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遠雷  作者: 北野 いまに
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魔法禁止令公示の翌日

 次の日、ティルダは学校を休んだ。その連絡は、ハンスを経由して伝えられた。ハンナマリは、いつものように隣に住む自分に連絡を頼まないことを怪訝に思ったが、他の友達とのおしゃべりに気を取られて忘れ、下校時にやっと思い出した。


「ねえ、ハンス、どうしてティルダはあんたに学校を休むって伝言を頼んだのよ?」

「知らねえよ。なんだか暗い顔して頼みに来たぞ。お前と喧嘩でもしたんだろって思ってた」

「喧嘩なんかしないわよ。そう言えば、夕べは勉強しに来なかったな。お母さんのお手伝いをしてるんだろうって思ってたけど、違ったのかな?」

「あれじゃないか? 魔法禁止令。夕べ親父から聞いたぞ」


 ハンナマリは、眉をひそめて唇を尖らせる。


「それ、どうせ取り消しになるわよ。きっと偉い人たちがゴタゴタして、教主って人が勝手に出したんじゃないかってお父さんが言ってた」

「え、そうなのか? でも、うちの親父は本気にしてたぞ。まずいことになったって悩んでた」

「そう言えば、まだ取り消されたって聞かないわね。領主様が確認中だって聞いたけど」

「お前なあ、王都まで遠いんだぞ。一日で分かるわけないじゃないか」

「そうだけどさ」


 ハンナマリは、本当に魔法禁止令が取り消されるのか、急に不安になってきた。きっと、ティルダも同じ不安を抱えているに違いない。


「ティルダの家に寄ってみようよ。ハンス、ついてきて」

「一人で行けよ」

「いいじゃない、ついてきてよ。なんだか、心細いよ」


 ハンスは、ハンナマリの情けない顔に気付き、少しかわいそうになった。


「しょうがねえなあ。この小心者が」

「繊細と言ってよ。乙女なのよ」

「どっちの言葉も、お前にゃ似合わねえ」

「あんた、言葉の意味が分かってないでしょ。ハーマニコフ先生に言いつけちゃお」

「俺、読み書きの成績はお前よりいいんだぞ」

「試験ばかり良くて、応用できない人なのね。かわいそうに」

「へっ、負け惜しみ言うな」


 いつものように減らず口を叩いていてもハンナマリが緊張しているのが分かったので、ハンスは、自分の家を通り過ぎてもハンナマリに付いてきた。

 ティルダの家が通りの角から見えたとき、玄関扉が開いてタルッティが出てきた。後ろからパニラがタルッティを押している。タルッティの顔はこわばっており、パニラは決然とした表情だ。さらに後ろから思い詰めた顔のティルダが付いてきた。三人は、そのままヘルミネン家に向かった。

 ピリス家の人々を見たハンスが日和った。


「じゃあ、ここでいいよな。俺は帰るぞ」

「何が、じゃあ、よ。家まで一緒に来てよ。頼りにならないなあ」

「だって、雰囲気が重いんだよ。お前んちとティルダんちが話すなら、魔法の話だろ。俺が行ったらいけないような気がする」


 ハンナマリも同じことを考えていた。ハンスに無理は言えない。


「そっか、じゃ、ありがとね。また明日」

「おう、悪いな」


 ハンスは、何回か振り返りながら帰って行った。

 ハンナマリは、ハンスを見送ると、自分の家に向き直り、家で何が起きているの不安に思いながら歩き始めた。




 ハンナマリは、中の様子を窺うように扉を開けた。少し開けた隙間に顔を寄せて中を覗くと、煖炉際の椅子にピリス家の三人が座っているのが見えた。三人とも、先ほど見たままの表情をしている。ヌーティとサロモンは、食卓の椅子を動かして、ピリス家の人々に向かい合うように座っていた。アルヴォは、その後ろに控えるように立っている。

 ハンナマリが入っていっても、一瞥するだけで、誰も声をかけない。ハンナマリは、そっと扉を閉め。足音を忍ばせてアルヴォの横に行った。ヌーティは、彼らしい「お、静かに閉められるじゃないか」というからかいの言葉もなく、単にうなずいただけだった。

 一旦ハンナマリに目を向けたタルッティは、すぐにサロモンとヌーティに向き直った。


「そういうわけで、昨日の言葉は撤回する。ティルダの訓練を続けてほしいんだ」

「え、魔術師を目指すのをやめようとしてたの?」

「魔法禁止令で魔術師が追放されるって聞いたから。お父さんがやめた方がいいって、訓練を断ったの」


 驚くハンナマリに、ティルダが小声で説明した。


「だって、あの命令は、どうせすぐに撤回されるのに。ねえ、お父さん」

「うーん……」


 ハンナマリの言葉に困ったように唸るヌーティ。

 サロモンは、そんなヌーティの肩を叩いた。


「彼女も正しく理解しておくべきだ。すでに一人前の魔法職人だし、魔術師の卵でもあるのだからな」


 ヌーティは、決心するかのように長い息を吐いた。


「そうだな、ハンナマリ、その辺に座れ。アルヴォもだ」


 ハンナマリとアルヴォも食卓の椅子を煖炉の近くに動かして座ると、サロモンが話し始めた。


「あなた方の願いに反対するわけではないのだが、この状況下で魔術師を目指すと決める前に、現状をしっかり知っておいてもらいたいと思う」

「現状って?」

「黙って聞け」


 ハンナマリが尋ねようとすると、ヌーティが止めた。ハンナマリは、いつにない父親の雰囲気に押されて、口を閉じた。


「まず、魔法禁止令が撤回される可能性についてだが、私は、まず撤回されないと思う。教主の背後にいると思われる神聖教は、魔法を禁止するために十分な準備をしたと考えているはずだ。その内容は想像するしかないが、少なくとも、魔法を利用する高位の貴族達が反乱を起こす可能性がなくなるくらいには準備が終わっていることが分かっている。従って、マーリングから追放されることを前提として考えなければならない」

「ヌーティも同じ考えなのか?」と、タルッティ。


 サロモンは、よどみなく続けた。


「反乱の可能性がなくなっていることに気付いたのは、ヌーティだ」


 ティルダとパニラは、呆然とサロモンを見ている。タルッティは、二人を見て、痛々しそうに顔をゆがめた。


「追放が避けられないのだから、追放された後の生活について話しておこう。当然ながら、住む家を失い、移動ばかりの日々を送ることになる。我々は複数の国の軍に追われる立場だったので、宿を取ることもできず、追っ手を警戒しながら野営したり、心ある人々に一夜の宿を頂いたりしていた」


 そして、サロモンは、手短にだったが辛かった逃亡生活を具体的に説明した。

 ピリス家は、一言も言わず、黙って聞いていた。顔色が、だんだんと悪くなっていく。

 話の区切りを見つけて、ヌーティが確認した。


「サロモン、逃亡生活についてはそんなものかい?」

「ああ。彼らが知るべき事は話した」

「じゃあ、俺は違う立場で話そうかな。サロモン、あんたの話を否定するわけじゃないから怒らないでくれよ。ただ、あんたは相容れない考え方の勢力から敗軍として追われる立場だったけど、俺たちの立場はそこまで悪くないんだ」

「そうだな。私が話したのは、最悪の場合についてということになるだろう。私も、あなたの意見の方が現実に即しているのではないかと思う」

「ありがとな」


 ヌーティが笑いかけると、サロモンはうなずいて先を促した。


「俺たちは、別に組織的に追われるわけじゃなくて、この国から追放されるだけなんだ。自分で出て行けば、追い払おうとするやつはいても、わざわざ傷つけに来る奴らは多分いない。マーリングに限って言えば、追い出すのも単なるフリだけだろうな。郷主も領主も、今後の立場というものがあるから、フリくらいはするだろうってこった」


 タルッティ達は、押し黙って聞いている。その顔は、煖炉の発熱石が出すぼんやりした赤い光に照らされてさえ青く見える。


「神聖教の連中は西から勢力を広げてきてるから東側に逃げることになるけど、東には魔法を活用する国が多い。マーリングやルンドフェルトどころじゃないぞ。もっともっと、がっちり活用してる。俺がそういう国から来たことは知ってるだろ。そんな国が神聖教の教義なんか受け入れるわけが無い。ということは、少し東に逃げるだけで、神聖教の手の及ばない国に入れるんだ。サロモン達は半年もかけてここまで逃げてきたけど、俺たちは、多分二ヶ月はかからないんじゃないかな。それくらい行けば、俺が生まれ育った国に着く。王侯貴族から平民まで、魔法の恩恵に与ってる国だ」


 タルッティが割り込んだ。


「そう言うけど、サロモンは春から秋にかけての移動だっただろ。俺たちは冬だ。一ヶ月でも十分危険じゃないか」


 ヌーティは、その質問を待ってましたとばかりに、にやっと笑った。


「冬の旅の障害は、雪と寒さだよな。でも、ホルンがいいものを持ってくる。全員が乗っても余裕がある大きな橇だ。魔術師が四人に魔法職人が二人いるんだから、どこにでも行けるし、凍えることもないぞ」


 そうだとしても、タルッティは、とても安心できなかった。


「そうは言うが、吹雪や吹きだまりや、川を渡るときに氷が割れたり、とにかく、冬の旅は危ないじゃないか」

「まあ、その心配はほとんど無いよ。その程度は魔法で簡単に解決できる」

「ああ、そうなのか」と、タルッティ。納得したようだ。


 ヌーティとサロモンは、うなずき合い、次の話題に移ることにした。互いに少し譲り合ったが、結局ヌーティが話を続けることになった。


「もう一つ考えておかないといけないのは、魔法が無くなったマーリングがどうなるかってことだ。タルッティとパニラは、俺たちが魔法職人組合を作る前のマーリングを覚えてるだろ。居心地は良かったけど、寒くて貧乏だったよな」


 タルッティは、十数年前のことを思い出した。統治に郷主の性格が反映されていたのだろう、治安が良くて住みやすかった。だが、薪は今より大分高価だったし、仕事も少なく、住民は皆貧乏だった。


「ああ、居心地は悪くなかったが、生活は楽じゃなかったな。でも、あの状態に逆戻りするだけなら、ここに残ってもいい」


 タルッティは、そう言いながらパニラを見た。パニラは、そうね、とうなずいた。

 だが、ヌーティは、そんな二人の考えを打ち砕いた。


「多分、魔法が広がる前の状態に逆戻りするだけではすまない。今は、あの頃より人口が二倍もあるし、産業も増えてる。稼いでる産業は、砂糖や焼き物、他にも色々あるが、どれも、魔法が無いと成り立たない。そういった産業が全部潰れるんだ。大変なことになるぞ。職にあぶれた連中が大勢でるんだ。治安も悪化するし、町は汚く不潔になる。郷主でも、昔のマーリングに戻すには十年じゃ足りないだろうよ」


 ヌーティが話し終えても、ピリス家の人々は凍り付いたように座っていた。

 しばらくすると、ハンナマリが心配そうに尋ねた。


「ティルダ、どうするの?」

「わかんない」

「一緒に……」

「ハンナマリ、黙れ」


 ヌーティが割り込んで止めた。

 ハンナマリは、驚いて父親を見つめた。


「ティルダ達だけで決めることだ。俺達の意見は関係ない」


 ハンナマリは、口をつぐんで、俯いた。

 タルッティが、ヌーティの言葉に促されたように立ち上がった。


「家に帰って、俺たちだけで相談するよ。他に、俺たちが知っておくべき事は無いのか?」

「無い。これで全部だ」


 タルッティは、分かったとうなずき、戸口に向かった。


「ヌーティ、サロモン、教えてくれてありがとう」


 パニラは、礼を言ってタルッティに続いた。

 ティルダは、まだ混乱した様子で会釈をし、ハンナマリとアルヴォに小さく手を振って出て行った。




 ハンナマリは、ティルダ達が帰った後も黙りこくっている。

 ヌーティは、しばらくそのままそっとしておいてから、ハンナマリに話しかけた。


「話そうとしたのを無理に止めてすまなかったな。あのとき、お前はティルダに、一緒に、と言いかけたよな」

「うん」

「一緒に、何だったんだ?」

「わかんない」

「わかんないか」ヌーティは、小さく笑った。「そうだな。それはともかく、うちはうちで決めないとな」

「ティルダもアルヴォも関係無いの?」


 ハンナマリは、俯いたまま尋ねた。

 ヌーティは、力を込めて答えた。


「関係無い。ヘルミネン家のことはヘルミネン家が決めるんだ」

「うん」


 ハンナマリは、父親を真っ直ぐに見つめて、うなずいた。父親は、厳しい顔をしていた。

 ヌーティは、ハンナマリの返事を肯定するようにうなずいて、続けた。


「関係無いけど、意見を聞くのはいい」

「えー、何それ?」


 ハンナマリは意外そうに眉を上げ、文句を言った。父は、すぐにこんなことを言うから困る。


「友達に意見を求めるのは普通だろ。お前も、ティルダが聞いてきたら、お前の考えをちゃんと答えるんだぞ」


 ハンナマリが納得できる返事だった。


「そっか、わかった」

「で、どう考えてるんだ?」

「逃げるの。魔法が大好きだもん。お父さんは?」

「逃げるさ。魔法が大好きだからな」


 ヌーティがにやっと笑うと、ハンナマリも表情を緩めた。




 ハンナマリは、ホルンが持ってくると言う大きな橇が気に入ったらしい。夕食の間中その橇を使いやすくする改造について話していた。さすがに玄関こそ付けなかったものの、食料庫や厨房、煖炉と寝室まであって、ハンナマリが言うとおりに改造したらちょっとした家くらいの大きさになってしまいそうだ。

 サロモンは、だんだんと大きくなっていくハンナマリの構想を笑って聞いていた。

 ヌーティは、面白半分にけしかけて、さらに大きくさせていた。

 アルヴォは、悲しそうな表情をしたまま、味もわかっていない様子で食事を口に運んでいた。


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