伸び悩み
まだ地平線の上にある厳寒期の太陽は、たっぷり積もった雪の上に今日最後の光を投げかけて輝かせている。きれいに晴れた空のおかげで昼間は比較的暖かかったものの、まだ温みを感じさせる陽光にもかかわらず、その晴れた空が逆に働いてマーリングの空気は急速に冷え込みつつあった。
そんな中、ハンナマリが商店街の街灯に向かって立っている。ありったけの防寒着を着込んだ真ん丸なシルエット。腕組みをしているらしい左右の腕は、何枚もの袖のせいで太くなりすぎ、単に上下に合わせただけにしかなっていない。
「うーん、うーん」
街灯点灯の仕事をしているはずなのだが、呪文を唱えずに、ただ唸っている。
しばらく経った時、さっぱり街灯が点かないことに気づいた仕立屋の主人が近づいてきた。
「おい、ハンナマリ。せっかく仕事に来たのに何をやっている。呪文を忘れたのか? すぐに真っ暗になるぞ」
何かを真剣に考えていたらしいハンナマリは、腕組みしたまま背の高い仕立屋を仰ぎ見た。眉は深くひそめられ、目には深刻な光が宿っている。ハンナマリのそんな様子を初めて見た仕立屋は、驚いた。
「どうした? 街灯の予備呪文が切れているのか?」
ハンナマリは、深刻な様子のまま答えた。
「違うの。あたし、うまくいかなくて悩んでるのよ」
「街灯点灯の仕事中にか? 予備呪文が切れてないなら、いつも通りにやれば点くだろう」
「そうね。いつも通りにやれば点くはずよね」
「うまくいかないのか?」
何の仕事をしていても不調な時はある。しかし、魔法職人が街灯点灯程度の魔法を使えないほどの不調というのは聞いたことがない。もしそれほど体調が悪いのなら、無理をさせるのは良くない。
仕立屋は心配になり、しゃがみ込んでハンナマリの顔色をうかがった。表情はしっかりしているし、元気は十分にありそうだ。仕立屋は、怪訝そうに首をかしげた。
それを問いかけと解釈したハンナマリが言った。
「いつも通りにやれば大丈夫なの」
「何だ、心配させて。じゃあ、いつも通りにやれば済むことだろう」
体調不良ではないらしいと安心した仕立屋だが、ハンナマリが何を言っているのかさっぱり分からない。
「聞いてよ、おじさん。あたしね、もう二ヶ月も魔法を教わってるんだけど、あ、本格的にというんじゃなくて基礎だけなんだけど、でも基礎っていうのがどんなものかはよく分からないんだけど、それはいいとして、少し前までは街灯点灯の呪文を少しずつ短くできてたのよ。でも、ここしばらくは短くできなくて。なんとなく無駄な呪文ってのは感じるの。だけど、考えた通りに直しても、街灯が光らなかったり、光っても変だったり、全然うまくいかなくて困ってるのよ」
「要するに、呪文を短くしようと試してもうまくいかないって事だな」
「そうなの」
ハンナマリは、魔法を習い始めてまだ二ヶ月しか経っていない初心者だ。これまでも魔法職人として仕事をしていたとは言っても、そんなにスムーズに呪文の改良ができるわけがない。この向上心は好ましいが、少々身の程知らずとも言える。
「ハンナマリ、今以上の呪文の改良はもう少し勉強が進んでから試したらどうだ。今は仕事をしているのだから、まずそちらを優先すべきだろう」
「そうね」
ハンナマリは何度かうなずいたが、言われたことが分かったのか分かっていないのか、相変わらず難しい顔をして街灯を睨んでいる。
そこへ、他の仕事を終えたアルヴォが通りかかった。
「ハンナマリ、街灯点灯は終わったの?」
「うん、終わんない」
アルヴォは、通りを見渡して、まだ一つも街灯が点いていないことに気づいた。
「まだ始めてないみたいだね。どうしたの? 寒いから早くやろうよ。手伝うから」
「後は頼むぞ」
仕立屋は、真面目なアルヴォが来たなら自分の出番は無いとばかりに、アルヴォに一言かけると店の中に戻っていった。
アルヴォは、仕立屋を見送りながら、小声で尋ねた。
「また叱られてたの?」
「違うわ。様子を見に来ただけよ」
ハンナマリは、最後に一言叱られたことに気づいていなかった。
アルヴォは、たぶん何か叱られたんだろうと思ったが、いつものことなので気にしないことにした。
「さあ、さっさとやってしまおう。僕はあっちの街灯から始めるからね」
アルヴォが移動しようとすると、ハンナマリが呼び止めた。
「ちょっと待って。呪文を短くする方法を色々考えたんだけど、全然うまくいかなくて困ってるの。アルヴォの呪文を教えてくれない?」
「僕の呪文? 僕に合わせて大分短くしてるから、うまく働くか分からないよ」
「それでも、きっと参考になるわ」
「そうだなあ、いいよ。まだ明るいし、少し時間がありそうだから」
アルヴォは、沈みつつある太陽を気にしながらも、自分に合わせて短くした呪文を教えた。
ハンナマリは、その呪文をそのまま唱えてみたが、やはり街灯は点かない。
「やっぱりだめね。どうしてなのかな、しっくりこない感じだわ」
「そうだろうね。でも、参考にするなら、僕の呪文を元の呪文と比べて、どこをどう変えているのか調べてごらんよ」
ハンナマリは、ぴょんと背筋を伸ばした。
「あ、そうか、そんな方法があるのね」
「他の人の呪文でも、なぜそう変えたのかを考えると、結構何かに気づくことがあるよ」
「うーん、なるほど」
ハンナマリは、その場で腕組みらしきものを再開し、考え込んでしまった。
アルヴォは、ハンナマリがせっかく考えているのだから邪魔をしないようにと彼女を横目で見ながら、できる限りの速さで街灯を点け始めた。
アルヴォが半分以上の街灯を点け終えた頃、ハンナマリが呼んだ。
「アルヴォ! あんたが縮めた呪文でへんちくりんなところがあるんだけど、ちょっと教えてよ!」
通りのあんな遠くから聞こえるくらいだから、よっぽど大声を出しているに違いない。通行人が皆振り返って見ている。勢いよく手を振っているようだが、あんまり着ぶくれているものだから犬が耳をピクピク動かしているみたいだ。
何をそんなに慌てているんだろうと、アルヴォは、唱えていた呪文を中断してハンナマリのところに行った。
「アルヴォの呪文のここのところなんだけどさ……」
と、ハンナマリは、呪文をまるごと削除した部分を挙げ、なぜ削除してもいいのかと尋ねた。
「そこは、僕に要らない部分だったから。ほら、少し前の言葉にちょっと追加した部分があるだろ。僕の呪文の流れでは、そこに入れると、消した部分を短い言葉で代用できるんだ」
「うーん、よく分かんないけど、そんなことをしてるんだ。どうやったらそれが正しいって分かるのよ?」
「その部分での街灯の反応が元の呪文と同じになるから」
「その部分での反応って言ったって、もっと先まで唱えないと光り始めないじゃないの。何の反応を見ればいいのか分からないわ」
「あ、そうか」
魔術師には分かって当たり前のことだが、説明するとなると難しい。どう教えたものかとアルヴォは考え込んでしまった。
「サロモンさんに相談してみようかなあ」
アルヴォの様子を見たハンナマリは、彼から教わることを早々に諦めてしまった。
「そうだなあ……弟子を持ったことのある父の方が説明が上手だろうなあ」
「あら、そうなの? ついてるわ。早速今晩にでも……」
「こらっ」
アルヴォが説明しようとした時、仕立屋の怒鳴り声が割り込んだ。
「せっかく手伝ってくれているアルヴォの邪魔をするんじゃない。お前の代わりに仕事をしてくれているんだぞ!」
これにはさすがのハンナマリも叱られていることに気づき、慌てて仕事に取り掛かった。
不本意ながら新しく試している呪文を諦めて、成功したことのある少し長めの呪文を使わざるを得なかった。すべての街灯を点け終わる頃には、日が沈んで辺りはすっかり暗くなり、一段と冷え込んできた。
「真っ暗になっちゃったね。でも、点けるのが遅くなった分、明日の昼まで光ってくれるでしょ」
「そうかもしれないけど、明るくなった後まで光っても意味無いよ」
「そう? とにかく、早く帰ろっ」
アルヴォのもっともな突っ込みは、いつものように軽く流された。




