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遠雷  作者: 北野 いまに
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ティルダ、魔術師を目指したい 2

「わあー!」


 仕事を終えて帰宅したハンナマリは、家の中に勢揃いしたピリス家の面々を見て、コートを脱ぎかけた手を止めた。

 ティルダは、たたっと小走りにハンナマリのところに行き、その手をつかんで振り回した。


「サロモンさんの弟子にしてもらったの。ついさっき認めてくれたの。これから一緒に勉強できるわ」


 ハンナマリは、ティルダにしては珍しくまくし立てるように放たれた言葉に一瞬驚いたものの、すぐに意味を理解した。


「良かったじゃない! 卒業まで待たなくて良くなったんだ。じゃあ、今から一緒にやろう!」

「ちょっと待て待て。この時間から何を始める気だ」


 ヌーティが、慌てて止めた。


「勉強よ、魔術師の。あたし、ずっとティルダが魔法の勉強をできるようになるのを待ってたんだからね。これ以上待てないわよ」

「そうかも知れんが、ちょっと待て。サロモンが決めた教育方針ってものがあるんだ。そいつに従って進めなきゃいかんだろう」

「あら、そうね」


 ヌーティは、怖い声でハンナマリを叱った。

 いつものちょっと叱る時の声色なので、ハンナマリは軽く受け流す。父の説教はどうでもいいとして、その計画が気にかかる。


「どんな計画なの?」


 ヌーティは、目を輝かせてサロモンに迫るハンナマリに軽く溜息を吐いた。そして、しかめっ面のまま、サロモンを促した。


「まず、魔法職人の訓練を受けさせる」


 ハンナマリは、いきなり魔法職人の訓練と言われて、ぽかんと口を開けた。


「魔法理論は分かるけど、魔術師になりたいのにどうして魔法職人の勉強をするの?」

「タルッティと同じことを言うな。まあ、もっともだが」


 そこまでサロモンが言った時に、ヌーティが急いで割り込んだ。


「お前の魔力行使の感覚把握が、普通より少しスムーズにできてきてるからだ。ということは、魔法職人になってから魔術師の実技を訓練する方が、早く魔術師になれそうだろ」


 どうやら、ヌーティは、ハンナマリの進捗を正直に褒める気がないらしい。サロモンは、おかしそうに口角を上げながらも、少しくらい褒めてやった方がいいのではないかと思った。だが、ハンナマリが調子に乗るというのがどの程度のものなのかよく分からないので指摘せず、教育方針の話を続けた。


「そういうわけだよ。それと並行して、今ハンナマリが受けている魔法理論の勉強にティルダも参加させる。アルヴォには、ティルダの理解度も把握させ、確実に理解できるようにしよう」

「はい!」


 いつにないティルダの大きな声を聞いてびっくりしたハンナマリだったが、そこからティルダのやる気を読み取り、嬉しくなった。


「じゃ、早速……」

「こら待て、明日からだ。この時間から始めたって、何もできんだろう」

「だって、今、やる気満々なんだもん」

「先生のアルヴォがまだ帰ってない」

「あ、本当だ。何やってんのよ、あの子」

「仕事だ、仕事」


 うまく話が付いたと満足したパニラは、ヌーティとハンナマリの言い合いをぼうっと見ているタルッティと、ハンナマリに中てられて武者震いをしそうなティルダを引っ張って戸口に向かった。ヌーティの言う通り、この時間から何かを始められても困るので、さっさと帰ってしまおう。

 戸口で挨拶した三人にサロモンが応じ、ヌーティは軽く手を振り、ハンナマリは「もう帰っちゃうの」と残念そうに抗議した。




 真冬の早い日没からしばらくして、そろそろ夕食の用意を始めようかという頃、寒さに身を縮めたアルヴォが仕事から帰ってきた。

 コートを脱いだアルヴォは、冷えた体を温めようと厨房に行って、夕食を何にしようかと相談している夕食当番のヌーティとハンナマリからカップにお湯をもらい、居間でくつろいでいるサロモンの隣に座った。

 カップを手で包むように持って温まっていると、指の関節が痛くなってきた。感覚がなくなるくらい冷えてしまっていたからしょうがないと、歯を食いしばって痛みに耐えていると、サロモンが話しかけてきた。


「何かあったか?」

「指が痛くて。冷え切ってましたから」


 サロモンは、その答えに少し笑って、それから教えた。


「今日、ティルダが弟子にしてくれと言ってきたぞ」

「ずっと魔術師になりたいって言ってましたからね」


 アルヴォは嬉しそうに応じたが、すぐに、少し心配そうな顔になり、


「ご両親の許可は取れたのでしょうか?」

「両親も一緒に頼みに来た」

「じゃ、許可してもらったんだ。良かった」


 まだ手が痛いのか、ほっとした顔が引きつっている。


「なかなか痛いのが収まらないようだな」

「はい。でも、大分ましになってきました。感覚も戻ってきましたし」

「手袋を洗ってみろ。冷えづらくなるらしい」

「本当ですか?」

「何日か前にヌーティがやってたぞ。仕立屋から教わったと言っていた」

「あの人、少し怖そうですけど、優しいんですね。ハンナマリにセーターをくれたりしましたし」

「うん」


 サロモンは、少し表情を引き締めた。


「明日からは、ハンナマリに魔法理論を教えるのと一緒にティルダにも教えてくれ」

「ティルダには師であるお父さんが教えるのでは?」

「初心者二人に教師が二人では多すぎる。お前が教えてくれ。やりきれないところがあれば、私がフォローする」

「はい。では、明日からそうします。これまでもティルダはハンナマリと一緒に聞いてたから、大分理解してるかな?」

「ティルダは、自分が分かってるかどうかをお前が気にしてないと言っていた」

「まあ、僕の役割はハンナマリに教えることでしたから。ということは、うわー、進度の違う二人を一緒に見るのかあ」


 少し焦ったアルヴォを、サロモンがなだめる。


「まあ、やって見ろ。二人とも熱心だから何とかなるだろう」

「そうですね」


 アルヴォは、そう言った後、明日以降どうやって教えるかを考え始めた。




 湯を少しずつ飲みながら考えていたアルヴォが、はっとしたように顔を上げた。


「どうした?」


 それに気付いたサロモンが問いかけた。

「この状況でティルダに魔法を教えていいんでしょうか? 魔術師を増やすことが急務なことは分かってますが、もし状況が悪化したら、まずいことになるんじゃないかという気がします」


 アルヴォは、心配そうだ。


「まずいこととは?」

「西の国々のようになるならば、追放されるとか、最悪兵を向けられて追われるかも知れません」

「そうだな、その可能性は否定できない。だが、多分、大丈夫だろう」


 それを聞いて、アルヴォは不思議そうな顔をした。


「そうですか?」


 サロモンは、確信を込めてうなずいた。


「ヌーティと郷主も事態が好転させられると考えているし、どうやら領主も同じらしい。神聖教が魔法を排除しようとしているのは間違いないと思うが、今の教主に変わってから長らく足踏み状態にあることを考えると、私も彼らに同意するよ」

「じゃ、やっぱり、今は魔法の利益を高めていくべきなんですね」

「ああ、王が周りに押されて意見を変えない状況を作らなければならない。それができれば。勝算があるだろう」

「はい」


 アルヴォは、きっぱりとそう返事したものの、まだ少し気がかりだった。




 王都ではまだ魔法が受け入れられているという実態をサロモンの王都出張により知ったヌーティは、なんとしてもその利点を失いたくなかった。だから、魔法による利益を少しでも大きくするために以前から断り続けていた客の要求も受け入れ、前回ホルンがマーリングに来た時には少々無理を言って予備呪文を普段より多くかけてもらった。

 つい、それを忘れて、ティルダの魔法職人訓練を請け負ったものの、いざ職人の割り当てを作り始めてみると、自分も含めてびっしりと仕事を詰め込まないと、とても間に合わない。とてもティルダに教える余裕などない。

 このくらい最初から予想しておくべきだったと後悔したが、他の誰かを割り当てるしかないのは明らかだ。誰を割り当てるかだが、他の魔法職人は、業務で一杯だ。そうなると、割り当てられるのは、学校だの勉強だのの時間を取るために割り当てを減らしているハンナマリしかいない。


「分かった、任せて!」


 夕食後に頼んでみると、ハンナマリは、二つ返事で引き受けた。この張り切りようが不安ではあるが、やってもらわねば仕方がない。


「やり方は分かってるな? 他の職人の訓練を見てたはずだが」

「大丈夫だって。呪文を覚えて、何度も練習する、でしょ」


 ほらこれだ。そんなに単純なわけがない。


「呪文を教える時には、フレーズごとの役割を一緒に教えるんだぞ。その方が早く上達するからな。魔法を使う時の心構えも大切だからな」

「あ、そうそう」


 忘れていただけで覚えてはいたようだ。一度思い出させたのだから、うまくできるかも知れない。


「ちゃんと教えろよ。何を教わったか、ティルダから聞くからな」

「大丈夫だってば。絶対大丈夫。あっという間にティルダが魔法を使えるようにしてみせるわ!」


 ティルダが魔法職人になれれば、魔術師訓練の一環としていくつかの仕事を割り当てられるようになる。魔法職人のやりくりも少し楽になるだろう。

 もし、アルヴォが少しずつでも予備呪文を使えるようになってくれれば、新しい魔法職人志願者を募集しなければならない。今回の魔法職人訓練がうまくいくなら、ハンナマリに教育係を任せられるだろう。

 仮定ばかりで心許ないが、魔法の供給量を増やすには、当座はそんな道筋も考えなければならない。ハンナマリの「絶対」など当てにはならないが、任せてみよう。


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