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遠雷  作者: 北野 いまに
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大型橇

 次の日、突然、朝からホルンがやってきた。扉を叩きもせずに勝手に勢いよく開き、扉が壁に当たって大きな音を立てた。


「あら、ごめんね。風のせいだよ」


 走り込んできたホルンは、跳ね返った扉にぶつかりそうになりながら、言い訳をした。

 ヌーティが跳ね返った扉に対するハンナマリの身のこなしを思い出していると、ホルンはヌーティの手を捕まえ、あいさつする間もなく外に引きずり出した。確かに強風が吹いてる。

 風に煽られてふらついたところに地吹雪が吹き付け、ヌーティは、思わず目をかばった。


「ヌーティ、橇を持ってきたよ。置いていくから、皆が乗れるように直しとくれ」

「なんだい、強引だなあ。お?」


 目を細めながら腕の下からのぞき見ると、庭に巨大な橇が置いてあった。先日聞いたとおり、長さは五尋ほどありそうだ。太い木材で作られていて、相当頑丈そうだ。厚い鉄板が木材を覆うように貼り付けられており、魔法で持ち上げるのに適している。だが、フレームしかなく、橇というよりごつい梯子に見える。

 ヌーティは、あきれたように言った。


「これを使って逃げようってのか? 骨組みしかないぞ」

「切り倒した木を運ぶにはこれで十分なのさ。でも、これで旅するのは無理だからね。うまく乗れるように改造してよ」

「なるほどね。幸い、一緒に逃げる奴が木工職人だ。相談してみよう」

「サロモンの弟子の親御さんかい? そりゃあ都合がいい。じゃ、私は帰るからね」


 ヌーティは、慌ててホルンを引き留めた。


「待ってくれ」

「なんだい? 最後の仕事をほったらかしにして来てるから、早く帰らないといけないんだよ」

「橇にとりついてる奴は関係者だろ? 一緒に逃げるなら知りたいんだけど」

「ちょっと、ペール、挨拶しなさい」


 大型橇の上にくくりつけられていた小型の橇を抱えたカニンの青年がこちらを向いた。


「ホルン師匠の弟子のペールです。ついこの間、魔術師を名乗ってもいいと師匠に許可してもらいました。一緒に逃げるので、よろしくお願いします」

 ペールは、にこやかに手を振った。

 ヌーティは、手を振り反して、ポロリと感想を漏らした。


「追放されるってのに、気楽な奴だな」

「何言ってるんだろうね。あんただって同じじゃないの」


 昨日似たようなことを言われたヌーティは、すぐに話題を変えた。


「あんなところに橇を置いといちゃ良くないなあ。持ち上げるための予備呪文はかかってるのかい?」

「ああ、かけてあるよ。都合のいい場所に移動しておくれ。動かすときに家にぶつけないようにね。家が壊れるよ」


 そんな話をしているうちに、弟子のペールがアルセスを小型の橇につなぎ終えてホルンを呼んだ。


「師匠、準備できました」

「ああ、じゃあ、すぐに帰ろうか。あんたが手綱を持っておくれ」


 ホルンは、小型橇の後ろに乗ると、弟子を急かして帰っていった。




 ヌーティは、いきなり来てあっという間に帰って行った二人を半ば呆然と見送り、おもむろに大型橇に向き直った。

 ホルンが言っていたとおり、長さが五尋、幅が一尋半の大きな橇だ。頑丈そうな木で作られたはしご形のフレームに異様に細い板状のランナーが付けられている。空荷なのにランナーが雪に沈み込んで、橇本体が雪面に乗っている。魔法無しでは、重輓馬でも動かせそうにない。フレームが鉄板で覆われていて持ち上げやすそうだが、橇が大きいので練習しておく必要があるだろう。

 梶棒は橇の前端で左右に振れるようになっており、これには短いランナーと二枚のダガーボードが付いている。これらで橇の進行方向を決めるようだ。橇本体の中央付近にも左右一枚ずつのダガーボードが付いており、いろいろな深さに差し込んで止められるようになっている。何に使うのかよく分からない。

 林業に活躍していただけあって、橇自体は丈夫で使いやすそうだ。だが、問題は、フレームしかないことだ。とにかくタルッティに相談してみよう。

 ヌーティが呪文を唱えると、橇は素直に浮き上がった。そのまま運ぼうとすると、風に煽られた梶棒が左右に振れて扱いづらいし、下手をすると壊しそうだ。その時、軸の近くに留め具があることに気付いた。留めてみると梶棒の振れがほとんど無くなった。なかなかよくできている。

 満足したヌーティは、扱い慣れない大きさの橇をそろそろと移動した。重量があるので、強風の中でも意外に安定している。ヌーティの家とタルッティの家をつなぐ庭は、雪面が人の出入りで踏み固められていたのでランナーが雪中に沈むことはなかった。おかげで下部の構造がよく分かる。タルッティに見せるには好都合だ。




 その頃神殿では、司祭が修道士を探していた。厨房にも礼拝堂にもいない。名前を呼んでも気配すらしない。病気にでもなったのではないかと心配になった司祭が修道士の部屋を覗いてみると、ベッドには寝た形跡がなく、冬用の外套や靴が消えていた。夜のうちにどこかに行ったらしい。

 どこに行ったのかは司祭には分からなかったが、目的は簡単に分かった。司祭が魔法について説教しないことを修道士は不満に思っていたようだ。二ヶ月近く前に修道士が手紙を出したことも知っている。神殿名で出された手紙が司祭の筆跡ではないことに気付いた通信使が、司祭に確認したのである。その手紙は、あやふやな内容だったが、上層部に読まれるとやっかいなことになりそうだったので、司祭が回収した。

 手紙への反応がなかったので、修道士は、今度は自身で訴えに行ったようだ。

 どこに行ったのか分からなくても、郷主に知らせるべきだろう。




 司祭の話を聞いた郷主は、直ちに問題ないと判断した。


「マーリングも含めてアンデルベル領が魔法禁止令に抵抗しているのは、教主や摂政にとっては既知のことだ。それをわざわざ知らせに行くとは、憐れな奴だな」

「そうなのですか?」


 司祭は領主が魔法禁止令の裏を探ろうとしていたことまでは知らないので、不安を拭えない。


「そうだ。司祭殿、心配なさらずとも良い。修道士の行動は僭越だと思うが、それだけだ。何の問題にもならないだろう」


 司祭は、郷主がきっぱりと言い切るので、大丈夫なのだろうと納得した。

 だが、郷主は、マーリングが魔術師による反乱を画策していると修道士が思い込んでいることまでは、知るよしもなかった。




 タルッティは、フレームしかない橇を見るなり、あんぐりと口を開けた。


「これじゃあ、乗れんな」


 フレームに乗って、隙間のサイズを測ったり、設備を調べたりし始めた。そして、橇には似合わないものを発見した。


「あれ、車輪が積んであるぞ。何に使うんだ?」

「ここに装着すると馬車になるんじゃないか?」


 橇の下回りを覗いて回っていたヌーティが、車軸らしきものが付いた腕木がフレームから下向きに生えていることに気付いた。

 それを見たタルッティは、首を横に振った。


「これは木材運搬用の橇だろ。こんな華奢な構造じゃ、あっという間に壊れちまうぞ。しかも、この腕木は、上下に動くじゃないか。車輪とは関係ないんじゃないか?」

「でも、車輪だって随分と弱そうだよ。サイズも合ってるから、やっぱり馬車になるんだと思うなあ」

「まあ、何でも構わない、橇の部品なんだろうから持って行くことにしよう。使い道は、ホルンが来たときに聞けばいい」


 タルッティは、後部にくくりつけられている包みを開こうとしていた。風をはらみそうになるのを押さえつけつつ、いくら広げても中身が出てこない。布地を広げ終わって、やっとその正体が分かった。


「これは、幌だな」

「幌馬車みたいにできるかな?」

「いや、小さすぎる。油を引いてあるから、濡らしたくない荷物の上に掛けるものなんだろう」

「俺達も濡れたくないから、使えそうだな」


 タルッティは、少し考えて同意した。


「壁を付けて、その上に張って屋根にするか。この幅なら、雪が落ちるくらいの傾斜を作れそうだ」

「なるほど」


 ヌーティは、タルッティのアイデアに感心した。単に幌をかぶせるのではなく、壁も作れば色々と便利にもなるはずだ。


「後は床だな。フレームの上下に板を貼るとするか。その間の隙間が貨物室だ。これならいくらでも積めるぞ。冷たい場所だから食料が長持ちしそうだ。持てるだけの食料を持って行こう」

「なるほど。でも、随分たくさんの板が要りそうだよな」

「問題ない。うちの馬を売る。俺が懇意にしている材木屋が新しい馬を欲しがってたんだ。馬と引き換えに板をもらうことにしよう」

「なるほど」


 あの優柔不断なタルッティが一瞬で馬の売却を決めたことに、ヌーティは、また感心した。


「もし、それで足りなかったら、あんたの家の床板を使う」

「なるほど……じゃない! あんたの家にも床板くらいあるだろう」

「剥がしちまったら寒いじゃないか。あんたの家には使っていない弟子用の部屋があるだろう。そこから剥がして使わせてくれ」

「まあ、それくらいならいいか」


 ヌーティは、渋々受け入れた。追放されてしまえば家の床などあってもなくても関係ないが、家を壊すことにはなんとなく抵抗がある。

 タルッティは、気がかりな点を次々に上げていく。昨日までの狼狽ぶりが嘘のようだ。


「暖房には発熱石を使えるんだよな?」

「暖房用だけで大きいのが二個と小さいのが十個あるよ」

「橇が大きいから、小さい石を分散して置くと良さそうだ。火床用のレンガもいるな。橇の中は狭いから、安全のために鉄格子を付けるべきか」


 その後も、タルッティは、どこに何を作り、何をどのように調達するかなど、素早く計画を立てていった。

 ヌーティは、あまりの作業項目の多さに困惑気味だ。


「タルッティ、あまり凝ったものは作れないぞ。大丈夫か? 期限を忘れてないだろうな?」

「問題ない。最低限の工作で作れるように考えてるからな。それに、サロモンとアルヴォに手伝わせるつもりだ。それで人手も足りる。あいつら、暇だろ。魔法を使うなって言われちまったんだから」

「そうだな、今は客先を挨拶に回ってもらってるが、もう仕事は無いな」


 ヌーティは、少々不安になってきた。タルッティが別人のようになってしまっている。こんな決断力はタルッティのものではない気がするし、ユバ家の扱いも強引だ。追放が決まったことで、何か精神的な問題でも起こしたのかも知れない。


「こういうときのうちの人、格好いいでしょ」


 すぐ横でパニラの声がした。唇が反り上がり、目が輝いている。


「こういうときのってことは、同じようなことが以前にもあったのかい?」

「時々ね。いつもはだらしない人だけど、いざというときに見せてくれる、あの決断力が魅力なの」

「はあー、仕事じゃ、いつもあんな感じなのかなぁ」

「いつもじゃないけど、何か問題が起きるとあんな風にして他の人たちを引っ張っていくのよ。そこに惚れたのよね、私」

「なるほど……」


 思わぬところで惚気られてしまったが、タルッティの豹変ぶりは、惚気のネタには十分だ。常にあれだけの力を示すことができれば、何かの組合のトップだって務まりそうだ。


「ああ、なるほど」


 ヌーティは、もう一つ気がついた。パニラの好みは優柔不断で優しい男だと思っていたが、実は今のタルッティのような決断力を持つ男が好きらしい。娘のティルダがアルヴォに惹かれているのは、パニラの好みを受け継いだのだろう。アルヴォも、優しいだけではなく、なかなかの決断力を持っている。そこがティルダの心を直撃するに違いない。

 ヌーティの考えがそんなことに寄り道している間に、タルッティの頭の中で大方の計画がまとまったらしい。


「俺は、材料の調達に行くからな。サロモン達が帰ってきたら、橇の改造のことを知らせておいてくれ」


 タルッティは、そう指示すると、さっさと馬を引き出しに行った。厩の扉が、強風に煽られて大きな音を立てた。


「俺、あいつの勢いに付いていけるかな?」


 魔法職人の業務は禁止されていないのだから、今日も仕事がある。ヌーティは、勝手に動いたら怒られるんじゃないかと心配しながら、タルッティの指示を無視して客先に向かった。




 ヌーティの心配は、当たらなかった。その夜、タルッティは、都合を確認せずに頼み事をしたことを謝ったのだ。

 パニラは、謝るタルッティを誇るように見ていた。

 ヌーティは、そんなタルッティに橇改造の指揮を頼むことに決めた。


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