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遠雷  作者: 北野 いまに
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悪い知らせ

 夕方に降り始めた雪はすぐに止んでほとんど積もらず、翌朝は良い天気だった。ヌーティは、食卓でパンをかじりながら外を眺め、ルトヴィク一家の旅が楽になりそうなことを喜んでいた。その時、家の前に橇が止まり、兵士が一人戸口に向かってきた。


「ありゃ、バレッシュが来たぞ」


 サロモンも窓を覗き込んで首をかしげた。


「バレッシュでは、ただのお使いをするには階級が高すぎるな。何だろう?」

「最近郷軍の使いが来るとろくな事が無いからな。悪い知らせかもな」


 ヌーティがこぼすと、ハンナマリがわざとらしく力を入れてフンっと鼻を鳴らした。


「もう、覚悟を決めたんだから、何が来たって怖くないわよ。一番悪くって追放するってだけでしょ」

「まあ、そうだな。さて、何だろうな?」


 ハンナマリの強がりに笑みを浮かべながら、ヌーティがバレッシュを迎え入れた。


「おはよう、ヌーティ。食事中だったのか。朝早くからすまんな。終わるまで待とうか?」

「待たせるのは悪いな。食べながら聞いてもいいかい?」


 それを聞いたバレッシュは、片眉を上げた。


「構わないけど、飯がまずくなるぞ」

「はあ、やっぱり悪い知らせか。最近の郷軍からの知らせは嫌なものばかりだ」


 バレッシュは、にやっと笑った。


「その代わり面白い奴を寄越してるだろ。ロニーが罠にはまった一件を聞いたぞ。あいつは報告せずに隠してたけどな」

「柵に足を引っかけて転んだだけなのに、罠だなんて言い出すんだもんな。未だに兵士らしさが身に付いてないんだよ。もう三年目のはずだよな」

「カニンらしくていいじゃないか。それより、郷主から伝言だ。悪いが、書いたものはない」


 つまり、伝言内容が記録に残せない類いのものだということだ。ヌーティが目に見えて緊張した。


「子供達を下がらせようか?」

「他言しないことを誓ってもらうが、魔法関係者なら聞いても良いそうだ」

「じゃ、ここにいるのは全員が魔法関係者だから、心配なのはハンナマリだけだな。ハンナマリ、沈黙を誓えるか?」


 ハンナマリは、失礼なことを言われたと頬を膨らませた。


「聞いたことを誰にも話すなってことでしょ? 言わないわよ。お父さん、私の口が堅いの、知ってるくせに」


 知ってるくせになどと言われても、そもそも秘密にするような情報をハンナマリには渡していないのだから、秘密を漏らしたことが無いのは当たり前だ。だが、顧客の噂話もしたことがないので、そこは評価すべきだろう。


「そうだな、大丈夫だろう。バレッシュ、全員に話してもらっていいかな?」


 バレッシュは、ハンナマリと目を合わせ、一つうなずいて信頼を示してから話し始めた。


「夕べ遅く、領主に王都から報告が届いた。その内容は、王の所在を確認できず連絡も取れないことと、魔法禁止令を出したのは確かに摂政だということだそうだ」


 サロモンが溜息をつきつつ漏らした。


「悪い予想が当たってしまったな」

「まだ。続きがあるぞ。こっちの方は予想してなかったんじゃないかな。王軍魔術師が全員追放になるというので大騒ぎになって、王軍が混乱している。摂政としてはすぐに魔法禁止令を徹底したいようだが、今は王軍を使って魔法禁止令を強制するのは無理な状況だ。摂政は、教主がどこからか持ってきた修道軍という軍を用いて、魔術師追放を渋る領地に魔法禁止令の遵守を強制するようだ」


 知らない言葉にヌーティが口を挟み、サロモンに尋ねた。


「修道軍って知ってるかい?」

「神聖教が持つ軍だ。多くの国から選抜された連中が参加していて、十分訓練されている。農民兵くらいなら簡単に蹴散らすし、軍魔術師さえいなければ常備軍とでも互角に戦える」


 バレッシュも修道軍については知らなかったのだろう、サロモンの説明に納得の色を浮かべた。


「それで、軍事力重視だったイェスタベルに魔法の使い方を変えるように働きかけたんだな。軍魔術師がいなければ、修道軍で領軍を抑えられる。

 伝言を続けるぞ。この国に派遣されている修道軍は数が少ないらしい。だから、まだ軍魔術師を抱えている領から順に派遣して魔法排除を徹底する方針のようだ。軍事的に強くても魔法の排除に成功したイェスタベルは、三月末くらいになりそうだ。どちらかと言えば弱小なアンデルベルは、四月になるだろうと聞いている。以上が王都からの報告だ」

「王軍魔術師が諾々と追放されるなんて、あり得ないだろ?」


 ヌーティには、そんなことを信じられない。


「王都で調査した連中は、時間をかけて少しずつ工作していたのではないかと想像しているそうだ」

「神聖教らしいやり口だ。この準備に十年を費やしたのだろう。王軍魔術師を分散させて相互に協力しにくくしたり、うまく周辺を操縦して孤立させたり、色々とやりようがあるが、どれも時間がかかる」


 サロモンは納得したようだが、ヌーティにはそれも意外だった。


「王都まで行ったときにはどう感じた? あのときには何も言っていなかったが」

「護衛の一剣士として行ったんだからな、王軍魔術師の事など何も分からなかったよ」

「……そうだったな。まあ、神聖教が工作したおかげで王軍が使い物にならないんだから、こっちは助かる。奴らの自業自得だな」

「奴らにとっては、王軍の力を落とすことも狙いの一つだったのだよ」


 バレッシュは、伝言を続けた。


「郷主からの指示がある。明日から、魔術師の魔法業務を禁じる。遅くとも三月末までに魔術師を追放する」

「魔法職人は?」

「魔法職人が魔法を使えるのは、現在かけられている予備呪文が切れるまでとする。また、追放しないが、本人が希望すれば追放する」


 ヌーティは、一つ溜息をついた。


「本人の希望で追放するなんて、変な感じだな」

「あんたはどうするつもりだ?」

「追放を希望するさ。この町の魔法供給の元締めで魔法職人組合の長が追放されれば、郷主が魔法を諦めたことがはっきりするだろ。それだけ他の魔法職人の身も安全になるってもんだ」

「そうか、ありがたいことだ。だが、あんたはそれでいいのか?」


 バレッシュは少々心配そうだが、ヌーティは笑った。


「俺とハンナマリにとっては、追放される方がいい。ハンナマリが魔術師を目指してるのは知ってるだろ。それに、マーリングの町がどうなるかは心配だけど、予備呪文をかける魔術師がいないんじゃ、俺が残ったって何もできないからな」

「確かに何もできなくなるな。さて、伝言は全部伝えた。戻るとしようかな」


 ヌーティは、戸口に向かいかけたバレッシュを呼び止めた。


「ちょっと待ってくれ。この話をピリス家に伝えていいのかな?」

「ピリス家というと……魔術師を目指す子がいるって家か?」

「ああ。一緒に逃げることになりそうなんだ」


 バレッシュは、少し考えてから答えた。


「本当に逃げるなら教えてもいいが、他言しないことを誓わせてからにしてくれ。追放される者の範囲と期限は、今日の午後に公にするから、その時まで黙っていればいいぞ」

「分かった。王都のゴタゴタについては伏せておけってことだな」

「そうだ。万一話が漏れると、色々と支障があるからな。じゃあな」

「知らせてくれて、ありがとな。今度、詰め所の暖房の呪文詠唱価格を割り引いてやるよ」

「そりゃありがたいが、今からじゃほとんど節約にならないなあ」

 バレッシュは、「いらんいらん」と手を振りながら出て行った。




 先日の一件で、アルヴォは、タルッティに寸足らずな奴だと思われている。アルヴォの頼りになるところをもっと見せて、評判を回復させてやらないとな。ヌーティはそう考えて、ティルダの仲良しであるハンナマリではなく、アルヴォをピリス家への使いに出した。

 ピリス家の人々は、大慌てでヘルミネン家に駆けてきた。ティルダが雪の柔らかいところに足を取られそうになると、アルヴォがそれとなく助けている。こういう気遣いのできるところを見せたかったのに、タルッティは先頭を走っていて気付かない。ヌーティは、アルヴォの間の悪さに諦め気味だ。




 ヌーティは、魔法禁止令が確かに摂政から出されたことと、追放される者の範囲と退去期限だけをタルッティに告げた。それだけでも、ピリス家には十分衝撃的だった。


「決まっちまったのか……」


 タルッティは、唇を震わせた。見開いている目には、何も映っていない。

 ティルダは、ただヌーティを見つめていた。

 パニラもショックを受けたように体をこわばらせた。だが、タルッティの様子に気付くとすぐに気を取り直し、その背中をどやしつけた。


「ほら、しっかりしてよ。こうなるのは覚悟してたでしょ」


 タルッティは、横にいる妻に初めて気付いたようにパニラの顔を見た。しばらく見つめた後にようやく正気に戻り、文句を言った。


「力一杯叩くな。痛い」


 パニラは安心したように笑い、もう一回背中をどやしつけた。

 タルッティは、仕返しにパニラの背中を軽く叩いた。

 両親の緊張が解けると、ティルダも平静を取り戻した。そして、問いかけるようにアルヴォに目を向けた。


「神聖教をどこかで食い止めなければならない。警告の旅を再開するだけだよ」


 ティルダは、そんなアルヴォを真っ直ぐに見つめて言った。


「私は、魔法が好きだし、魔術師になって人の役に立ちたいの。だから、アルヴォの警告の旅に参加したいわ」


 暗い顔でピリス家の人々を見ていたハンナマリは、二人の様子に気付くと、目を輝かせて両手を胸の前で握りしめた。

 大人達は、成り行きを静かに見守っている。

 アルヴォは、ティルダを見つめたまま、誠実な答えを返した。


「一緒に行こう。僕が皆の安全を守る。旅を成功させよう」


 その言葉を聞いたティルダの顔が輝いた。

 だが、握りしめられていたハンナマリの手は、力なく開いた。


「そこは、君の安全を、でしょ」


 大人達も同意するように溜息をついた。

 タルッティはうさんくさそうにアルヴォを睨み、パニラは残念そうに目を逸らした。




 修道士は、やり切れない気持ちを抱えながら日々を過ごしていた。神の教えにより使うべきではないとされた魔法が未だに盛んに使われているし、司祭は相変わらず魔法の害を説こうとしない。世俗権力の長たる摂政殿下から下された魔法禁止令も、郷主が施行時期をずるずると引き延ばしている。町で聞いた話では、すでに他の領などでは魔術師を追放しているという。このままでは、遠からず、神の怒りが町の人々に降り注ぐ日がやってくるだろう。町の人々にも悪いところはある。灯りや、暖房や、砂糖や、焼き物や、湯屋や、他にもいくつもの刹那的な利益や楽しみにのめり込み、我が身を振り返り反省するところが無いのだ。だが、そんな人々にも不幸になってほしくはない。

 こんなマーリングの状況を記して教主宛に送った手紙は、無視されてしまったようだ。遅くとも一月半ばには着くはずなのだが、それから一月もの間何の動きもない。所詮一介の修道士が送った手紙など、教主に読んで頂けるはずもなかったのかも知れない。

 それでも、正しい道を歩もうとする自分がすっかり魔法に侵されたこのような町にいるということは、何かの役割を神が与えたもうているのだろう。今は、それが何か分からないが、必要なときが来れば、敬虔な信者である自分には分かるはずだ。


 その日の午後早く、魔術師を追放するとの郷主令が出された。命令通りに魔術師が退去し魔法職人が行いを改めれば、自分の役割はなくなる。つまり、単に命令が実行されることを確認すればいいのか、何かの問題が起きるのかは分からないが、この命令が出されたということが自分の役割を示唆しているに違いない。


 そこで、修道士は、ヘルミネン家に向かった。ヘルミネン家の人々は、この町の魔法利用の中心にいる。彼らがおとなしく去るなら確認だけで済む。そうではなくて何かが起きるなら、まさにヘルミネン家で起きるだろう。

 修道士がヘルミネン家のあるマルム通りにさしかかったとき、前方に見慣れない男達が歩いていた。それとなく様子を窺っていると、揃ってヘルミネン家に入っていく。男達のうち二人が長い棒を持っている。おそらく、魔術師の杖だ。羽織っているのは防寒用のマントに見えたが、袖もあるし褪せた色をしているところを見ると、魔術師用のローブらしい。修道士は、彼らこそが自分の役割を示すに違いないと考え、彼らの目的を知るためにヘルミネン家の窓の下に張り付いて聞き耳を立てた。




 ヌーティは、久しぶりに会う友人達に温かい茶を配っていた。


「随分長く会う機会が無かったよな。何年ぶりだろう」

「あんたの奥さんが亡くなって以来だから、もう十年近くになるだろう。あんたも年を食ったな。お嬢さんは元気か?」

「年食ったなは余計だが、娘は元気だぞ。今魔術師を目指して勉強してるよ」

「この世情でか?」


 それを聞いた訪問者は、驚いて問い返した。同行者も言葉を失いヌーティを見つめている。


「俺達は、追放される予定だからな。問題ないさ」

「問題ないさって……そんなに軽く言えるようなことじゃない気がするんだが」

「重く言ったってしょうがないだろ。それより、あんた達も追放されてきたわけだな」

「あんたと話してると、追放がたいしたことじゃないような気がしてくるから困る。ああ、追放されたよ。数日前までは領軍魔術師だったんだがな、修道軍とかいうのが摂政の命令書をこれ見よがしにかざしながらやってきて、領主に即時追放を迫ったんだ。まずは領軍魔術師を追放せよってさ」

「高飛車だなあ」


 ヌーティが相づちを打つと、訪問者は怒りの表情を浮かべた。


「あんな奴ら簡単に排除できたんだ。相手はたったの十人だし、こっちには領軍魔術師が二人いる」


 訪問者は、思わず大声を出したことに気付くと、謝罪して、声のトーンを落とした。


「すまん、少々腹立たしくてな。で、奴らの言い分を聞いた領主が、今後のことを考えると軍魔術師を失う方がましだと決めた。領主の考えも分からんではないから、領軍魔術師全員でさっさと出てきたわけだ。追い出されたと思うと気分が悪いから、出て行けと言われる前に自分たちから出てきた」

「修道軍かあ。本当にいるんだ」

「修道軍を知っていたのか?」

「まあ、噂でな。あんたがいたバーラベル領にはもう来たんだな」

「来た。郷軍が魔術師を抱えている町を通ってきたが、そちらにはまだ来ていなかったな。大分手薄なようだ。いずれ来るだろうから、郷軍の魔術師も拾ってきた。そっちの二人がそうだ」


 示された二人が会釈した。

 ヌーティは、軽く会釈を返し、話を続けた。


「ふーん、アンデルベルにはまだ来てないみたいだ」

「ロースベルにも来たそうだぞ。もう魔術師がいないと聞いても、疑って確認のために居座っているようだ」

「ロースベル領主の諦めが良過ぎたから疑ったんだろ。領軍魔術師だったルトヴィクがうちに立ち寄ったんだが、魔法禁止令を聞いてすぐに追放を決めたそうだ」




 ヌーティ達が部屋の奥にある煖炉の側で話していたので、窓の下に潜む修道士には彼らの話があまりよく聞こえなかった。だが、いくつか重要な事実を聞き取れた。摂政が遣わした修道軍が魔術師を追い出そうとしている、バーラベル領とロースベル領には修道軍がいて魔法禁止令を徹底しようとしている。ここまでは、いいことだ。一方、悪いことも分かった。修道軍を蹴散らせる腕を持つ軍魔術師が四人もヘルミネン家に集合している。確か、居候のユバ家の二人も軍魔術師だったはずだ。つまり、六人もの軍魔術師がマーリングの魔法の元凶の家に集まっている。反乱を画策するには十分なのではないだろうか。


 この事実を修道軍に伝えなければならない。それこそが、神が自分に与えたもうた役割に違いない。

 この話を司祭に伝えたら、神殿急使で教主様に知らせてもらえるだろうか? 到底できそうにない。修道士は、すでに司祭を信頼していなかった。自分でも出せる通常便では、手紙が届くのに二週間くらいはかかるし、前回のように黙殺されるだろう。であれば……


 修道士は、自らがロースベルにいる修道軍に知らせに行くことにした。

 司祭に知られると止められるかも知れない。司祭に見つからないように、夜中にそっと出発しよう。ロースベルの領都までは、急げば二日で着けそうだ。天候が少々不安ではあるが、やるしかない。


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