魔術師訓練再開
「ゆっくり考えたらね、橇に地下室は作れないっていうことに気付いたのよ。だから、二階を作る方がいいと思うの。あたし達はフェイなんだから地下室の方が落ち着くと思うんだけど、作れないものはしょうがないわよね」
寝ている間に非現実的なことに気付いたのか、ハンナマリは、昨日考えていたよりはマシかも知れない橇の改造案を、厨房から朝食を運びながら話していた。
厳しい状況を聞いたハンナマリがどうなるか心配していたヌーティは、いつもの調子が戻ったことに安心して、笑いながら相手をしている。
「二階なんか作ったら、橇がひっくり返るぞ」
「魔法で支えればいいじゃない」
「寝てる間に風が吹いたらどうするんだ?」
「ひっくり返さないための当番を作る?」
「そのためだけに誰かが不寝番をするのか? それはひどいだろ」
「魔術師が四人もいるから大丈夫」
ハンナマリは、チラリとアルヴォに目をやった。昨日から引き続き、何か沈み込んでいるようだ。ハンナマリが変な話をしていても乗ってこないのはいつものことだが、普段なら笑うくらいはする。
「アルヴォが予備呪文を覚えられたら、魔法職人も当番ができるかもね?」
わざと名前を出して話を振っても、返事もしないし、全く表情が変わらない。ずっと浮かない顔で俯いている。
ハンナマリがさらに何か話を振ってみようとしたとき、窓の外にタルッティの頭が見えた。
「あ、ティルダのお父さんだ」
ハンナマリの言葉に、アルヴォがはっと顔を上げた。
すぐに扉が叩かれた。サロモンが扉を開け、タルッティとティルダを迎え入れた。アルヴォはティルダを見つめているが、ティルダはそれに気付かず、父親とサロモンを交互に見ている。
サロモンが椅子を勧めたが、タルッティは断った。
「今日は仕事があるから、すぐに帰る。昨日の話を聞いた後、家族で話し合ったんだ。夜中まで話し合って、結局、必要なら俺達もあんた達と一緒に逃げることにした。だから、ティルダの訓練を続けてもらえないか?」
「いいのか?」
「ああ、ティルダもそれを望んでるんだ。先日は怒鳴って悪かった」
サロモンは、ティルダに目で問いかけた。
「サロモンさん、お願いします。私、魔法の勉強を続けたいんです」
ティルダがそう言うことは分かっていた。サロモンが知りたいのは、タルッティのことだ。
「お父さんも、賛成してくれているんだね?」
「はい」
サロモンは、チラリと窓からティルダの家の方を見た。パニラが見張っているということはなさそうだ。
それを見てサロモンが何を心配しているのかを察したヌーティは、持っていたパンを盛った皿をテーブルに置き、ティルダに向き直って尋ねた。
「タルッティも納得してるんだよな?」
「はい」
「タルッティは、自分で決めたのか?」
「はい。お母さんが賛成させたんじゃありません」
「ぷーっ」
「おいっ!」
サロモンとヌーティは吹き出し、タルッティは慌ててティルダを止めようとした。
「あんたの娘はよく見てるぜ、タルッティ。あんたが心から納得したって分かってくれてるよ、あはは」
「ああ、うー、分かってるに決まってるじゃないか……何言ってんだ」
ヌーティのからかっているようでそつの無い言葉に、タルッティは反論するわけにもいかず、終いには小声になってしまった。
サロモンは、タルッティの態度から、本当にピリス家全員がティルダの訓練に賛成していることを確信した。
「アルヴォ、今日からティルダの訓練を再開しよう。ハンナマリもよろしく頼む」
「はいっ。学校から帰ったら、また一緒に勉強しようね、それから街灯点灯だわ。今度は明るく光らせられるよ。ねえ、ティルダ」
「うんっ」
ティルダも嬉しそうにうなずいた。
ところが、アルヴォが躊躇した。
「僕は、ティルダに魔法を教えたくないんだ」
「え?」
ティルダがアルヴォの方に振り向いた。ハンナマリは、固まっている。
「どうした? なぜ教えるのが嫌なんだ?」
ヌーティの問いに、アルヴォは迷いながら答えた。
「教えるのが嫌というわけではないんです。ただ、いくらしっかり準備するとしても、逃亡生活は楽ではないでしょう。それに、東の国にも神聖教の手が伸びていれば、それがいつまで続くか分からない。僕は、ティルダにそんな思いをしてほしくないんです」
「アルヴォ……」
ティルダは、頬に手を当ててアルヴォを見つめた。
ハンナマリは、アルヴォに心配しなくていいじゃないと言いかけたが、ティルダの頬が薄く色づいているのを見つけて慌てて口をつぐみ、目を輝かせてアルヴォとティルダを見比べた。
アルヴォは、そんなティルダとハンナマリの様子には気付かず、歯を食いしばって俯いている。
ヌーティは、タルッティがアルヴォを値踏みするような目で見ていることに気付いた。
「タルッティ、そういう目でアルヴォを見るのは、まだ早いんじゃないかなあ」
「お前にも娘がいるんだから、分かるだろ」
タルッティは、じろりとヌーティを睨んだ。
「うん、まあ。ところでアルヴォ、東の国なら大丈夫だぞ。少なくとも去年の夏には変わりなかった。二年に一回くらいは俺の師匠だった人と手紙をやりとりしてるから、様子が分かるんだ。さすがに二年足らずで変化が起きたとは思えないだろ」
それを聞いたアルヴォは、やっと顔を上げた。
「そうなんですか。じゃあ、心配なのは旅の危険だけですね。マーリングに残るのとどっちが安全なんだろう?」
アルヴォを納得させるにはどう言えばいいか、ヌーティとサロモンが考えていると、ティルダが話し始めた。
「私は、魔法で皆の役に立ちたいの。本当はマーリングでそうしたかったんだけど、できなくなっちゃった。まだ魔術師になれるかどうか分からないけど、魔法職人にはなれそうだから、魔法を使えるところに行きたいの。だから、必要なら、アルヴォ達と一緒に行きたいの」
アルヴォは、まだ迷っていた。
「でも、本当はどちらがいいんだろう?」
「アルヴォ、それは、本人以外には答えを出せない問題だ。そして、彼女は答えを出した。では、お前の役割は何だ?」
「それは……」
サロモンの言葉でアルヴォは気付いた。危険を恐れて立ち止まっているのは自分だけだった。他の魔法関係者は自らの力を役立てるとともに神聖教の危険性を警告するために、ピリス家の人々はティルダの夢を叶えるために、それぞれ前に進もうとしている。ならば、自分の役割は明確だ。
「この旅が成功するように全力を尽くします」
立派な答えだったが、サロモンは眉をひそめた。期待した答えとは少し違う。仕方が無い、真っ直ぐに尋ねてしまおう。
「ティルダのことをどうするんだ?」
「あ、訓練を再開します」
アルヴォは、はっきりと答えた。
室内には、何か違うという雰囲気が漂った。
ハンナマリが不満そうに呟いた。
「あ、じゃないのよ。もう」
タルッティが冷めた視線をアルヴォに送りながら、頬を手で覆ったままのティルダを促して戸口に向かった。
「俺達はこれで帰るよ。アルヴォ、ティルダの訓練をよろしくな」
「はい、もちろんです」
タルッティは、扉を開けながら、疑わしそうにアルヴォを睨んだ。
それに気付いたティルダは、すまなそうに手を振って別れを告げ、父親を追いかけた。
家に向かう彼らの話し声が扉越しに聞こえてきた。
「アルヴォなら、心配ないわ。ちゃんと教えてくれるもの」
「そんなことを気にしているわけじゃない」
「じゃ、何?」
「聞くな」
「ねえ……」
二人の声は、すぐに聞こえなくなった。
それから数日が経ち、三名のグループがヌーティの家に立ち寄った。アンデルベル領の南にあるロースベル領のニューテンゲルに住んでいた魔術師のルトヴィクとその家族だった。
「よう、ヌーティ。まだマーリングにいたのか」
「ルトヴィクか。久しぶりなのに、なんて挨拶だ」
ヌーティは、彼の後ろに並ぶ女性と子供に気付いた。
「ひょっとして、ロースベルではもう魔術師を追放してるのか?」
「魔法禁止令が出てすぐにな。妻と子供を連れて東へ逃げようと思ってるんだ」
ルトヴィクは、家族を手で指し示した。
「早いなあ。まあ、入りなよ。外は寒いよ」
「いや、挨拶に寄っただけだ。思ったより遅くなったから立ち話だけで失礼するよ。今日中にもう一つ隣の町まで行かないとならないんだ」
ヌーティは、空を見上げた。そろそろ日が傾いている。子供連れでは隣町まで三時間以上かかるはずだ。
「そりゃ無理だろ。日暮れまでに着けないぞ」
「馬橇を雇ってきた。街道の路面もいい。日暮れ頃には十分に着くさ」
「意外に豪勢だな」
ルトヴィクは、懐を軽く叩いて笑った。
「ロースベル領主が路銀をくれたんだ。確実に追放するという理由で、アンデルベル領との境まで護衛も付けてくれたぞ」
「そうか。護衛の連中はよくしてくれたかい?」
「道すがらずっと教主の悪口を聞かされたよ。まあ、私も大分言ったがな」
ヌーティは、その言葉に首をかしげた。
「王都への出張時にあんたに世話してもらったサロモンは、ロースベルには魔法を嫌う人が多かったと言っていたけど、実際にはそうでもなかったのかな?」
ルトヴィクは、顔をしかめた。少し怒りが見える。だが、それは、ヌーティに向けたものではない。
「あの頃、庶民は神殿司祭どもの説教を真に受けて魔法を嫌い始めていた。最近では、軍にもそういう奴らが増えてきた。だが、護衛してくれたのは、魔術師と共同で作戦を遂行してきた仲間だ。司祭どものあおりなどに乗る馬鹿な連中ではないんだ」
「そうか。魔法禁止令を今出したのは、やっぱり、神聖教の連中の準備が整ったからなんだな」
神殿を使ってじわじわと魔法排除の準備を進め、ついに支配者が庶民の魔法嫌いを無視できない段階になったのだろう。併せて、世俗権力を取り込むために、おそらく神聖教を受け入れなかった王を排除して、うまく操れる摂政を立てたに違いない。イェスタベルでは、無理に魔法を排除させようとすると反乱を起こしかねない先代領主を排除して、軍事に魔法を使わないよう現領主を誘導しているのだろう。ヌーティは、それに気付かなかったうかつさに歯がみした。
ルトヴィクは、神聖教についてサロモンから聞いていた。
「神聖教って、サロモンを西の国から追い出した連中だったか?」
「そうだよ。俺達は、今の教主が神聖教の手先だろうと睨んでるんだ」
「そうだったのか。知らなかった。いつ分かった?」
「サロモンがあんたのところに寄った後だ。証拠があるわけじゃないんだが、あの旅で集めた情報を総合するとそうとしか思えないんだ」
「くそ。そうと知っていれば……もう手遅れか。摂政から魔法禁止令が出されたということは、摂政も取り込み済みなのだな」
「そこが確実じゃないんだ。アンデルベル領主は、教主の暴走じゃないかと疑ってる。今確認中だ」
「まだ希望を持っているのか。まあ、魔法で稼いでるアンデルベルならそうせざるを得ないかも知れないな」
「しばらくうちに泊まって、魔法禁止令が本当に摂政から出されたのかの確認を待たないか?」
ヌーティは手で家に入るよう促したが、ルトヴィクは首を横に振った。
「いや、俺は行くよ。今ならまだ、いろいろな交通手段を使える。魔術師追放が本格的になると、業者達が魔術師を避けるようになるかも知れない」
「そうか、そんなことも起きそうだな。でも、魔法職人は追放されないかも知れないんだ」
「お前はだめだろう。娘が魔術師を目指していると、ホルンからもらった手紙に書いてあったぞ。追放されなくても、自分で逃げろよ」
話が少し長すぎたようだ。チラチラと雪が舞う中でルトヴィクの妻が震える子供をかばうように抱いたのがヌーティの目に入った。
「うん。手遅れにならないようにするよ。さあ、家族が寒そうにしてるぞ。早く行けよ」
「そうだな、行くよ。安全なところに着いたら、お前の師匠に俺の居場所を連絡しておく。逃げるにしても留まるにしても、連絡をくれ」
ルトヴィクは、一時期ヘルミネン家に寝泊まりして予備呪文を教わっていたことがある。結局使えるようにはならなかったが、今でもこうやって気にかけてくれるのだからありがたい。
「分かった。夏までには連絡できると思う。気をつけて行きなよ」
ルトヴィク一家は、何度か振り返って手を振り、まだ震えている子供を下ろして何かを言った後、小走りで去って行った。体を温めるために駆けっこでもしているのだろう。




