復讐は誰のため その4
クレミオンが結婚する前の話になります。
前王弟ダグラスの妻シルファは、結婚前はあらゆることに絶望していた。
家の借金の為に最初に嫁いだ伯爵家では、義父ストーマに乱暴されて息子グランバックを身籠った。 その子に伯爵家も継がせることもできず、夫には不貞の子と罵られた。 誰が身籠らせたというのか。 そして夫の愛人の男爵令嬢にも見下され、娼婦のように私を抱いた義父にも見捨てられ、夫には汚いものを見る目で離縁された。
義父に襲われていること知っても、誰も助けてくれなかった。
生家に帰れば労る言葉は掛けられるも、婉曲に邪魔だと匂わせてくる。 私が嫁いで得たお金で、この家の借金を返したのに。
あんな屈辱に堪えてきたのに。 息子であるグランバックにも十分な教育も出来ず、甘やかされた我が儘な子になっていた。 もう全てを捨てて修道院に入りたくても、グランバックがいるから入ることもできない。 もう此処に、息子を置いて逃げたいと思ったことも何度もある。 死んでしまおうと思ったことも。
―――――でも、死ねなかった
子供のことや親兄弟の為ではない
何も出来ずに、自分だけ死んでしまうのが悔しかった
なんで、なんで、なんで、皆笑ってるのよ
何が可笑しいのよ
私がこんなに苦しいのに…………………
「みんなしんじゃえばいい。みじめったらしくうめきごえをあげて。くいあらためればいい。じぶんたちのごうまんさに…………」
たぶんもう、シルファの心は少し壊れていたんだろう。
1人で泣きながら、街を歩いていた時に前王弟ダグラスに掴まった。
「貴方の無念を晴らしてあげるから、俺のことも助けてくれないか?」と。
涙を拭かぬまま、ダグラスを見詰める。
「無念を? 貴方が私の何を知ると言うの?」
ダグラスは少し間を置き答える。
「何でも知ってる。調べたから………………辛かったな」
そして彼女の頭を包み込み、自らの胸に押し当てた。
「そうよ、わたし辛かったの。悔しくて苦しくて…………誰も、1人も助けてくれないの。もう嫌なのぉ………」
彼女は泣き続けた。
いつまでもいつまでも…………………
ダグラスは、それを黙って聞き続けた。
泣き止んだ時、自分の母(第二王妃)のことを話した。
幼き時から王太子妃になる為に努力してきたのに、直前で隣国の王女の降嫁が決まり、第二王太子妃になった母のことを。
家の力関係で婚約解消も出来ず、そうなることを予定していたのか、母の婚約のことは公にされていなかった。当時、王太子だった王は謝罪もせず、「これは国の決定だ。 受け入れよ」と切り捨てた。
「死ぬ食前に言われたんだ…………母も全てを隠して逝けなかった。きっと、皆そうだよ」
寂しく呟くダグラスに、シルファはシンパシーを感じていた。
※シンパシーとは、他者の痛みや不幸、悩み、悲しみを気の毒に思ったり気にかけたりすることです。
その日2人の寂しい心は惹かれ合って結ばれ、彼女は王弟夫人となったのだ。
その後シルファの元婚家の伯爵家は、彼女を追い出した理由を聞いたとダグラスに詰められた。 卑劣な仕打ちについて裁判で判断して貰おうと圧力も掛けられた。
こんなことが公になれば、非難され叩かれるのは必至。
回避の為に、ダグラスの依頼を聞くことを魔法で承諾させられた。
シルファの生家には、前王弟の力を使い領地からの作物の買い付けに横槍を入れ、利益を大幅に減らした。 減益の理由がダグラスと解り、シルファの弟は訴える。
「何故私共の商いを邪魔するのですか?」と。
ダグラスは答える。
「シルファが得た収入を元に戻しただけだ。それがお前達がシルファにした仕打ちだと思え。傷ついた彼女を邪険にしていたそうじゃないか。いくら心の広い俺でも、愛する者に打ち明けられれば悪意も湧くものさ」
シルファの弟は顔色を悪くし口ごもる。
「それは…………」
「彼女の心が晴れるまで、邪魔をしてあげるよ。シルファは君達の言うことを聞いて、こんな年寄りの妻になってる。俺くらいは彼女の味方をしてやりたいからね」
ダグラスは、歪んだ笑顔でシルファの弟を見遣る。
王弟に逆らうことは出来ない為、平身低頭で赦しを乞うた。
そればらば…………と、ダグラスの依頼を聞くことを魔法で承諾させられた。
ダグラスの隣で見ていたシルファは、その場では無言を通した。
口を挟めば話の流れが止まると思ったから。
それと…………その場で笑いだしてしまいそうだったからだ。
案の定彼らが帰った後、溜飲が下がった彼女は大きな口を開けて笑った。涙を流しながら……………
「ありがとうダグラス。私の望みはもう叶ったわ。今度は貴方が私を使う番よ」
輝く笑顔のシルファは、ダグラスに囁く。
ダグラスはただ微笑んで、「君の息子を犠牲にしてしまう。良いだろうか?」と問いかけた。
「勿論よ、ダグラス。貴方の為なら何も問題はないわ」
そしてグランバックは、クレミオンのお飾りの王弟になった。
教育が不十分な息子に、到底務まらないのは解っていたのに。
彼女は息子を切り捨てたのだ。
――――――――愛する者の為に