冬の玉運び
それから一か月が過ぎ、マーリング界隈はとうに根雪となった。
積雪で一面が覆われた広場は、夏と変わらず元気な子供達の遊び場だ。
この時期の遊びも、三種族が有利不利なしに参加できる玉運びだが、夏とは少しやり方が違う。棒を使わずに手で球を投げるのである。
投擲力のあるカニンが有利になりすぎるので、前に投げるのは禁止だ。横か後ろにしか投げられないので、玉をゴールに運ぶには、走り回ることになる。
だから、少しでも早く走るために、各自で工夫したかんじきを履く。網で作って軽くしたり、底に鱗状の掘り込みを作って前にだけ滑れるようにしたりと、その努力を勉強に向けてくれればと教師が嘆く熱心さだ。
数日前に降った雪は、しばらく続く厳しい寒さにいつまでも潰れずふわふわの柔らかさを保ち、人間やカニンという体重のあるメンバーの足を引っ張っていた。軽いフェイは小さめのかんじきでもあまり沈まず、機敏さを保って玉運びの主役となった。
なんとなく始まった通り対抗戦で、ハンナマリと同じ通りに住む子供達が作ったチームは、相手の足にかく乱され、散々に負けてしまった。
悔しがっている彼らは、次の試合が行われている間に、広場の隅に集まって作戦会議だ。
「ハンス、もう少し早くパスを受けられる位置まで来てくれよ。せっかく敵陣に切り込んでいっても、一人じゃどうしようもないんだ」
文句を言っているのは、フェイのヘイノだ。何度も相手ゴール近くまでボールを運ぶのだが、相手守備に囲まれてしまい、パスする相手もなく潰されてしまうのだ。
「一人でさっさと行っちまうからそうなるんだよ」
「そんなこと言ったって、お前達に合わせてたら、攻撃のタイミングを逃すじゃないか」
言い争ってはいるが、ヘイノにほかのメンバーがついて行けないことが原因とは全員が分かっていた。ヘイノが周りを見ずに独走しているわけではない。
フェイ以外のメンバーが雪を踏み抜いてしまってろくに走れないのだ。せっかくタイミングを合わせていても、ヘイノがパスしようとした相手は、出だしでつまずいていたり、パスを受けようとした途端に転んだりして、さっぱり予定通りに行かない。
ほかのチームは、今日の雪質に合わせて、フェイが攻撃、他の種族が守備と分担している。ところが、このチームには、フェイがヘイノしかいなかった。
「ハンナマリがいれば、あんな奴ら敵じゃないのに。あの子、最近来ないよな。ハンス、よく一緒にいるだろ、なぜ来ないのか知ってるか?」
「ここんとこずっと勉強で忙しいって言ってたぞ」
「ハンナマリが勉強で忙しいって、そりゃ変だろう」
子供が勉強したって変ではないのだが、ヘイノがこう言うのも無理はないハンナマリだったのだ。
「最近、西の国の魔術師があいつの家に来ただろ。その影響らしいぞ。なんでも、なんとかかんとかの前に学校の勉強を終わらせたいんだとか言ってた」
「なんとかかんとかって何だよ」
「知らねえ。ハンナマリがなんとかかんとかって言ってたんだ」
その言葉に、ヘイノは顔をしかめた。
「何だろ。魔法になんとかかんとかって変な名前のものがあるのかな?」
「うちの親父は魔法職人だけど、そんな言葉使ったことないぞ」
ヘイノは、ヤーミという子が挟んだその言葉を無視して大声を出し、話題を元の問題に戻した。
「なんとかはどうでもいい。問題はハンナマリだ。誰か呼びに行って連れてこいよ」
「せっかく勉強してるのに悪いんじゃないか?」と、ヤーミ。
「ハンナマリがボール運びをせずに勉強してる方が変なんだよ」
ヘイノがヤーミの意見を一言の下に却下したが、ヤーミは怒りもせず、全くその通りだと思った。
「それもそうだ。ハンス、行ってこいよ」
「俺かよ」
ハンスは、嫌そうだが、他の子達は当然という顔だ。
「うまくおだてりゃ出てくるって。ハンスが一番得意じゃないか」
「うまい悪口の方がいいんじゃないか。面白がって乗ってくるぜ」
ハンスは、皆に押されて、ハンナマリを誘い出すのは自分しかいないとあきらめた。
「しょうがないな。じゃあ行ってくる。このままじゃどこにも勝てそうにないもんな」
ハンスは、大急ぎでハンナマリの家に走った。玉運び用のかんじきは、通行人や馬橇が踏み固めた道路なら、全力で雪面を蹴っても、全く踏み抜くことがなかった。
ハンスは、広場がこんな雪面ならイェートリ通りの連中なんかに負けやしないのにと悔しがりながら、かんじきを履いた足で可能な限りの速さで走った。
程なくハンナマリの家に着いたハンスは、居間の窓から食卓で勉強しているハンナマリを見つけた。
「うまいことおだてるか、面白がりそうな悪口を言ってみるか。どっちもノリが大切だから難しいな。やっぱりここは、まともに頼むのが一番だ」
方針を定めたハンスは、窓枠を叩いて注意を引いた。
ハンナマリは、戸口に回るように合図して、また勉強に戻った。
どうやら真剣に勉強しているらしいハンナマリに違和感を覚えながらハンスが戸口に回ると、アルヴォが扉を開けてくれた。
ハンナマリは、入ってきたハンスにちょっと手を振ったが、すぐにテーブルに向き直った。
「ハンナマリはずっと勉強してるのか?」
「うん。とにかく朝から晩まで、ずっとやってる」
「うえ、疲れそうだな」
「鬼気迫ってるよ。そんなに急いでやらなくてもいいと思うんだけどね」
軽くため息をつくアルヴォの表情で、ハンスは、以前聞いた話に思い当たった。
「あの八十歳まで勉強しても足りないって話のせいか?」
アルヴォは、首を振った。
「そんなことないってのは分かったみたいなんだけど、いろんなことを知っている方が魔力を上手に使えるからって、少しでも勉強を進めたいみたいなんだ」
「思い込みの激しい奴だからなあ。お前も付き合わされてんのか?」
「仕事がない時はね」
いつも付き合わされているアルヴォは、少し疲れているようだ。
ハンスは、同情してアルヴォの肩を叩いた。ふと見ると、ハンナマリのあちら側にもう一人いる。
「あれ、ティルダもいるぞ」
「そうなんだ。ティルダもハンナマリと同じくらい勉強してる」
「どうなってるんだ? まあ、ティルダは昔から真面目だったから分かるような気がするけど、両方に付き合ってんじゃ大変だろう」
アルヴォは、そんなことはないと、笑いながら手を振って否定した。
「今日は何だい? ハンナマリに用事?」
「ああ、そうだった」
肝心の用事を思い出したハンス。
「おい、ハンナマリ、広場まで来てくれよ。玉運びの通り対抗戦でマルム通りがコテンパンに負けそうなんだ」
ハンナマリは、勉強をしながら会話を聞いていたが、玉運びという言葉に反応してハンス達の方を向いた。
「今日は大会か何か?」
「いや、遊んでたら、通りごとの人数が同じくらいなことに気づいて、いつのまにか通り対抗戦になっちまった」
「どこに負けそうなのよ? ゲット通り?」
「イェートリの連中に負けた」
ハンナマリは、思わず立ち上がり、腰に手を当てた。
「何ですってえ? どうしてあんなところに負けるの? 小さい子ばかりで年長と言えばフェイのズラータくらいしかいないじゃない」
ハンスは、言い訳するように手を広げて答えた。
「雪が深くてさ、人間やカニンが走れないんだ。ズラータがうまく誘導しながら、まだ小さくて軽い二年生のカニンと連携してるんだ」
ハンナマリは、横を向き、顎に手を当てて眉をひそめた。
「カニンで二年生ったら、結構走れるわね」ちらっと横目でハンスを睨み、「で、あんた達、いいように負かされたってこと?」
「もうちょっと優しく言ってくれ」
ハンスは、手を挙げ、傷ついた声で抗議した。ハンナマリは、それを気にかけずに続けた。
「マルム通りは小さい子は人間しかいないもんねえ。そりゃ負けるわ。で、体重が軽くて走れるフェイが欲しいということね」
「話が早いな。頼むよ。お前が必要なんだ」
そう言われると悪い気はしないし、皆のために一肌脱ぎたい気がしてくる。しかし、ハンナマリは迷った。
「でも、今日中にもう少し先までやっときたいのよ」
そう言いつつ、すでに体がそわそわしている。
ハンスは、あと一押しだとばかりに頼み込む。
「そこを何とか。ヘイノが頑張ってるんだけど、俺達がついて行けないんだ。敵を躱してゴール近くまで切り込んでも、俺達がフォローできないせいで何度潰されたことか。せっかくヘイノがチャンスを作っても、雪に足を取られてそれを活かせないんだよ」
同じフェイのヘイノが悔しがる様子がハンナマリの脳裏に浮かんだ。
「どうしようかなあ、もう少しやっときたいんだけどなあ……」
ハンナマリが迷っていると、アルヴォが口を挟んだ。
「行ったらどう? 学校の勉強ばかりが魔法の勉強じゃないよ。僕が受けた訓練だって、体を使うのが半分くらいあったよ」
「そっかあ、でも、それって玉運びじゃないでしょ」
ハンナマリは、反論しつつも玉運びと魔術のための勉強の間で揺れて、足はすでにむずむずと動いてる。
「玉運びじゃなくて杖術とかだったけど、基本は走り込みだったよ。玉運びなんて、一杯走るし、素早い判断や連携も必要だから、訓練としてはとてもいいんじゃないかな」
ハンナマリは、玉運びが魔術師の訓練になると言われると、もういても立ってもいられなくなった。
「分かった。行くわ。ハンス、次の試合はいつ?」
「もうそろそろだ。イェートリの後二試合休んで、ソルビー通りの連中とやる」
「ソルビー通りにはフェイが三人いるわね。二人は低学年だけど、この雪じゃ意外に手ごわい相手になりそうよね。すぐ行こう!」
ハンナマリは、戸口に走ってコートを着ながら答えた。
「そう来なくっちゃ」とハンス。 これで勝てると大喜びだ。扉を開けてハンナマリを待っている。
「ティルダとアルヴォは来ないの?」
動こうとしない二人に気づいたハンナマリが、かんじきを足に着けながら尋ねた。
ティルダは、アルヴォに目をやりながら、にっこり笑って断った。
「あたしは、もう少し勉強してるわ」
「僕はこの後まだ仕事があるから行けない。ハンナマリも街灯点灯があるから、忘れないようにね」
「大丈夫だって! 何年もこの仕事をしてるんだからねっ」
ハンナマリとハンスは、戸口から勢いよく飛び出していった。
走りながら引っ張って閉じた扉は、大きな音を立てて跳ね返り、また開いてしまった。
アルヴォは、扉をきちんと締め直し、その後は、ティルダに寄り添って勉強を教えていた。




