復讐は誰のため その5
最後は、ほんのり幸せになれたかな?
クレミオンの子供達の能力。
それは――――――――
長男ステビア(18才)は、悪意のある者に幻影を見せること。
次男ニコラス(17才)は、魔獣の侵入を阻む結界を張り、その結界から雷や炎の矢を放つこと。
三男バルザック(15才)は、邪気を追い払い、怪我の治癒ができること。
長女オクタビア(15才)は、直径1kmの気配探知と柔術ができる(柔術は本人の努力)。 他射撃などは普通レベルにできる。
※バルザックとオクタビアは双子である。
女王クレミオンは、子を産む前から彼らの能力を知っていた。
と言うより、それらの能力を持つ精子を取り込み、彼らを産んだのだ。
14才で前国王夫妻が亡くなり、当時8才弟セフィーロを守る為に過酷な結婚と言う手段を取らざるを得なかった。 そして漸く、前王弟に反旗を掲げられるのだ。
辺境伯である祖父の元で、セフィーロは生き延び28才になった。 剣術の腕も、自身の魔法能力である身体強化も限界値まで達し、並みの攻撃ではダメージは喰らわないだろう。
そして4人の子供達の力も併せれば、かなりの戦力になる。
他に信じられるのは、側近の執事のアークス、乳母ケイト、幼い頃からクレミオン付きだった侍女メリー、スティーブと(クレミオンの)祖父率いる辺境伯家、スティーブの出産に立ち会った助産婦とスティーブの乳母サニー、王家の隠密イリエ、カナタ、サミュエル、ジェードだけ。
辺境伯家の軍隊が、此処に来られる数2000人。
残念ながら近衛騎士団や魔法騎士団、王国騎士団と、その他の使用人は信用できない。 現宰相であるダグラスの息がかかっている可能性がある。 他貴族もダグラスに従う者が殆どで、残りが中立、表だって此方に味方になる者はいなかった。
それでも下の子が15才になり、戦闘に参戦出来ると言い切ったことで作戦を展開し始めたのだ。 クレミオンの子は聡い。 まるで、その為に産まれてきたことを自覚しているみたいに。
クレミオン達は、今日も黒と白で統一した衣装だ。
全員が軍服を纏う。
今日は全てが決まる日。
クレミオンは敢えて味方以外を城外に出した。
表向きは謀反が起きそうなので、城の外で警備を固めるように。戦えない者は逃げるように、そう言って放逐した。
既にカザリーニ王国の城周辺に、元王弟ダグラスを支持する貴族達が集結していた。
「凄い数、圧巻ね………… これ全部倒したら高位貴族ほぼ壊滅じゃない?」
楽しげな声が聞こえる。
声の主オクタビアは長い金髪を1つに纏め、城の屋上から双眼鏡で上空を飛ぶ気球と、水路で渡り船から降りて上陸する軍隊の数を確認していた。視認できる程の纏まった数だった。
『軍隊蟻みたいね』
気球には、シルファの元婚家の伯爵家騎士団が乗っていた。 伯爵のガルムと、何故か前伯爵のストーマも。 前王弟の妻を傷つけた代償として、敵の様子を見る為の一番槍。 魔法でダグラスの依頼を聞かぬことはできない彼らは、突如上空から王宮を攻撃する形。 進軍が成功すれば罪は帳消し、でも謀反が失敗すれば、最初に攻撃をしたことで逃げられない立場だ。 勿論生きていればの話だが。
上空からありったけの爆弾が落とされる。
その勢いならば誘爆し、大惨事な火災が発生するだろう。
気球の彼らだって熱風に巻き込まれて、被害はでるだろうに。
「ドガーン、バキューン、バガーン、ドーン!!!!」と、爆音が方々から鳴り響く。
兵士は逃げるだろうが、建物への損傷は多大だろうと考えていた。
爆風が収まると、見えた景色に驚愕する。
「な、何故、ダメージを受けていないんだ? 可笑しい……」
あれだけの攻撃で、ほとんど変わらぬ風景。 いや、そもそもほとんどではなく、全くなのだが。
東国の聖者にして、その国を戦から結界で守護した能力。
次男ニコラスの力だった。
そしてもう1つの能力で、内側から雷と炎の矢を放って気球を打ち落とす。 先に手を出したのだから容赦はしない。
地に落ち這這の体の兵には、地上からクレミオン側の槍が一斉に降り注ぐ。
「ぐわっ」
「ひぐっ」
「い、いあぁ」
「うわーー」
却って瞬殺なら、恐怖も少なかったのではないかと思われる程の槍の雨が降る。 本来ならそこを魔法騎士団が結界を解き、攻撃を転じれば被害は最小限となる筈。 だが、魔法騎士団は手を出さない。
正確に言えば、救援を止められていた。
「これは私刑だから」とダグラスから。
前王弟、現宰相に逆らう者はいない。
ほぼ全てを味方に着け、次代の王と成る者に。
だが疑問も湧いた。
『何故今? ここは攻める好機なのに』
でも口にはできない。
私刑で粛清された伯爵家騎士団を見れば、迂闊な言葉は発せられない。
戦場での殺戮は罪に問われない。
ここで死んでも、ダグラスの過失はないものとされるのだから。
そして誰もが考える。
ここにいて大丈夫なのか?と。
ただそれも一瞬、「進軍せよ!!!」の一言で全軍歩みを進める。
魔法騎士団が、100人体制で結界を解く。 それだけニコラスの結界の力は強い。 漸く解いても、直ぐに張り治されて鼬ごっこだ。 ここで300人の魔法騎士団の内、100人が足止めされた。
次にステビアが、城に近づく者達に幻影を見せた。
クレミオンの兵士が、自分を愛する者の姿に見えるように。
そんな訳がないと、一瞬の気の迷いで勝敗が決まる。
愛する人がいる者から、剣に衝かれ死んで逝く。
愛する人に殺される最期は、心身共に絶望を与えた。
そこでの幻影に掛からぬ者は、更に歩みを進める。
そして、短銃を構えた辺境伯騎士団が一斉に発砲する。 銃弾は限られているが、名手が右肩を狙い撃ち抜いていく。 殺傷する為ではないので回転が早い、軽量さもありシリンダーの6発は次々なくなり補充されていく。
ニコラスの結界は出たり消えたりなので、用心して建物に隠れながらの作戦。
城を知りつくし、演習を重ねてきた辺境伯騎士団は強い。
次々に送り込まれた敵兵も、満身創痍だった。
魔法騎士団の優秀な者は結界破りの為に足止めされ、残りは炎の槍を放つ者や回復術者。 しかし、メンタルの弱さが表に出たようで、幻影に殆どが捕まった。 残りの者で応戦するも、銃の雨に怯み前に進めない。
クレミオンは笑う。
「隠密達が他国で見つけた短銃よ。威力はそこそこだけど、殺傷が目的でないなら十分。でも、貴方達は見たことがないものね。初めての物に怯える心は正解だけど、戦場でそれでは使い物にならないわ。ふふふっ」
大多数の戦力が減らされた上、まだ未知なる能力があるのではないかという不安。
クレミオンの子らの魔法能力は、秘匿されていた。
奥の手だから、勿論女王権限で。
「あり得ん、あり得んぞ! 何千の兵を向けたと思っている! お前達しっかりしろー!!!」
焦った指揮官はシルファの弟だった。 絶対に勝てるからと周囲に唆されて、指揮官になったのにこの有り様だ。
シルファの弟は必死に考えた。
そしてシルファの息子、グランバックを前面に押し出したのだ。
「止めて下さい叔父さん! 死んでしまうじゃないですか!」
シルファの弟には勝算があった。例え離婚しようとも、王子達の実の父を憎み殺すことは難しいだろうと。
ただ脆くもその宛は外れる。
残念ながら一滴の血も入っていない子供達に、仮の父への情など無縁なのだ。
次々に炎の矢で焼かれるグランバックと、シルファの弟達。
「な、なんで。よくも父にこんなこと………」
死の間際に叫ぶグランバックだが、真実を明かされ絶望する。
「ああ。安心して、あんたの子は1人もいないから。全員人工受精で別人の子さ。優秀過ぎてごめんな」
『あぁ、そうか。だからあっさり俺を放逐したのか。初めから赤の他人のままだから……………』
諦めたグランバックは、抵抗を止めて撃たれ倒れ伏した。
『俺は何処にいても、いらない子、か…………』
彼は知っていた。 実の母にも心から愛されていないことを。 だから、救いを他の女性に求めたのだ。
もう……疲れたよ…………愛なんて何処にも………ないんだ……
嘗ての愛人達も金の切れ目が縁の切れ目と言うように、実はグランバックと血縁のなかった子供達を孤児院に捨てて逃げ出した。 美貌のある女盛りは、お金のある男の下へと。 グランバックは既に1人になっていたのだ。
それでもクレミオンの子を可愛がれば、違う未来もあったのに。
「役立たずが………………」
そう言って、シルファの弟も剣に衝かれ死んでいった。
次々と屍が積み上がり恐怖する兵士達だが、逃げ場はない。
ここで逃げても処刑される未来しかない。
「どうしてこんなことに? 完全な勝ち戦で、ちょっと箔を付けたかっただけなのに………………」
そう言って死んでいく多勢の兵達。
悪政を救うダグラスに味方するため、敵陣に駆けつけたようなやる気もなかった後方の軍隊。 ただの数合わせで、初陣の子らまでいる。 勝ち馬に乗りに来て、無惨な最期になってしまった。
「ああ、なんでこんなことに!」
後悔先に立たずと言うもの。
自分で考えず動いたが為に、子供達の命も散らす自分に、死して幸福があるとは思えない。 血の涙を流し、憤死していく。 子供達も応戦するが、一刀両断である。 涙しそして、「戦争なんてなければ、幸せだったのに」と言いながら目を閉じていく。
戦争に甘い汁なんかない。 生き残れなければ死ぬのに。
貴方達だって、若い頃何度も国の為に戦ってきたのに。
欲に溺れ、忘れてしまったのね……………
そして殆どの兵がいなくなり、精鋭だけが残った。
オクタビアの気配関知で、敵兵は500人。 満身創痍の者が多い。
そして魔力の切れた魔導師達は、あっけなく殺られ生き残りはいない。 いつもなら魔力切れの際に守る護衛も、既に死んでいたからだ。
そこからは辺境伯騎士団と、オクタビアや隠密達の剣術での戦いになった。 降服しても死を待つだけと、最期の力で挑む敵軍。
後方では、ダグラスとシルファが見つめている。
ダグラスの魔法である障壁で、周囲から攻撃を受けないように。
その姿からは悔しさなどは読み取れず、時に微笑みさえ浮かべていた。
『何か、何か隠れた能力があるのではないか…………』
その不遜さに疑問は残るが、今は前にいる敵をなんとかするのが先決。
様々な憶測の中戦いは続き、敵兵は50人こちらは2000の兵1人も欠けず、他の皆も生きている。 傷を追っても、バルザックが傷を怪我を癒していくので、致命傷の者がでなかった。 流石に英雄級の魔力は、尽きることがないようだ。
退路がない兵士は自棄になり、防御も捨てて突進していく。 そして恨み言をダグラスにぶつける。 既に近くにいて声も届くダグラスに。
「何故、謀反なんておこしたのですか? 恨みます!」
そうしてまた命が散った。
そんなことをしているうちに、グングン敵兵は減りとうとうダグラスとシルファだけが残ってしまった。 2人を兵士が取り囲む。
魔法能力を持つ魔導師が、ダグラスとシルファを包む障壁を壊そうとするがビクともしない。
「この障壁で兵を守れば、勝ち筋もあったのでは?」
クレミオンが問うも、ダグラスは淡々として答える。
「勝ち? 勝ちねえ。いったいどうしたら、勝ちなんて言えるのかな? 戦に勝利たら? 王になったら? ねえ、勝ったら良いことあるのかい? あははっ」
哲学的、いいえ幼児の謎解きのような質問が、苦笑いと共に返ってくる。
「ねえ、クレミオン。君の母上の前に、私の母が王太子妃候補だったのを知っていたかい? それこそ生まれた時から決まっていたそうだ。そこからずっと、お妃教育をされてきたらしい」
初耳だった。
秘匿されていたのだろうか?
「君の母の元の婚約者が事故で亡くなり、政治的に旨味のある君の母上が王太子妃になった。政務などが間に合わぬからと俺の母が降格し第二王太子妃に収まった。幼い時から王妃になる為と研鑽してきたらしい。俺も知らなかったんだ。母が死ぬ間際に打ち明けた。どうせなら知りたくなかったよ。そうすれば…………俺は兄を支えて生きていけた………」
懺悔にも似た弱々しい口調で、謀反の理由を語るダグラス。
「許せないのは、父が母に言った言葉だ。第二王太子妃になる母に、一言労ってくれたら許せると思っていた母になんと言ったと思う? 『国の決定だ、受け入れろ』だけだったと。その後も絶望の縁で、政務を熟なしたそうだ。俺は第二王太子の子だから扱いもこんなもんかと思ったが、母はずっと蔑ろにされていると憎んだらしい。まあ、死ぬ間際だから妄想もあったかもしれないがね。そして母の死の後、母の側近が俺に王になれと謀反を囁いてきた。俺は道化を演じて交わそうとしたが、それもきな臭くなり、今回の戦に繋がったわけだ」
「そう………」としか言えないクレミオン。
そして更にダグラスは続ける。
「俺の能力は障壁を作るだけじゃない。俺の母が生まれた時に、王太子妃候補に選ばれた理由の1つが時戻しの力だ。例えば俺が君の髪にこの花を付けるとする」
言った後、結界から抜けたダグラスは間近で話すクレミオンの髪に、自分の胸に飾ってあった花を着けた。そして直ぐにカナタに拘束された………筈だった。
「な、何故?」
次の瞬間、ダグラスは結界に戻りシルファを抱き寄せていた。
そして周囲には、ダグラスがクレミオンの髪に花を着けて拘束されていた記憶もある。
「解っただろ? これが俺の力さ。それで話はこれからが本番だ。俺の力で、この戦が行われる前まで時を戻す。だからその代わりに、シルファに俺の財産を譲り他国に逃がして欲しい。お前だって、この国の貴族の殆どが滅べば収集つかんだろう? 悪い取引ではない筈だ」
冷淡で決して退かない態度だ。
高圧的に条件を受けさせようとしてくる。
「そんな大魔法、代償が付くでしょう? 対価は何?」
クレミオンだとて女王だ。
子供達を見ていれば想像がつく。
大体が体力的反動か生命力だ。
だからなるべく、魔法には頼らない生活をしてきたのだ。
「ああ、たいしたことない。あの時に戻るくらいなら、俺1人の命で十分だ」
「だめよ! そんなこと聞いてないわ。2人でここで死のうって、一緒に逝こうって言ってたのに。ウソつき!」
シルファはダグラスに泣きすがる。
ダグラスの表情が優しくなり、シルファに微笑む。
「お前が大事だから、俺の分まで生きて欲しい」
「1人はもう嫌よ。死ぬなら連れていって」
「それじゃあ、だめなんだよ。幸せになって欲しいんだシルファ」
長く話を聞いているうちに緊張が溶けて、クレミオン達はイライラしてきた。
「じゃあさあ、2人で寿命を出しあって術を使えば良いんじゃない? そうすれば、まあ20年くらいずつは生きるんじゃない? どう?」
「はい!!!」
「そんなこと言って、早く寿命が尽きるなんてだめだ。苦労した分、幸せにいつまでも暮らすんだ。それが俺の願いなんだ!」と、言うダグラスにシルファは言う。
「貴方が死ねば、私は直ぐ後を追うわ」
シルファは真顔で即答し、ダグラスは髪をかきむしる。
「もう…………君はダメな女だ」
泣きそうにシルファを見つめるダグラス。
「ええ、そうよ。ずっとそう言われてきたわ」
微笑むシルファに後悔は微塵もないのだ。
「話は決まりね。でも、貴方がお父様とお母様を殺したのは、許してないからね。後で裁くわよ」
クレミオンは告げるが、ダグラスは否定する。
「ああ、それについても俺はやってない。たぶん母の側近達だと思う。俺が止められなかったせいだと思うんだけど、知らされてなかったしその後も何も言われてない。胡散臭い奴いるから調べてよ。俺はもう王位争いは降りる。シルファを守らなきゃならないからね。死んでしまうなら罪を背負おうかと思ったけど、シルファの方が100万倍大事だから!」
「本当に?」
「ああ、生きてきての初めての幸福は、君に逢えたことだ。最初は利用しようと近づいたのが申し訳ない」
「良いのよ。そうじゃなきゃ、絶対逢えない雲の上の人だもの」
「はい、はい、それは後でゆっくりね。時間が過ぎるほど寿命減るでしょ? 後貴方達は死んだことにするから、王家の小切手持ってさっさと出ていきなさい。前王弟の邸の者は没収よ。良いわね」
頷く2人は、幸せそうだ。
「時よ戻れ。戦を開始する前に」
そうダグラスが叫べば、開戦前の自宅にいる状態に戻った。
ダグラスを担ぎ上げた敵側の兵士は、全滅していた為に混乱が起きた。 あれは夢だったのか?と。
しかしクレミオンの召集を受けて登城し、ダグラスの力で生き返ったのを知った貴族達。 ダグラスは力を使い果たし死んだことにして伝えた。今後ダグラスを担ぎ上げることがないようにと、ダグラスが他国に亡命する為である。
もうダグラスには、この国に未練はないようだ。
「クレミオンには悪いことをしたな。だけど、ああしなければ国が割れていたんだ。これから幸せになってくれ」
そう言って、シルファと共に国を出て行った。
そして前国王と前王妃の死を調べると、前王妃は馭者の心筋梗塞が原因と解り解決。 前国王の死には、第二王妃の生家が関わっていると解り、関係者が断罪された。 幸い?なことに、現時点で時戻しの魔法を持つ者はいないようだ。 そもそも王家の血が入り、大魔法が得られたのだろう。 普通の魔力量では素質があっても開花できないようだ。
その他の者に対しては今回のことは秘匿し、忠誠を誓わせた。
戦地で一度死んだ子供達も、子を守れなかった親達も二度と戦をしたいとは思わないだろう。 戦より話し合いをしていこう。
そういう国に生まれ変わった。
謀反を赦してくれたクレミオンに忠誠を、命懸けで助けてくれたダグラスに感謝をして生きる貴族が増え、クレミオンの政権は落ち着きを取り戻した。
「ダグラス様、あの麦畑綺麗です」
「ああ、黄金色だね。素敵だ」
辺境伯家の伝で隣国に渡り、そのまた伝でその隣国に渡ったダグラス達。
「あんた達、もし良ければ畑継がんかい? ここは冬もないし将来性もバッチリだよ。 この土地が気に入ったんなら売ってやるよ」
冗談混じりに言うお爺さんが、ニコニコ笑っている。
「う~~ん。シルファはどう?」
「えっと、やってみたいです」
良い笑顔だった。
「じゃあ決まり、買います!」
「え、えーーーーーー! 冗談だったのに。まあでも俺っちも後1、2年と思ってたから良いか。じゃあ、大事に使ってくれよ」
思ってもいない未来、2人は観光を楽しんで此処に来たが(ここも観光だったが)、何だか生き生きしている。 上手く行くかは時の運。 今の2人なら、色々と人に助言を求めて暮らして行けるだろう。
そして実った作物を、カナタの恩人の孫が買い取ることになるのは後日の話。
セフィーロが王位を継ぎ、クレミオンはスティーブと結婚した。
クレミオンはダグラスの代わりに宰相となり、弟を支えた。
クレミオンの子供達は、それぞれの道に進んだ。
長男ステビアは、精神学者に。
次男ニコラスは、神殿に入り聖職に就いた。
三男バルザックは、建築が主な学園に入った。 将来は鉄道を作りたいらしい。
長女オクタビアは、学園の柔術部に入り代表選手を目指している。
オクタビアの能力も、女子では負けなしだが男子には負けている。 自分の限界を破るためにも男女混合で勝ち上がるつもりだ。 女子に負けないのだって凄いことだ。 運動系の能力者は多いのだから。 研鑽した能力者の中の女子1位は優れているが、どうやらオクタビアは能力のせいで女子1位だと思っている。 王家の家庭教師も説明したのに、脳筋で聞いておらずの彼女。 いつか解る日が来るだろうか? あるいは、解らなくても良いのかも。
子供達は選ばれた遺伝子と言うことに、幼い時苦悩していた。
今は吹っ切れているが、辛かったようだ。
人工受精は難しい。
自分の遺伝子が入っていないと、逃げない男性を選ぶのが先決だ。
子は物じゃない。
クレミオンにとって、今でも諫言となっている。
あの時はそれしかないと思っていたが、子供からすれば失礼な話である。
そして今日もクレミオンは、人工受精は勿論、子供や女性の人権を守る活動に取り組んでいる。
平和になった今、隠密達もその活動の主体だ。
シェードは乳児院と孤児院の理事長。
イリエは乳児院の院長。
カナタは孤児院の院長。
サミュエルは、料理係兼運動の先生。
その他の先生も、隠密や孤児達である。
国や周辺地域を回り、困っている者を集めて養育している。
時には才能のある者をスカウトしながら。
費用はほとんどを国が出している。
それがクレミオンとスティーブの夢の1つだからだ。
「ずっと一緒にいてね。子供達は巣だってしまったし、2人きりだから」
「寂しいから僕にいて欲しいの?」
「ううん。ずっと一緒にいて欲しかった。出来ればもっと早くから」
「うん。良かったよ。子供の代わりかなと思ったから」
「もうっ。ずっと、ずっと、一緒に居たかったよ」
冗談混じりのスティーブの口調に、泣きながら彼の胸を叩くクレミオンは優しい腕に包まれる。 クレミオンの奮闘はこうして幕を閉じたのだ。
全ての子供が幸せになれるように、と。
実はグランバックもここで働いている。
今彼は、一身に育児をし、微笑みを貰い幸福を噛み締めている。
以前のダメな男は、もう何処にもいない。
ここには優秀で、子供に好かれるグランバック先生がいるだけだ。