復讐は誰のため? その2
ほぼ、隠密カナタのプロフィールになっていました。
産婦人科には、スティーブの出産に携わった助産師のダイナと、祖父の指示で当初の予定通りスティーブの乳母となったサニーが勤務している。 成長し医師となったスティーブは、スキルによる人工受精で多くの不妊の悩みを解決している。 勿論英雄の遺伝子を選択召喚し、受精出来ることは秘密である。
先日離縁・絶縁して城を追放された元王配グランバックは、街の外れに邸を購入し、内縁の妻と愛人とその間に産まれた子供達と共に生活を始めていた。
邸では専属のメイドと料理人を雇っていたが、数ヵ月後には手持ちに財産もなくなり給金も支払えなくなった為、使用人達は罵詈雑言を放ちながら辞めていった。 その様子を監視していた王家の影カナタは、2人に声を掛けた。
「お疲れさん。 散々な役回りだったな」
カナタが笑いながら2人の肩を強く叩くと、
「全くだ。 こんなの他の奴に遣らせろよ。 何が悲しくて元王配に使われにゃならんのだ」
そう嘆き文句を言うのは、料理人として潜入していた影の1人、サミュエルだった。 ガッチリした体躯にもみあげと白い口髭が繋がる様が似合う厳つい顔、嗄れた渋い声は威圧感が強い。 そして料理の腕前は高く、遥か東部に位置する国の寿司なるものも握れる達人だ。 丁度良くグランバックが追い出され、商業ギルドへ依頼に来た際派遣された体だ。
「サミュエルさんしか出来なかったんですよ。 あの元王配味覚だけは肥えてるので、他の奴じゃ騙せないですから」
そう誉めれば、機嫌も良くなる。
まあな、と表情も綻ぶ。
「それは私もですよ。 まあまあおばちゃんなのに、酷い扱いです~ 1人で邸の雑用全部なんて、荒すぎの仕事過ぎ~」
「でも、ちゃんとこなしてましたよね。 流石です」
「あったりまえじゃない。 何年この仕事してると思ってんのよ! 仕事舐めんな」
そう言う彼女も影の1人、イリエ。
喋ってるうちに、口調が荒く声音も低く下がっていく。
40才は優に越えるのに、どう見ても15、6才の美少女にしか見えない。 ピンクの鬘に黄緑の大きな瞳、低い背丈は庇護欲が湧き警戒されないのだ。
本人は語らないが、勿論メイクアップ技術の賜物もある。
彼女の素顔を見た者は、身内以外生きていないらしい。
怒っているはずなのに、何だか愛らしく感じてしまう錯覚持ち。
そう詰められるも、カナタも悪いとは全く思っていない態度で、頭の後ろで手を組み歩測を合わせてくる。
「だってさー、あんな種馬に本当に若い子宛てたら、うっかり押し倒された時に殺しちゃうかもしれないだろ? だからこそ、男のあしらいを知るイリエさんですよ。 卓越した隠密の副総長、愛する我らの女王蜂」
カナタは、本人なりの最上級の賛辞を送る。
受けるイリエもそこまで言われると、やぶさかではなくなってしまう。 しょうがないわねと許すのだ。
「そろそろ資金切れのようですね、あのバカ。 これはやっぱり親にすがるでしょうね。 監視員増やさないと」
きっとこれから、義父である元王弟ダグラスに泣き付くはずだ。
だが実際のところ、王配を降ろされた義息の使い道は王子の父と言うくらいで、ダグラスと血の繋がりもない。
そもそも親権放棄後のダグラスの使い道は、其れほど残されてはいないけれども。
「元王配は愚かだな。 いつだって機会は残されていたのに。 自分で考えることを放棄した時点で最悪は確定されていた。 ダグラスに与せず、せめて女王を愛さずとも敬っていればな。 まあ、過ぎたことか」
カナタは、隠密の総長だ。
どうみても20代後半程度にしか見えない。
黒目黒髪の痩みの長身者。
気を練りあげ身体の細胞分裂を抑え、最小限の細胞活動で生存が維持できる能力を持つ。
人間は産後から、凄まじい勢いで細胞分裂を行う。 怪我や病気をすれば、さらに高速で分裂し老化を早める。 細胞分裂の限界が生じ、細胞が劣化し老化細胞になれば元には戻れない。 その後死を迎えることになるのが普通だ。
カナタの能力は細胞分裂を抑える反面、一時的に老化を調整して思うがままの年齢へ変身できる。 勿論、肉体年齢に応じて出来ることも変わるので注意が必要だが。 最悪の場合、赤ん坊に化けて目を逸らさせるという荒業もあるし、老人に化けて印象を変えることも出来る。 その場合、精神年齢は変わらずも、肉体が若すぎても年寄り過ぎても体術は難しくなる。 一時的に本当の赤ん坊と老人になっているからだ。 術を自力で解かねば1時間で元に戻るが、赤ん坊と老人は最終手段でいつもなら変装だけで済ませている。 カナタの能力を知る者は極一部なのだ。
カナタは東国の地で、親も縁者もなく鉱山で休みなく働かされていた。 元はいたのかもしれないが、死んだか捨てたか売ったか。 今いる国のように奴隷制度などはないが、外から来た者にはそれと違わなかった。 1日中働き、朝晩に粗末な食事。 家族がいない者は共同のあばら屋で、病気をしても怪我をしても筵の上に寝かされ、回復しなければそのまま死ぬ。 カナタも子供の頃は体が弱く、寝込むことも多くあった。 そんな時は、同じ仕事を賃金をきちんと貰って働く労働者に、看病をして貰っていた。 どうやらカナタは、身寄りがなくここにいるだけで、引き取り手があればそこに行けるらしい。 だがどこも貧しく、流れ着いたのがここという者も多いようだった。
そんな行き詰まりで暮らす中、時々カナタを看病してくれる坂巻の娘が流行り病に罹る。 坂巻は薬を求めたり、呪い師を頼ったり奔走したが、回復の兆しはなかった。 諦めかけた時、クレミオンの先々代当主シェードが現れた。 シェードはこの国にはいない回復魔法が使える魔導師だった。 治癒を施す為にシェードが要求したのは、゛カナタ〝だった。 シェードはカナタを坂巻の子供だと思っていた。 この国にはない術を使う対価に、クレミオンの住むカザリーニ国でカナタのスキルを研究したいという要求だった。 勿論危害は加えないし、研究がある程度終われば帰すという提案で、報酬も支払うという条件も付けたのだが・・・・・
当時通訳として付いてきた料理人サミュエルだったが、東国語の習得が不十分で、かなり違うニュアンスで伝わった。
『この国にない魔法で娘治す。 その代わりに息子の持つ力欲しい。 金渡す』
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人買い!………のようなニュアンスで伝わっていた。
なので、坂巻もカナタも顔色は悪く、少し震えていた。
「でも…………」と呟いた後、「治せるんだよな」とカナタは言った。
シェードは首肯し、「勿論だ」とカザリーニ国語で伝えた。
「解った。 じゃあ、後は好きにしてくれ。 どこでもついていくよ。 必ず完治させてくれ!」
力強くカナタが答え、シェードは了解だと呟き、古い古木の杖を翳す。
坂巻の娘は目映い光を全身に受け、僅か宙に浮いた。
ゆっくりと地についた後、光は消失。
その後顔から病の影は消え、赤みが帯びた柔らかなものとなった。
「病は治したが、栄養を取り休むように」と付け加えられ、東国で使える金銭を渡すシェード。
「ありがとうございます。 ありがとうございます。 で、でも・・・・・・あの・・・」
坂巻はシェードとカナタの顔を交互に見て、言葉が紡げない。
カナタは坂巻の娘の頬に触れ、楽になって良かったと言って、シェードの元へ走った。
坂巻はカナタの方に腕を伸ばし、涙を頬に伝わせた。
あぁ、あぁ・・・・・
「今までお世話になりました。 お元気で」
頭を下げて去っていくのを、見つめるだけの坂巻だった。
「ありがとう、ごめんな、ごめんな。 ああっ」
覚悟を決めて、『どうなったとしても、誰も恨まない』と歩むカナタだったが・・・・・
カザリーニ国で語学を学び、あの時の言葉を思い出すと笑ってしまっていた。
カナタの力、すなわちスキルの解析の為だと今なら解る。
決して金で買われ、奴隷になった訳ではないことを。
そしてお金は、カナタの家族だと思い置いていった物だったということを。
きっと坂巻は悲しんでいるだろう。
お金を貰って喜んで、忘れている者なら、最初からカナタを助けたりしない。
だからカナタは頼んだ。
手紙を坂巻に送りたいと。
シェードはあっさり受け入れてくれた。
なんと写真まで撮ってくれて、1枚を同封することが出来た。
手紙の宛先はサミュエル。 あの時からずっと、寿司の修行と諜報活動の為に東国にいたのだ。
そのサミュエルから、直接手紙を渡して貰うことになった。
そしてもし、伝言があれば伝えて貰うことにした。
シェードは表向き貴族の活動をしているが、裏は隠密である。
やたらと住所は明かせない。
幸い国際郵便は高額なので、裕福でない坂巻家からはなかなか出しづらいのもある。
「坂巻さんへ
お元気ですか?
俺は元気にしています
あの時は俺も、外国人の奴隷になるんじゃないかと不安でしたが、そんなことはありませんでした
どうやら俺にも魔法の力があるみたいで、シェードさんはそれが解る人みたいで、全国を周り探しているみたいです
衣食住もしっかりしていて、勉強も教えて貰っています
向こうの言葉も学んで、字も書けるようになりました
この手紙も俺が書いてるんだよ、すごいでしょ
娘さんのさくらちゃんは、元気ですか?
夢で、野原で走り回っている姿をみました
俺は今幸せです 俺も研究に参加させて貰い、どんな魔法か一緒に解析しているところです
海を渡った国なので遠いですが、東国よりも発展しているみたいです
食べ物も美味しいです
東国の食事と違うので、味噌汁が懐かしいです
坂巻さんに貰った金平糖もないのですよ
いつか大きくなったら、必ず坂巻さんに会いに行きます
その時まで、ちゃんとお金を使って元気でいて下さいね
俺の家族は坂巻さん達だけでした
今の俺がいるのも、あなたのおかげです
どうもありがとう
また、手紙書きます
カナタより」
坂巻はカナタの無事が解り、安堵の涙を流していた。
「良かった、良かった。 カナタは、今辛い思いはしていないんだ・・・・・」
同封された写真は、絵画のように色つきであった。
仲間と笑うカナタに陰りはないようだ。
坂巻はサミュエルへ、走り書きした手紙を託した。
「俺も娘も元気だよ
お前が元気で安心した
娘が助かったのはお前のおかげだ
いつも感謝してるよ
お金はさくらへ果物を食べさせただけで、全額残してある
ビタミンとか何だかが、体に必要だと言われたんだ
そのおかげが、すぐ元気になったぞ
カナタもビタミンを摂ると良い
お金なんだが、カナタが許してくれるんなら八百屋を始めようと思うよ
今、決めた
カナタが帰って来たら、店を手渡せるように頑張る
お前が心配で、心配しか出来なくて、でも動けなくて落ち込んでたけど、今すごく元気出た
死んだ気でやってやる
お前は無理すんなよ
坂巻 和夫より、息子と思ってるカナタへ」
坂巻はサミュエルへ頭を下げてお願いした。
無事に届くと良いなと、願いを込めて。
その後も何度か手紙をやり取りするも、10代前半だったカナタは今62才。 当時30代後半だった坂巻はだいぶん前に亡くなっていた。
スキルを発動し維持できてから、肉体年齢はほとんど変わらない。
結局一度も坂巻には会えなかった。
それでも近況を伝えあうことで、いつも近くに互いを感じていた。
娘のさくらも結婚し、八百屋は大きな商会へと変わり、ついにはカザリーニ国にも店舗を出した。
坂巻の孫達がカザリーニ国店舗を経営し、変装した状態でカナタは顔合わせした。
今だに、カナタのおかげで店が出せたと伝えているらしい。
その関係のご挨拶だったようだ。
潰れずにここまで上手くいっているならば、もうそれは坂巻家の実力なのだから、気にしなくて良いとは伝えている。
サミュエルとカナタは、同じ孤児だった。
スキルの研究とそれを生かす場として、自分からシェード様の隠密に加わることにした。
サミュエルの影響があったのは言うまでもない。
同世代で助け合いながら協力し、隠密という仕事で恩返ししたいと思ったのだ。
偶然の出会いだったが、ここに来なければ得られなかった経験をたくさんした。
本当はもう死んでいて、天国に来たんじゃないかと思うことも随分とあった。
隠密だから、人の生死に関わることも触れてきた。
シェード様を信じて、任務を遂行した。
綺麗事は言わないつもりだ。
もし任務中に死んでも、受け入れる。
『自分で選んだ。 後悔はしない』
だけど信じた人に仕えたい。
それだけが優先事項。
そして『クレミオン様』は仕える価値のある方だ。
選択肢のない隠密もいる中、俺は幸せだ。
いつだって悔いなく逝ける。
早々にくたばる気はないけどね。
俺は62才で20代に見えるが、サミュエルは65才で50代くらいに見える。 イリエも40代か50代だけど、メイクにより10代後半から30代に変化出来る。
なので一緒に食事に行くと、家族と間違えられる。
勿論サミュエルがお父さんで。
全身むっくり筋肉の、白髪と鼻下と顎の髭で老けて見える。
その度に怒り出すサミュエルが楽しい。
俺は肉体は若いが、寿命はどうなんだろう?
皆が死んで1人生き残るのは寂しい。
出来れば皆と同じであれと思う。
いつ死ぬか解らないのに、こんなことを思うなんてね。
さあ! そんな訳で、グランバックの監視を続けよう。
そろそろ、元王弟も動き出すだろうから。