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遠雷  作者: 北野 いまに
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摂政

「俺も混ぜてくれ!」


 次の日、学校でハンナマリが魔法職人訓練についてティルダに説明しているといると、父親が魔法職人のヤーミが大声で割り込んできた。他にも何人もの友達がヤーミと一緒に二人の周りに集まっている。


「なによ」


 突然の闖入者に驚いたハンナマリとティルダに、ヤーミはもう一度繰り返す。


「その魔法職人の訓練に俺も混ぜてくれ!」

「一体どこでそんなこと聞きつけてきたのよ」


 迷惑そうな顔のハンナマリ。ティルダも少々面食らっている。

 近くにいたハンスがあきれたように言った。


「お前ら、ずーっとその話をしてただろう。あれでティルダが訓練するのに気付かなかったら、あほだぜ」

「内緒の話を聞かないでよ」

「あれだけ大声で話しといて、内緒もないもんだ」

「人間のくせにカニン並みに聞こえるのね。どんな耳してんのよ」

「こんな耳だよ。お前のより小さいぞ」


 ハンスは、つんと顔をそむけたハンナマリの目の前に顔を突き出し、自分の耳を引っ張ってみせた。


「俺も混ぜてくれ!」


 ハンナマリとハンスの言い合いは、ヤーミの大声で遮られた。


「もう! だめに決まってるでしょ!」


 ハンスに言い返すのと同じ勢いで否定されたヤーミは、手を振り回して抗議した。


「何でだよ! ティルダはいいのに、俺だけだめなのかよ」

「弟子になるのにも手順があるでしょ。ちゃんとやんなさいよ」

「親父は多分反対しないし、俺も習いたいんだからいいじゃないか」


 ハンナマリは、人差し指を振りながら、真面目な顔を作って諭した。


「多分とかそんなのだめに決まってるでしょ。親と相談して、それから魔法職人組合長に話を通してよ。ティルダだってそうしたんだからね」

「あ、そうか」


 ヤーミは、御説ごもっともと素直に引っ込みかけたが、すぐに首をかしげた。


「組合長って、誰だっけ?」

「家に帰って、お父さんに聞いてこいっ!」


 魔法職人になりたいくせにそんなことも知らないのかと、魔法職人組合長の娘であるハンナマリは怒った。


「ハンナマリ、そんな荒っぽい言葉を使わないで」


 ティルダがたしなめる。


「お父さんに聞いてきなさいっ!」

「そうそう」


 素直に言い直したハンナマリに、ティルダは満足そうだ。


「大声はいいのかよ」と、あきれるハンス。


 ヤーミは、まだ諦めていなかった。


「なあ、組合長って誰だよ」

「だから、お父さんに聞きなさいよ。それか、お父さんの弟子にしてもらったらいいじゃない」

「えー」


 ヤーミは、父親の弟子になるのは嫌らしい。

 どのみち、予備呪文の供給が限られている中、個々の魔法職人が弟子を取ることは組合の規約で禁じられている。

 その時ハーマニコフ先生が次の時間の授業のために教室に入ってきて、その話はうやむやになった。


「説明の続きは家に帰ってからにしようよ」


 こんな風に目立つのが苦手なティルダが耳打ちした言葉に、ハンナマリは、自分の席に戻ったヤーミにチラリと目をやりながらうなずいた。




 ティルダの言葉通り学校ではそれ以上の説明を家に帰るまで我慢したハンナマリだったが、いざ帰宅してみると、それ以上の説明が面倒になった。

 そこで、灯り石を点ける呪文をいきなりティルダに教えたのだが、彼女は意外にあっさりと覚え、一部分ずつとは言え、教えた通りの発音で呪文を復唱してみせた。


「そうそう、うまいじゃない」

「やった! すぐに灯りを点けられそう?」


 ティルダは、ハンナマリに褒められて頬を染め、わくわくしながら聞いた。


「うーん、第一歩は順調ってところね。まずは、呪文全部を通してきれいに唱えられるように練習しよう。ティルダならすぐできるようになるわよ」

「うん、やってみるから聞いててね」


 呪文全体を通して唱えるのは存外難しく、ティルダは途中で何度も引っかかった。

 ハンナマリは、引っかかってしまったところは本人も気付いているはずだからと、呪文を間違ったところだけを指摘した。

 ティルダもそれは承知していて、ハンナマリの指摘を素直に聞きつつスムーズな詠唱を心がけた。

 だが長い呪文を正しく唱えることなど、一日でできるものではない。疲れてしまって、適当なところでその日の練習をやめざるを得なくなった。

 ハンナマリは、疲れて気の抜けてしまったティルダのために簡単なお菓子を作ることにした。

 少しぼうっとしているティルダとおしゃべりをしながら小麦粉を混ぜて捏ねていると、玄関扉がノックされた。


「ヘルミネンさん、ご在宅ですか? ロニーです。郷主から伝言です」

「ティルダ、ロニーを入れてあげてくれる?」


 手が粉だらけのハンナマリは、ティルダに助けを求めた。

 ティルダが扉を開けると、カニンの兵士ロニーが立っていた。


「やあ、ハンナマリ、じゃないや、ピリスさん家の、えーと……」

「ティルダです」

「ごめん、名前が出てこなかった」


 ロニーは謝罪したが、ティルダは嬉しそうな様子だ。


「でも、顔は覚えてくれてたんでしょ。嬉しいわ」

「ああ、まあ、うん。この辺りの住人はほぼ覚えてるよ。仕事だし、家も近いし」


 ロニーは、嬉しいと言われて少し照れている。


「仕事だからって何よ。そこは、ティルダがかわいいから覚えてたとか言うところじゃないの?」


 やっと手を洗い終えたハンナマリが出てきた。


「あ、そうか、ごめん」

「そこで謝るのもなんだかなあ。で、お父さんにご用なの?」


 ロニーが素直に後悔の色を見せたので許すことにして、ハンナマリは用向きを尋ねた。


「うん、組合長に伝言なんだ。今、いないの?」

「最近忙しいからねー。帰ってくるのは夕飯頃になるわ。ひょっとしたらもっと遅いかも」

「本当に忙しいんだなあ。隊長にもそう言われたんだ。じゃあ、伝言を頼むよ。明日昼食後、サロモンと一緒に郷主邸に来るようにって。郷主が二人と話をしたいそうなんだ」

「うん」

「もし時間を取れなかったら、明日の午前中に連絡してね」


 ハンナマリは、任せてとばかりにうなずいたが、すぐに小首をかしげた。


「何の話かも伝えておかなくていいの?」

「俺も知らないんだ。明日郷主から直接聞いてもらうしかないね。じゃ、頼んだよ」

「分かった。任せといて」

「よろしく! 明日の昼食後すぐだからね。サロモンもね。忘れないでよ」


 何度か念を押してから外に出たロニーは、窓から外を見ている二人に向かって手を振りながら走り去った。


「ロニーって、時々ちょっとくどい時があるわよね」


 窓から遠ざかっていくロニーを見送るハンナマリは、少々気分を害している。


「でも、もしハンナマリが忘れちゃったら、郷主様のお使いをしたロニーが怒られるんでしょ。気持ちは分かるわ」


 ハンナマリのうっかり者ぶりを知っているティルダは、ロニーに同情的だ。


「忘れるわけないじゃない」

「そうねえ」


 唇を突き出して文句を言うハンナマリに、ティルダは生返事をしてその場を収めた。しばらく経ってアルヴォが休憩を取りに帰ってきたので、念のため彼にも伝言を伝えた。




 次の日、ヌーティとサロモンは、昼食後すぐに郷主邸に出かけた。

 都合が悪ければ指定された時間を変えてもらえるらしいが、郷主相手にそんなことをするわけにはいかない。諸々の調整を副組合長に頼んで、無理矢理時間を空けた。

 郷主邸入り口前にはいつものように兵士が立哨していたものの、会議室には郷主と秘書しか現れなかった。サロモンがこの町に来た時の訪問では郷主に厳重な護衛が付いていたのとは、随分と違う。

 サロモンは、自分の活動により信頼を得たと理解し、正当な判断ができる郷主に尊敬の念を覚えた。


「そちらに座ってくれ。今日は、たいした話ではない。念のために伝えておきたいことがあるだけだ」


 ヌーティは、それを聞いてほっとした。どうやら、魔法の利益を十分に出せていないというお叱りとか、もっと早く進めろという命令とかを頂くわけではなさそうだ。

 サロモンは、教主の動きが心配だった。何か王都で良くない動きがあったから呼び出されたのではないかと、内心恐れていた。だが、そういう話ではなさそうだ。

 二人は、それぞれの理由で緊張を解き、示された席に着いた。

 郷主は、秘書と共に席に着くと、世間話でもするような口調で話し始めた。


「今日届いた知らせによると、王陛下が病に伏されたそうだ。回復なさるまでの間、王弟殿下が摂政に就かれることになった」

「陛下はご壮健でいらっしゃると聞きましたが、どうされたのでしょう? 王弟殿下も突然のことで大変でしょうね」


 ヌーティには、まるで緊張感がない。

 サロモンは、そんな平和な感想を持てず、緊張した声で尋ねた。


「郷主閣下は、何が起きたかご存じですか?」


 郷主は、そんな二人の違いを面白がって笑い出した。


「ユバ殿、それほど心配なさることはないぞ。それからヌーティ、摂政は王に相当する権力を持つ。もし王弟殿下が陛下と異なる方針を採れば、我々にも大きく関係してくる可能性があるのだ。もう少し心配しても良いのではないかな」

「方針とは、魔法に関する方針ですか?」


 ヌーティの間の抜けた質問に、郷主は言わずもがなだろうとうなずいた。


「他にも色々あるが、この場で気にすべきは魔法に関する方針だな」

「弟君なんですから、陛下の方針に沿ってくださると思いますけど」


 ヌーティのあまりに常識的な意見に、郷主は笑顔は苦笑に変わった。


「王弟殿下の魔法に対する態度が分からないのだよ。陛下が回復なさるまでの代わりを務めなさるのだから、陛下の意向にそむくことはないと思うのだが、何かが微妙に変わってくるかも知れない」

「それに、神聖教は、この機に乗じて勢力を広げようとする可能性があります。教主は、何とかして殿下に対して影響力を持とうとするでしょう」


 神聖教のやり口をよく知るサロモンは、王の病気が神聖教を勢いづかせるのではないかと心配した。


「そうだな。私もそれを懸念している。とりあえずの対策として、殿下に魔法を利用して作られたマーリングの産物を、作るに要した資源を説明する文書とともに献上する。それを見れば、魔法の利益が一目瞭然なはずだ」

「私も護衛として王都に行くべきでしょうか?」

「いや、あなたの目で見てもらわねばならないような変化は、まだないだろう。どちらかというと、殿下周辺の動きを探りたい。あなたは、そのような情報を探るには向かない」


 サロモンが護衛で王都に行くなどと言い出したものだから、ヌーティは魔法の供給が足りなくなってしまうと焦ったが、郷主が却下してくれてほっとした。

 しかし、状況に変化があったのだから、どう対応すべきか確認する必要がある。


「魔法供給を増やす方針は変わりませんか?」

「変わらない。今のところ、王弟殿下の魔法に対する考えが分からないが、陛下の意向には沿うだろうから、魔法に対する方針が大きく変わることはないだろう」


 郷主は、確信を込めて、魔法供給を増やすように指示した。

 今のまま進めて良いと安心したヌーティは、つい軽口で応じてしまう。


「それは、先ほど私が言ったことではありませんか」

「そうだが、お前のように単純にそう考えてはいかんのだ。とにかく、今のまま進めよ。何か状況に変化があれば知らせる」

「はい」

「王のご病気と摂政就任については、公の知らせが来るまで伏せておけ。なぜ知っているのかと王都の役人どもに痛くもない腹を探られてはかなわん」


 ヌーティは、好奇心に満ちた目で郷主に尋ねた。


「痛くないのですか?」


 郷主は、すました顔で答えた。


「痛い腹を探られては、もっとかなわんではないか」


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