学校
学校に向かって歩き始めたときにはぷりぷりと怒っていたハンナマリだったが、少し歩くうちに気が収まってきた。
「ねえ、この後どうするの?」
「君が学校に行くって言ったんだよ」
「違うわよ、また旅を続けるのかって聞いたの。あんたのお父さんの話じゃ、怖い神聖教について警告をしに旅してきたんでしょ。でさ、ここで警告しちゃったじゃない。だから、旅はもう終わりなんじゃないのかなって思うのよ」
アルヴォは、軽く首を傾げた。
「さあ、父の考え次第だから分からない。でも、君のお父さんと郷主に伝えただけだから、もう少し多くの人に伝えようとするんじゃないかな。多分、その後旅を続けることになると思う」
「ふうん、大変ねえ。そうやってどこまでも旅することになるのかしら」
「分からないよ。僕達の目的は人々が魔法を失わないようにすることだから、魔法を守るために神聖教と戦おうとする人たちに出会ったら、そこに留まって一緒に戦うつもりなんだ」
「それどこ?」
「分からないよ。全然分からない」
アルヴォは力なく首を振った。
「この町かも知れないわね。この町の人たちは魔法が好きだもん」
「うん」
アルヴォは、たった一晩しか過ごしていないこの町が気に入っていた。ハンナマリやその友達はもちろん、宿の人たちや、郷主でさえ、魔法を大事にしている。
ここで旅が終わるなら、うれしい。父と旅する中で、旅を終える条件を話し合ってきた。警告を真剣に受け取ってもらえること、魔法のもたらす利益が理解されていること、その利益を守る必要性が理解されること。この町は、これらの条件を満たしそうだ。
だが、それは、この町が神聖教との戦いに巻き込まれるということでもある。この居心地の良い町を戦いの前線にはしたくない。
でも、そうしなければ、魔法が失われ、この町は衰退するだろう。そんなことはさせない。この町に留まりたい。小さい頃からたたき込まれてきたから、戦い方なら知っている。
ハンナマリは、うん、と返事したきり厳しい顔をして黙ってしまったアルヴォのことを怪訝に思った。しかし、自分の世界に入ってしまったものはしょうがない。気にしないことにした。
それから歩くことほんの数分で、学校に着いた。
学校は、静まりかえっていた。学校横の広場で遊んでいる子供達もいない。教室にはまだ人がいる気配がある。まだ、午前の授業が終わっていないようだ。もう少しゆっくり来れば良かったかなと思ったが、着いてしまったものは仕方がない。自分の教室に行くことにした。
様子を窺おうと教室の窓から中を覗くと、仲良しのティルダと目が合った。
「ハンナマリ、終わったの?」
ティルダが大声を出して立ち上がったものだから、教室中の注目を集めてしまった。慌てて「終わった終わった」と手を振り、扉を開けて教室に入った。
「ハンナマリ、兵士の詰め所に何かお話をしに行ったと聞きましたけど、用事は終わりましたか?」
ハンスの横で何かを話していた教師のハマーニコフが聞いた。
ハンスがあからさまにほっとした顔をした。宿題を忘れたか何かで叱られていたに違いない。いつもは優しい女性なのだが、宿題を忘れると怖いのだ。
ハンナマリは、まずいと思った。ハンナマリも忘れていたからだ。だから、敢えてハキハキと答えた。
「詰め所じゃなくて、郷主様のお館に行きました。そこで、昨日私の家を訪問した西の国の魔術師について聞かれたんです」
「まあ、郷主邸にですか。ご苦労様でしたね。お昼前に戻ってこられて良かったわ。もう少し授業時間があるから、席にお着きなさい」
ここで素直に席に着いて宿題のことを聞かれてはまずい。
「その西の国から来た魔術師の息子が一緒に来てるんです。教室に入ってもらっていいですか?」
アルヴォは、入り口から一歩下がって教室内を伺っていたが、ハマーニコフに手招きされておずおずと入ってきた。
生徒全員の視線が集まる。
普段なら視線ごときに動じるアルヴォではなかったが、神聖教の修道院が運営する学校のイメージが拭えず、まるで戦いに赴くような表情でハマーニコフの前に立った。
ハマーニコフは、安心させるように微笑んだ。
教師の横からハンナマリが声をかけた。
「アルヴォ、大丈夫よ、昨日のバレッシュさんやロニーと同じよ」
ハマーニコフは、兵士達と自分の何が同じか分からず首を傾げたが、その言葉でアルヴォが体から力を抜いたのを見て、彼の緊張の意味を察した。
「西の国では大変だったようね。でも、ここは大丈夫ですよ。もう少しで午前の授業が終わりますから、それまで、空いている席に座ってお待ちなさい」
ハマーニコフが教室の後ろの空席を指し示したが、アルヴォはそこに行き着けなかった。まずハンスに捕まった。
「お前、昨日は悪かったな。ハンナマリを守ろうとしたんだって? あいつとはいつもあんな感じだから、これからは気にしないでくれよな」
それをきっかけに他の子供達も騒ぎ始めた。
「ねえ、名前は何?」
「ア……アルヴォ・ユバです」
「何才なの?」
「家族みんなでマーリングに来たの?」
「魔術師なんでしょ、すごいなー。いつから勉強してるの?」
アルヴォが答えるより前に次の質問が飛ぶ。魔術師であることもすでに知られている。
アルヴォは、すっかり慌ててしまった。ハンナマリは心配ないなんて言っていたが、こんな質問責めは予想外だ。
助けを求めてハンナマリを見ると、「郷主様の館ってどうだった?」だの「郷主様は怖くなかった?」だのと、彼女も質問責めに遭っている。
「領主様は優しい方だったの。でも兵士が十人も怖い顔で立っててね、出口全部を見張ってるからもう帰れないんじゃないかと思っちゃった」
いや、兵士は七人しかいなかったし、そのうち二人は尋問を受けてたんだから、実質五人だよ……などと、ものすごいペースでしゃべっているハンナマリ達に言えるはずもなく、アルヴォは途方に暮れて問われるままに答えるしかなかった。
「はい! みんな、静かにしなさい!」
大騒ぎを始めた子供達に業を煮やしたハマーニコフは、一旦は手を叩いて子供達を黙らせたものの、諦めの表情を浮かべてお手上げを宣言した。
「しょうがないわね、まだ終わってないけど、授業はこれで切り上げ! 好きなだけ騒ぎなさい。他の教室はまだ授業が続いているんだから、さっさと広場に出てしまいなさいよ。
午後に切り上げた分を取り戻すから、ちゃんと時間には戻ってくるように」
広場に出た子供達は、アルヴォの周りに集まって質問攻めを続けていた。そのうちアルヴォに魔法を見せろとねだる子が出てきた。
「魔法を見せて! ハンナマリの家に時々魔術師が来てるけど、魔法を見たいなんて頼めないじゃない。ねえ、お願い」
ハンナマリの隣家に住む女の子ティルダだ。ハンナマリが魔術師に弟子入りすることになっているのをうらやましがっている。自分も魔術師になりたいのに、親から許可が出ないのだ。だから、せめて魔法に触れる機会を逃したくなかった。
アルヴォは困った。いきなり魔法を見せろと言われても、何を見せればいいか分からない。とりあえず、昨日ハンナマリに教わったばかりの街灯点灯を思い出したので、手近の街灯でやってみせた。
「そんなの、ハンナマリでもできる!」
不評だった。
ハンナマリはハンナマリで、そんな言い方は失礼だとへそを曲げた。




