感覚把握1
仕立屋は、後悔していた。しまった、やめておけば良かった。街灯点灯作業も魔法の訓練の一環と見做して夢中で取り組むハンナマリに、カニン毛のセーターなど渡せばどうなるか分かりきったことだった。
真冬の寒さを防ぐ手段を手に入れたハンナマリは、ますますじっくり時間をかけて丁寧に街灯を点灯するようになり、ほとんど作業が進まない。自分の仕事を終えたアルヴォが現れてハンナマリを手伝うまで、通りは暗いままだ。
セーターを渡した次の日にヌーティが礼を言いに来たが、ハンナマリ自身も点灯作業前に店を訪れて礼を言った。そのときに、しっかりやれ、と激励したら、セーターをくれたのはやっぱりそういう意味だったのねと言いながら、目を輝かせて本気でやりますと誓ってくれた。
確かに本気でやってくれてはいるんだ。だが、ここまで魔法の練習だけに本気で取り組むとは思わなかった。
激励した手前、あまり文句も言えないんだが、街灯点灯が遅いままでは良くない。とは言え、ハンナマリの作業の遅れを全面的にカバーしているアルヴォに何とかしろとは言いにくい。ハンナマリに仕事と練習をはっきり区別させろと、ヌーティに言ってみようか。いやいや、魔法供給量を増やそうと頑張っているあいつにも文句を言いづらい。
そのように困っていた仕立屋だったが、翌日にはもう少し前向きな考えに至った。
街灯点灯作業を練習扱いさせるなと文句を言ってはいけないのだ。ハンナマリの訓練は絶対に必要なことなんだから、十分に練習できるように街灯点灯作業のシフトを考えろとアドバイスする形ならどうだろうか。
これなら、作業の遅れを慌ててカバーしようとするアルヴォも助かるはずだ。
いや、待て待て、今でもそのようなシフトを組んだのと同じ状況だ。アルヴォは自分が手伝うことを前提で行動しているようだし、すでにそのようなシフトにしてあるのではないだろうか。
仕立屋が後悔し逡巡している一方で、ヘルミネン家でも同様の問題を抱えていた。
その日、ヌーティは、疲れ切っていた。
新米の魔法職人が発熱石を使った暖房装置が不調になった客に呼び出されたのだが、修理業者に連絡すれば十分だというのに妙な親切心を出して自分で修理しようとした結果、さらに壊してしまったのだ。
慌てた新米に呼び出されて怒る客をなだめ、修理の手配をし、客と修理業者を相手に修理費用の交渉をする羽目になった。せめて元々壊れていた部分だけでも修理費用を客に払ってもらおうとしたら、ますます怒りだして収拾が付かなくなった。
話が長くなると考えたヌーティは、自分の後ろに隠れて小さくなっている、体だけは自分より遙かに大きなカニンの新米を、自分が予定していた仕事の代わりを手配するよう副組合長に指示する伝令に送り出した。
不幸なことに、これを見た顧客が話の途中に別の用事をするとは何事かとへそを曲げ、さらに話がこじれてしまった。
そんなわけで、ヌーティは、その後の交渉で何とか事態を収拾したものの、精神的に疲れ切って夕方遅く帰宅したのである。
家の中は暗く、わずかに厨房の灯りだけが点いていた。覗いてみると、ハンナマリが調理用ストーブにとりついて何かやっており、その横ではアルヴォがそれを見守っている。普段なら、そろそろ夕食の時間だが、今日は少し遅いようだ。
「どうした、ストーブが壊れたのか?」
ヌーティは、家でもトラブルかと嫌な気分になり、力なく覗き込みながらながら尋ねた。
「いえ、ハンナマリがストーブを暖めようとしているところです」
アルヴォは、調理用ストーブが暖まるのを待っているらしい。調理台の上を見ると、夕食の下ごしらえは終わっている。ヌーティは、とりあえずのところほっとして、居間に戻った。
居間の灯りを点けて暖房用の発熱石の前に陣取り、体の力を抜く。別に体が疲れているわけではないのだが、こうすると心も休まる気がする。ゆっくり深呼吸して、目を閉じ、背もたれに体を預けた。
ぼうっとできればいいのに、頭は勝手に考える。
明日は、あの新米に説教してやらねばならんだろうな。故障を酷くしたこと自体はあいつの性格の良さから出たものだからあまり責めない方が良いだろうが、それが顧客にとってどれほど迷惑なことなのかとか、自分で出来ることと出来ないことを区別しなければならないこととか、しっかり言い聞かせておかねばならないだろう。
そんなことを考えているうちに少し寝たようだ。ふと気付くとサロモンが帰宅したところだった。
「起こしてしまったか、すまんな」
「いや、寝るつもりは無かったんだ。起こしてもらってちょうど良かったよ」
ヌーティは、椅子に座ったまま額を揉んだ。
「まだ夕食を食べていないのか? 帰るのが随分遅くなったから、もう皆食べ終わったかと思っていた」と、意外そうなサロモン。
「そう言えば、腹が減ったな。俺が帰ってきたときにはすぐに夕食ができると思ったんだが、どうなっているんだろう?」
ヌーティが厨房を見に行くと、アルヴォが鍋に食材を放り込んでいる最中だった。ハンナマリは、調理用ストーブのオーブンに入れた何かの位置を調整している。
おかしいな、遅くまで仕事が入っていたサロモンが帰宅したのだから小一時間くらいは寝てしまったと思ったが、実際にはほんの数分だったのかな?
ヌーティが不思議に思っていると、見られていることに気付いたハンナマリが、振り向いた。
「あ、お父さん、お帰り。もうすぐご飯だから、ちょっと待っててね」
さっきアルヴォと話をしたのに、ハンナマリは気付いていなかったらしい。最近は魔法を使うときにかなり集中しているからしょうが無いかも知れない。
ああ、と返事をすると、アルヴォが済まなそうな顔をして謝罪した。
「済みません、発熱石を暖めるのに時間がかかってしまって、たった今、シチューを煮込み始めたところなんです。もう少し待ってください」
あれから数分しか経っていないなら、別に謝罪するほどのことでも無いはずだ。ヌーティは、自分の時間感覚を信じられなくなってしまった。
「俺が帰ってから、どのくらい経った?」
「半時間くらいでしょうか」
「ああ、それくらいか。ありがとう」
半時間という言葉がぼんやりする意識に残った。
居間に戻って椅子に腰掛けた途端にその意味を理解して、はっきりと目が覚めた。発熱が遅すぎる。発熱石に異常があるのかも知れない。ハンナマリが練習で色々と試していたことが原因になって、何か妙なことが起きた可能性がある。
すぐに厨房に戻る。
「発熱石の温度を上げるのに半時間もかかったのか?」
「はい?」
慌てた様子のヌーティに、アルヴォが不思議そうに返事をした。
「発熱石は正常か? 異常があるなら、色々と支障が出るはずだが」
「大丈夫です。普通に熱くなりますし、発熱も偏ってませんし」
アルヴォの返事にヌーティは少し安心したが、それにしては発熱までに時間がかかりすぎている。とても正常とは思えなかった。
「発熱に時間がかかった原因が分かるか?」
アルヴォは、ああそれを気にしていたのか、と理解の色を浮かべて答えた。
「ハンナマリが数回温度を上げたり下げたりしたんです。それで時間がかかってしまいました」
「なるほどな……で、お前は、それにずっと付き合っていたのか」
ヌーティは、それで一旦は納得したものの、アルヴォの気の長さにあきれてしまった。
「ええ、まあ。まずかったでしょうか?」
アルヴォは、少し不安そうに身じろぎした。
「いや、別にお前を責めてるわけじゃ無いんだ。よくまあ半時間もそんなことに付き合ってたもんだと思っただけだ。でも、夕食がこんなに遅くなるんじゃ困るなあ」
ヌーティは、腕組みをして宙を仰いだ。
「僕もそう思ったんですけど、真剣に練習しているのに文句を言うのも悪い気がしたんです」
「アルヴォのせいじゃないよ。気にするな」
ヌーティは、すまなそうな顔をするアルヴォに優しく言った。アルヴォも、それは分かっているようだ。
そのとき、腹を空かせたサロモンが厨房を覗きに来た。二人は顔を見合わせ、どうしたものかと溜息を吐いた。
数日後の夕方、仕立屋がなんとなく店の外を見ると、アルヴォが一人で街灯を点けていた。
今日はアルヴォがこの通りの担当らしい。ハンナマリが点けるときには必ず手伝っているから、ほぼ毎日街灯点灯をしていることになりそうだ。
もしかして、アルヴォは、一日の休みもなく街灯点灯を担当しているのではないか? 休みなしだと大人でもきついはずだ。
アルヴォの側をヌーティが通りかかってアルヴォに声を掛けているのが見えた。アルヴォは、生真面目に何か返事をしている。
ヌーティがアルヴォと分かれて店の方に来たので、仕立屋は、手を振ってヌーティを呼び寄せた。
「よう、なんだい」
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。外じゃ寒いだろう、中に入れよ」
ヌーティは仕立屋の店に入ると、真っ直ぐ煖炉の前に行った。
「ちょっと温めさせてもらうよ。どうにも古い手袋だと冷たくてね。そろそろ新調しなくちゃいけないかなあ」
そんなことを言いながら、手袋を外した手を火にかざしている。
「きれいに洗ってあるのか?」
「そう言えば。しばらく洗ってないな」
「石鹸を使ってきれいに洗ってみろ。大分暖かくなるぞ」
「そうか、やってみよう。手袋も、いいやつは高いからな」
ヌーティは、そう言いながら、手袋も指先でつまんで火にかざして暖め始めた。
「で、何だい、聞きたいことって?」
「アルヴォは休みを取っているのか?」
「何日かに一度は休みを与えてるよ。休みでも予備呪文の練習をしてたりするから、休まってるかどうかはよく分からんけどね」
それを聞いた仕立屋は、怪訝そうな顔をした。
「ここのところ、毎日街灯点灯で見かけるんだが」
「昨日も見たかい?」
「ハンナマリを手伝っていたぞ」
今度は、ヌーティが怪訝そうだ。
「昨日は休みだったはずなんだがな。アルヴォは魔術師だから、魔法職人でもできる街灯点灯は何日かに一回しかないはずだ。おかしいな」
「じゃあ、アルヴォとハンナマリが一緒に街灯点灯をするシフトを組んでいるわけじゃないのか。多分、アルヴォが自主的にハンナマリを手伝ってるんだ」
「ハンナマリは、以前からこの通りの街灯を一人で担当してたし、大分早く点灯できるようになってる。手伝いがいるとは思えないけどなあ」
「最近は、随分時間をかけて点灯してるぞ。魔術師の勉強だと言っていた」
「あいつは、仕事の最中にそんなことをしているのか」
ヌーティは、むっと眉をひそめた。
「そういうシフトを組んでるんじゃないのか?」
「いや、違う。家でも料理中に練習して飯が遅くなったりまずかったりしてるんだが、家の中のことだからまあいいかと思ってたんだ。でも、仕事と練習を混同してるんじゃまずいなあ」
ヌーティは、困ったように腕組みをした。
仕立屋も、腕組みをしながらつぶやいた。
「アルヴォも、あんなにハンナマリを甘やかさなければいいんだけどな」
「実は、サロモンも甘いんだ。あんなに甘くて、軍魔術師なんて務まったんだろうかね」
仕立屋は、とんでもないと手を振った。
「この前郷軍の偉いさんがコートを作りに来たときに言ってたんだが、相当強いらしいぞ。演習でカニンの兵三人を吹っ飛ばしたとか言っていた」
「そりゃそうか。強いのと子供に甘いのは別だよな。とにかく、子供達ののことを教えてくれてありがとよ。何とかするよ」
単に叱ったからといって、ハンナマリが言うことを聞くわけがない。それが分かっているヌーティは、どうやってハンナマリに行動を改めさせようかと知恵を絞っていた。
仕事である街灯点灯を練習扱いすることを無理矢理禁止したところで、まあいいやなんて言って、どうせ無視してしまうのだ。何か、ハンナマリが自分から守らなければと思うようにする必要がある。
やれやれ、俺の指揮下にある魔法職人なら命令するだけですむのに、娘とは難儀なものだ。
「ハンナマリ、大分熱心に魔力行使の感覚把握を練習してるな。どうだ、少しは分かるようになったか?」
ヌーティは、ふんわりと会話を切り出した。
ハンナマリは、素直にそれに乗ってくる。
「頑張ってるわよぉ。でも、まだ感覚が分からないの。アルヴォから色々教わってるんだけど」
「ほう、やっぱり難しいのかな」
「アルヴォは半年かかったんだって。でも、あたしはもう魔法を使ってるから、早ければ一ヶ月だって言ってた」
それは無理だろうと、ヌーティは思った。多分ハンナマリを励まそうと思って短めに言ったんだろうが、アルヴォも無茶なことを言う。
だが、うまく使えるぞ。
「うーん、今の練習方法では、少し難しいかも知れんな」
「えー、どうして? アルヴォはこうやって練習したって言ってるわよ。あ、人間とフェイだから違うのかな? そうなの?」
「いや、種族では変わらんよ。お前の練習方法のまずいところは、ゆっくりやり過ぎるところだ」
「だって、ゆっくりじゃなきゃ分からないじゃない」
「ゆっくり反応を調べながら練習するのはいいんだがな、それだけしかやらないことが問題なんだ」
「だって、アルヴォはこうやったって言ったもん。あ、もっと他にもあるのに、言い忘れたのかも。しっかり思い出してもらわなくちゃ困るな!」
これではアルヴォがかわいそうだ。
「多分、アルヴォが練習と思わずにやってた方法があるんじゃないか。例えば、呪文をスムーズに唱えて、全体の反応を呪文の流れの中で感じ取ろうとするとかな」
「そんな方法があるの?」
「同じ方法でばかり練習しても、効果が出にくいのは当たり前だろう。お前の好きな玉転がしだって、玉の転がし方ばかり練習してもうまくならないだろ」
「玉運びだってば、覚えてよ! でも、そう言えばそうだわ。パスワークとか、フェイントとか、ただのパスばっかり練習してもだめなものが色々あるもんね」
「魔法も同じだ。さっき言ったとおり、街灯点灯のときには、スムーズに呪文を唱えて、その流れの中で灯り石の反応を感じるようにしてみたらどうだ」
ハンナマリは、うんうんとうなずき、両手で拳固を作った。
「今日からやってみる。家でじっくりやって、街灯点灯ではスムーズに唱えればいいのね」
「それがいいだろう。その方が寒いのを我慢せずにすむ。集中力だって高まるぞ」
「分かった!」
やる気満々のハンナマリ。
うまく誘導できた上に、練習方法も改善してやれたと満足げなヌーティ。今回は仕事と練習を混同するなと言えなかったが、どうせハンナマリのことだから、すぐに似たような機会があるだろう。そのときに、指導することにしよう。




