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遠雷  作者: 北野 いまに
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呪文短縮

 勉強しなくちゃと参加を渋っていた玉運びだが、試合が始まってしまうとハンナマリは夢中になった。

 重たい種族である人間とカニンを守備に残して、小さくて軽いフェイのハンナマリとヘイノは、息の合ったパスワークでソルビー通りの守備を攪乱して点を挙げた。

 だが、その後の二試合では一敗して、結局ハンナマリとハンスのマルム通りは二勝二敗の振るわない成績だった。


「今回の反省点は、重い種族の配置だな。僕とハンナマリだけじゃ、パス回しが単純になって簡単に邪魔される。僕たちフェイが時間を稼いでいる間に重い連中を敵陣の方に移動させればパスワークに参加させられたんだ」

「その間に玉を取られちまうぞ」

「中間にもカニンを置いて、横に長い距離のパスを送ればどうだろう」


 ハンナマリがカニンのパスについて意見を出そうとした時、広場の入り口からアルヴォの大声がした。


「ハンナマリ、仕事は?」

「いけない、忘れてた! じゃ、またねっ」


 玉運びに夢中になっていたハンナマリは、すでにあたりが薄暗くなっていることに気づき、その場から飛び出ていった。


「暗くなるまでに終われる?」

「無理だけど、やるわよ。早くしないとまた仕立屋のおじさんにごちゃごちゃ言われちゃう」


 心配そうに話しかけるアルヴォに、ハンナマリはそう早口で言うと、急いで駆け出した。

 今日の担当のヘゲール通りに店を構えるカニンの仕立屋は、総じておおらかな性格のカニンという種族の一員とは思えないくらい口うるさいのだ。

 ハンナマリ一人では真っ暗になるまでかかるだろうと、アルヴォも後を追って走りだした。だが、いわゆる重い種族の人間であるアルヴォは、あっという間に雪を踏み抜き膝まで埋まってしまってハンナマリについて行けず、結局慎重に歩いて後を追うはめになった。


「まあ、彼女が怒られるのはしょうがないよな。追いついてから手伝ってやれればいいさ」




「商業組合との契約でやっているんだからな。分かっているな。仕事である以上、約束を守るのは当然なんだぞ。何をやっていたのか知らんが、こんなに暗くなるまで街灯点灯が遅れるとはどういうことだ」


 予想通り、ハンナマリは仕立屋の主人に叱られた。


「ごめんなさーい。ちょっと用事を済ませていたら遅くなっちゃいました。すぐに点けまーす」


 ハンナマリは、とりあえず謝っておけとばかりに大きな声でハキハキと謝罪の言葉を口にすると、すぐに街頭に向かって呪文を唱え始めた。口うるさくてくどいが、人が始めた仕事の邪魔をする人ではないので、とにかく仕事を始めてしまえば説教から逃れられるのだ。

 ハンナマリが一つ目の街灯を点け終えた時、仕立屋が感心したように言った。


「ふうん、やはり速いな」


 仕立屋が向いている方向を見ると、アルヴォが街灯を点けるのと手伝ってくれていた。仕立屋は、彼の点灯の速さを見て感心しているらしい。

 ハンナマリもアルヴォの速さに見とれて仕事がお留守になった。それに気づいた仕立屋にまた叱られた。

 今日の街灯点灯はハンナマリの仕事で、アルヴォの仕事ではない。それなのに大半をアルヴォが点けたのでは、これでもプロの魔法職人であるハンナマリとしては立場がない。どうせ仕立屋のおじさんにはそんなこと分からないんだからかまわないという気もしたが、それでも魔術師を目指す魔法職人として情けない。これはまずい。何とかしてアルヴォに負けない早さで点けなくちゃ。

 そんなことを考えながら次の街灯に向かって呪文を唱え始めた途端、頭の中で新しい呪文がひらめいた。

 街灯点灯の呪文の一部をそれに置き換えてもちゃんと発動するはずだという気がした。

 アルヴォが唱えている省略された呪文とは少し違うが、先生のサロモンは、人により少しずつ違うのが普通で、頭の中に明確なイメージを作れる呪文であれば良いと言っていた。明確なイメージを作れる者しか魔術師になれないとも。

 ハンナマリは、ドキドキしながら思いついた呪文を使ってみた。呪文を唱える時間が少し短くなり、街灯はちゃんと点いた。


「やった、点いたわ! 呪文を変えても点いた!」


 喜ぶハンナマリに、仕立屋が水を差した。


「暗いぞ。急いで呪文の一部を飛ばしたようだが、それじゃだめだ」

「ちょっと、黙って!」


 自分の考えに夢中だったハンナマリは、失礼な言い方で仕立屋を黙らせた。

 仕立屋は、それをとがめず、何かを一生懸命考えるハンナマリを見守った。


「きっとこれよ」


 しばらく考えた末にそう言ったハンナマリは、もう一度同じ街灯に向かって呪文を唱え始めた。

 今回は、アルヴォには及ばないものの、さっきより短かった。しかも、十分に明るく点灯した。


「ほら、ちゃんと明るいわ!」


 ハンナマリは仕立屋の腕をつかんで振り回しながら飛び上がって喜んだ。


「ほう、お前が自分で呪文を縮めたのか?」

「そうよ、アルヴォのお父さんに魔法の基礎を習ったの。そしたら、魔法職人用の呪文の縮められるところがピンときたのよ」

「魔法職人用の呪文には、魔力が弱い者のために付け加えた部分があるからな。それを自分の魔力に合わせて変えたと言うことか」

「おじさん、そういうことを知ってるの?」

「俺も、お前の母親から魔法職人の訓練を受けたんだよ。ものにはならなかったが、まだ教わったことを覚えている」

「へえ、知らなかったわ」

「今の街灯には二回魔法をかけたな。明るいのはそのせいかもしれないぞ」

「そんなことないもん、じゃあ、見ててよ」


 仕立屋が見守る中、ハンナマリは次の街灯に取りかかった。途中で顔をしかめたり少々リズムを崩したりしながらも呪文を唱え終えると、街灯が煌煌と光り始めた。


「ほら、ちゃんと点いたわ!」

「十分に明るいな。たいしたもんだ」


 仕立屋は、顎をさすりながら感心したように光る街灯を見つめた。


「さあ、どんどん点けるわよ」


 張り切るハンナマリに、仕立屋がにやりと笑って言った。


「これくらい早ければ、遊びに夢中で遅くなっても大目に見られるかな」


 玉運びの勝負をただの遊びと思われたのでは、ハンナマリとしては反論せざるを得ない。


「大事な用事を済ませてたのよ」

「何の用事で遅くなったのかは、そのかんじきを見れば分かる」

「私の住むマルム通りの名誉のための用事だったのよ」

「ほら、次の街灯をやってみろ」


 ハンナマリは、立派な理由をさらりと流した仕立屋をちょっと睨んで次の街灯のところに行き、もう一度呪文を唱えた。唱え終えた時、街灯は十分な明るさで光っていた。


「ちゃんとできてるじゃないか。素晴らしいな」


 仕立屋はそう言って褒めてくれたが、ハンナマリは少し不満だった。


「もう少し短くできる気がするの。呪文が終わった時に思いつくんだから、嫌になっちゃうわ。唱える前に思いつけばもっとうまくできたのに」

「考えるってのは、大抵そういうもんだ。また試せばいいんだ。さあ、次に行け」

「そうね、どんどんやってみるわ」


 ハンナマリは、思いつくままに次々と呪文を変えながら試してみた。

 結局、うまくいったのは最初の二つだけで、そのほかは点かなかったり、暗かったりとうまくいかなかった。

 しかも、うまくいった最初の呪文を忘れてしまい、魔法職人用の長い呪文を唱える羽目になってしまった。


「どうしてうまくいかないのかしら。最初はちゃんとできたのに」

「まだ身に付いていないんだろう。何度も繰り返して練習するんだな」

「でも、うまくいく呪文を忘れちゃったし、困ったな」


 ハンナマリは口をとがらせてぶつぶつとこぼしたが、仕立屋は、ハンナマリの魔術の勉強が少しずつとはいえ進んでいることを喜んだ。彼も一時は魔法職人を目指しただけに、魔法供給が増えることによる利点をよく分かっているからだ。


「また考えればいいんだ。それができるのが魔術師だ。せっかく先生ができたんだから、よく教わるといい」


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