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遠雷  作者: 北野 いまに
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街灯

 ハンスたちと別れてヘゲール通りに着いたハンナマリは、まず仕立屋の様子をうかがった。あたりが薄暗くなり始めているから、また遅いと文句を言われるかもしれない。

 だが、店主は、店の中で客の相手をしていた。運がいい。今のうちにこのあたりの街灯を点けてしまおう。


 ハンナマリは、街灯に走り寄って呪文を唱え始めた。

 あんまり早く点けると朝が来る前に暗くなっちゃうのに、あの店のおじさんときたら早く点けろってうるさいんだから。早起きして見てみればすぐ分かることなのに知らないなんて、きっとだらしないお寝坊さんなんだわ。


 ふと妙な雰囲気を感じてそちらを見ると、アルヴォが何故か慌てている。しかも、腰を落として短剣の柄に手をかけ、きょときょとと目を動かしてあたりをうかがっている。強盗でも働きそうだ。

 通行人たちは、そんなアルヴォを見て、大回りをして避けていく。

 何をやっているのか問いただしたいが、呪文を途中でやめると、また最初からやり直しになってしまう。魔法ってなんて不便なんだろうと思いながら、できるだけ早口で呪文を唱えた。


 間もなく街灯が明るく輝き始めた。

 ハンナマリが急いで向き直ると、アルヴォは、まだあたりに目を配っているものの、短剣からは手を放した。


「ねえ、そんなに危ない雰囲気で周りを睨まないでくれない? みんなが怖がって避けていくじゃない。一体何をやってるのよ」


 ハンナマリが抗議すると、アルヴォは、少し困ったような声で答えた。


「君が人前で急に呪文を唱え始めたから……」


 ハンナマリは、左手を腰に当て右手の人差し指をアルヴォに突き付けた。


「それがあたしの仕事なんだから、当たり前でしょ。呪文を唱えずに、どうやって街灯を点けろっていうのよ」


 アルヴォは、訳が分からないというように眉をひそめた。


「魔法で街灯を点ける仕事?」

「そうよ、それが今日のあたしの仕事なの」

「分かった」

「それから、いちいち変なことして邪魔しないでよ。周りの人を怖がらせないで」


 うなずこうとしたアルヴォは、兵士が二人近づいてくるのに気づいた。一人は人間、もう一人は優れた兵士と言われる人間より大きな兎のような外見のカニンだ。

 二人ともまっすぐにアルヴォとハンナマリを見ている。

 アルヴォは、すぐに短剣を抜けるように身構えた。

 それに気づいた兵士たちもすぐに剣を抜けるように身構えながら、急ぎ足でこちらに向けて歩きだした。

 アルヴォは、二対一では不利と見て、魔法で対抗すべく呪文を唱え始めた。

 兵士たちは、アルヴォが魔法を使おうとしていることに気づくと、さっと左右に分かれて剣を抜き、アルヴォに向かって素早く進み始めた。カニンの兵士は、普段は高く立てている耳を頭の後ろに寝かせ、いつでも戦える体勢だ。

 それを見た周りの通行人が、慌てて距離を取る。

 アルヴォは、兵士の動きに応じて短剣を抜き、さらに早口で呪文を唱え続けた。


 ハンナマリが急に緊迫した空気に気づき、慌てて両手で呪文を唱えるアルヴォの口をふさいだ。


「やめてよっ。兵隊さん相手に魔法なんか使わないで!」


 アルヴォは、びっくりして呪文をやめた。

 その隙に兵士は二人のそばまでやってきた。カニンの兵士がいつでもアルヴォに剣を振るえるように構えた。

 人間で年嵩の兵士が、油断なくアルヴォの様子をうかがいながらハンナマリに挨拶した。


「やあ、ハンナマリ。仕事かい。何だい、この子は?」


 ハンナマリは、兵士とアルヴォの緊迫した雰囲気に気圧されて、逃げ腰になりながら挨拶を返した。


「こんにちわ、バレッシュさん。この人、うちのお客さんなの」

「よく知ってる子かい?」

「違うの。今日初めてうちに来たお客さんなの。今、この子のお父さんと私のお父さんがお話してるわ。なにか魔法の御用なんじゃないかな」

「すまないが、短剣をしまうように言ってくれないか。でないと、俺たちも剣をしまえない」


 ハンナマリは、迷惑そうな顔をしながらもアルヴォに向き直った。


「ねえ、お客さん、それをしまってくださらない? 危なくってしょうがないのよ」


 アルヴォは、ハンナマリと兵士たちを見比べ、表情一つ変えずに背中を伸ばすと「分かった」とつぶやいて短剣を収めた。

 兵士たちも剣を収めたが、アルヴォをすぐに取り押さえられる位置について隙を見せない。


「どうしてこの子はこんなに身構えてるんだ?」


 バレッシュと呼ばれた兵士が聞くと、ハンナマリは、小さくため息をついた。


「この子ね、お父さんに命じられて私の護衛をしてるんだって。バレッシュさんたちがあたしを捕まえると思ったんじゃないかな」


 兵士たちは、顔を見合わせた。


「坊主。そうなのか?」


 アルヴォは、親しげに話すハンナマリと兵士を見比べ、戸惑いつつ返事をした。


「はい。でも、僕の判断は間違っていたかも知れません」

「なぜおれたちがハンナマリを捕まえると思ったんだ?」

「彼女が魔法を使っているところをあなた方が見たからです」

「俺たちは町の巡回が仕事だから何でも見逃さないのが当たり前だし、ハンナマリが魔法を使うのは魔法屋なんだから当たり前だ。何か問題があるのか?」

「たぶん問題ないと思います」


 兵士たちとアルヴォの緊張が解けてきたと見て取ったハンナマリに、段々といつものおしゃべりが戻ってきた。


「この子ね、さっきからあたしが魔法を使うたびに慌ててるのよ。一つ目の街灯の時なんか、周りの人みんなを驚かせちゃってさ、周りをぎらぎらした目で見回して護衛なんだか追剥なんだか分からなかったわ。きっと、魔法を使うと怒られると思ってるのよ。

 今日は一人で仕事をこなさなきゃならないのに、いちいち騒ぎを起こしてくれるから、はかどらないったらないの」


 兵士たちは、顔を見合わせた。思い当たることがある様子だ。


「坊主、お前は西から来たのか?」

「はい」

「ふうん」


 兵士たちは、それだけで納得したようだ。腕組みをして、何度もうなずいている。

 アルヴォも、話が通じたことが分かったらしい。

 だが、一人だけハンナマリには全然分からなかった。


「ねえ、西から来たから何なの?」


 じれて訊ねるハンナマリに、アルヴォに対する同情にあふれた表情のバレッシュが答えた。


「少し前に西の国々が戦争をやったそうだ。敗軍の魔術師を徹底的に追い回しているという噂が流れてきている。きっとこの坊主と父親は、そこから逃げてきたんだろう。なあ?」


 バレッシュがアルヴォに水を向けると、アルヴォはうつむいた。


「そうです。魔術師というだけで、特に厳しく追われました」

「よくここまで逃げてきたな。大変だったろう」


 兵士たちはアルヴォに対する警戒をすっかり解き、バレッシュは慰めるようにアルヴォの肩に手をかけた。


「だから、ハンナマリも同じ目に遭うと思ったんだな。坊主、このあたりじゃそんなことはないから安心しな。魔術師は、町の中で普通に暮らしてるし、魔法を使った仕事をしてるんだ。ハンナマリの仕事に付き合ってるんだから分かるだろ」

「……はい」

「じゃあ、もう物騒なものを持ち出して、町の人を脅かしたりするな。お前も魔術師のようだから、ハンナマリを手伝ってやるといい」


 兵士が立ち去ると、ハンナマリは、かわいそうなアルヴォにきつく当たったことを少し後悔して、優しく街灯点灯のための呪文を教えた。


「半端な呪文だなあ。これで本当に点くの?」


 アルヴォは、教わった呪文が変だと思っているようだ。


「いいのよ、これで。ほら、次の街灯に向かって唱えてみて」


 ハンナマリに促されたアルヴォは街灯に歩み寄り、呪文を唱えた。


「上手ねえ」


 覚えたばかりの呪文なのに、アルヴォは、かなりの早口で唱えている。流れるように詠唱し、ハンナマリに負けない速さで唱え終えると、街灯が煌煌と光り始めた。


 ハンナマリは、大喜びで手を叩いた。


「すごいじゃない!」


 アルヴォは、その光を見つめながら、首をかしげた。


「なぜ点くんだろう?」

「何よ、言った通り、ちゃんと点いたでしょ。何か変?」

「何か特別な街灯なのかなあ?」

「普通の街灯よ。予備呪文をかけてもらった灯り石を入れてあるだけの」

「灯り石なら知ってる。でも、予備呪文って何?」

「知らないの? 魔力の弱い人でも魔法が使えるように、魔術師が途中まで魔法をかけておくのよ」

「そんなことができるんだ。知らなかったよ」


 ハンナマリは、しきりに感心するアルヴォを急かした。


「さあ、あんたのおかげでちっともはかどらなかったんだから、今から取り戻すわよ。手分けしましょ。あんたはあっちの街灯を点けて。あたしはこっちを点けるから」

「分かった」

「あ、ちょっと待って」


 すぐに作業にかかろうとするアルヴォを、ハンナマリが呼び止めた。


「給金のことはお父さんと話してね。あたしがやっても家の手伝いをしただけだって言われて全然出してくれないんだけど、あんたは家族じゃないから出るかもよ」

「いや、給金なんていいよ」


 アルヴォは、困った顔をしながら街灯に向かっていった。

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