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遠雷  作者: 北野 いまに
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迷惑な練習

 家に帰ったハンナマリは、今日の夕食当番のヌーティとアルヴォの手伝いを買って出た。


「やらなくていいよ、ハンナマリ、今日中に終らせておきたい課題があるって言ってただろ」


 アルヴォは、いつも頑張っているハンナマリに気を使った。


「あたしに教えてくれたせいで帰りが遅くなったんだもん。その分手伝うわよ」


 アルヴォに殊勝そうな顔でそう応じたハンナマリは、「遅くなった分を取り戻さなきゃね」と呪文を唱えて発熱石の発熱を強くし、鍋をかき混ぜ始めた。


「はー、生き返るぅ」


 そう漏らしながら、片手でへらを持ち、反対の手を鍋の上にかざしている。

 鍋の前は、家の中で一番暖かい場所なのだ。

 素早く特等席を確保したハンナマリとは対照的に、アルヴォは寒い食糧庫に野菜を取りに行こうとしていた。


「アルヴォ、そろそろ肉の塩抜きが終ったはずだから、切り分けて焼いてくれ。野菜は俺が取ってくる」


 冷え切った体で帰ってきたアルヴォが食糧庫に行くのではかわいそうだと、ヌーティが別の仕事を言いつけた。

 ヌーティは、アルヴォが素直に水から肉を取り出して切り分け始めるのを横目で見て、食料庫の扉を開けながら、心の中で独り言をつぶやいた。


「アルヴォは、才能も実力もあるし、まじめで将来有望な子だとは思うが、どうも要領の良さに欠けるところがあるな。軍ではあれでいいのかも知れんが、魔法屋にはあまり向いていないかなあ」




 夕食後、皆がお茶を飲んで一息入れたところで、ハンナマリはサロモンに夕方の疑問を聞いてみた。


「つまり、ハンナマリが知りたいことは、魔法が効果を発揮する前の対象物の応答をどのように把握するかということだな」

「?」


 少々整理されていなかった質問をサロモンが一言にまとめたが、言葉がハンナマリには難しすぎた。


「まだ光ってない街灯の反応をどうやって知るかって事だよ」


 アルヴォが、そっと耳打ちしてくれた。


「それよ、それ! サロモンさん、どうやればいいの?」


 アルヴォが言い換えてくれてやっと理解できたハンナマリは、勢い込んでサロモンに迫った。


「それは、魔力行使の感覚把握の一部だよ。基本がしっかりと身に付けば分かってくるものだ。仕事の時に、今までに教えたことを思い出しながら魔法を使ってみなさい」

「えー、それはいつもやってるのに」

「まだまだ本当に理解できたと言えるほど分かっていないのだろう」


 サロモンはそう言ったが、ハンナマリは、あれほど頑張ってるのに分からないとは才能が無いのだろうかと不安になった。


「それって、誰にでも分かってくるものなの?」

「魔術師の適性があればね」


 サロモンは特に他意がある訳でもなく当然のことを言っただけなのだが、ハンナマリは、目に見えて動揺した。


「ああ! じゃあ、あたしには無理かも。きっと才能が足りないのよ。四分の三だから」


 サロモンは、聞いたことの無い数値に首をかしげた。


「四分の三とは、何だ?」

「魔術師であるお母さんの魔力が一で、魔法職人であるお父さんの魔力が二分の一とすると、その子供であるハンナマリの魔力が足して二で割った四分の三だということです。魔術師になるには少し足りないという意味です」


と、説明するアルヴォ。


「なるほど。一理あるような気も……するかな?」

「え? この計算、合ってるの? だったら、そのナントカの把握って、あたしには無理なのかも」ハンナマリは、絶望の表情を浮かべた。

「その計算、君自身が間違ってたって言ったじゃないか。街灯点灯の速さの計算が合わないって」


 アルヴォは、何を言い出すんだろうという目で父親を見ながら指摘した。


「だけど、ナントカの把握には関係あるかもしれないじゃない」


 ハンナマリは、サロモンが認めそうな計算を捨てきれない。


「予備呪文を使えるお母さんの魔力が二だったら、君の魔力が一を超えるよ。ほら、魔術師になれるはずじゃないか」

「あ、本当だ。やっぱり計算でもそうなるんだ。やったあ!」小躍りするハンナマリ。

「そんな計算が成り立つはずがないだろう」


 ハンナマリとアルヴォが始めた下らない議論をヌーティが一喝して止めた。


「人の力をそんなに簡単に計算できると思う方がどうかしているぞ。サロモンも変な考えに乗るんじゃないよ」

「魔術師を目指す者の将来を占う方法としては面白いかと思ったのだ」


 後ろめたそうに言い訳をしたサロモンに、ヌーティはきっぱりと言った。


「面白いだろうが、そういうのを個別の事例に持ち込まんでくれ」

「すまん。アルヴォ、ハンナマリ、その計算は成り立たないからな。その証拠に、親が魔術師ではない魔術師など、いくらでもいるではないか」

「そうでした」


 反省するアルヴォに、ハンナマリが首をかしげた。


「そうなの?」

「この町にも、親が魔法職人じゃない魔法職人が何人もいるだろ」

「そうだったわ」


 魔術師の例では分からなかったハンナマリだが、よく知っているこの町の魔法職人を例に出されると納得できた。


「魔力行使の感覚把握は、最初が難しいんだ。よく勉強して、何度も練習するしかないな」

「最初は難しいのかあ……あ、お父さんはできるの?」


 自分でも練習を続ければできそうだと一旦は安心したハンナマリだが、魔術師になれなかった父親の適性を受け継いでいたらと思うと、また不安になってきた。

 そんな娘の考えを見抜いたヌーティは、短く端的に答えた。


「できる」


 再度安心したハンナマリだが、今度は、自分から見れば高度なことができる父親が魔術師になれなかったのが不思議に思えてきた。


「じゃ、なぜ魔術師になれなかったの?」

「魔力が足りないからだ。こればかりはどうしようもなかった」

「あ、そうだった。それは知ってたんだったっけ。じゃあ、お父さんも呪文を縮められるの?」

「やる気になればな。けど、俺が縮めちまったら、他の職人たちに示しがつかんだろうが。呪文を正しく唱えろといつも口を酸っぱくして言ってるんだからな。

 さあ、下らんことをしゃべってないで、しっかり勉強しろ」

「はあい」


 やっと納得できたハンナマリは、素直に返事をした。

 しかし、いつもこの時間にやっている学校の勉強を始めようとはせず、暖炉の中で熱を発している発熱石に向かってかがみこんだ。




 しばらくの後、いつまでもハンナマリが発熱石から離れないので風邪でも引いたかと心配になったヌーティが、声を掛けた。


「どうした、まだ寒いのか?」

「呪文のあちこちでどんな反応をするのかなーと思って、調べてるの。灯り石だと光り始める前でも何か反応があるんだから、きっと他の物も同じでしょ。だから、発熱石でやってみてるの」

「なるほどな」ヌーティは、娘の積極性に感心した。 「で、どうだ?」

「暑い」


 ハンナマリは、真っ赤な顔で振り返った。ヌーティは、素直に感心させてくれない娘に、少々苦笑気味だ。


「そんなに石にくっついてやってるからだ」

「だって、反応が分かんないんだもん」


 口を尖らせるハンナマリ。


「発熱中の石に追加の呪文を掛けた時の反応は分かりにくいからな」

「え、そうなの。道理で何も感じないと思ったわ」


 ハンナマリは、目を丸くした。


「何言ってる、呪文への反応なんか一度も感じたことが無いくせに。だが、そうやってよく考えながら感じ取ろうとするのはいいことだぞ。だんだん分かってくるだろうよ」


 ヌーティは、ハンナマリの肩を叩いて激励した。サロモンも、ハンナマリを応援するようにうなずいた。


「うん、頑張るわ」




 さらにしばらくの後、帳簿を見直していたヌーティは、部屋が妙に寒くなってきたことに気づいた。


「サロモン、寒くないか?」

「うん、さすがにちょっと寒くなってきたな」


 サロモンは、身を縮こまらせて寒さに耐えているようだ。


「変だな。どこかの窓が開いてるのかな? 冬に窓を開けることなんか無いんだけどな」

「ハンナマリが発熱石で色々試しているからだろう。ほら、今は石を冷やしてる」


 サロモンが指さした先では、ハンナマリが冷えてしまった発熱石にかがみこんで何やらやっている。


「おい、冗談じゃないぞ。ハンナマリ、何をやってるんだ」


 ヌーティは、慌ててハンナマリのところに行った。

 ハンナマリは、発熱石にかがみこんだまま返事をした。


「熱いままじゃ分かりにくいから、冷やしてから呪文をかけてるの。でも、何回やっても石の反応が分からないの」

「研究熱心でいいことではあるんだがな、頼むから、発熱石を熱いままにしておいてくれ」

「えー、熱くしなきゃだめ? だって、反応が分かりにくいんでしょ。 冷えてたって分かんないのに」


 父親を振り返ったハンナマリは、真剣な目をして勉強のためなんだからと訴えた。


「だめだ、発熱石で試すんじゃない。風邪を引いちまう」


 ヌーティに強く言われ、自分でも寒いと思っていたハンナマリは、ブツブツ言いながらも、改めて発熱石を熱くした。

 とは言え、冷えてしまった室内は、なかなか暖まらない。サロモンとアルヴォも寒さにも耐えきれずに寄ってきた。

 サロモンは、少し震えている。


「客間用の発熱石だけだと、家の中でもこんなに寒いんだな。サンデの冬とは大違いだ。冬になって以来ずっと発熱石を温めたままだったから気づかなかった」

「西の方は温かいのかい?」

「西とは言っても、実のところ、だいぶ南になるからな。ずっと温かいし、雪など時々しか降らない。家の中がこんなに寒いことなど初めてだ。

 ハンナマリ、私を助けると思って、発熱石を冷やしたりしないでくれないか」

「そうねえ、ちょっと寒すぎたわね。じゃ、あっちの発熱石でやってみよ」


 ハンナマリが小さくて発熱量が少ない客間用の発熱石なら冷やしてもいいと思ってと立ち上がると、サロモンが慌てて止めた。


「そっちも遠慮してくれないか。この辺りの寒さは身に染みるんだ」

「ふーん、じゃ、灯り石でやってみようかな」


 父親だけならともかく、サロモンにまで寒い思いをさせたのでは申し訳ないと反省したハンナマリだったが、練習をやめる気はさらさら無かった。

 慌てたのは、ヌーティだ。


「やめろ、真っ暗になるだろう!」

「お父さん、真っ暗にはならないんじゃない? 発熱石も少し光ってるわよ」

「そんな明るさじゃ事務ができんだろが。次から次に要らんことばかり思いつくんじゃない」

「だって、要ることだもん」

「お前にとっちゃ要ることかもしれんが、他の皆にゃ迷惑だ!」


 あまりに考えなしの娘に怒ったヌーティだったが、すぐに思い直した。


「いやまあ、せっかくその気になっているんだから、今が魔力行使の感覚把握を身に付け始めるにはいい時期なんだろうな。さて、どうしたもんかな」


 考え込んだヌーティに、アルヴォが先生役を買って出た。


「僕が明日の昼食後に説明してみましょうか? 午後の仕事まで少し時間がありますから」

「灯り石を使ってくれよ。発熱石は困る」と、ヌーティ。

「はい、そうします」


 寒さで縮こまっているアルヴォが、大きくうなずいた。

 サロモンは、懸念を浮かべた顔でヌーティに問いかけた。


「勝手に魔術師教育を先に進めていいのだろうか? ホルンはどう思うだろう」


 だが、ホルンをよく知るヌーティは気にしなかった。


「大丈夫だろ。アルヴォの呪文の縮め方から考えて、あんたたちの魔力行使の感覚把握方法は素直なもんだし、ホルンもそう言ってたからな」


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