修道士
結局アルヴォがほとんどを担当したヘゲール通りの街灯点灯を終えると、神殿前とその周りにいくつか設置してある街灯を点けるだけだ。
アルヴォは、ハンナマリを励ました。
「あのおじさんの言うとおりだよ。一度はうまくいったんだから、また最初から考え直してみればいいんだ。何度も考えるのも練習だもの」
「そうよね、もう一度最初から魔法職人用の呪文を直してみる。うーん」
結局考え直しても分からず、神殿に向かって歩いている間中うなっていたが、いざ目的の街灯を目の前にすると、最初に呪文を修正した時にどうやったのかをひょっこり思い出した。
「確かこうよ。これで良かった気がする」
それを使ってみると、確かに点灯した。
「やった! 呪文を思い出せたわ」
「できたじゃないか。呪文も短くなってたよ。僕の呪文とは少し違うけど、当然だね」
アルヴォも嬉しそうだ。
「呪文の言葉を頭に浮かべてたらね、妙に目立つ言葉があったのよ。その言葉がしっくりくるように置き換えてみたの。アルヴォのと違うのなら、言葉の置き換え方って、やっぱり人によって違うのかしら?」
「そうだよ」
ハンナマリの考えを、アルヴォはやさしく肯定した。だが、ハンナマリにはさらに疑問が生じた。
「そうかあ。でも、一番いい、正しい呪文があったりしないの?」
「ちょっと前に君が変な計算をした時に……」
「何だっけ?」
「君の魔力が四分の三だとかいうやつ」
「あ、あれか。外れたみたいだけど」
アルヴォは、まあ外れるよな、と思いながら話を続けた。
「その時に、僕が『自分なりに言葉を作る』って言っただろ。呪文を自分の魔力に合わせて変えるんだから、何が正しいかは人によって違うよ」
「じゃ、あたしにはあれが正しい呪文なんだ!」
得意そうな顔で拳固を握るハンナマリ。だが、アルヴォは、冷静に否定した。
「多分、そうじゃないと思うよ。もっといい呪文があるのに、君が思いついてないだけじゃないかな。まだ僕の呪文よりずいぶん長いもの」
「えー、あれより短くするのむつかしいよお」
ハンナマリの拳固から力が抜け、だらりと垂れた。それを見たアルヴォは、慌ててフォローした。
「まだ初心者だからしょうがないよ。だから、アレステンデンが八十才になっても勉強が足りないって言ったんだ」
「……次点けよ」
八十才の大魔法使いのことを考えると気が遠くなるハンナマリであった。
アルヴォはもう手伝わず、残りの街灯すべてをハンナマリが一人で点けた。おかげで、今回修正した呪文がすっかり定着し、さらさらと唱えられるようになった。
「アルヴォ、ハンナマリ、こんにちは」
最後の街灯を点灯し終えた時、司祭が二人に声をかけた。とても寒そうだ。声も少々震えているし、お供の修道士が心配そうな表情で、風上に立って少しでも司祭が寒くないように工夫していた。
「司祭様、こんにちは。わあ、寒そう。早く建物に入らないと風邪引いちゃいますよ」
アルヴォは、会釈をしただけだった。まだ、神聖教とつながりがありそうな宗派に属する司祭に気を許せない。
だが、司祭は、ハンナマリとアルヴォに等しく微笑みかけた。
「ハンナマリは、随分と速く街灯を点けられるようになったね」
「あら、分かって下さったの? そうなの、一生懸命勉強したのよ!」
ハンナマリは、司祭が褒めてくれたことより、自分の仕事ぶりをしっかりと見ていてくれたことが嬉しかった。自分の仕事が、町の人々が楽しく暮らせるように貢献していると考えてくれているに違いないのだ。
「そうなのかい? ホルン女史への弟子入りは来年と聞いていたが、早めたのかな」
「違うの、今の学年をちゃんと終わらせてからにしなさいって言われて、まだなの。でもね、この子のお父さんから教わってるの。ホルンさんが基礎だけならいいって言ってくれたから。あ、この子も少し教えてくれるのよ。時々役に立つ助言もしてくれるし」
最後にアルヴォに気を使って取って付けたようなことを付け加えたが、ハンナマリが頑張っている様子は伝わったようだ。
「学校の勉強はすべての基礎だから。学校にも通いながら魔法の勉強をしているのは、いいことだね」
「それがね、魔法の勉強を始めたら、これまで街灯点灯に使ってた呪文がなんだか無駄に長く思えちゃって、試しに呪文を少し直してみたらうまくいったの。いつもの半分の時間で点くようになったのよ!」
「本当かい? 君の助言のおかげだね」
司祭は目を丸くして感心し、アルヴォを褒めた。アルヴォは、ハンナマリの大げさな報告を正すべく正確さを期して答えた。
「いえ、まだせいぜい二割です」
「二割って半分ってことじゃない」
「それは二分の一だよ」
ハンナマリの反論はアルヴォの冷静な一言で否定された。
「まあ、細かいことはいいわ」
「二割と二分の一じゃ、ずいぶん違うよ」
アルヴォは、あきれたように言った。だが、ハンナマリにとっては終わった話題である。
「とにかく、呪文をとても短くできそうなの。もっと早く魔法の勉強を始めれば良かったわ。そしたら、もっと短い時間で仕事できたり、ひょっとしたら街灯を二倍に増やしたりできたかもしれないじゃない」
司祭は、二人のやり取りを笑いながら聞いていたが、すぐに寒くて耐えられなくなった。
「私は早く建物に入りたいよ。二人も、風邪を引かないうちにお帰り」
ハンナマリは、司祭が寒さに顔をこわばらせていることに気づくと、慌てて挨拶をし、手を振りながら急いでその場を離れた。
アルヴォは、いつものように、司祭とはあまり話さなかった。
しかし、この寒い中で街灯点灯を終えるのを待ってから声をかけてくれたり、ハンナマリの技術向上を褒めてくれたりした司祭を、少し好きになった。
あの言動から見るに、彼は、迫りつつある神聖教の教義とは異なる、サンデ国のオルディルン教と同じ教義を信じているらしい。そう思うと、あまり口をきかないよそよそしい態度をとるべきではないような気がしてきた。
もしかしたら、もう少しハンナマリを手伝って、司祭をあまり待たせない方が良かったかもしれない。
神殿に入って司祭が脱いだ上着を受け取った修道士は、それを片付けながら割り切れない思いを抱えていた。
魔法から信者たちを守るようにという教主からの指示を司祭が守っているように思えないのである。礼拝などでの説教でも魔法に触れようとしないし、すでに魔法にどっぷりつかっている魔法職人や魔術師が考えを改めるように導こうともしない。
このままでは、マーリングは、盗んだ神の力で偽りの繁栄をむさぼる背徳の町になってしまう。誤った果実を味わい続けた住民の魂は救われないだろうし、しばらくは偽りの豊かさを味わえるだろうが、いずれ大きな神の怒りが降りかかり不幸な結末に至ってしまうに違いない。
愛するマーリングに降りかかるであろう災厄を考えて身を震わせた修道士は、司祭に無断で行うことに罪の意識を覚えながら、マーリングの魔法の現状を記した手紙を書き始めた。
上層部に確実に伝わるよう、署名には自分の名ではなく、神殿の名前を使った。自分の名にすると、多分読んですらもらえない。
早く上位聖職者の判断を仰ぎたいが、司祭のように急使を使うのは一修道士の身では無理だ。だが、神殿が共同で運営する定期便を使って送ることならできるだろう。なんとしても、上位聖職者に対応をお願いしなければならないのだ。




