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遠雷  作者: 北野 いまに
28/58

仕立屋の心配

サブタイトルを間違えていたので修正しました。

 次の日、ヌーティは、庭の雪の中に埋めて保存してあった大きなキャベツを掘り出して橇に乗せ、それを手土産に仕立屋にセーターの礼を言いに行った。


「気にしなくてよかったんだ。あのセーターは、何年か前に残った毛で見本として作ったもので、最近は倉庫の肥やしになってたんだから」

「いやいや、売れば結構な金になるものじゃないか。もらって、はいありがとうだけじゃすまないよ」

「こっちにとっては不要品を処分しただけなんだがな」


 そこまで言って、橇に積んだキャベツに目をやり、うれしそうに笑った。


「まあ、せっかくの手土産だ、ありがたくいただくよ」


 橇からキャベツを取り上げて抱えると、改めて気がかりそうに話し始めた。


「ところで、ハンナマリから魔術の基礎を習っているところだと聞いたんだが、どんな具合なんだ?」


 ヌーティは、遙か上にある仕立屋の顔から目を離し、痛くなった首を手でこすった。背の高いカニンが突っ立っていると、背の低いフェイには話をするだけでも大変だ。


「そうだなあ、まだ分からないんだけど、魔術師の才能はありそうだよ。まだ本格的な訓練をしているわけでもないのに、サロモンから少し教わっただけで魔法職人用の呪文を少しずつ短くできてる」

「街灯点灯の時にも、何かしきりに考えながらやってたな。そうか、本当に基本を教わり始めたのか。アルヴォの話では、練習も熱心にやっているということだが?」

「うん。家事をさぼろうとするのは相変わらずなんだけど、こと魔法に関しては全然力を抜かずにやってるな。よっぽど性に合ってるのかな」


 仕立屋は、店の前にある、灯りが消えている街灯に目を向けた。ハンナマリは、その街灯を使って飽きず毎日に練習している。

 その真剣な光景を思いだし、仕立屋は、ゆっくりうなずいた。


「性に合うってのはいいことだな。そういうものにならいくらでも頑張れる。予備呪文はどうなんだ?」

「まだ魔術師にもなっていないのに、いくらなんでもまだ分からないよ」

「なんだ、まだ分からないのか」


 仕立屋は、残念そうだ。そんな仕立屋に、ヌーティはひらひらと手を振った。


「せっかちだなあ。でも、ホルンは、アルヴォなら使えるようになるかも知れないと言ってたぞ」

「アルヴォか。あの子は真面目だから、あっという間に上達するかも知れないな」

「あっという間ってのが一、二年くらいのことならそうだね、使い物になるかも知れない」


 アルヴォが予備呪文を使えそうだと聞いて明るくなりかけた仕立屋の表情がまた暗くなった。


「そんなにかかるのか? 発熱系だけならもっと早く使えるようになったりしないのか?」


 ヌーティは、首を振って仕立屋の望みを退けた。


「それだけを教えれば使えるようになるかも知れんけどさ、基本からしっかり教えないと応用が利かなくなるだろ。アルヴォはまだ子供なんだ、長い目で見てやらなきゃ」

「そんな時間があるのかどうか疑問なんだ。何年か前に教主が変わっただろう。それ以降、魔法を使う地方が減ってきたという噂だぞ。いつそういう動きがマーリングまで押し寄せるか分からないじゃないか」


 仕立屋は、心配と焦りで渋い顔だ。ヌーティは、それが気になるのも仕方ないと考え、仕立屋の焦りを無視するように、ことさらに軽い調子で答えた。


「まあ、そういう話もまるっきりの嘘じゃないがね。どこから聞いたんだい?」

「いろいろだ。他の町から来る布地の商人とか」

「そりゃ、もう何ヶ月も前のことじゃないか」


 仕立屋の懸念は、多分この町の住民の共通の懸念だろう。

 仕立屋は付き合いが広いから、きちんと最新の状況を教えておけば、他に同じ懸念を持つ人たちに知らせてくれそうだ。

 ヌーティは、そう考えて、郷主を含めた魔法関係者がどう考えているかをはっきり説明することにした。


「いいか、俺の知ってる最近の様子はこうだ」


 仕立屋は、姿勢を正して傾聴の姿勢を見せたが、ヌーティの頭がずいぶんと下になってしまったことに気付いて、腰をかがめた。上下に三尺の距離は遠すぎる。

 ヌーティは、こういうところに気を使うのが仕立屋のいいところだと思いながら話を始めた。


「確かにいくつかの領地で魔法を使うことが減ってるようではある。

 でもな、大抵の領地は教主の考え方に困ってるし、王都ではこれまで通りに魔法が使われている。うちにいるサロモンを知ってるよな。魔法を徹底的に排斥した国から逃げてきた、魔法排斥のまさに被害者だ。そのサロモンが、ついこの間行って見てきたんだ。

 王都ではまだ魔法がこれまで通り使われてる。

 教主自身が住んでる王都でも魔法が使われてるってことは、実は教主の力自体はさほどでもなくて、魔法の利益がよく分かっていない地方で使うのを渋るようになってきているだけだってことだ」

「そうなのかな?」


 仕立屋は、まだ心配そうだ。


「郷主からは、そんな地方の領主達もまだ魔法の利益を捨てがたく思ってると聞いてるし、王様はもっと魔法を活用したいとお考えらしい。

 だから、とにかく今は、魔法による利益をそういう人たちに見せつけていくつもりだよ。

 そうすりゃ、今魔法を捨てようとしている地方だって、考えを変えるさ」


 だが、心配性な仕立屋は納得できなかった。


「見せつけると言ってもなあ、魔術師が増えなければどうしようもないだろう」

「現に増えてるよ。サロモンとアルヴォが来たじゃないか」


 ヌーティは心外な指摘をされたと言わんばかりに言い返したが、仕立屋の心配は根拠があるものだ。


「予備呪文が使えないんだから、二人じゃ足りないだろう。何とかならんのか」

「今すぐには、なんともならんよ。今のままじゃまずいから、アルヴォとサロモンが予備呪文を練習中だし、ハンナマリが魔術師を目指してる」

「でも、二年かかるんだろう」

「まあね。でも、教主が変わってもう十年も経つのに、まだ王都でさえ魔法が普通に使われてるんだよ。本当に魔法を排除するなら、王様がその気にならなきゃ無理だ。

 ところがその王様が魔法好きなんだから、あと二年やそこらで大きく変わるはずがないさ」

「ふうむ、そうなのかも知れんな」


 ようやく仕立屋が納得してくれたようだ。ヌーティは、この話題にけりを付けるつもりで言った。


「だから、彼らを温かく見守ってやってくれ」

「お前がそういう格好いい落ちを付けると違和感があるな。何か隠してるんじゃないのか?」

「それだけ期待してるってことだよ。郷主も同じ考えでいらっしゃるし、さっき言ったように王様もだ」


 どうにも今一歩納得できないらしい仕立屋に向かってヌーティは手を大きく広げ、郷主や王の考えを強調した。

 仕立屋は、ふうむとうなり、腰を伸ばしてしばらく考え込んだあと、ぼそりとつぶやいた。


「王陛下はまだお若いしご壮健でいらっしゃるということだから、大丈夫だろうな。魔法嫌いの教主なんぞ追い出してくださればいいのに」


 やっと納得したかと、ヌーティが追加の情報で畳みかけた。


「まったくだ。それにな、これも郷主から聞いたんだが、教主の考えが国中の司祭達に浸透しているわけでもないらしい。ほら、マーリングの司祭だって、魔法がどうしたこうしたって一言も言わないじゃないか。新教主になびいているのは半分くらいらしいぞ」

「そういや、あの人が魔法を否定したことなどないな。司祭の考えの影響は大きいから、ありがたいことだ」

「王様と領主達、国の司祭の半分がこっちの味方で、教主と残りの司祭達が敵だろ。どっちが強いと思う?」


 ヌーティが強気の質問を投げかけると、納得したはずだった仕立屋は、心配性らしい返事をよこした。


「分からん。お前はこっちが強いと言いたいんだろうが、どうにも考えが甘い気がするな」


 このくらいの返事を予想していたヌーティは、全く動じずに言い返した。


「その分からんってのが肝心なところだよ。ここで魔法の供給量を増やせば、状況を左右できるってことだ。

 この辺りの魔法供給量がある程度満たされたら、王都に魔法職人組合を作れないかと思ってるんだ。そこまで行けば、魔法を捨てるなんて事出来なくなるさ」


 それを聞いた仕立屋は、ヌーティに向かって首を突き出し、丸い目を剥いた。


「それはまた、凄いことを考えてるな。王都を第二のマーリングにするってことか」


 ヌーティは、天から降ってくるような仕立屋の顔にのけぞりつつも、強気な姿勢を保った。


「ここまで話したのは、郷主と魔術師を除けばお前が初めてだ。まだ具体的な計画にはなってないんだから、他の人に話すなよ。うまくいったら、お前も魔法職人として協力してくれよ」

「黙っておくのはかまわないが、俺を魔法職人にするのは無理だろう。覚えてないのか? 俺は、魔法職人の訓練を受けたけど、失敗したじゃないか」


 ヌーティは、それを聞いても軽く手を振って否定した。


「なあに、ハンナの予備呪文と合わなかっただけだ。アルヴォかハンナマリとなら合うかも知れないさ」


 今度こそ、仕立屋の顔色が明るくなった。


「そういうものなのかな。じゃあ、うまくいったら当てにしてくれていいぞ」

「アルヴォが予備呪文を覚えるまでに、魔法職人の訓練を復習しておいてくれ」

「いや、そこまではしないよ。まだ、二年もあるじゃないか。だが、楽しみになってきたな」


 根っから心配性な仕立屋がすっかり明るい顔になったのを見たヌーティは、すぐに茶々を入れる悪い癖が出してしまった。


「おっと、服を仕立ててもらえなくなるのは困るな。やっぱりお前には声を掛けないことにしよう」

「勝手なことを抜すな」


 仕立屋は、片手にキャベツを抱え、反対の手を振りながら店に戻っていった。


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