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遠雷  作者: 北野 いまに
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修道軍

 王都からマーリングを目指して出発した修道軍先遣隊は、実についていた。

 少しでも早く着いて十分な情報を得たいと上司を通して教主にお願いしたところ、マーリングの反乱情報で急使の行き来が激しいにもかかわらず、急使用の橇を借りることができた。

 ここのところ天候が荒れても地吹雪ばかりで、新しく積もった雪がほとんど無いので街道が踏み固められており、その橇を想像以上の速度で走らせることができた。途中の神殿や駅で換え馬を借りたが、それらの馬も良い馬だった。橇のおかげで二頭で六人を運べたので、各駅で最も足の速い二頭を選ぶことができた。

 立ったまま乗る軽い急使用橇は馬への負担が少なく、休憩回数を減らすこともできた。夜明けから日暮れまで橇にしがみついていた修道兵達は疲れ果てたが、急いでも六日と予想していた旅程を五日で済ませることができた。

 その結果、彼らがマーリングに到着したのは、魔術師追放当日の午後だった。


 町の外れに橇を止め、一人の修道兵を斥候として町の中に送り込んだ。斥候は、程なく戻ってきて、通常の警邏をしていると思われる郷兵達以外に危険は無いと報告した。また、告知板に魔術師追放について記されていたことも報告した。

 彼らは、郷兵達に見とがめられると面倒だと考え、まず隊長と護衛が徒歩で町に入ることにした。残りの四人は、しばらくしてから二台の橇に分乗して町の異なる入り口から別々に入る。

 隊長と護衛は、剣を防寒用マントの内側に隠し、普通の修道士のようにゆったりと歩いてマーリングの神殿を目指した。

 途中ですれ違う住民達には不審な態度を取る者はいなかった。郷兵とおぼしき武器を携帯している者も見かけたが、隊長達に特に興味を持つこともなく、軽く会釈をしただけで去って行った。

 隊長は、あらかじめ聞いていたマーリングの様子と異なることに面食らった。郷兵を含めた町の住民は、魔術師の反乱など全く知らないとしか思えない。もしかしたら反乱を隠すための偽装かも知れないが、一般住民も参加した偽装など絶対に成功しない。魔術師だけが秘密裏に反乱をもくろんでいるのかも知れない。

 結論が出ないままに神殿に着いた隊長は、正面扉を開けて呼ばわった。


「神殿長、いらっしゃいますか。王都より使いに参りました」


 耳を澄ませて様子を窺いつつ待っていると、慌てる気配もなく椅子から立ち上がる音が聞こえ、落ち着いた靴音共に司祭が現れて出迎えた。


「急使の方ですかな? 王都からでは大変だったでしょう。奥にお入りなさい」


 司祭は、二人を食堂に案内した。

 隊長は、勧められた椅子に座ると、教主から預かったマーリング神殿長への命令書を差し出した。

 命令書に目を通した司祭は、困ったように隊長に問いかけた。


「あなたに協力するようにとしか書かれていませんが、大事な用なのでしょうか、小隊長殿。命令書の日付から考えると、大急ぎで来られたようですね」

「はい、少々無理をしましたが、天候に恵まれて予定より丸一日早く着くことができました。でも、速度を得るために乗り心地を無視した橇を使いましたもので、隊員達は、足が震えるほど疲れております」


 司祭は、首を伸ばして窓の外を覗きながら聞いた。


「その方達はどこにいらっしゃるのですか? まだここには来ていないようですが」

「無理をしたからといって疲労で動けなくなっては話になりませんので、予定より早く到着したことですし、今日はゆっくりと移動させています。もうそろそろ着くはずです」

「では、寝床と栄養のある食べ物を用意しなければなりませんね」


 司祭は、うなずき、おもむろに質問した。


「ところで、あなたに協力するには、何をすれば良いのでしょう?」


 隊長は、司祭がごく普通に協力的な態度を取ることを不思議に思った。出発時に予想していたような、魔法に関する神聖教の方針を批判する一派の者とは思えない。しかし、その一派ではないとすると、何故マーリングの修道士がロースベルの神殿を経由して魔術師の反乱を告発することになったのか分からない。


「実は、マーリングの魔術師達が反乱をもくろんでいるという情報が、ロースベルに派遣された修道士達からもたらされました」

「ああ、この神殿の修道士がそう伝えたのですね」


 隊長は、司祭が表情を暗くしたことに気付き、やはり何かがあると感じた。このまま話を続けていれば、何か分かるかも知れない。


「そう聞いています」

「彼はどうなりましたか?」

「朦朧としながらも反乱の件を伝えた後、すぐに亡くなったそうです。荒天下に無理な旅をしたせいで、体中にむごい凍傷があったそうです」


 司祭は、目を見張り、そして俯いた。


「ああ、私の力が足りなかったばかりに、そのようなことに……」


 司祭は、修道士が独断で暴走することを予想できず、何の役にも立たない決死の旅を止められなかったことを悔いた。思い込みが激しい男だったが、勤勉で忠実な修道士だった。

 その様子を見た隊長は、司祭の悔悟を別の意味に捉えた。郷主が摂政と教主の方針に逆らって魔法を使い続けることを止められなかったことを悔やんでいると思ったのだ。町の支配者から睨まれてマーリングから使いを出しあぐね、修道軍が駐留するロースベルに密かに修道士を送ったのだろう。その使いが凍死したとあれば、司祭の後悔はいかばかりだろう。


「このような知らせを持ってきたことをお詫びします。しかし、それはそれとして、反乱についての調査にご協力願えますでしょうか」

「ああ、御用向きはそちらでしたね」


 司祭は、努力して修道士の犠牲から気持ちを引き離し、少し考えてから続けた。


「残念ながら、反乱については協力できないようです」

「何ですと!」


 驚いて大きな声を出した隊長に、司祭は力なく笑った。


「目論まれている反乱などありませんからね」

「魔術師が数名この町に集合しているという情報もあるのです。目的もなく集合するはずが無いではないですか」


 隊長は司祭に厳しい視線を据えて反論した。

 司祭は、それを軽く微笑んで受け流した。


「この町を訪れた魔術師は、もう半月も前に去りました。そして、以前からいる魔術師達も、今日中にこの町から追放されます。郷軍が魔術師達の退去を監督するはずです」


 それを聞いて、隊長の肩の力が目に見えて抜けていった。


「そうなのですか? 私が聞いている情報とは随分と違います」

「当方の修道士は、伝えるべき事ではなく、思い込みを伝えてしまったのでしょう。残念です」


 司祭は、どこか諦めたように俯いた

 そう言えば、魔術師が集合しているという情報もマーリングの修道士からもたらされた情報だった。隊長は、修道士が正しい情報を教えてくれていればこんな無駄足を踏まずに済んだのにと思ったが、命がけで知らせを運んだ修道士をそのように批判してはいけないと、すぐに思い直した。


「はい。でも、そのような状況であれば、情報の齟齬もあり得ることです。命をかけて伝えてくれた修道士を責めるべきではないでしょう」

「その通りですね」


 司祭は、悲しそうな表情のまま顔を上げず、テーブルの上の自分の手を見つめている。

 隊長は、司祭の気持ちを慮って静かに待った。

 しばらくして、気を取り直した司祭が隊長に目を向けて先を促した。


「反乱はないとしても、現状の調査には協力して頂けますか?」

「もちろんです。とは言っても、今日魔術師達が追放されるということ以上には、あまりお知らせすることもありませんけれど」

 隊長は、一旦はうなずいたが、すぐに別の気がかりを思い出した。


「魔法職人というものがあると聞いていますが、彼らはどういう者達なのですか?」

「どう言えばいいか。簡単に言えば、魔術師の力を借りて魔法を使う者達です」

「魔術師の弟子ということですか?」

「いえ、自分で魔法を使うことはできません。あくまで、魔術師の助力が必要なのです。魔術師がいなくなれば、魔法を使えなくなります」

「魔術師がいなくなっても魔法が使えるように、何か工夫をするでしょう」

「私が知る限り、無理ですよ。それに、彼らは、もう別の仕事を探しています」

「つまり、今後は魔法を使えないということですね。そういう者達だったのですか。では、私たちは無駄足を踏んだだけのようですね」


 隊長はうっかり本音を漏らし、慌てて「まあ、その方が良いのですけれど」と付け加えた。


「いえ、マーリングにとって、あなた方は、反乱の疑いを晴らしてくださる方々ということになりましょう。それも大事なことです」

「まあ、そうですね」


 隊長は、適当に相槌を打った。そんなことで役に立つより、最初から無駄足を踏まずにすんだ方が良かったとは言えない。


「それより、現状を調査されるのでしたら、郷主に挨拶なさった方が良いでしょう。もしよろしければ、今から行きませんか。ご案内しますよ」


 隊長は、後ろに控える護衛に意見を求めた。


「お前はどう思う?」

「追放を確認できるのであれば、断る理由はないと思います」


 隊長は、護衛にうなずき、司祭に向き直った。


「遅れている連中が到着したら、ご案内をお願いします」


 ちょうどその時、橇に分乗した隊員達が到着し、迎えに出た司祭が食堂に四人を連れてきた。

 隊長は、彼らに食堂で休んで待つよう命じ、司祭に郷主邸への案内を頼んだ。

 司祭が先に立って食堂を出ると、隊長は、小声で副隊長に指示を出した。


「私たちが二時間経っても戻らなければ、直ちにロースベルに行け。あちらにいる修道軍に私たちに何かあったと報告するんだ」

「何か起きそうなのですか?」


 副隊長は目に見えて緊張したが、隊長は軽く手を振って安心させた。


「いや、そんな気配はない。だが、常に一定の用心は必要だからな」

「了解しました。一応外の様子も見張っておきます」

「頼むぞ」


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