感覚把握2
次の日、その日の仕事を終えたアルヴォがハンナマリを手伝おうとヘゲール通りに行って見ると、すでに全ての街灯が明るく光っていた。
「もうこの通りを終わってるんだ。おかしいな、まだそんなに遅い時間じゃないと思うんだけど」
アルヴォは、西の空を見た。まだ、薄明るい。いつもなら、ハンナマリは一つか二つしか点けられていない頃のはずだ。
もしかして、感覚把握に成功して、素早く点けられるように呪文を改良できたのかも知れない。本当にこんなに短期間に感覚把握に成功したのなら、凄いぞ、ハンナマリは天才かも知れない。
そう思ったアルヴォは、次の現場であるジャンカー通りに急いだ。
アルヴォが到着してみると、ジャンカー通りの街灯も全て光っていた。ハンナマリはもう帰ったらしく、姿が見えない。アルヴォは、早くハンナマリと話してみたくて、大急ぎで家に向かった。
「あれ、そんなに息を切らせてどうしたのよ。お腹空いちゃった?」
アルヴォが家にたどり着くと、包丁を持ったハンナマリが厨房から顔を出した。
「いや、君の街灯点灯を手伝おうと思って現場に行ってみたら、とっくに点いてて、もしかして君の街灯点灯が凄く速くなったんじゃないかなって思って」
「そう思ったからって、どうして息を切らせてるのよ」
家に入るなり息も整えずに無理にしゃべったアルヴォは、返事ができず、つばを飲み込んだだけだった。
「まあいいや。今日はホルンさんがマーリングに来てるから、サロモンさんとお父さんは外で食べるってさ。だから、料理の手伝いはいらないわ。お湯が沸いてるから、白湯でも飲んで休みなさいよ」
ハンナマリは、そう言うと厨房に戻っていった。
アルヴォは、少し息を整えてから、厨房に行った。早く聞いてみたくて、白湯なんか飲んでいられない。
「ねえ、どうして今日はあんなに早く街灯を点灯できたの? もしかして、呪文を短くできた?」
「ああ、あれね」
ハンナマリは、少し溜息を吐いて答えた。
「呪文が短くなんてなってないわよ。この間短くした呪文を使っただけ。あのまだ長いやつ。お父さんがゆっくり灯り石の反応を感じようとしてばかりじゃだめだって言うからさ、スムーズに唱えて感じようとしてみたの」
「そうだったんだ」
アルヴォは、以前と同じ呪文を使ったと聞いて、少しがっかりした。
「で、何か感じた?」
「全然だめ。スムーズに唱えるのって、本当に練習になるの?」
「なると思うよ。いつも同じ練習ばかりじゃ、なかなかうまくならないもの」
「どうして最初からそれを教えてくれなかったのよ。街灯点灯の時寒かったんだからね」
「ごめん、その時には思いつかなかったんだ」
ハンナマリの声には棘がなく、単におしゃべりをしているだけだというのは分かる。
だが、アルヴォは、少し居心地が悪くなって、痒くもない首を掻いた。自分の教えたことをこんなに一生懸命に実行してくれるなら、中途半端なことを教えた自分にも責任があるかも知れない。
「アルヴォもそういう練習をしたの?」
「うん、多分、他の訓練の時に一緒にやってたと思う。魔法を使う時にはいつでも感じ取るようにしなさいって言われてたから」
「そっかあ、やっぱりこういうのも大事なんだ」
ハンナマリは、厨房の発熱石もスムーズな呪文で温度を上げた。その顔は、真剣だった。
次の日の夕方、ハンナマリは、また街灯を点けていた。カニン毛のセーターをもらって以来、ハンナマリには、ほぼ連日街灯点灯が割り当てられている。
ハンナマリは、父親がわざと外仕事ばかりを割り当てていると知っているが、不満ではない。せっかくもらったふわふわの高級セーターなのに、家の中では暑いし汚しそうだしで着ていられない。そんな服を着る機会をもらえて、嬉しいくらいだ。
ハンナマリが一つの街灯を点け終えた時、通りかかったホルンが声を掛けてきた。
「あら、ハンナマリ」
「こんにちは、ホルンさん」
「また少し街灯を点けるのが速くなったかな?」
ホルンは褒めたつもりだったが、ハンナマリは、少ししょんぼりしながら答えた。
「はい、少しだけ。でも、呪文が縮まったんじゃなくて、唱えるのに慣れただけなんです」
「ヌーティから魔力行使の感覚把握を練習しているって聞いたけど、どんな具合?」
「なかなかうまくいきません」
ホルンは、まだ十日くらいしか魔力行使の感覚把握の練習をしていないらしいので、いくらなんでもまだ無理だろうと思った。少しアドバイスしてやった方が良さそうだ。
「呪文をさらさらっと唱えてたけど、石の反応を感じやすいように、もっと丁寧にゆっくり唱えてみたらどうだい?」
「それは家でやるようにしてるんです。外では呪文をスムーズに唱えるようにしてるの。お父さんにいつも同じ唱え方をしてばかりじゃだめだった言われて」
「そうかい、良いやり方だね。昨日ヌーティから聞いた時から、あんたがどうやってるのか気になってたんだけど、ちゃんと指導してもらってるらしいね。良かった」
ホルンは安心したように微笑んだが、ハンナマリの元気は戻らなかった。
「でも、うまくいかないの」
「そうだね、一生懸命やっても、普通はもう少しかかるかな。皆の言うことをよく聞いて練習してごらん」
「はい。でも、もっと早く上手になる方法はないの?」
「うーん、そうねえ」
ホルンは、少し考えた。対象の反応に注目するのとは少し視点を変えたアドバイスをしてみよう。
「だったら、街灯に働きかける自分の魔力を感じるようにしてみたらどうかな」
「え、街灯の反応じゃなくて、自分の魔力なの?」
ハンナマリは、意外なことを言われたと目を丸くした。
ホルンは、そんなハンナマリに優しく説明した。
「実際はどっちも同じものなんだけどね、視点を変えたら、また違って見えてくるだろ。いろんな方法を試すのも大切だよ」
「そうかあ、うわー、やり方が多くて、頭がどうにかなりそう」
「どうにかしながら頑張んなさい。魔術師はみんなそうやってきたんだから」
「……はい。どうにかしてみます」
合計四人の魔術師や魔法職人からいろいろなことを言われたハンナマリは、自分に皆から教わったことをできるのかと少々不安になってきた。
ホルンは、それを察して、これ以上何かアドバイスしてもハンナマリを混乱させるだけだと思い、今回はここで打ちきることにした。
すると、夕暮れ時の寒さが突然身に染みてきた。
「おお、寒い。あたしゃ次の仕事に行くよ」
「まだ仕事があるんですか?」
いつもならそろそろ終わる時刻のはずだと、ハンナマリは怪訝に思った。
「ヌーティに仕事をたくさん詰め込まれちまったのよ。まだ三件も残ってるの。いつ終わるやら」
「魔法って、使うと疲れるでしょ、大丈夫?」
心配してくれたハンナマリに、ホルンは苦笑いした。
「しょうがないんだよ。ヌーティも言ってたけど、今は魔法の利益を見せていかなくちゃならない時期だからね。疲れたなんて言ってられないさ」
「大変そう。どこの仕事ですか?」
心配そうなハンナマリに、ホルンはにやりと笑ってみせた。。
「湯屋の釜の石の予備呪文さ。あの仕事は暖かくていいんだ」
湯屋は、町の人々が体を洗ったり暖まったりしに行く公衆浴場だ。
浴室のような贅沢とも言える部屋を平民が家に持つのは無理なので、普段は、湯で体を拭くくらいしかできない。以前は湯屋の数も少なく料金も高かったが、魔法を利用して湯を沸かす湯屋が何軒もできてからは随分と廉価になり、週に二度三度と通う人も多くなった。
発熱石に予備呪文をかける時には一旦発熱を止めねばならないが、それでも温湯設備自体が暖まっているので、寒くはならない。そんな部屋で仕事できるのは、初老のホルンにはありがたかった。
「そっかあ、いいなあ。でも、このセーター着てたら暑いかな」
「仕立屋の親父さんにカニン毛のセーターもらったんだって? 良かったじゃないの。期待してくれてるんだね」
「はい! だから、頑張ります」
ハンナマリは、町の人から期待されていることを改めて感じ、先ほどの不安を忘れた。
ホルンは、ハンナマリの感情の浮き沈みを面白がりつつ笑顔でうなずいて、湯屋に向けて歩いていった。
それ以来、ハンナマリは、仕事ではスムーズに、家でやる練習ではゆっくりと呪文を唱え、魔力に対する灯り石や発熱石の反応を感じ取ろうとした。ホルンから教わった自分の魔力を感じてみるというのも試してみた。だが、数日間はどのように唱えても、何も感じ取れなかった。
数日経った時、街灯点灯作業中に、何かが頭の中でひらめいた。呪文の言葉が構造を持って感じられる。その構造のある箇所で、灯り石が何か反応したような気がした。灯り石は、いつもと同じように点灯した。
ハンナマリは、その感じをもう一度味わいたくて、次の街灯まで走って行って呪文を唱えた。さっきの感覚は、なぜか薄れてしまっていた。
その後は、どこで感じ取れたんだっけ、呪文の構造はどんな感じだったっけと、一生懸命に思い出しながら、次から次へと街灯を点け続けた。十数個の街灯の全てを点け終えても、その感じがはっきりすることはなかった。
夕食当番で厨房にいたヌーティは、居間の灯りが点いたり消えたりしていることに気付いた。灯り石の調子が悪いという感じではない。ヌーティは、さてはハンナマリがまた何かやっているのかと居間を覗いてみた。
居間では、ハンナマリが灯り石に向かって一心に呪文を唱えていた。
ヌーティは、切りが良さそうなところで声を掛けた。
「何やってるんだ、ハンナマリ?」
ハンナマリは、ぱっと立ち上がって振り向き、興奮した声を出した。
「練習! 今日街灯を点けた時に何か感じたのよ! 何かが頭の中でひらめいたの。ピーンときたのよ。呪文を唱えると、途中で街灯が動いたり少し光ったりするみたいに感じるの。一生懸命見たって、全然動いてないし光ってないんだけどね。でも、そんな風に感じるの。あたし、何か分かりかけてるのかも! もうちょっとで分かるんだわ。きっとそうよ、ね!」
ヌーティは、戸惑った。ハンナマリが言っていることは、魔力行使の感覚把握ができはじめた時に受ける感じに似ている。
しかし、感覚把握は、相当な期間をかけてじっくり訓練して身に付けるものだ。いくらなんでも、この短期間にできるようになるとは思えない。
そう思っても、ヌーティは、娘の盛り上がりに水を差す気にはならなかった。ヌーティが知る限り、魔法職人になった後に魔術師の訓練を受けた者はいない。最初から魔法職人を目指すか、あるいはヌーティのように魔術師の訓練を受けても魔力不足で魔法職人になるかだ。だから、すでに何年か魔法職人として仕事をしているハンナマリなら、これまでの例とは何かが違うかも知れない。
ヌーティがどう返事をしようかと迷っていると、ハンナマリが迫ってきた。
「でもね、いくつも街灯を点けてると、逆にだんだん分からなくなっちゃったの。今日は、晩ご飯の後に灯り石を使わせて。今日点けた街灯じゃ、きっと数が足りないのよ。十五個しかなかったんだもん。あと十回とか二十回やったら、もっとはっきり分かると思うの。いいでしょ!」
またこれか。
「やめてくれ。今日も帳簿付けがあるんだ。練習なら発熱石でやればいいだろう」
「だって、何か感じたのが灯り石なんだもん。発熱石じゃ分からないかも知れないじゃない。だから、いいでしょ?」
「だめだ。帳簿は今日中に付けなくちゃならんのだからな」
「ちぇー、お父さんのけちんぼ」
何を言われても、ヌーティは譲らない。
「ケチでも何でも、だめなものはだめだ。夕食までなら、居間の灯り石で練習しててもいいぞ」
許可された通り夕食が始まるまで練習したハンナマリは、夕食時からベッドに入るまで、呪文に感じた構造や灯り石の反応のことを考え続けていた。ベッドに入っても頭の中をそれらが舞い踊り、なかなか寝付けなかった。




