打ち合わせ
「あれ? サロモンはいないのかい?」
コートを脱ぎながらきょろきょろするホルンに、ヌーティが答えた。
「出張中だ」
「どこに?」
「王都まで商業組合の商隊を護衛していったんだ」
「あれ、ハンナマリの話をするなら、彼にもいてほしかったんだけどねえ」
当てが外れて残念そうなホルン。
「他の領地の現状をサロモンの視点で見てくるよう郷主が指示したんだよ。隣のロースベル領を経由していくから、まだ数日帰ってこないな」
「なるほどね。それは大事なことだねえ。アルヴォはいるのかい?」
「仕事に行ってるよ。こっちは夕方になれば帰ってくるけど、待つかい?」
「いいや、アルヴォはいなくていいだろう。彼もついていったのかなと思っただけだよ」
二人は、暖炉の発熱石に呪文をかけなおしてその前に陣取ると、ハンナマリの今後のことについて相談した。
「じゃあ、確認するよ。見習いとなって最初の一年間は、ヌーティ、あんたがハンナマリの生活費を出すんだ。その間、ハンナマリには給金が出ない。住み込みの見習いだからね」
「うん、それでいい。子供を預けるなら普通の条件だし、魔法職人組合も同じだからな」
「一年過ぎたところで、彼女が弟子になってさらに修行をすすめられるか否かを判断する。あの子の年齢を考えると、本当ならもう二年ほど先に判断すべきなんだけどね。普通の見習いは十四・五才で判断しているんだから」
ヌーティは、首を横に振った。
「十四才だって丸三年もある。そんなに長く費用を払い続けられないよ。家から通わせるならいいんだが、住み込みだからな」
「遠いから仕方ないよ」
「支出が増えるだけじゃないんだ。あいつが手伝ってくれない分収入が減っちまうんだよ。もうちょっと安くしてくれれば話は別なんだけどな?」
「ほかの弟子の手前、それはできないねえ」
ちらりと期待するような笑みを浮かべたヌーティだったが、ホルンは、あっさりと拒否した。
「ちぇっ、だめか」
「すまないね。とは言え、ハンナマリなら大丈夫だよ。すでに魔法職人としてそれなりの力を見せてるもの。予備呪文ができるかどうかはやらせてみないと分からないけど、普通の魔術師になら十分になれる素質があると見込んでいるよ」
「そう信じてるよ」
ヌーティはまじめな表情で重々しくうなずいたが、さほど自信がない時にこういうわざとらしい態度をとることが多い。
それを知っているホルンは、苦笑いをした。
「大丈夫だよ。前回来た時に、街灯点灯がだいぶ早くなったって自慢してたよ」
「少しだけだよ。ハンナマリは大げさだからな」
「まあ、そうなんだろうけどね。でも、サロモンから習ったことをちゃんと応用できてるじゃないの。一年後にはちゃんと弟子になっているさ。
さて、そうなったら、弟子としての勉強をしながら私の仕事の手伝いをしてもらう。その分は給金を出す。生活費はその給金から払ってもらうけど、足りなければあんたが補填しとくれよ」
うなずいたヌーティは、腕組みをして強い声で答えた。
「たっぷり手伝わせてやってくれ」
それを聞いたホルンは、横目でヌーティを睨み、あきれたように言った。。
「やれやれ、お金が絡むと厳しいね、あんたは。心配しなくても、ちょっとした小遣いが残る程度には手伝ってもらうことになるだろうよ」
「そりゃ助かる」
「最近は弟子が少なくなってしまったからね」
ホルンに軽い合いの手を入れたら、嫌な雰囲気の言葉が返ってきた。
「それは、やっぱりあれかい?」
「あれだね。ルンドフェルトの司祭はマーリングの司祭より偉い人に従順でね、説教の端々に魔法を否定する言葉を入れるんだよ。魔法をうまく使っていこうとしているルンドフェルト郷主も困ってる」
ホルンは、嫌みたっぷりに答えた。これまでは認めていたホルンの貢献を、教主の言葉一つでなかったことにしてしまったルンドフェルト司祭が気に入らないのだ。
ルンドフェルト司祭が気に入らないのは、ヌーティも一緒だ。
「偉い人に従順ったって、郷主だって偉い人なのにな」
「まあね。でも、司祭の昇進を決めるわけじゃないだろ」
「はあ、まあ、意欲的な司祭さんだね。ところで、客はどんな風だい?」
「客かい? 色々だね。全然気にしてない客も多いけど、一部の客はもう頼んでこなくなったよ」
部屋の温度が下がった気がして、ヌーティは暖炉を見やった。発熱石は暗褐色に光っていつも通りに熱を放ち、薪もいつも通りチロチロと燃えている。
「神聖教がじりじりと迫ってくる感じだなあ」
「それについては、私もルンドフェルト郷主と相談しているんだけど、まだ時間はありそうじゃないか。今は領主や郷主達と協力して魔法の利益を見せていくべき時なんだろうね」
「うん、俺達もそう思ってる」
ハンナマリが戻ってきたのは、一時間近く経ってからだった。吹雪が激しくなって母屋に戻れなかったなどと言っていたが、実のところ、アルセスと遊んで遅くなっただけだ。
隣の家の娘も来ていたらしく、馬の餌を分けてもらったらしい。
「ということは、もう吹雪は収まったのかね?」
ホルンがそう言いながら外を見ると、確かに風はほとんど収まったいたし、雪も小降りになっていた。
「やめときなよ。もう薄暗いじゃないか。ルンドフェルトまで半分もいかないうちに真っ暗になるぞ。危ないよ」
「明日は、朝から用事があるんけどねえ」
ホルンは、どうしても帰りたそうだ。その様子に、ヌーティは慰めるように言った。
「いいから、うちに泊まっていきなよ。砂糖工場を出た時にはそのつもりだったじゃないか。明日は未明から晴れるさ。ここを夜明けに出れば、昼よりだいぶ前にルンドフェルトに着くだろ」
「仕方ないか。すまないけど泊めてもらうことにするよ」
ヌーティは、人の好い笑顔でうなずいて、ハンナマリにホルンの分を加えた四人前の夕飯を作るように言った。
ハンナマリは、自分一人で作るんだから自分の好きなものを作っていいと考え、張り切って腕まくりをしながら厨房に入っていった。
「ホルン、あんたはそっちの人間用のベッドがある部屋を使ってくれ。暖炉に石が入ってるから、発熱の予備呪文をかけておいてくれるかな。後でハンナマリが温められるように」
「そんなにいつもハンナマリに魔法を使わせるようにしなくても、魔術の勉強には差し支えないよ。教育熱心過ぎないかね、あんたは」
ヌーティは、手を振って笑いながら答えた。
「まあ、そのおかげで、あの子の魔法の勉強は順調だと思うよ。最近少しずつでも予備呪文を短くできてるのは、地道な練習のおかげさ」
「そうだろ、たいしたもんじゃないか。でも、どっちかって言うと、サロモンに魔法の基礎を教わってるおかげだと思うけどね。まあいいや、予備呪文はかけておくよ。せいぜい練習させておくれ」
ホルンはそう言いながら、自分の荷物を持ってヌーティが示した部屋に向かった。
次の日の朝は、予想通りに晴れていた。
ハンナマリは一番に起き出し、昨日隣から分けてもらった飼料の残りをアルセスに与えた。そのあとしばらくアルセスを撫でたり、長い毛の間に指を突っ込んで温めたりして遊んでから家畜小屋を出た。
白々と明るくなりつつある空には、いくつかの星が最後の光を放って瞬いている。夜半には雲が消えたらしく顔に痛みを感じるほど冷え込んでいるが、風がないのでそれほど寒くは感じない。
母屋に戻ると、ヌーティが起きて朝食の用意をしていた。
「こら、ハンナマリ、朝の支度もしないでアルセスと遊んでいたな」
叱っているようなことを言っているが、怒っている様子はないと見て取ったハンナマリは、いつも使っている温石を暖炉の発熱石の下側に突っ込みながら、軽口で返した。
「アルセスの世話をしてきたの。今からルンドフェルトまで走ってもらうんだもん。ご飯をしっかり食べてもらったわ」
「アルセスは元気そうだったか?」
「機嫌良くもりもり食べてたわ。一時間あればルンドフェルトに着くくらい張り切って走るんじゃないかしら」
「ふうん、お隣さんのおかげだな。干し草を返すわけにはいかないから、代わりにベーコンでも持って行くか。さあ、朝食ができたぞ。ホルンを起こしてこい。朝から用事があるとか言っていたが、もうすぐ日が登るってのに起きてきやしない。ねぼすけな魔術師だ」
寝起きでぼうっとしながら朝食を摂ったホルンだったが、食事を終える頃にはすっかり目が覚めたらしく、キビキビと身支度をした。
「ヌーティ、そろそろ出るよ。このくらい明るくなれば、道がよく見えるわ」
「スプーンを鼻に突っ込みそうに寝ぼけてたとは思えない台詞だな。自力で起きてそう言ったなら立派だったんだがなあ」
「やれやれ、言われちまったね。よく寝ないと魔法を使うのに差し支えるんだからしょうがないじゃないか。さて、本当に出発するよ」
ホルンは、母屋を出て家畜小屋に向かいながら、手を広げて気温を調べた。
「思ったほど寒くはないなねえ。まだ雲がかかってるのかね」
「いやいや、星が見えてるだろ。やっぱりまだ寝ぼけてるんじゃないのか?」
ヌーティは、あきれて空を指さした。つられて空を見たホルンは、事もなげに言った。
「ああ、上を見てなかったよ」
「しょうがないな。でもまあ、良かったな。予想通り、雪の量が少なかったぞ。これなら道がはかどるだろう」
ヌーティに頼まれたアルヴォがアルセスに輓具を付けて引き出してきた。
ホルンは、それを点検し、満足そうにうなずいて橇に乗った。
「アルヴォ、あんたは予備呪文の練習を欠かしていないようだね。昨日見せてもらった感じだと、ものになるかもしれないよ」
ホルンは、昨晩アルヴォが居間で予備呪文の練習しているのを見て、熱心に繰り返すことに感心していた。練習に使っている石の反応を見る限り、少しだが予備呪文の効果が生じているようだった。
「そうですか!」
うれしそうに返事をするアルヴォ。
「どこまで伸びそうかは、もうしばらく様子を見ないとはっきりとは分からないけれど、簡単なものなら近いうちに使えるようになると思うよ。昨日言ったように、もっとじっくり練習用の石と対話するつもりでやってみてごらん。石が何を考えているかを感じるようにね。あんたにはその辺りがまだ不足しているようだから」
「はいっ、頑張ります!」
激励を受けたアルヴォは、やる気満々だ。
「お父さんにはもっとしっかり練習するように言っておいて。仕事が忙しいのは分かるんだけど、前回の様子だとあまり練習していないみたいだからね」
「は、はいっ、頑張ります……」
アルヴォは、父親にそんなことを言うのが少し怖かった。
そこへハンナマリが母屋から出て走ってきた。何かを渡しに来たようだ。
「ホルンさん、これ、持ってって」
「こらハンナマリ、母屋の扉をしっかり閉め直してこい。部屋の中があっという間に冷えるぞ」
ハンナマリは駆け戻って扉を閉めてからホルンのところに来ると、布で包んだ包みを渡した。
受け取ったホルンは、それが温かい熱を発していることに気づいた。
「おや、温石だね。これはありがたい」
「橇を走らせると風が当たって寒いと思うの。しっかり懐に入れてくださいね」
温石が温まり過ぎているのか、少々焦げ臭い。ホルンは、包んでいる袋の中を覗いて、燃え出しそうにはないことを確認してから懐深くにその温石を突っ込んだ。
そして、二人に短く挨拶をすると、ヘルミネン家を後にした。




