橇改造
ヌーティが昼食を摂りに家に帰ると、大型橇の横に一山の木材が積んであった。橇に付いてきた幌を覆いにしてある。昨日から続く強風に引き起こされた地吹雪が周りで渦巻き、幌の上に少し積もっては突風に煽られて飛んで行く。
覆いの具合を調整していたタルッティは、ヌーティに気付くと手招きした。
「よお、木材は揃ったぞ。これで居住部を作れる。お前の家の床板はなくても大丈夫だ。午後には、火床用のレンガとか、そういったものを手配するつもりだ」
「随分あるな。これを馬一頭の代金でまかなえたのかい?」
タルッティは、大げさに顔をしかめた。
「全然足りなかった。だから、家を売った。ちょうど木工職人仲間に家を探している奴がいたんだ。利子分を値引きすることにして、借金させた。それで費用は十分だったさ」
「借金させたのか。そりゃまた、なんとも」
どうやらヌーティの家の床板を剥がさずに済むようだが、とんでもないことを言っている。
ヌーティがあんぐりと口を開けると、タルッティは、ひょいと肩をすくめた。
「利子分を値引きしたって言ったろ。売値は相場の半額くらいになっちまったぞ。買い主はほくほくしてたよ。ありゃあ、結構家の購入資金を貯めてあるんじゃないかな。本当に借金するかどうか分からんな」
「はあ、なるほど」
「お前の家の売り先も少し探してみたが、見つからなかった」
「おい、俺の家まで売ろうとしたのか?」
さらりと告げられたタルッティの言葉に、ヌーティは思わず目を剥いた。
「逃げちまえば、家なんか要らんだろ。それに、売り先がないか調べただけだ。本当に売ろうとしたわけじゃない」
「うう……」
確かに、東に旅立てば、マーリングに家があっても役に立たない。逃げるための費用に使うのは合理的だ。そうなると、売れない理由が気にかかる。
「どうして俺の家には買い手がいないんだ? フェイだけじゃなくて人間やカニンだって住めるように作ったのに」
タルッティは、ヌーティの家に向かって手を大きく振った。
「お前の家は大きすぎるんだよ。弟子用の部屋がいくつもあるだろ。普通の人には無駄なんだよな。とても管理しきれんというか」
「そうかあ。無理もないかもなあ。実は、俺も最近持て余してたし」
ヌーティは、自分の家を改めて眺めた。厨房や居間の共用部とヘルミネン家の居住部だけなら少し大きめの家に過ぎないが、他に八部屋もくっついている。弟子や、予備呪文を学びに来た魔術師のための部屋だ。確かに、こんな家をほしがる人などいそうにない。
それでもなんとか売って金にできないかと、ヌーティは、仕事の合間にいくつかの不動産仲介業者を訪ねてみた。だが、どこも返事は同じで、「ピリスさんが来て同じ相談をしていった、家が大きすぎて売りにくい」だった。タルッティは、午前中に仲介業者巡りまでしていたらしい。
個人に売るのは無理なようだし、工房や商店にするには場所も構造も悪い。困ったヌーティは、最後の頼みの綱として郷軍本部に行った。兵舎として売れないかと思ったのだ。
「今は時期が悪いねえ、ヘルミネンさん。郷主から支出を制限するように命令されてるんですよ。ほら、これから色々ありそうじゃないですか」
顔見知りの事務官は、すまなそうな顔をしながらも、魔法禁止令の影響を匂わせてヌーティの売り込みを断った。魔法禁止令が確定してからまだ二日しか経たないのに、郷主はすでに魔法が無くなった後のために手を打ちつつあるらしい。支出制限も、春以降の収入減少を予想してのことだろう。
「何とかならないかな。相場より大分安くするからさ」
「無理ですねえ」
「相場の半分でもかい?」
「無理だと思いますよ」
「六割引では?」
その時、事務室の入り口の方から声がした。
「無理だぞ」
バレッシュだった。事務官が立ち上がって、敬礼した。
ヌーティは、バレッシュに向き直り、情けない声を出した。
「やっぱり、無理なのかなあ」
「あんた達が追放された後で接収すれば手に入るからな。今、金を払って買う理由が無いだろ」
バレッシュは、苦笑いしながら、厳しい現実を突きつけた。
「ひどいなあ、そんな理由かい」
「魔法が無くなったら金も無くなりそうだからな、マーリングも苦しいんだよ。すまんが、郷軍に売るのは諦めてくれ」
ヌーティ達が予想できたマーリングの経済的な凋落を、郷主が予想していないはずがなかった。ヌーティは、すごすごと引き下がるしかなかった。
次の日には、風が収まった。
タルッティは、これ幸いと、まだ暗いうちからランプの明かりで橇の改造作業に取りかかった。橇の上に線を引いたり板を並べて何やらしている。空には雲一つ無く空気は厳しく冷え込んでおり、吐いた息が白い霜になってコートの襟に付いている。
ヌーティは、外が薄明るくなって、タルッティが作業していることに気付いた。
「おはよう。随分朝早くから取りかかってるな」
「おう、風と雪が収まっているうちに外側だけでも作っちまいたいんだ。二・三日は天気が持ちそうだが、その後どうなるか分からないからな」
「じゃあ、まず屋根か?」
「いや、今日は、まず床を作る。作業台にするんだ。俺の家の作業スペースじゃ狭すぎるからな。それから壁に取りかかるつもりだ」
タルッティは、並べた板を手で叩きながらそう言うと、予定を手短に説明し始めた。今日は、まず床の一部を作り、それを作業台にして、午後から壁と屋根の骨組みになる部材を加工する。明日もその作業を続け、明後日には壁を形にして、屋根として幌をかぶせる。ここまで来れば、天候が崩れても大丈夫だ。その後橇本体の底に板を貼ったり、各種設備を作る。
ヌーティには、とても実現できそうにないと感じられるスケジュールだ。
「そんなに早く作れるのかい? 手伝いは、木工職人や大工じゃなくて魔術師だぞ。板を切るのだってままならないと思うんだけどなあ」
「そんなことは織り込み済みだ。あの二人には床板を作らせるさ。少々板の長さが不揃いだったり斜めに切ったりしても何とかなるからな。最初だけ俺が手本を見せれば、後はほっといてもできるだろう。橇に日が当たるようになったら二人を寄越してくれ。この寒さで作業するのは素人にはきついだろうからな」
「分かった。でも、それだと、骨組みを一人だけで作ることになるだろ。三日じゃ無理なんじゃないかい?」
「毎日午後だけだが一人俺の仲間が手伝いに来る。三日あれば骨組みができあがるはずだ」
「そんな速さで作れるのか……」
「作りが荒くて、とても売り物にはならないだろうけどな。十分頑丈に作っとくから心配するな」
丁寧さを犠牲にして早く仕上げるらしい。だが、少々無理をしすぎなのではないだろうか。
「そんなに急がなくても、まだ一ヶ月くらいあるんだよ」
「でも、いつ何が起きるか分からないだろ。とにかく、橇を使えるところまでは作っておきたいんだ」
危機管理ができていると言うべきか、いつものタルッティらしい小心者ぶりが現れていると言うべきか。彼なりの対策を進めるていならどちらでも同じことだと思ったヌーティは、うなずいて同意を示すに留めた。
「それに、きつい旅になったら、橇に予備呪文をかけてくれるホルンばあさんが死んじまいそうじゃないか。基本的なところができるまでは頑張って、残りはゆっくりやるさ」
「おいおい、ばあさんとか、本人に言うなよ。杖で吹っ飛ばされるぞ。とにかく、急ぐわけは分かったよ。よろしく頼む。一緒にやりたいけど、俺にはこれからもずっと仕事が入ってるんだ。魔法職人達の面倒もみないとならんし、ほとんど手伝えそうにないよ」
「気にするな。旅が始まったら、俺にできることはほとんど無さそうだからな。俺はできることがある今のうちに働いておく」
朝食を終える頃には日が橇に当たるようになり、空気は相変わらず冷たいものの、じっとしていても凍えるような状態ではなくなった。サロモンとアルヴォは、言われたとおりに手伝いに出た。
タルッティは、二人に床板の作り方を教えた。床板は、隙間の無いすのこだ。橇のフレームにうまく乗せられるように縦二尺半で、横幅は設置を予定している設備に応じた大きさを橇に線を引いて指定してある。最初の板を作って見せてから、二人にやらせてみた。
「鋸の歯を真っ直ぐ動かせ。角度も変えるな」
「切る板をしっかり押さえろ。板が動いちまうと真っ直ぐ切れん」
「切る部分の下をよく見ろ。木挽き台にした橇まで板と一緒に切っちまってるじゃないか」
「桁の位置が違う。それじゃ橇のフレームに嵌まらないだろ」
「下穴を開ける錐をふらつかせるな。釘がうまく止まらなくなるし、下手すりゃ刃が折れる」
「釘を打つときは、最初は軽く打つんだ。釘が曲がっちまうだろ」
「指で釘を支えたまま強く打つんじゃない。怪我するぞ」
サロモンとアルヴォは、言われた通りにやろうとするが、なかなかうまくいかない。それでも、すのこはなんとか形にはなった。素人ならこんなものだろうし、とりあえず四角くて一つにまとまっていれば使えなくはない。
「まあ、これでも床にはなるだろう。じゃあ、俺は朝飯を食ってくるから、その間にもう一枚作ってみてくれ。二人だけで今のと同じくらいにできていれば、残りも作ってもらおう」
タルッティは、二人に課題を与え、朝食を摂りに家に入った。
「たくさん怒られちゃいましたね」
「板を切るだけのことがこんなに難しいとは知らなかったな」
サロモンは、作ったばかりのすのこを目の前にかざしてみた。板の長さが不揃いな上に斜めに切れていて、でこぼこしている。板の間に隙間があるところもある。タルッティが作ったすのこに比べると、随分と不出来なものだ。
「橇のフレームに置くと、一応床としては使えそうですね。上に乗っても大丈夫ですし」
「では、次を作ろうか。板の長さは同じでいいんだな。すのこの幅はフレームに書いてある線に合わせれば良い……と」
タルッティが朝食から戻ってくると、二人はまだ板を切っていた。予想通りの手間取りぶりに溜息をつき、午後からはティルダに手伝わせることにした。ティルダの方が、この二人よりはよほど器用だ。
そして、壁と屋根の骨組み部材のほぞ切り作業に取りかかった。壁や屋根の強度に直接影響する、素人には任せられない部分だ。午後に手伝いに来る職人と二人で丸二日をこの作業に充ててある。丁寧に作る時間はないが、手を抜く場所を間違えなければ、少々工作精度が低くてもごまかす方法はある。タルッティは、黙々と作業を続けた。
昼になると学校を終えた子供達が帰ってきた。手早く昼食を食べた彼らは、すぐに手伝いに出てきた。
タルッティは、訳も分からず手を出してくるハンナマリを自分の仕事に行けと追い払い、ティルダにはサロモンとアルヴォの面倒を見るように言いつけた。
ティルダは、嬉々としてその言いつけに従った。しかし、魔術師達は、どうにも不器用だ。午前の作業でだいぶ慣れたたので、寸法間違いはほぼなくなり、釘の打ち方も安定してきた。しかし、鋸を使った切断がうまくいかない。どうしても歯がぶれて引っかかったり、切り口が歪んだりしている。
「鋸の刃が左右にぶれてるから上手に切れないのよ。きちんと体の正面に構えて作業しなくちゃ」
「うーん、やってるつもりなんだけどなあ」
「片足で板を踏んで押さえるから、どうしても体勢が左右対称にはならない。そのせいではないだろうか」
「上体の位置さえ安定させられれば、何とかなると思うのですがうまくいきませんね」
理屈を捏ねながらも懸命に鋸を動かしているが、鋸が思うように動かせずに無駄な力が入ってしまって真っ直ぐに切れていない。暑そうに上着を脱いで額に汗を浮かべている。
「魔法では切れないの?」
見かねたティルダが尋ねると、サロモンは首を振った。
「魔法で木材を切るのは無理だな。このように新しい木材だと、持ち上げることすら難しい」
「魔法を鋸の代わりに使うとすると、少しずつ傷を入れる感じでしょうか。木に魔法を効かせられても無理でしょうね」
そうじゃないのよと、ティルダはじれったそうに鋸を取り上げた
「鋸の刃って、魔法がよく効く鉄でしょ。これを魔法で動かしたら上手に切れないかしら?」
サロモンとアルヴォは、目を見合わせて、少しの間考えた。
「そうだな。うまくいくかもしれん」
「杖や剣を真っ直ぐ動かす訓練もしてますから、できるかも知れませんね」
「鋸の動きは往復運動だが、動く向きの切り替え時にさえ気を付ければ、手で動かすよりは精度が高いはずだ」
「木に刃を押しつける力も要りますが、大丈夫でしょうか?」
「単純に軽い力を加えておけば、木自体がガイドになるから大丈夫だろう。やってみろ」
「はい」
結果は上々だった。一枚目は、アルヴォが鋸の動きに気を取られて墨線に沿って切ることを忘れたせいで斜めに切れてしまったが、二枚目以降は、まるでタルッティが切ったかのようにきれいに切れた。
タルッティは、手伝いに来た仲間と一緒にコツコツとほぞ切り作業をしている。作業に集中していると、鑿を当てていた木材が突然動いた。驚いて目を上げると、子供達が橇の周りで駆け回っていた。橇のフレームの下を潜って遊んでいる子もいて、その中の一人が加工中の木材に頭をぶつけたらしい。
「こら、おまえら、刃物を使っている所に寄ってくるな! 危ないからあっちに行ってろ」
少々怒られたくらいでおとなしく引き下がる子供など、この辺りにはいない。一人の子供が、悪びれずに元気良く尋ねた。
「おっちゃん、これ何作ってんの?」
「橇の上に小屋を作るんだ。邪魔だからあっちに行ってろ」
橇の上に小屋を載せると聞いて、興味を持った他の子供達も寄ってきた。怪我をさせるよりはと、手の届くところに寄ってきた頭を一つ殴ってみたが、子供達は逆に面白がり、タルッティの手が届くギリギリの所まで来ては逃げるという肝試しのような遊びを始めた。
「ティルダ、こいつらを追い払ってくれ」
子供のことは子供にやらせようと、タルッティはティルダに声を掛けた。
ティルダは、アルヴォとサロモンが魔法で鋸を扱っているのを楽しそうに見ていたが、タルッティが困っているのを見てすぐにやってきた。
「ねえ、お父さんの邪魔しないで」
「えー、面白いのに」
「この橇が早く出来上がらないと、困るの。追放されるときに使うから」
「へー、誰が追放なんてされるんだよ」
子供達は、大声で笑った。
「ハンナマリと私。家族も」
「へ、どうして?」
「魔法禁止令が出たから」
子供達の笑いが止まり、思いもしなかったことを言われたように目を丸くしている。一人の子が不思議そうに言った。
「魔法禁止令って、魔法を使わなきゃいいんだろ」
「違うの。魔術師は追放されるの。ハンナマリも私も魔術師の勉強をしてるから、追放されるの」
子供達は、驚いて黙ってしまった。魔法禁止令が魔術師を追放することを知らなかったようだ。しばらくして、誰からともなく、「ごめん」と作業を邪魔したことを謝りつつその場を離れていった。




