先行授業
ハンナマリは、学校には行ったものの、サロモンの魔術についてホルンがどう評価するかが気になって、気もそぞろで落ち着けず、ハマーニコフ先生に叱られる始末だった。
「でも先生、今日、あたしの将来が決まってしまうかもしれないのよっ」
叱られたハンナマリが顔を真っ赤にして主張するが、彼女の大騒ぎに慣れているハマーニコフは動じなかった。
「落ち着きなさい。下級生が見てますよ」
ハマーニコフは、ハンナマリにだけ聞こえるようにささやいた。
ハンナマリは、家業の手伝いとはいえ町を支える魔法職人たる自分が下級生になめられるわけにはいかないと、背筋を伸ばして下腹に力を入れた。そして、少しは落ち着いた雰囲気を出したつもりで言い直した。
「でも先生、今日、あたしの将来が決まってしまうかもしれないんです」
「あら、それは大変ね」
ハマーニコフは、にこりと笑ってハンナマリの言葉を受け止めた。
「そうなの! 魔法って八十才になっても勉強し続けないといけないくらい大変らしいの。だから、ちょっとでも早く勉強を始めたいのよ。
最近うちに住み始めた魔術師のサロモンさんを知ってるでしょ。アルヴォのお父さん。彼が私に魔法を教えてくれるかもしれないの。
でも、私の本当のお師匠様のホルンさんがアルヴォをテストして決めるって言ってるの。今、テストの最中なのよ。だから、どうなってるのか気になって気になって仕方ないのよ。ね。分かるでしょ、先生!」
上級生らしい格好がついていたのは、ほんの一言目だけだった。
ハマーニコフにとって、素直というよりは単純なハンナマリの操縦など簡単なことである。
「そうねえ、魔術の勉強にとても大切なことなのね」
「そうなの!」
「学校の勉強も魔術師になるには大切なのよね?」
「うん」
「ホルンさんのテストについては、結果が出るまで何もできないわ。まずはできることをしましょうか」
「そうね、時間を無駄にしちゃいけないのよね」
自分の言葉にうんうんとうなずくハンナマリ。
「じゃあ、宿題の三番の問題の解答を同級生に教えてあげてくれるかな」
ハンナマリは、回答を説明し始めたが、興奮が収まっていないので、同級生にはよく分からなかった。
ハマーニコフは、ハンナマリがとりあえず授業に集中し始めたのでそれで良いことにし、フォローのために自分でも解答の説明を追加した。
ホルンのチェックの結果を早く知りたくて授業終了と同時に学校を飛び出そうとしたハンナマリに、ティルダが声をかけた。
「ハンナマリ、一緒に帰りましょ」
「あ、うん」
ハンナマリは、一瞬振り切って走って帰ろうかと思ったが、ティルダの心配そうな顔を見て考えを変えた。自分のことを心配してくれているのに、それではあまりに悪い。
「ホルンさんがアルヴォをテストするって何? もう少し詳しく教えてくれない?」
ハンナマリが先生に説明したのは聞いていたが、サロモンがハンナマリに教えるかどうかを決めるためにアルヴォをテストすると言われても、ティルダにはさっぱり分からなかった。自分に魔法を教えてくれるかもしれないサロモンが関わるとなると、きちんと知りたいのだった。
「アルヴォは、ちゃんと落ち着いて魔法を使えてるかしら」
ハンナマリの説明を聞いたティルダは、アルヴォを心配した。アルヴォ次第でハンナマリの希望が叶うかが決まる。
「それは大丈夫なんじゃないかな。あの子、何があっても動じないもの。少し鈍感なんだと思うわ」
「そんなこと言ったらかわいそうよ。あなたのためにテストを受けてるのよ」
「うん、感謝してる。でも、何があってもびっくりしないし慌てないし、鈍いと思うなあ」
「だって、西の国から苦労して逃げてきたんでしょ。きっと大変だったのよ。だから肝が据わってるんじゃないのかな」
「そうかなあ。動じないだけで、色々変な子よ。いつも何か気を張ってるしさ」
「それって、やっぱり苦労したのよ。それに、動じないなら、テストでも落ち着いて魔法を使ってくれてるわ。感謝しなくちゃ」
「本当に感謝してるから、アルヴォ、頑張ってえ!」
ハンナマリはアルヴォを変な子だと思っているようだが、ティルダには真面目で誠実な少年にしか思えない。ティルダは、アルヴォがかわいそうになり、テストの結果を一緒に聞いてあげることにした。
実のところアルヴォの魔術がホルンのそれに近いかどうかをチェックするだけなのだが、ハンナマリの説明では、アルヴォ自身がテストされるかのように伝わってしまったのだ。
ハンナマリは、学校を出る時には結果を知りたくて急いで帰ってきたのに、いざ帰り着くと結果を知るのが怖くて家に入るのを躊躇した。
それを見たティルダは、怪訝そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
「まだサロモンさん達が帰ってないんじゃないかなーって思って……」
「何言ってるの。窓から人影が見えたじゃない」
「そうだっけ。うーん、ここまで来たら、さっさと結果を聞くしかないかあ」
「いつも自信たっぷりなのに、どうしてこんな時だけ意気地がないのよ」
「だって、まるっきりアルヴォ次第で、自分じゃ何もできないんだもん」
「アルヴォなら大丈夫よ。しっかりやってくれてるわ。さあ、入るわよ」
ティルダが扉を開けたので、ハンナマリも覚悟を決めて家に入った。
結局、ハンナマリがサロモンに基礎を教わることについては、あっさりと許可された。
ホルンは、遠い西の国の魔術師は基本にとても忠実だと評価していた。
「やったあ! アルヴォ、ありがとう!」
大喜びしたハンナマリは、アルヴォに礼を言った。
「え、僕?」
「そうよ、アルヴォがちゃんと魔法を使ってくれたから、あたしが魔法を習えることになったんだもん。百回でもお礼を言っちゃうわ」
「そんなにすごいことはしてないよ。普通に魔法を使っただけだから」
ハンナマリの熱烈な感謝に照れるアルヴォに、ティルダが言った。
「ハンナマリったら、アルヴォがちゃんと落ち着いてテストを受けられるか心配してたのよ」
「テストってほどのものじゃなかったよ。サンデの魔法の基礎を見たいってことだったから、基本通りにやろうと心掛けはしたけど」
「変な癖もないし、素直な魔法だったよ。あれだけしっかり基本が身についていれば、今後の伸びが楽しみだ」とホルン。
「ありがとうございます」
アルヴォがうれしそうな顔をしたが、ハンナマリは、少し納得できなかった。
「でも、アルヴォったら勝手に呪文を短くしちゃったりするのよ。それでも基本通りってこと?」
「魔法職人用の呪文は、魔術師には冗長だからね。短くしたくなるのも道理さ。短くする方法が基本通りってことだよ」
「冗長って何?」
「魔力の弱い人が使えるように工夫したせいで、魔術師には余分な言葉がたくさん混じってるってことだよ。魔術師の勉強をすれば、おいおい分かってくるよ」
「あたしも、アルヴォみたいに短い時間で魔法が発動するようになる?」
「しっかり勉強すればね。サロモンの魔法は、あたしの魔法に近くて予習にはもってこいだ。しっかり勉強しなよ」
「魔術師と魔法職人って、そんなに違うんだ。よーし、頑張るぞー!」
ハンナマリは、拳固を握って気合を入れた。
「感心だね。きっといい魔術師になれるよ」
ホルンがそう激励すると、ヌーティが混ぜ返した。
「走り回ったりいたずらしていた元気を勉強に振り向けただけだよ」
「いいことじゃないか」
「うん、人にかける迷惑が半減しそうだ。ユバ親子のおかげだな」
「素直に褒めなよ。困った男だね」
ホルンは、憤然と息を吐き出した。




