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遠雷  作者: 北野 いまに
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カニンのセーター

 次の日の昼食後、アルヴォは、約束通り、呪文を唱えている途中での灯り石の反応についてハンナマリに教えた。魔法職人が使う呪文を用いて、呪文中の要所のそれぞれで灯り石から術者がどのような感じを受けるはずかを説明したのである。

 それに従って何度も灯り石を点けたり消したりしながら、感じるはずだと言われたことを感じ取ろうと試したハンナマリだったが、いくらやってもうまくいかず、とうとう音を上げてしまった。


「だめだあ。石の反応なんて、全然分かんないわ。この石、本当に何か反応してるの?」


 椅子の背にもたれ、のけぞって喚くハンナマリに、アルヴォはなだめるような声で言った。


「最初の日に感じられた人なんて見たことないよ。もっと気長に取り組まなくちゃ」


 ハンナマリは、真っ直ぐに座り直して、首をかしげた。


「アルヴォはどのくらいかかったのよ?」

「僕は半年くらいかかったかなあ、まだ小さい頃だったからよく覚えてないんだけど」

「半年かあ、長いわあ。皆それくらいかかったの?」

「それでも僕は早い方だったんだ。遅い子はもっともっとかかってたよ」


 ハンナマリは、テーブルに伏せ、消した灯り石に顔を近づけて睨んだ。全体に白い灰がこびりつく、少しでこぼこがある石だ。どの部分も同じように見えて、魔法への反応を知るためにどこを見ればいいのか、さっぱり分からない。


「やだなあ、そんなにかかるの。もっと早く感じられるようになる方法って無いのかなあ」

「僕たちはがそんなにかかったのは、魔法を全然使えなかったからじゃないかな。

 君はもう魔法を使ってるだろ。それに、呪文をしっかり覚えてるし、呪文の仕組みも少し勉強してる。

 まだ五才だった僕達より、ずっと有利だよ」

「そう言われれば、そうかもね」


 ハンナマリは、少しだけ元気になったようで、また真っ直ぐ座り直した。


「父は、予備呪文があれば魔法行使の感覚把握を教えるのが簡単だっただろうにって言ってたよ。きっと、君なら、あっという間に感じられるようになるよ」

「あっという間って、どれくらい?」

「早ければ一ヶ月か二か月じゃないかな?」


 アルヴォはハンナマリを元気づけようと、かなり短めに言ったつもりだった。

 だが、それを聞いたハンナマリは、また、がっくりと肩を落とした。


「一ヶ月か二か月って、長いわあ、でもやるしかないかあ」




 その日以降、ハンナマリは、街灯点灯の仕事をしながら魔力行使の感覚把握の訓練に励んだ。灯り石を灯す呪文を縮めずに唱え、アルヴォから教わった通りに灯り石の反応を感じ取ろうと努力した。一つの街灯もおろそかにせず、ゆっくり丁寧に取り組んだ。

 当然の帰結として、点灯に時間がかかるようになった。そして、当然ながら……


「こら、ハンナマリ、もう真っ暗なのに、半分も街灯が点いてないじゃないか」


 またもや仕立屋の主人に叱られる羽目になった。

 だが、ハンナマリは、じっと街灯を見つめたまま、軽く手を挙げて仕立屋を制した。まだ呪文を唱えている最中だったからである。

 仕立屋は、やむを得ず一歩引いて黙った。作業中の街灯が光り始めたのを確認してから声を掛けたのに、まだ呪文を唱え終えていなかったのは意外だった。

 光り始めた後に唱えるべき呪文は、明るさを安定させる部分だけなので短い。ハンナマリは、真剣な顔でその部分をゆっくりと唱えている。

 仕立屋にはハンナマリが何をやっているのかが分からなかったが、とにかく呪文を終えるのを待つことにした。

 程なく呪文を唱え終えたハンナマリは、目をしばたき、にじみ出ている涙を手袋の甲で拭いた。

 それを見た仕立屋は、仕事をしながら泣いているとは、何か不幸なことが起きたのではないかと心配になった。


「どうした、何かあったのか?」

「うん、光ってる街灯がまぶしくて、目が痛い」


 ハンナマリは、まだ涙を拭きながら仕立屋に答えた。

 ハンナマリの返事に、仕立屋はあきれてしまった。そんなことで涙を出していたとは思いもしなかった。


「当たり前だ、まぶしく光ってる物を見つめる方がおかしい」少し不機嫌な声だ。

「でも、そこが肝心なのよ」


 ハンナマリは、真剣な表情で主張した。

 仕立屋は、何のことかよく分からず、点灯された街灯の灯り石をじっと見てみた。まぶしくて、とても見ていられないことしか分からなかった。


「一体どこが肝心なんだ?」

「そこで何か感じるはずなのよ。でも、全然何も感じられないの。どんな感じがするかは教わってるんだけど、だめなの」


 仕立屋は、説明の下手なハンナマリの言うことを理解しようと、昔受けた魔法職人の訓練を思い出してみた。しかし、何かを感じ取るような訓練はなかった。

 石をもう一度よく見てみたが、やはり目が痛い。まぶしさに耐えられるように、昼間に見てみるべきなのではないだろうか。


「そこというのは、灯り石のどこなんだ?」

「石じゃなくて、呪文の最後のところよ。他にも何カ所か感じる場所があるはずなんだけど、そっちもだめなの」


 仕立屋は、まぶしい思いをして損をしたと思いながら灯り石から目を逸らしたが、目が痛くなってしまった。

 ハンナマリは、目を逸らして涙を拭く仕立屋を見て慌てた。


「おじさん、何かあったの? なぜ泣いてるの?」

「何もない。まぶしくて目が痛いだけだ」


 仕立屋は、憮然としつつ答えた。


「なあんだ。じゃあ、あたしと一緒じゃない。灯り石を見つめたらだめなのよ」


 けらけらと笑うハンナマリを見ながら、仕立屋は、溜息をついた。彼女の母親のハンナも明るい性格の女性だったが、この調子を狂わされるような脳天気さは無かった。


「お前は、やっぱりヌーティに似ているな」


 それを聞いたハンナマリは、少し不安になった。父親にあまり似たくないところもあるからだ。だから、思わず問い返した。


「魔力が?」

「そういう意味じゃない」仕立屋は、また溜息を吐いて「まあ、いい。とにかく、さっさと灯りを点けろ。もう真っ暗だ」

「あら、本当だ。じゃあ、次の街灯に行きまーす」


 隣の街灯に向かって立ったハンナマリは、先ほどまでと同じようにゆっくり呪文を唱え始めた。

 何かを感じ取ろうとするように前のめりで真剣な表情だが、うまくいかないのか、時々首をかしげたり顔をしかめたりしている。

 日が沈んでから急速に冷え込みが進んだせいか、少し震えている。

 仕立屋は、そんなに寒いならさっさと仕事を終わらせればいいのにと、あきれつつ見守った。

 そのうちにアルヴォがやってきた。

 ざっとヘゲール通りの様子を見てハンナマリが担当する街灯の半分も点けられていないことを確認すると、すぐに手伝い始めた。


「アルヴォ、ハンナマリを甘やかすんじゃない。ハンナマリは魔法職人組合長の娘なんだからな、仕事をする態度があれでは魔法職人自体が信用を失いかねんだろうが」


 仕立屋は、一つ目の街灯を点け終わったアルヴォに文句を言った。

 魔法がマーリングの町にとって大切だと信じている仕立屋には、魔法職人であるハンナマリがそのことを軽く考えている様に思えて我慢ならなかった。

 アルヴォは、仕立屋の怒りを感じ取った。その怒りは理解できるものだったが、ハンナマリも今後のために努力しているのだ。それを分かってもらいたい。


「すみません。でも、ハンナマリは、少しでも早く魔法を使えるように頑張ってるんです。今日も午後はずっと家で灯り石を相手に練習してましたし、今やっているのも練習の一環です。最近は朝から晩まで勉強か練習をしています」

「うーむ」


 仕立屋は、それでもアルヴォがハンナマリを助けすぎているような気がした。


「ここ最近は、玉運びをしようと友達に誘われても、全部断って魔法の練習してるんです」


 素晴らしい説得力だった。


「そうか」


 仕立屋は、足踏みをして体を温めながら呪文を唱えているハンナマリに目をやると、店に戻っていった。

 仕立屋の主人は言葉にはしなかったが、どうやら許してくれたらしいと、アルヴォはほっとした。仕事には厳しいけれど、話が分からない人ではないようだ。




 アルヴォは、震えながらもゆっくり呪文を唱えるハンナマリを見守りながら、作業を続けた。早く全部点けてしまわないと、寒くてかなわない。

 ハンナマリも足踏み程度では寒さに耐えられなくなってきたのか、次の街頭に移動するときにぴょんぴょんと跳ねながら移動して体を温めようとしている。

 縮めた呪文で早く点けてしまって、さっさと家に帰ってから練習すればいいのに。あんなに震えながらじゃ、まともに練習できてるとは思えない。でも、暗くなるからと灯り石を使わせてもらえないから、しょうがないのかなあ。

 アルヴォがそんなことを考えながら手伝っていると、仕立屋の主人がまた店から出てきた。

 手に何かを持ったまましばらく呪文を唱えているハンナマリの様子を見ていたが、そのうちにアルヴォのところにやってきた。


「これをハンナマリにやってくれ。直接渡すつもりだったが、あんなにゆっくり呪文を唱えられたんじゃ、とても待っていられない」


 アルヴォが手渡されたのは、何か畳んだふわふわした物だ。


「何ですか?」

「フェイ用のセーターだ。ハンナマリには少し大きいかも知れんが、着られんことはないだろう。カニンの毛で作ってあるから、暖かいはずだ。あんなに震えながらじゃ練習になりそうにないからな」


 アルヴォは、ぎょっとした。


「カニンって。あなたの種族ですよね? 西の方にはいなかったのでよく分からないんですが、衣類用に毛を取るんですか?」

「そう言えば、西にはカニンが少ないようだな。ああ、そうだ、春になったら毛が抜けるから、綿毛だけを集めて糸を作るんだ。それを編んだ衣類は、この辺りの毛の無い種族には良い防寒着になる」


 アルヴォは、体から生えていたものを集めてこのセーターが作られたと知って、なんとなく気持ち悪く感じ、ぼそりと言った。


「知り合いの毛で衣類を作るというのは、変な感じです」

「変なことなどないだろう。お前達人間だって、かつらを自分達の毛で作るじゃないか」


 仕立屋は、何を言っているんだと言わんばかりに眉をひそめた。

 よく考えると、仕立屋が指摘した通り、かつらだって人間の頭に生えていたものを利用して作られているし、毛織物などだって動物の体に生えていたものを使って作られらものだ。

 アルヴォは、カニンのセーターを気持ち悪く感じる方が間違っている気がしてきた。


「そう言えばそうですね。うーん、変じゃないのかな……」

「まったく変ではない。ハンナマリに渡して、しっかり練習しろと伝えてくれ」


 仕立屋は、少々納得できていない顔のアルヴォに言い置いて、店に戻っていった。

 アルヴォは、渡されたセーターを持つ手がぽかぽかと暖かくなってきたことに気づいた。カニンが冬でも薄着で過ごせる理由が分かった。こんな毛が生えていれば、さぞかし暖かいだろう。

 きっとそこまでではないのだろうが、カニンの毛のセーターも暖かそうだ。ハンナマリは喜ぶだろう。




 ハンナマリは、仕立屋の贈り物に大喜びだ。家に帰ると早速身に付け、父親にうれしそうに報告した。


「お父さん、こんなのもらったの!」


 ヌーティは、カニン毛のセーターを見て目を剥いた。


「こんな高価なもの誰にもらったんだ?」

「仕立屋のおじさん。私の魔法の勉強を応援してくれてるのよ。しっかり練習しろって言ってたって。そうよ、頑張らなくっちゃ!」

「期待されてるのはありがたいことだが、それにしてもカニンの毛のセーターとはな」

「高いんですか?」


 アルヴォは、カニンの毛の衣類がどれほどの価格なのかを知らない。


「結構高いぞ。一着作るのにカニン何人分もの毛が必要だから、年に何着も出ないものなんだ。背が伸びる子供に買い与えるようなものじゃないよ」

「知りませんでした。安易に受け取らない方が良かったでしょうか?」

「いやいい、あいつの意図を考えれば、断る方が失礼だ。明日にでも俺が礼を言いに行ってくるよ」


 ハンナマリは、うれしそうにセーターを着たまま、また発熱石で練習しようとしている。

 つい先日に寒い思いをしたことが脳裏によみがえったヌーティは、慌てて止めた。


「こら! 発熱石を練習に使うなと言っただろう」

「だって、すっごく期待してもらってるのよ。たくさん練習して、ちょっとでも早く魔法を使えるようにならなくちゃいけないでしょ」

「なら、厨房の石を使え」

「あ、そっか。何だ、灯り石で試して目を痛くする必要なんか無かったんじゃない」


 ハンナマリは、嬉々として厨房に走りこんだ。


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