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遠雷  作者: 北野 いまに
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禁止令予告

 夜中しんしんと降り続いた雪は、人間の足が膝まで埋まるほどに積もっていた。窓から外を見ると、道路と庭の境も分からなくなっている。柵の端の高い部分が積もった雪をわずかに押し上げ、やっとの事で存在を示している。疲れが溜まっていた子供達がギリギリの時間まで寝ていたので、雪かきをする暇が無かった。

 ハンナマリは、先ほど学校に行った。ティルダを誘いに庭を通って隣家に行ったので、ヘルミネン家の庭と道路を結ぶ通路がどこにあるのか、慣れた者でないと分からない。

 そろそろ仕事に行こうとヌーティとサロモンが支度をしていると、アルセスが引く二人乗りの橇に乗ってロニーがやってくるのが窓から見えた。橇を道路に駐めて大急ぎで戸口まで来ようとしている。道路際の雪の盛り上がりが何を示すかが分かったらしく、そのどちら側を通れば良いのか一瞬迷って立ち止まった。結局どっちでもいいやと片側を選んだが、運悪く柵がある方だったので、足を引っかけて転んでしまった。だがすぐに、小声で何やら毒づきながらも急いで起き上がり、体に付いた雪を払い落としながら戸口に向かってきた。


「ヘルミネンさん、ご在宅ですか」


 ヌーティは、転んだロニーに気付いていなかったふりをしようと三つほど数えて間を取ってから、扉を叩きながら呼ばわるロニーを素知らぬ顔で出迎えた。


「やあ、ロニー、おはよう。朝早くから、なんだい?」


 ロニーは、真面目な表情で用向きを述べた。


「郷主がお呼びです。直ちに、サロモンさんとともに郷主邸までおいで下さい」


 ヌーティは、目を見張った。


「直ちに? 何かあったのかい?」

「私は聞かされてないんですよ。とにかく、そこに駐めてある橇を使って、急いで行って下さい」

「郷主はお急ぎなのだろう。すぐに行こう」


 まだテーブルに着いていたサロモンも、話を聞きつけて戸口までやってきて、外套に袖を通し始めた。

 ヌーティも外套を着込みながら、黙って様子を窺っているアルヴォに指示を出した。


「アルヴォ、急用ができたと副組合長に伝えて、俺達二人分の穴埋めの調整をしてもらってくれ」

「はい」




 ヌーティが扉を閉めると、先に立って橇に向かうロニーの後ろ姿が目に入った。背中には、落としきれなかった雪が付いている。


「ぷっ」


 ロニーが転ぶ様子を思い出して思わず吹き出したヌーティを、ロニーは肩越しに見た。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」


 ヌーティはそう言いながら、つい、ロニーが転んでできた穴にチラリと目をやってしまった。


「あ、ひょっとして見てました?」


 慌てるロニー。毛がびっしり生えているので顔色は分からないが、多分真っ赤になっている。


「あああ、見てないことにしようと思ったんだけどなあ」

「いや、いいです。あんな罠みたいな柵があるなんて、気付かなかったですよ。引っかかったの、俺だけじゃないでしょ」仕事中なのに、少し言葉が崩れてしまった。

「うん、まあ、どうだろうなあ?」


 ヌーティは、あの柵は罠じゃないし、かかった奴なんて見たことないし、と思いつつ、適当にごまかした。

 ロニーは、微妙な顔をしつつも、アルセスの手綱をヌーティに押しつけた。


「さあ、早く行って下さい。郷主がお待ちです」


 サロモンがヌーティの後ろに乗りながらロニーに尋ねた。


「君は乗らないのか?」

「私が乗ると少し窮屈ですし速度が出ません、速さ第一ですから、お二人だけで行って下さい。私は、のんびり歩いて帰りますよ」

「分かった。すまんな」




 二人が郷主邸に入ると、すぐに会議室に案内された。

 そこで待っていた郷主は、固くこわばった渋面を二人に向けた。

 ヌーティは、郷主の怒りを感じ取り、仕事で不都合なことを何か起こしただろうかと、最近の組合の活動を頭の中でさらい始めた。こんなに郷主を怒らせるような何かがあったのだろうか? やらかした魔法職人が報告をためらうようなことが? いや待て、早く魔法の供給量を増やせとのお叱りだろうか? 確かにここ十年の遅れを取り戻すほどには進んでいない。だが、今でもできる限りのことはしている。これ以上早めるとなると、どうすればいいんだ? あれこれと考えながらヌーティは、ぎくしゃくと勧められた椅子に座った。

 そんなヌーティの様子に気付いた郷主は、安心させようと無理に笑みを浮かべた。だが、ヌーティには、その引きつった笑みが怒りの形相が深まったようにしか見えず、神妙な表情の裏で必死に最近の活動の再検討を続けた。

 サロモンは、落ち着いて席に着き、郷主に注目した。

 郷主は、サロモンの視線に気付くと、ヌーティから注意を逸らし、一つ深呼吸をした。


「近いうちに魔法禁止令が出されるようだ」


 サロモンは、一瞬眉を動かしただけで、無表情を貫いた。

 仕事上の問題ではないかとあれこれ想像を巡らしていたヌーティは、どうやらそういうことではないらしいと察し、表情を緩めた。だが、すぐに、そんなものより遙かに深刻な郷主の言葉の意味に気付き、思わず立ち上がった。


「それは……確実なのですか?」


 郷主は、小さくうなずいた。


「今知りうる限りの情報に依ればな」


 ヌーティは、大きく息を吸い、天井を見つめて絶句し、それでもなんとか声を絞り出して尋ねた。


「情報源は、腹の痛いあれですか?」


 郷主は、何を言われたか分からず、怪訝そうな表情になった。


「ほら、痛くもない腹を探られるのは困るけど、痛い腹を探られてはもっと困るという……あの、どうでもいいことでした。すみません」

「ああ、この間の。いや、よい。お前らしい質問だ。だが、腹具合をお前に知らせるつもりは無いぞ。業務上の秘密だ。魔法職人組合にもあるだろう」


 ヌーティの質問は的外れだったが、あまりにいつも通りなヌーティのとぼけた振る舞いに、郷主の緊張はほぐれてきた。

 逆にヌーティは、動揺をあらわにしている。普段なら、冗談の一つも言って平静を装い、その裏で色々と考えるしたたかさがある。しかし今回は何かを言おうとはするものの、口がパクパクと動くだけで言葉が出てこない。

 郷主は、一瞬同情するような表情を浮かべると、厳しい表情ながらも落ち着いているサロモンに向き直った。


「ユバ殿はどう考えるか? あなたが経験した神聖教の行動と照らして、何か分かることがないかね?」


 サロモンは、全く表情を変えずに郷主を見返した。目の色だけが、暗さを増した。


「私の生国サンデのいくつかの近隣国で起こったことに似ています。ですが、この国の魔法に対する反感の乏しさを考えると、神聖教が少し急ぎ過ぎているように感じます。魔法に親しんでいるのがアンデルベル領だけだとはいえ、周辺の領地や王都でもうまく魔法を取り入れようと考える支配者がいるようですし、庶民は魔法に反感を持ち始めているものの、まだ積極的に排除しようというところまでには至っていませんから」

「それでは、今魔法禁止令を出す理由が分からんな」

「これまで多くの国々から魔法を駆逐してきた経験から、この現状でも十分に布教が進んだと考えているのかも知れません」

「あり得ることだ。摂政就任直後に魔法禁止令を出したということは、摂政が彼らの傀儡ということかも知れん。もしそうであれば、私達の王都での有利が消え去るな」

「ご壮健であられたと聞く王が病で伏せていらっしゃるというのも納得しがたいところです」

「そのような事例もあったのかね?」

「いくつも」

「なるほど。では、そういうことなのかな。いや、それだけでは、魔法の活用を狙う領主達から強い抵抗を受ける。仮に摂政ではなく王ご自身であっても、それを無視することはできまい。まだ足りない」

「すでにそのような領主達を押さえているのかも知れません」

「我が国では、ここアンデルベル領が魔法活用の最先端だ。それは教主も知らないはずが無い。ならば、真っ先に抑えるべき領のはずだが、領主の魔法活用に対する姿勢もここ十年以上変わらないぞ」

「そうですね、では、魔法禁止令を出すには少々時期尚早と言わざるを得ないでしょう」

「私にもそうとしか思えん。では何故だろう?」


 郷主とサロモンは、郷主の知るわずかな情報と、サロモンが豊富に持つ不幸の記憶を頼りに、状況を分析しようとしている。

 一方、ヌーティは、マーリングの全ての魔法職人達と郷主の努力の成果を無に帰す魔法禁止令にショックを受けていたが、郷主とサロモンの議論を聞くうちに魔法禁止令の影響そのものからは気が逸れて、少しは頭が回るようになってきた。すると、議論する本人達の目には見えないものが見えてくる。


「あの、よろしいでしょうか?」


 推理が煮詰まって同じところをぐるぐると回っていた郷主とサロモンは、二人同時にヌーティに視線を向けた。


「イェスタベル領の態度が変わったのは何故なのでしょう?」

「イェスタベル領?」


 サロモンが知らない地名だ。


「アンデルベルの東にある領地だよ。しつこく予備呪文について知りたがっているんだが、三年ほど前に領主が代替わりしたのを機に少し変わったと思うんだ」

「いや、態度が変わったとは思わんな。代替わり後もしつこかったぞ。領主と私で押し止めていたがな」

「ありがとうございます。でも、それを迂回した連中が、私のところにも時々来てうるさかったのです」

「そうか、それは済まんな。ところで、何が変わったと思うのだ?」

「先代領主の頃に比べると、魔法の軍事利用についての相談が無くなりました。逆に、魔法を産業にどう活用できるかという相談が増えましたし、魔法職人組合の運営に関しても色々と聞かれるようになりました。新しい領主は、魔法を軍事より産業に使いたがっているようです」


 郷主は、不思議そうに首をかしげた。


「我々の望むところではないか。何が問題なのだ?」

「先代領主は、魔法を軍事に活用する方針だったはずです。現領主は何故方針を変えたのでしょう?」

「それは、アンデルベル領の成功を見たからだろう。いや待て、あそこは昔から軍事重視の家柄だったはず。産業活用一辺倒は不自然だな」

「さらに、最近は、イェスタベルからの接触が減っているのです。静かで良いのですが、ここ一年ほどで急に消極的になったような気がします」

「まあ、予備呪文を普及させられずにいるからな。様子見になってしまった領地は多い。イェスタベルもそうなのかも知れん。長く停滞している以上、やむを得ないだろう」

「陛下が待って下さっているのに、同じように期待していた領主達がそろって諦めるなど、おかしくはありませんか?」

「ふうむ、そう考えることもできるな。しかし、もしその変化が教主の手によるものだとしても、嫌らしくて迂遠過ぎる方法だな」


 納得できない郷主に、サロモンが進言した。


「郷主、神聖教は、新しく支配しようとする国に対して、そのような手をよく使います」

「そうか」


 郷主は、そこで言葉を切り、サロモンの言葉が意味するところを頭の中で再検討してから続けた。


「魔法禁止令が出ることを知らせるだけのつもりだったが、大変なことに気付いてしまったな」

「まだ確実というわけではありません」

「分かっておる。だが、教主は裏でゆっくり少しずつ陰謀を巡らしていたのだろう。ことを進めあぐねて足踏み状態にあると考えていたが、判断が甘かったようだ。すぐに対策を立てねばならん。魔法禁止令については、正式な命令書が届くまで他言無用だ。良いな」

「はい」


 郷主は、大急ぎで会議室から出て行った。


「すぐ領都に行く。橇と護衛を用意せよ」


 郷主が命じつつ遠ざかっていく。命令を受けた秘書が走り去る音が聞こえる。

 その後遠くで何人かのざわめく気配がし始めた頃、サロモンが言った。


「郷主は、あんたの考えを真剣に受け取ったようだな」


 ヌーティは、力なく相づちを打った。


「ああ」

「私も、今魔法禁止令を出せる理由はそれしかなさそうだと思う。もう手遅れかも知れん」

「そうじゃないといいな」

「くそっ、今ここにサンデ国の王軍魔術師が半分もいれば簡単に教主を排除できるのに」

「そんなことができるのか?」

「教主にどの程度の護衛が付いているかにもよるが、私とアルヴォだけでは少々心許ない。暗殺ならなんとかなるか……」


 サロモンは、本気で暗殺の手順を考え始めた。

 ヌーティは、慌てて止める。


「おいおい、やめとけ。教主も神聖教の手先だろ。代わりが来るだけだ」

「うーん、そうだな。そもそも、魔法禁止令自体が本当に摂政から出されるのかも分からん。摂政就任時に陛下の政策を踏襲するとしていた姿勢と違い過ぎるからな。摂政を操れると踏んだ教主が先走ったのかも知れん」

「郷主は領主と相談しに行くみたいじゃないか。何か手を考えてくれるよ。様子見が多いったって、他の領主達だって魔法には期待してるんだから、少なくとも、魔法禁止令を取り消すよう陛下が計らってくれるんじゃないかな」

「それもあり得るな」


 サロモンは、もし生きておいでならと心の中でつぶやいた。摂政も、どの程度自らの考えで動いているのか知れたものではない。


「とにかく俺達は、郷主達が説得やら工作やらの材料に使える実績と見通しを頑張って作ろう」

「うん、そうだな」


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