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遠雷  作者: 北野 いまに
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橇改造はかどる

 修道士は、昼過ぎにロースベル領の領都に到着した。強風と地吹雪に耐えて丸二日以上を要した旅の末、街道沿いにある神殿を見つけて扉を叩くとそのまま崩れ落ちた。扉を開けた神殿の下働きは、倒れている修道士の顔に凍傷があることを見て取ると、大急ぎで中に引き入れ司祭を呼んだ。

 司祭は、修道士を温めるために下働きと協力して暖かい部屋のベッドに寝かせ、服を脱がせて下着だけにした。その場にいる人々は、修道士の体を見て、目をつぶり、顔を逸らし、祈りを捧げた。凍傷は、外気に露出していた顔だけではなく、全身に及んでいた。手足は紫色に変色し、一部が凍って固くなっている。司祭は、大急ぎで下働きに治療師を呼びに行かせた。

 その時、気を失っているように見えた修道士が声を出した。

 司祭は、言うことを聞き取ろうと顔を近づけた。変色した頬が近づき、哀れむ気持ちが押し寄せる。


「もう大丈夫だよ。無理せず休みなさい」


 修道士は、何度か浅く息をしてから、かすかな声を出した。


「ロースベルに行く……」

「ここはロースベルだよ。ロースベル領都の北部神殿だ。君はロースベルに着いたんだよ」


 司祭の優しい声に、修道士はわずかに目を開け、司祭の顔を認めると、安心したように深く息を吐いた。

 司祭は、修道士がそのまま動かなくなったので、死んでしまったのではないかと胸に耳を当てた。毛布越しでも凍るように冷たい胸の中で、まだ心臓が動いていた。こうなってまで何かを伝えに来たのならば、聞いてやらねばならない。


「よく頑張ったね。何か伝えたいことがあるのだろう? 聞いているから言ってごらん」


 修道士の呼吸が速くなった。司祭の言葉が聞こえてはいるらしい。そのうち、体に残るわずかな力を振り絞り、かすかな声を出した。


「マーリングに、軍魔術師が集合しております……六人……教主様に反乱をもくろんで……」


 修道士の声が途切れた。まだかすかに息をしている。だが、しばらくして治療師が駆け込んできたときには、その息も止まっていた。




 ロースベル北部神殿の司祭は、直ちに領都神殿の司教に連絡した。司教は、ロースベルに留まっている修道軍の指揮官を呼び出した。


「マーリングとはどこですか?」


 修道軍指揮官は、教主が国外から連れてきた軍の指揮官だ。この国の地理には明るくない。軍事的に重要な町については知っているらしいが、アンデルベル領内の町は領都しか知らないようだ。


「マーリングは、ロースベル領の北のアンデルベル領にある町です。魔法を利用した産業が盛んな土地ですよ」

「何故、そんなところが我々修道軍の活動範囲に入っていないのでしょう? 真っ先に行かねばならない場所だと思うのですが」


 指揮官は、怪訝そうな顔をしている。十分な準備期間を取ったはずの教主が、そのようなことを見逃すわけがないだけに、修道軍が派遣された土地に含まれていないことが不思議なのだ。


「アンデルベルは、魔法を軍事に使わず、産業だけに使っているのですよ。軍事的には、何も見るべきものがないところです」


 その説明に納得した指揮官だったが、引っかかるところもあった。


「そうですか。ですが、そんなところに魔術師が集まって謀反を計画するというのは、不自然ではありませんか?」

「そうですねえ」


 司教は、しばらく考えた末に、マーリングに何があったかを思い出した。


「マーリングでは新しい魔法の技術を伝えようとしていた魔術師がいたはずです。その魔術師が病気で死んでしまい、その技術も伝えられずに終わったのですが、多分、その時のつながりで集まったのでしょう。元々マーリングにいる者達は軍事には疎いと思いますが、集まった軍魔術師はやっかいかも知れません」

「ふむ」

「修道軍はどうなさいます? そちらに向かわれますか?」


 指揮官は、首をかしげて少し考えたが、すぐに首を振った。


「いえ、私たちはロースベルの現状を把握しなければなりません。教主に急使を送ってこの件をお知らせすることにします」


 指揮官は、魔法禁止令発布後直ちにロースベルが領軍魔術師を追放したと領主が報告したことを虚偽ではないかと疑っていた。ロースベルには魔術師を擁する郷軍があると聞く。それに領軍魔術師が合流して何かを企まないとも限らない。それを領主が主導している可能性もある。従って、事実を確かめるまでロースベルから離れるわけにはいかない。

 司教は、そんな指揮官の考えを知っていたので、一切反論しなかった。


「では、早速急使を手配しましょう」




 作業を開始して二日目の朝、タルッティがほぞ切りの続きをしていると、近所に住む大工がやってきた。


「タルッティ、急いで小屋を建てなきゃならんそうだな。手伝いに来てやったぞ」


 タルッティは、声を掛けた大工を見て意外に思った。この大工は、単なるご近所さんだ。仕事を休んで手伝いに来てくれるような深い付き合いがあったわけではない。


「おはよう。今日は仕事は休みか?」

「いや、仕事はさぼった」

「じゃ、どうして」

「昨日、うちのガキが邪魔をしたお詫びさ。お、この辺のほぞを作ればいいんだな」


 大工は、当たり前のように木材を調べ、タルッティがざっと墨入れをしておいた角材を取り上げた。


「仕事を休んでまで詫びを入れてもらうような邪魔はされてないぞ。すこしちょっかいをかけてきただけなんだ。だから、無理しないでくれよ」

「大丈夫だ。それに、お前達、魔法絡みだからってんでマーリングから追放されるっていうじゃないか。魔法には色々と世話になったからな。最後にこっちもちょいと世話してやろうかってなもんさ」

「あれ? 魔法職人に払う対価が高くてかなわんと文句を言ってなかったか?」

「おう、高くてかなわん。でも、魔法のおかげで仕事が増えたからな。それに、俺は、湯屋が好きなんだ。湯屋の料金が安くなっただけでも感謝するには十分だぜ」


 湯屋は昔からあったが、料金が高く気軽に利用できるものではなかった。ヌーティ達魔法職人が石を熱する魔法を提供したおかげで料金が下がり、誰でも頻繁に利用できるものになった。清潔を保てるおかげで、病人も減ったと聞いたことがある。ヌーティがそこまで考えていたとタルッティには思えないが、大工の感謝の気持ちは理解できた。


「なるほどね。じゃあ、墨を入れてある角材を片っ端から加工してくれ。それが終わったら、目印を付けてあるだけの角材も頼む」

「よっしゃ」


 大工は、道具箱を開けると。橇の上に角材を置いて仕事を開始した。




 それからの数日間は、最初の大工と同じような理由で近くの通りに住む職人が入れ替わり立ち替わり手伝いに来て、予想よりずっと早く小屋が出来上がった。丁寧に仕上げる時間がないので作りはかなり荒かったが、何年もにわたって使うのは無理でも、旅には十分に耐える頑丈な小屋になった。

 壁の作りも荒くて隙間が方々に空いていた。職人達が手伝ったおかげで床作り係をお払い箱になったサロモンとアルヴォは、藁と粘土でその隙間を埋める係を仰せつかった。朝から晩まで、藁を切って隙間に詰め込んでは粘土で塞ぐ作業を続け、爪には泥汚れがこびりつき、手には切り傷と擦り傷を沢山こしらえた。

 タルッティをはじめとする職人達は、座ったり寝たりするためのベンチを作ったり、女性専用の区画を作ったりしていた。寝ているときにも暖かいようにベンチ下に断熱用のレンガを貼って暖房用の発熱石を置けるようにした。タルッティの強い希望により特に女性専用区画の暖房と断熱には力を入れ、布を張って壁に二重にしたり天井を作ったりして、さらに、狭い空間なのに二つの発熱石を置けるようにした。タルッティの言葉によると、この旅の成否を決するであろう予備呪文を駆使する唯一の魔術師ホルンの体調を良好に保つためだ。言っていることは正しいが、難しい言葉をもっともらしく並べて主張するところを見ると、妻と娘に辛い思いをさせたくないという裏の動機があるようだ。娘に辛い思いをさせたくないのはヌーティも同じだし、サロモンとアルヴォも同様だから、文句が出る余地はなかった。せいぜい、手伝いに来た職人が「パニラに寒い思いをさせると後が怖いんだぜ」と噂した程度である。




 魔法禁止令の影響を全く分かっていなかった子供達がハンナマリとティルダの追放を知ってから、十日ほど経った。二人が追放されるという話はマーリングの子供達の間に知れ渡り、特に小さい頃から一緒に遊んでいたマルム通り近辺に住む子供達は、機会があればいつでも彼女たちにくっついて歩いた。二人が街灯点灯の仕事中でもお構いなしについてまわる。おしゃべりが途切れることなく続く。皆が二人と話したがったり遊びたがったりするわけではなない。もうすぐいなくなる友達の側にいたいだけなのだ。

 だから、二人の側にいても、道路脇に積み上げられた雪の山を一つずつ片端から登ったり降りたりして自分たちだけで盛り上がっている子達もいる。飛び乗ったり、転がり落ちて見せたりと、短い間に見せびらかす技の流行が変化していく。

 犬のように四本足で走って登ればきっと速いと主張したヤーミが、頂上を通り越して反対側に転げ落ちてきた。ヤーミの変な登り方を見物して喜んでいたハンスやヘイノが慌てて走り寄った。


「大丈夫かよ?」

「速すぎて、てっぺんを走り抜けちまったのか?」


 ヤーミは、転がったまま手を上げて、近くで街灯点灯の呪文を唱えているティルダを指さした。


「見ろよ、あれ。しっかり光ってる」


 ハンスとヘイノがそちらを見ると、確かに街灯が光っている。


「ティルダが街灯を点けただけじゃないか。何驚いてんだよ」


 ヤーミはそれには答えず、すぐ近くで呪文を唱えているハンナマリの所に走った。


「あれ見ろ、あれ!」

「何するのよ。あっ!」


 ヤーミに手を引っ張られて呪文を中断させられたハンナマリは、いったん文句を言いかけたものの、ティルダが点けた街灯を見て、驚いた。


「なっ、凄いだろ! ついにやったぜ!」

「本当だ。ティルダ、やったやったー!」


 大声を上げたハンナマリは、ティルダがまだ呪文を唱え続けていることに気付き、慌てて口を閉じた。

 そこにハンス達がやってきて、怪訝そうに尋ねた。


「お前達、何を驚いてんだよ。街灯が点いただけだろ」

「全然違うじゃない。あの安定した感じが分かんないの?」

「分かんないよ。ティルダだって、最近はちゃんと光らせられてただろ」

「違うのよ。どうして分かんないかな。昨日までと違って、まるで一人前の魔法職人が点けたみたいじゃないの」

「そう言えば、少し明るいかもなあ? まだ空があまり暗くなってないからよくわかんないや」

「安定感が違うって言ってんのに!」


 ハンナマリは拳固を握って主張するが、ハンス達にはやっぱり分からない。

 ヤーミが、諦めたような口調でハンナマリをなだめた。


「素人には分からないんだよ。残念なことだけど、選ばれた者にしかこの違いは分からないのさ」

「あんたも素人じゃないのよ」


 ハンナマリにじっとりとした目で睨まれたヤーミは、げんこつを振り上げて叫んだ。


「ああっ、どうして魔法禁止令なんか出ちまったんだ! うーうーのうーうー!」

「何よ、うーうーって?」


 怪訝そうなハンナマリに、ヤーミが苦しそうな声で答えた。


「言ったら罰が当たる」


 二人のやりとりを見ていたハンスが耳打ちした。


「多分摂政様か教主様のことだ。バカヤローとか何とか言いたいんだろ」

「うん、ほんと、あいつらはうーうーだわね」


 ハンナマリがヤーミの真似をしてうーうーと言いながら拳固を頭上で震わせていると、呪文を唱え終えたティルダが駆け寄ってきた。そして、声を弾ませる。


「ハンナマリ、見た? ほら、ちゃんと光ってる」

「すごいよ! あれなら、明日の朝まで光るよ!」


 ハンナマリとティルダが喜び合っていると、他の子も、光る街灯の何がこれまでと違うのか分からないながらに喜び始めた。

 そのうちに、説明されても違いが分からないハンスが言い出した。


「よし、お祝いパーティを開こうぜ! ティルダの家で」

「いきなりそんなの、迷惑よ」


 そう言ってピリス家に迷惑ではないかと気遣う女の子もいたが、声の大きなハンナマリが大賛成した上に、ティルダが嬉しそうにしているので、結局全員一致でパーティの開催が決まった。

 子供達は、持ち寄るためのごちそうを作りに急いで家に帰り、ハンナマリは、大急ぎで残りの街灯を点けた。ティルダは、もう一つを点けることができた。




 街灯点灯を終えたティルダは、小走りで家に帰り、両親に街灯を一人前の魔法職人と同じように点けられたことを報告した。パニラは喜んでティルダを抱きしめ、妻にティルダを取られてしまったタルッティは、少し迷った後、二人を一緒に抱きしめた。

 しばらくして両親は満足して手を緩め、ようやく息ができるようになったティルダは、友達が開いてくれるお祝いパーティの話をした。

 パニラは、すぐに用意する料理を考え始めた。


「持ち寄りパーティなら、うちも何か用意しなくちゃね」

「スープを作っておけばいいんじゃないか。子供が運ぶなら、運ぶときにこぼしそうな汁物を避けるだろう」

「そうね、たっぷり作っておきましょう。タルッティはどうするの? まだ作業を続ける?」


 タルッティは、少し逡巡し、お祝いを優先することにした。


「いや、今日は終わりにしよう。皆が手伝ってくれたおかげで、橇は、もう一日あれば大体できあがる。予定より三日くらい進んでるんだ。暗い中で無理に作業する必要はもうないし、今日くらいはゆっくりしてもいいだろう」


 ティルダは、我が事のように喜んでくれる両親と一緒にパーティの準備を始めた。




 ハンナマリが家に帰ると、サロモンとアルヴォがいた。外が暗くなったので今日の作業を終えたらしい。そう言えば、ティルダのお父さんも橇の所にいなかった。

 ハンナマリからティルダが街灯を正しく点けられたと聞いたサロモンは、確認したいと言って、外出しようとした。


「サロモンさん、ちゃんと点いてるってば。あたしだって魔法職人になって三年目なのよ。街灯がちゃんと点いてるかどうかぐらい分かるわよ」

「そうか。では本当に街灯を点けられたのだな。では、次の段階に進めてみるか」


 ハンナマリが出かけるのを止めたことは分かったらしいが、サロモンの反応は今ひとつ薄い。

 ハンナマリは、少しイライラしてきた。


「そうじゃなくて、その前にやることがあるじゃない。まず、ティルダを褒めなくちゃいけないでしょ」

「そうですよ」


 アルヴォもハンナマリに同意する。

 サロモンは、先日ティルダの成果をぞんざいに扱ってこの二人を怒らせたことを思い出した。


「そうだな。ティルダも家に帰っているのだな? では、今行って褒めてこよう」

「そうそう。あ、ちょっと待って」


 ハンナマリは、サロモンを送り出そうとしたが、いいことを思いついて引き止めた。

 サロモンは、言われるままに室内に戻った。


「何かね?」

「後でお祝いパーティをするの。『ティルダちゃんよくできましたねパーティ』よ。その時に一杯褒めてちょうだい」

「その方が良いなら」

「きっと、その方がティルダも嬉しいわ。まだ少し時間があるから、三人で何かおいしいものを作ろう。持ち寄りパーティなのよ」




 ハンナマリの言う『ティルダちゃんよくできましたねパーティ』では、お祝いだからと、ハーブ茶にたっぷりの砂糖を加えた飲み物がピリス家により振る舞われた。皆で乾杯した後、サロモンによるお褒めの言葉があった。


「我が弟子ティルダ、ハンナマリから君が街灯を正しく光らせたと聞いた。光量は十分で、継続時間も呪文から期待される時間を上回るだろうと聞いている。君のたゆまぬ努力が実を結んだのだ」

「ありがとうございます!」

「えーと?」


 ティルダは、初めて与えられた掛け値無しの賞賛に感激して顔を輝かせて喜んだ。

 サロモンの言い回しに慣れていない他の子は、何を言ったのかよく分からずポカンとしていたが、ティルダが喜んでいるのを見てきっと褒めたのだろうと考え、少々遅れてばらばらと拍手した。


「明日から、街灯だけじゃなくて発熱石を使う訓練も始めるわよ」


 今一歩盛り上がらない子供達の雰囲気をぶった切るように、ハンナマリが宣言した。

 ティルダは、訓練を先に進められると聞いて、目を輝かせた。


「え、いいの?」

「いいに決まってるじゃない。ティルダの指導係はあたしなのよ。あたしが決めていいの。そうよね、サロモンさん?」

「そうだな。最初からそのように決めていたし、実際の成果も出ている。ハンナマリが判断して良いと思う」

「でしょ! それでね、他の職人も街灯の次は発熱石の訓練なのよ。温度を変えたりするから、その分むつかしいのよ。でも、街灯点灯で感覚を掴んだんだから、きっとすぐに覚えられるよ。そこまでいけば、魔術師訓練も始められるかも。ねえ、そうよね、サロモンさん?」


 サロモンは、少し不安があるのか一々確認を求めるハンナマリに、自信を与えるように微笑みかけながらうなずいた。


「魔術師訓練をいつ始めるかはヌーティと相談しないと決められないが、少なくとも魔力行使の感覚把握の訓練を始めることにはなるだろう」

「それって、今ハンナマリが練習しているものでしょ。私も練習できるんだ!」

「一緒に頑張ろう!」

「うんっ!」


 ティルダとハンナマリは、互いに手を取って誓い合った。

 他の子供達は、今度は迷いなく拍手した。




 そこに、入り口の扉を開けてヌーティが顔を出した。


「おい、サロモン。ちょっときてくれないか。用があるんだ」

「ティルダ、明日からも今日までと同じように努力を続けなさい。そうすれば、必ずいい成果を得られるだろう。呼ばれたから、私はこれで戻るよ」


 サロモンは、ティルダを激励し、他の子供達に手を振ってピリス家を出た。ヘルミネン家の前に郷軍の橇が止めてある。また誰かがお使いに来ているらしい。


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