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遠雷  作者: 北野 いまに
38/58

ティルダの進歩

「おい、競争しようぜ」

「だめ。今仕事中なのよ。競争なんかできないわよ」

 ハンスが言い出した競争を、ハンナマリが一言の下に却下した。

「違う違う、駆けっこしようてんじゃない。せっかく、魔術師やら魔法職人やら揃ってんだから、誰が一番速く街灯を点けられるか競争しようぜ」

「それって、競争できるのはあたしとアルヴォだけじゃない。どうしてそんな競争しなきゃなんないの」

「面白そうだろ」

「全然!」

「それに訓練中のティルダと、魔法職人志望のヤーミと、一般人代表の俺が加われば、一通り揃うじゃないか」

 子供達は、今日は、ティルダの実地訓練に来ている。ティルダはまだ灯り石を光らせられないのだがかなり熱くはなっているし、家に閉じこもって同じ練習用の石ばかり扱っていても成果が出にくいからと、ハンナマリと一緒に街灯点灯の仕事をしてみることになった。ハンナマリが二個の街灯を点ける間に、一回呪文を唱え終えるのがやっとだし、やっぱり光りはしない。それでもティルダは魔法の仕事が身近になった気がして楽しんでいた。この二人に、指導役のアルヴォ、ティルダの訓練に興味を持ったヤーミ、面白がっているだけのハンスが付いてきた。

「私はやってみたいかなあ。よーいどんで呪文を唱えるって、きっと面白いわ」

 意外にも、ティルダが乗り気だ。

 ハンナマリは、渋い顔で反論した。

「そんなの、結果が分かりきってるのに面白くもなんともないわ。どうせアルヴォが一番だし、あたしが大分遅れて二番、ティルダが光らなくて三番失格よ」

「あ、ハンナマリ、ひどいわ。失格って決めつけないで」

 ハンナマリを叩いてむくれるティルダ。

「俺もやるぞ。これでも魔法職人志望だからな」

 そこにヤーミが乗ってきた。目をきらきらと光らせてやる気満々だ。

 そこにハンナマリがけんつくを食らわす。

「あんた、呪文も知らないでしょ。どうやって競争するのよ」

「そうなんだよな。今教えてくれ!」

 途端に情けない顔になってハンナマリにすがりついたヤーミだが、その手を払いのけられてしまった。

「あんた、いっつもそんな風に突然よね。そんなにすぐ教えられるわけないじゃない。ティルダだって、最後まで唱えられるようになるのに何日かかかったんだからね。今教え始めたら、競争できるのは十日も後だわよ」

「あたし、二日目に唱えられたのよ」

 ハンナマリの言う大げさに延長された日数に自分の名誉がかかっている気がして、ティルダが抗議する。

「あ、そうだった。でも、ヤーミなら十日よ」

「やってみなきゃ分かんないだろ。教えろよ。俺だって二日でやってみせるよ」

「無理よ無理。ティルダは才能があるから速かったのよ。ヤーミなんて、だめよ」

「なんだよ、俺の親父は魔法職人だぞ。俺にだって才能があるに決まってんだろ!」

 ヤーミが顔を真っ赤にして主張する。

「あ、そうだったっけ」

「お前、そうだっけばっかりだな」

 ハンスが混ぜっ返したが、ハンナマリは無視した。

「そう言えば、あんた、魔法職人になりたいって親と相談したの?」

「あ、まだしてねえや。忘れてた」

 ヤーミは、意地になっていたことをコロリと忘れ、うっかりしてたぜと舌を出した。


 仕立屋が春物コートの注文に来ていた客を店から送り出し、今採ったばかりの寸法を見直していると、何やら外から騒がしい声が聞こえてきた。

 外を覗くと、少し離れた街灯の前で子供達が街灯を点ける競争をすると騒いでいる。アルヴォとハンナマリの顔が見えた。この二人では競争と言っても結果は分かりきっているし、仕事を遊びと混同しているのも良くない。

「こらっ、仕事中に遊んでるんじゃない。真面目にやらんか!」

 仕立屋が叱ると、子供達が一斉にこちらを向いた。

「そうでしょ! 仕事は真面目にやらなきゃだめなのよ、分かる?」

 仕立屋にとっては意外なことに、ハンナマリが我が意を得たりとばかりに遊びを止めようとした。

 どうやら、ハンナマリが遊び始めたのではなさそうだ。仕立屋は驚いて、さっと子供達の顔を見回し、一番信頼できそうなアルヴォに事情を尋ねた。

「アルヴォ、どうなってるんだ?」

「色々な子が揃っているから魔法の力を比べてみたらどうだろうという話です」

「色々とは、どういう意味だ?」

 段から一緒にいるのを見ることが多い子供ばかりだったので、仕立屋には何が色々なのか分からない。

 ヤーミが手を上げて大きな声で答えた。

「はいっ、魔術師と魔法職人と魔法職人の弟子と魔法職人志望と一般人です!」

 仕立屋は、まくし立てられて最初は戸惑ったが、ヤーミの言葉の意味が分かると大いに興味を引かれた。

「魔法職人の弟子と志望者とは?」

「ティルダが弟子で、僕が志望者です。せっかく色々揃ったんだから、魔法比べしたら面白いでしょ! 僕、魔法を見るのも好きだし!」

「ふむ、良いことだな」

 仕立屋は魔法職人の数が増えそうなことを喜んだのだが、ハンナマリは違う解釈をした。

「おじさん、全然良くないわよ。そんな競争するより、ちゃんと街灯を点けたいのよ。今日はティルダの練習も兼ねてるんだからね。その邪魔になるようなことをしたくないの!」

「すまん、そう意味じゃないんだ。魔法を使う者が増えそうなのが良いことだと言ったんだ」

 仕立屋が釈明した。

 それを聞いたティルダが嬉しそうな顔をした。自分が魔術師を目指すことを町の人も喜んでくれていると感じたからだ。

 ハンナマリは、それを見て怪訝そうな顔をした。

「ティルダも競争したいの? しょうがないなあ、じゃあ、やろうか。全員参加でいいの?」

「違うの、競争までするつもりじゃ……」

「よーし、やるぞ。全員参加な!」

 ティルダがハンナマリの勘違いを否定しようとしたが、ハンスが大声をかぶせて聞こえなくなった。

 ハンスは、全員にまだ点灯していない街灯を勝手に割り振った。アルヴォとハンナマリが遠くの街灯で、その次にハンスとヤーミ、ティルダには一番近くの街灯を割り当てた。女の子には甘いハンスだったが、ハンナマリはその範疇に入らない。そして、開始の合図をした。

「よーい、どん!」

 ハンナマリは、割り当てられた街灯に向かって勢いよく走った。嫌がっていたくせに、いざ競争が始まると本気になっていた。

 それを見たティルダは、少し遅れて割り当てられた街灯に向かって呪文を唱え始めた。競争するのは好きではないが、それとは関係なく、街灯点灯の仕事には真面目に取り組むのだ。

 アルヴォは、その場に立ったまま呪文を唱え、少し離れた担当の街灯をすぐに点けてしまった。そして、ハンスとヤーミもその場に残っていることに気付いた。

「どうしたんだい? 街灯のところに行かないのかい?」

「いやあ、呪文を知らなくても何とかなると思ったけど、なんともなりそうにないからなあ、棄権だ」

 ハンスがそう言うと、ヤーミも深くうなずいた。

「はあ、ハンナマリの予想通りの順位になりそうだね」

 アルヴォは、うっかりまともに競争したことが、少し恥ずかしくなってしまった。

 仕立屋は、満足そうにティルダを眺めていた。まだ半分も唱え終えていないが、その努力のほどが見て取れた。唱える声を聞くと、正確な発音で正しい強弱が付いており、よく練習していることが分かる。近いうちに新しい魔法職人が誕生しそうだと確信できた。

 最近呪文の改良に余念が無かったハンナマリもアルヴォからそれほど遅れずに街灯を点け終えて、皆のところに戻ってきた。

「あんた達、何もやってないじゃない」

「呪文を教わってないんだからできるわけないだろ。俺達に何を期待してたんだよ」

 ハンナマリが文句を言うと、ハンスがあきれたようにうそぶいた。

「あんたねえ……まあ、いいか。あんたの勢いに乗ったあたしが馬鹿……」

 そこでハンナマリが言葉を止めた。

「うん、馬鹿だな」

 ハンスがその隙につけ込んだが、ハンナマリは聞いておらず、驚いた顔でティルダの方を指さした。

「見てよ、ティルダの街灯が光ってる!」

「え!」

 アルヴォも慌ててその街灯を見た。薄ぼんやりとして明るくはないが、確かに光っている。

 アルヴォとハンナマリは、ティルダのところに行った。ティルダは、嬉しさと驚きの混じった顔で、まだ呪文の最後の部分を唱えていた。二人は、声を掛けたくてうずうずしながらも、ティルダの邪魔をしないように待った。

「やったあ、点いた!」

 呪文を唱え終えると、ティルダが飛び上がった。ハンナマリがそれに抱きつき、二人で跳ね回った。

 その間、アルヴォは、今後の指導のためにと街灯の光り具合を検分していた。

「アルヴォ、そんなことしてないでティルダと一緒に喜んであげてよ。すっごい進歩よ。もうすぐ一人前の魔法職人だわ!」

 ティルダは、そんなハンナマリの褒め言葉を嬉しそうに聞いていた。少し恥ずかしそうにしているのは、喜びのあまり、いつになく大声を出して跳ね回ったからだ。

「ごめん、ティルダ、素晴らしいよ。本当に上手になるのが速いと思う。やっぱり、魔法理論を勉強していると違うみたいだなあ、うっ! 何?」

 アルヴォの褒め言葉を聞いたハンナマリが、アルヴォの背中を叩いたのだ。

「どうしてそこで魔法理論の話なんてするのよ。ティルダの努力と才能を褒めるところでしょ!」

 アルヴォは、ハンナマリの怒りももっともだと思った。

「ごめん。すごく真面目に勉強してたよね。いい成果が出て嬉しいよ」

「なんだか堅苦しいなあ。軍人の話し方って、どこか変よね。ねえ、ティルダ」

「ううん、でも、褒めてくれたわ。ありがとう」

 手厳しいハンナマリに対して、ティルダはいつものように優しかった。


 ハンナマリが、風のように家の中に駆け込んできた。

「どうした? 何かあったのか?」

 勢いよく開いた扉が立てた大きな音に、ヌーティが椅子に座ったまま首を巡らせて入り口の方を向いた。いつものことではあるので驚きはせず、一応声は掛けたものの、またかとうんざりした顔だ。

 ハンナマリは、先ほど競争したときの興奮がまだ冷めておらず、顔を紅潮させ早口でまくし立てた。

「すっごいの! ティルダも一緒に街灯点灯に行ったじゃない。そしたら、ティルダが……そうだ、ティルダ、自分で言いなさいよ。って、あれ?」

 後ろにいるはずのティルダを前に押しやろうとしたハンナマリの手が空振りした。

「どうしたのかな? 先に家に帰って報告するのかな? それもいいわよね、お父さん!」

「何の話だ? ティルダがどうかしたのか?」

 ヌーティは、いつもと違うハンナマリの様子に興味を引かれて尋ねた。

 ところが、ハンナマリは話そうとしない。

「うん、どうかしたんだけど、ティルダが言う方がいいの。あれ、アルヴォも付いてきてない。まあいいわ。サロモンさんは家にいる?」

「いるぞ。おーい、サロモン」

 ティルダに何かいいことがあったらしいと見当を付けたヌーティは、大声でサロモンを呼んだ。

 今の騒ぎが聞こえていたらしいサロモンは、すぐに顔を出した。

「奥まで聞こえていたぞ。ティルダがどうしたのかね?」

 サロモンもハンナマリの騒ぎにはすっかり慣れていて、落ち着いたものだ。

「こんなにすごいことが起きたのに、どうしてそんなに落ち着いていられるの? 大喜びするのが普通じゃない?」

 ハンナマリは、大人達の態度がじれったくてしょうがない。しかし、大人達にも言い分はある。

「お前は、さっきから、すっごいしか言ってないぞ。何がそんなにすごいんだ?」

「だから、それをあたしが言ったってつまんないじゃない。ティルダから聞いてよ」

 ヌーティは苦笑いし、サロモンは笑いながら続きを待っている。


 そこに、ティルダが到着した。開けた扉にもたれて息を切らしているティルダの後ろにアルヴォもいる。

「ティルダ、先に家に寄ってきたの?」

「違うわよ。ハンナマリったら、走るの速いんだもん。ついて行こうとしたら転んじゃった」

 ティルダは、そう言いながら中に入ってきた。アルヴォは、また転ぶんじゃないかと心配しているのか、まだ肩で息をしているティルダを守るように付き添っている。

「そうだ、ティルダ、さっきのこと話してあげてよ。ティルダが言う方がいいと思って、ずっと言うの我慢してたんだからね。ほらほら」

 少々疲れ気味だったティルダの顔が、ぱあっと明るくなった。胸の前で両手を握り合わせながら、師匠であるサロモンに向き直って興奮気味に報告した。

「今日、街灯が光ったんです。暗かったけど、はっきり分かるくらい光ったの!」

 後半は大声になってしまった。口を押さえて、少し赤くなる。

 ヌーティは、喜色満面でティルダを褒めた。

「そりゃすごい。まだ訓練を始めて三週間経ってないぞ。普通なら最低でも一ヶ月はかかるところだ。こりゃあ、ティルダ、大したもんだ」

 ティルダは、ヌーティに嬉しそうな笑顔を向け、師匠からの褒め言葉も期待してサロモンを見つめた。

 ティルダの視線が外れると、ヌーティは、すぐに表情を消してしまった。

 サロモンは、表情の無い心ここにあらずと言った顔をしていたが、そんなティルダに気付くと明らかに努力して笑顔を作った。

「よくやった。君はよく努力していたからな、それが報われたのだろう」

 誠意は感じられても、喜びが感じられない声だった。努力の成果を褒められているとしても、喜んでもらえていないように感じたティルダの表情が少し固くなった。

 ぎこちない雰囲気を察したヌーティが、慌てて口を挟む。

「サロモンは褒めるのが下手だからな、軍人ってのは口下手で困ったもんだよ。ティルダ、本当によくやったぞ。お父さんとお母さんにも報告しておいで。きっと喜んでくれるよ」

 ティルダは、はい、と返事をして、素直にヘルミネン家を出た。

 アルヴォは、ティルダに付き添った。

 ハンナマリは、戸口に立って心配そうに見ていたが、二人が隣家の陰に入ると、扉を閉め大人達を振り返った。

「サロモンさん、どうして喜んであげないの? ティルダは頑張ってすっごい成果を出したのよ。お父さんの弟子にだってあんなに早く街灯を光らせた人なんていないのよ。喜んであげないなんて信じられないわ」

「まあまあ、サロモンにも考えることがあったんだよ」

 友達の成果がないがしろにされたと感じたハンナマリは、本気で怒っていた。だから、なだめようとしたヌーティにも言わずにはいられない。

「お父さんも最初は喜んでくれたのに、すぐに難しそうな顔しちゃって、どうしたのよ。ティルダも気付いてたわよ。ティルダが早く魔法を使えるようになっても当たり前だって言うの? そりゃ、新しい訓練方法の成果なのかも知れないけど、それだってティルダがうんと頑張ったからでしょ」

 ヌーティとサロモンは、顔を見合わせた。まだ、ティルダの成果を心から喜んでやれなかった理由を言うわけにはいかない。

「そうだな、済まなかった」

 サロモンは、それだけを言った。

 ハンナマリは、あまりに簡単な返事に怒っている。

 そこにアルヴォが帰ってきた。

「ティルダのお父さんとお母さんは、とても喜んでいらっしゃいました」

 アルヴォは、それだけを固い声で言うと、夕食を作りに厨房に入っていった。

「今日は、あたしがアルヴォと夕飯当番をやるわ。サロモンさんは、明日お願いね」

 ハンナマリも、どかどかと足を踏みならしながら厨房に行ってしまった。

 ヌーティとサロモンは、また顔を見合わせた。

「子供達を怒らせちまったな」

「まあ、仕方あるまい。ティルダには悪いことをしたが、子供達が我々の分まで喜んでくれている」

「それじゃだめな気がするなあ」


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