パーティの終わり
郷軍の使いは、バレッシュだった。サロモンは、バレッシュの顔を見た時点で覚悟を決めた。また何か大変な話を持ってきたのだろう。
「やれやれ、悪魔の使いでも見たような顔をしないでくれよ。いつもろくな知らせを持ってこないんだからしょうがないんだろうけど」
バレッシュは、サロモンの顔を見て愚痴った。
「では、今回は違うのだろうか?」
サロモンは、少し希望を持ちつつも、首をかしげた。
バレッシュは、居心地悪そうに頭を掻いた。
「いや、それが、悪い知らせなんだがね」
「聞こう」
「それがあんたの仕事なんだから、しょうがないよな。話せよ」
サロモンとヌーティが話すよう促す。
バレッシュは、姿勢を正した。
「魔法に関する郷主からの伝言だ」
「やっぱりだ」
バレッシュは、ヌーティのつぶやきに構わず先を続ける。
「明後日の九日には全ての魔法の使用を禁じる。魔法職人の業務も禁止される。それに先立ち、明日の八日に魔術師を追放する」
「なんだって! これまでの話と全然違うじゃないか」
ヌーティは驚いて大声を出したが、すぐに驚きを押さえ探るような目でバレッシュを見つめた。
サロモンは、動じていなかった。
「予定が変わった理由を聞いてもいいのだろうか?」
「二人の胸に納めておいてくれるなら話そう」
ヌーティとサロモンは、無言でうなずいた。
バレッシュは、小声で話し始めた。
「領主から使いが来て、修道軍がマーリングを目指していると知らせてくれた」
「力で制圧すべき者などいないマーリングに、手薄な彼らが部隊を割いてわざわざ何をしに来るのだ?」
サロモンは怪訝そうに眉をひそめた。
ヌーティも腑に落ちないと首をかしげている。
「ヌーティ、お前が軍魔術師数名を集めて反乱をもくろんでいるらしい」
バレッシュは、面白そうに修道軍派遣の理由を伝えた。
「何だって?」
「お前はやり手だからな。秘密裏に事を運んだんだろう」
「なんと、俺は自分にも内緒で反乱を企ててるのか? サロモンは知ってたかい?」
「ここに住む軍魔術師にも秘密にしできていたようだな。非常に優秀だ」
バレッシュは、手を上げて、二人のやりとりを止めた。
「ロースベルからの情報らしい。郷主の話では、行方不明になった神殿の修道士が、何かを勘違いしてロースベルの神殿に伝えたんだろうということだ。あの修道士は、魔法が嫌いだったからな。マーリングの司祭に訴えても無駄と思ってロースベルに訴えに行ったんだろう」
「確かに、追放された魔術師が何人か挨拶に来たけどな」
「それだな。たまたまそれを嗅ぎつけて勘違いしたんだろう」バレッシュは、立ち上がった。「そろそろ戻らなければ。こんなに急に状況が変化しちまったからな、色々と検討することがあるんだ」
ヌーティとサロモンも立ち上がり、バレッシュを送り出した。
外は風もなく、穏やかな夜だった。空を雲が覆っていたが、天気を崩すようなものではなさそうだ。明日の天気も良いだろう。明日中にマーリングを追い出される身としてはありがたい。
二人は、ピリス家の様子を窺った。子供達の笑い声が聞こえる。まだパーティが続いているようだ。
ヌーティは、知らせに行っても良いものか迷った。頑張って街灯を点灯できるようになったティルダを、友達皆が祝ってくれるパーティだ。明日追放と知らせてしまうと、パーティを中止せざるを得ないだろう。ティルダは悲しむだろうし、先日素直に喜んでやれなかった負い目もあって、邪魔をしたくない。
サロモンもヌーティと同じ理由で迷っていた。互いに相談しようとした二人の目が合った。少しの間、互いに譲り合ったが、ヌーティが先に結論を出した。
「仕方ないよな。知らせに行くか」
二人がピリス家の扉を開けると、奥のテーブルに群がった子供達が何かのボードゲームで盛り上がっていた。二人の差し手にそれぞれ取り巻きができていて、あれこれと入れ知恵をしているようだ。
二人は、その盛り上がり様を見て、また少し躊躇した。
子供達の様子を食後のお茶を手に嬉しそうに眺めていたパニラが、そんな二人に気付き、手招きした。
「ボードゲームが一つしかないって言ったら、一対一じゃなくて団体戦にしちゃったのよ。子供って、自由よね。でも、あれが面白いのかしらね?」
「それで、周りが騒いでも差し手が文句を言わないんだな。勝負としちゃつまんないだろうなあ。子供達は、騒げりゃそれでいいと思ってるんだろうよ」
「パーティ用の臨時ルールだから、それでいいんでしょうね」パニラは声を落とした。「こういう面白い子達とさよならするのは残念だわ」
ヌーティは、ハンナマリとティルダの様子を伺った。ハンナマリは、夢中になって次の手について他の子達にまくし立てている。ティルダは、敵側の子達の横で彼らの議論を楽しそうに見ていて、時々何か発言している。他の子達も、理屈っぽく、熱くなって、冷静に、勘に頼って、自信たっぷりに、心許なげに、その議論にそれぞれ参加している。各々の性格が随分と違うのに、仲が良い。ここにいる子供だけではなく、町の人皆がそうだった。この町を去らねばならないのは、本当に残念だ。ヌーティは、自分がマーリングをどれほど好きだったかを改めて認識し、黙り込んでしまった。
サロモンは、ハンナマリと議論を戦わせているハンスの隣にアルヴォを見つけた。二人の激しい言葉の応酬にヒヤヒヤしているようだ。議論が過熱したら止めるつもりだろうか、二人の間に割り込める位置にいる。アルヴォは、他の子達とは違い、こういう場でも楽しさに身を任せられないようだ。サンデ国の国情により仕方がなかったとは言え、可能ならこういう町でアルヴォを育てたかった。
「何か話があるんじゃないのか?」
タルッティが黙ってしまった二人の注意を引いた。
「パーティに参加しに来たって雰囲気じゃないな。何かあったのか?」
「ああ、そうだった。急用なんだが、どうしようかな。パーティの邪魔をしたくないしな」
ヌーティには、また迷いが生じた。
サロモンは、ヌーティのように迷いはしなかったが、楽しげな子供達の邪魔をしたくはなかった。
「他の部屋で話そう。ここでは言いづらい」
「この家には他には寝室しかない。それに、言いづらいなんて言える状況じゃないみたいだぞ」
タルッティが親指を立てて子供達を指し示した。
子供達は、いつのまにか議論をやめて静かになり、大人の話に聞き耳を立てていた。
「お前達、もっと遊んでいていいんだぞ。お祝いパーティを止めることはないだろ」
ヌーティが慌てて声を掛けると、ヤーミが答えた。
「組合長、僕たちも話を聞きたいです」
子供に組合長と呼ばれて、ヌーティは目を瞬かせた。
ハンナマリが、ヤーミに意外そうに言った。
「あんた、組合長の名前が分かったの」
「親父から聞き出したんだ。それとなく聞き出すのに苦労したんだぜ」
「どうしてそれとなく聞かなきゃなんないのよ」
「なんか恥ずかしいじゃないか」
「あんた、すっごい変だわよ」
「てへっ」
「褒めたんじゃないからね!」
ヤーミは、ハンスとは別の意味でハンナマリと息が合う。ヌーティは、こんな奴も多い町だったなと、また未練を感じた。
「パーティが中断してしまったのでは仕方がないな。ここで話そう」
サロモンがそう言うと、ヌーティが慌てて止めた。
「待てよ、まだ公にはなってない情報だぞ」
「いや、明日には公知になるはずだし、伝えることを禁止されたわけでもない。子供達に知られても問題ないだろう」
「そうかなあ。まあ、それが郷主にばれるのは明日以降になるだろうから、どうせ関係ないか」
「それは言わない方が良いな」
気を取り直したヌーティは、先ほど受けた伝言を全員に発表した。
「郷主から、明日出される命令の予告をもらったんだ」
子供達を含めた全員が黙ってヌーティの言葉を待っている。
「明日、魔術師をマーリングから追い出す、明後日以降、魔法を使ってはいけない、だそうだ」
子供にも分かる言葉を使ってそう言い、ヌーティは、皆の反応を見守った。子供達は、皆一様に驚いているが、理解には差があるようだ。当事者であるハンナマリやティルダは時期が早まったことに驚いているようだが、事情に疎い他の子達は魔法を使えなくなることに驚いているように見える。年かさのアルヴォとハンスは、驚くと言うよりは、少し怒っているようだ。急に追放が早まったことが気に入らないのだろう。
「そんな。あんまり早すぎるわ。今月いっぱいマーリングにいられると思ってたのに。どうして、こんなに早くなっちゃったの?」
いつもは気丈なパニラが、青い顔をして呟いた。
追放される当事者のサロモンが、同情のこもった声で答えた。
「分からない。郷主がそう決めざるを得ない何かが起こったとしか考えられない」
パニラは、どうしたらいいか分からないというように首を振った。
サロモンもヌーティも、何も言えなかった。
そこに、タルッティが、ごく普通の会話をするように入り込んできた。
「さて、俺は今から橇の仕上げをしよう。もうパーティは続けられないだろうし、期限を明確に切られてしまったから間に合わせないとな」
パニラは顔を上げ、タルッティを見つめた。
タルッティは、目が合ったパニラに軽く笑いかけ、当然のように今後の段取りを指示し始めた。
「俺はすぐに橇に取りかかる。パニラは、子供達とパーティの後片付けをしてくれ。終わったら、子供達を返して、ティルダと旅のための荷造りだ。終わったら、ティルダは寝ろ。パニラは俺の手伝いだ。魔法を使える連中は、ヌーティの家に戻って、荷造りをして、後は休んでくれ」
パニラとティルダは、タルッティの言葉を聞いて、安心したように割り当てられた仕事に取りかかろうとした。だが、他の者は、そう素直にタルッティの言うことに従おうとはしない。
「ちょっと待てよ、徹夜作業になるだろ。あんた一人にやらせられない。俺も手伝うよ」
ヌーティがそう申し出ると、タルッティは、手を振って断った。
「魔法を使える奴らは休んでおいてくれ。俺は、橇を仕上げるまでが仕事なんだ。その後はゆっくり寝てられる。あんた達は、その時が本番だろ」
子供達も、黙ってはいなかった。口々に自分にできることを主張し、手伝わせろと大騒ぎだ。
「分かった。お前達に手伝ってもらえれば助かる。でもな、道具も一人分しかないし、灯りも足りない。残念だが、お前達が作業する準備ができてないんだ。次の機会に頼むよ」
追放されてしまうのに次の機会もないものだが、何とか子供達を納得させることはできた。やはり、生まれたときから魔法が存在した子供達には、魔術師追放の意味が正しく理解できていないようだ。ハンスのような年かさの子は分かっていたようだが、何も言わなかった。




