
修道兵達が驚いて対応が遅れた隙に、ハンスは、ハンナマリを引っ張って神殿の中に飛び込んだ。
「神殿長様にかくまってもらおう」
「あいつにもう一言言ってやらなきゃ、気が済まないわ」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
ハンスは、ハンナマリを神殿長室に引きずり込み、急いで扉を閉めた。
ヘイノは、他の子供達と一緒に剣を持った修道士達から逃げ出したとき、一緒に走り出したティルダの足が遅いことに気付いてペースを落とした。後ろを振り返ってみると、修道士達が追ってくる様子はない。
ヘイノとティルダより先を走っていたヤーミは、止まって修道士達の様子を窺い始めたヘイノに気付いて戻ってきた。
「追ってこないね」
「ヤーミ、あいつらが何か知ってるか?」
「親父が言ってた魔法嫌いの兵隊だ。魔術師を追い払うのが仕事だって」
「それでハンナマリに絡んでるんだな。大丈夫かな」
神殿前で、ハンナマリとハンスが修道士達と喧嘩していた。他の子達が遠巻きにして何かを叫んだり、雪玉を投げつけたりしている。
修道士達は剣を鞘に収めていたが、ハンナマリ達の周りを取り囲んで逃がさない様にしていた。
「俺達じゃどうしようもない。ハンナマリの家に知らせに行こう」
ヘイノは、そう言って走り始めた。
「きっとサロモン師匠が助けてくれるわ」
ティルダも一緒に走り始めた。
ヤーミも付いてきたが、ペースが遅いものだからそわそわしてきて、ついに待ちきれずに全力で走り出した。
「俺、先に行って知らせる!」
司祭は、どうやって留守番の修道士をごまかしてヘルミネン家に危険を知らせに行くか悩んでいたが、神殿長室に走り込んできた二人の様子を見て手遅れになったことを知った。
「鍵をかけなさい、早く」
ハンスは、司祭の小声の指示にすぐに反応し、司祭が指さした扉の横に下がっていた鍵を使った。そして、重い机を押して動かし、扉の前にバリケードを作ろうとした。
修道士達は、神殿長室の前で、扉が開かないと騒いでいる。
「神殿長、ご無事ですか? 扉を開けてください」
取っ手を揺すりながら、副隊長が大声で叫ぶ。
「ちょっと待ちなさい。子供達が鍵を投げ捨ててしまって、すぐには開けられないのです」
司祭は、扉の外に向かってそう声を掛けると、子供達のバリケード作りをやめさせ、ハンナマリを控えの間に押し込んだ。
ハンスは、椅子にかけられていた布をひったくるとスカートのように腰の周りに巻き付け、俺がハンナマリのふりをするのは無理があるかもと一瞬思ったが、構わずに窓から飛び出した。
ハンスが飛び降りた窓の外には、大騒ぎをしている子供達に紛れて神殿に近づいたアルヴォがいた。室内から見えない位置に隠れ、短剣を抜いて呪文を唱えている。ハンスは、肩越しに後ろを指さし、神殿横の広場を突っ切って逃げていった。アルヴォは、ハンスの意図を察し、さらに見つかりにくいように身を縮めて、室内の様子を知ろうと聞き耳を立てた。
「やあ、やっと予備の鍵が見つかった。一体、何があったのですか?」
開け放された窓から扉を開ける音と、司祭が話す声が聞こえた。
誰かが返事をした。多分、修道兵の一人だ。
「魔術師はどうしました?」
「窓から逃げてしまいましたよ、ほら」
アルヴォは、司祭が修道士に掛けた声に釣られて、広場に目を向けた。ハンスが腰回りの布を翻しながら路地の入り口にたどり着こうとしていた。女の子のふりをしているのか、少し小股で走っている。ハンナマリの身代わりのつもりだろうが、体格が違いすぎる。
室内からはっとした気配がして、修道兵が窓から二人飛び出してきた。仲間を呼ぶ声を上げると、神殿を回り込んできた二人が加わり、ハンスを追い始めた。神殿の方を見ながらのろのろと走っていたハンスは、さっと身を翻して路地に逃げ込んだ。
気付かれずに修道兵をやり過ごしたアルヴォは、彼らががあんなおとりに引っかかった事にほっとしながら、室内をそっと覗き込んだ。中には、司祭とハンナマリがいた。
司祭は、窓から覗くアルヴォに気付き、入るよう手招きした。アルヴォは、窓枠を乗り越えて室内に入った。
「さあ、正面から神殿を出なさい。路地を伝って彼らに見つからないように家まで戻るんだよ」
司祭は、修道兵達が走って行った方向を気にしながら、二人を神殿長室から押し出した。
アルヴォは、素直に押し出されたが、急に司祭のことが心配になって振り向いた。
「神聖教の司祭がこのようなことをして、大丈夫なのですか?」
司祭は、一瞬躊躇したが、柔らかい笑顔を浮かべて答えた。
「私は、神聖教徒ではないよ。今後どうなるかは分からないけれど、私の行いが正しければ、神がお守りくださるだろう。さあ、行きなさい」
「きっと、お守りくださいます」
アルヴォは、確信を込めてそう言うと、ハンナマリを促して走り始めた。
ハンナマリは、何度か司祭を振り返り、最後に手を振って神殿から走り出た。
前庭を横切って道路に出たところで、偽のハンナマリを見失って戻ってきた四人の修道兵達に見つかってしまった。ハンナマリと口論した修道兵が素早く指示して、一人が郷主邸にいる隊長を呼びに走り、残りの三人が全力で逃げるアルヴォとハンナマリを追い始めた。




