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リンデンホフ物語  作者: 雨晴気嵐(あまはらしけあらし)
第二部 紡がれる信頼
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15. 感謝と謝罪

 こちらの24時はスナバランでは朝の7時だ。メッセージを送っても何とか許容範囲だろう。

「藍見さん、おはようございます。できればWeb会議でお話ししたいことがあるのです」

 いつもは報告などはメールでしているので、藍見さんとWeb会議を使うのは実はこれがはじめてだ。

 データーですぐにメッセージが返ってくる。

「承知しました。今からでもいいですよ」

「会社行かれるんじゃないですか?」

「行きますけど、別にゆっくり行っても良いので。支倉さんは大丈夫ですか?今24時でしょう?」

「大丈夫です。では会議案内送ります」

 数分後、片付いていない様子をできるだけ見られないように画面の角度を調整した私の自宅と、オウィエードの藍見さんの自宅だろう、が繋がる。藍見さん、にこにこして元気そうだ。

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「お久しぶりです。そちらはお変わりないですか」

 ちゃんと話をしないとダメだろう。自分の足は画面には映りはしないが、誤魔化しても何もいいことはない。ディテールは思いっきり削ったものの、自宅でへまして右足首の靭帯を部分断裂させ、全治一ヶ月との診断、今は両手松葉杖という事実を告げた。右手の話は省略。藍見さん、さすがに絶句している。

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫と言いたいところなのですが、人生初めてこのレベルの怪我をしまして、少々凹んでます。病院にも週二で通っているのですが、できないことが多くて」

 自分としては、たはっ、って感じだ。藍見さんはお大事に、としか言いようがないけどと呟いている。


 それで、と言って、グラスヒュッテの内装工事が遅延している報告をした。それは仕方ないですね、と返事があった。6月赴任時に泊まるホテルは、この前のところで良いかと尋ねたところ、オッケーだけれどあのアンティークの部屋はやめてほしいといわれる。本当に嫌だったんだ。確かにあれはおトイレ行けませんね、と返したら朗らかな声で笑ってくれる。母国語で笑い合えるっていいな。でも、こんな些細なことを報告するために彼の出社を遅らせてまでWeb会議に付き合ってもらっているわけではないのだ。もう、ちゃんと本題に入ろう。

「で、今度の…」

 と言いかけたところを遮られた。

「全治一ヶ月は重いですね、いつごろまでかかる予定なのですか?」

「応答日であれば一応6月20日ですが、こればっかりはなんとも。この一ヶ月、適当に過ごすと曲がってつくよ、と医師に脅されていまして、いまギプスがぎっちぎちにはめられています。足が棒のようです」

 捨身の冗談も全く笑ってもらえなかった。

「それだと会社にも行けない、買い物も結構辛いんじゃないですか」

「そうですね、会社はブリギッテに気を遣ってもらって在宅勤務にしてもらっているので大丈夫なんですが、土曜に怪我してスーパーに行けなかったので。今は買い置きで生活していますが、そろそろ色々在庫がやばい状態で」

 スーパーに行っても両松葉杖ではカゴが持てない。カートを引けばものは選べるが、買ったものをレジで袋に詰めるのは至難の技だ。袋ではなくカゴを使えば買ったものをぽんぽん放り込めば良いのでいいや、とも思ったのだが、両手松葉杖で手に杖以外のものを持つのは無理だということが、現場に行ってからわかった。結局バックパックを背負って決死の覚悟でスーパーに行ったが、走り回っていた子供に松葉杖の先を蹴飛ばされて危うく転びそうになるし、もう怖くて何も買えなかった。そんな説明をすると、画面を通してこれは相当酷そうだという彼の理解が伝わってくる気がする。

「そちらにいれば助けてあげることもできると思うのですが。なんだか歯痒いですね」

 ありがとうございます。でもこれは自業自得なので、いいんです。

「うーん、私がそちらにちょっと早く行ったら、そっちに迷惑かかるでしょうか。実はこちらに居てもすることなくて、正直なところ暇っていうのもありますし。ちょっとでもあなたのお役に立てないかな、と」

 藍見さんは、前、自分のチームがあるわけではないので、スナバランでの勤務はそれほど詰まっているわけではない、と言っていた。でもまだリンデンホフパワーの役職員というわけではないので、情報をもらうわけにも行かず、勉強もできないと。

「もし何か用事があるとすれば、もしかして早く赴任いただくことは可能ですか?」

「できますよ。まだ航空券も取ったわけではないし、こっちで会社に話したわけでもないですしね。あれは私が勝手に決めた日程ですから」

 だいたい、こちらの赴任チームの無理解なんですよ、と彼はいう。

「普通の国の労働ビザを取る場合は、本国外にある大使館に申請してビザを取る。ようするにビザ取ってから来いや、というわけでそれは一ヶ月かかることもあるけど、その間、パスポートを預けたりするので国内にいなければならない。でもカントナーは一旦入国してから、国内で申請でしょ?」

「はい、そのとおりです」

 正確には居住する各州に対して申請ですが。

「そうすると早く行って申請したほうが良いわけで、今の期間って無用なんですよ。カントナー赴任の場合。それが全然わかっていない」

 そうですね、でも藍見さんの場合、赴任条件も決まってなかったんですから、あの出張そのものには大きな意味があったと思います。もっともそれもちゃんと担当同士で決めろよ、と言われればそれはおっしゃる通りだと思います。すみません。

「じゃあ、もしかして、あと一週間あるいは二週間、早く来ていただくことってできますか?」

「こちらの生活を一旦引き払うつもりなので、あと二週間で出るというのはちょっと難しいという気がしますが、三週間あればまあなんとかなるんじゃないでしょうか」

「もし、6月20日にこちらに居ていただけたら、私のギプスが取れる瞬間に立ち会える特典がついてきます!」

 おお、それは見逃したくない特典ですね、と笑ってくれる。

「そのあと、6月22日は私の誕生日なのです!」

 何も考えず、思わず喋ってしまった。

「それは全快祝いを兼ねて、お祝いしなきゃいけませんね!」

 藍見さんは、おいしいもの食べに行きましょう、でもちゃんとギプスが取れたら、ですよ?と笑っている。

「今のお話、私、本気にしていいですか?」

「ギプス外れるのに立ち会うというのと、誕生日のお祝いですか?」

「そうです」

「わかりました。いいですよ。約束しましょう。じゃあですね、」

 画面の向こうで彼がカレンダーカレンダーと言いながらごそごそしている音が聞こえる。

「6月18日発で計画しましょう。日曜こちら発ならそれほど混まないでしょう」

 元の計画から六日間前倒しだ。う、嬉しい。ブリギッテやシェーファーさんの喜ぶ顔が見える。

「航空券はこちらでご用意します。費用は役員の赴任費用としてこちらで持つと、ブリギッテが。もう手配かけても良いでしょうか」

 夕方の会社のミーティングで、もし藍見さんがチケットをもう取ってしまったという理由で早期訪問を渋ったら、そのチケットはキャンセルしてこちらでチケット取ると言え、と言われた話だ。こちらは変更自由のチケットで取るから、と。

「わかりました、じゃあ今回はヴィステラ経由で飛ばせてください。こちらを昼前に出る便で。そうすると当日中にリンデンホフまで行きつけますよね。こちらでは航空券手配不要と言っておきます。あと、引っ越し荷物の手配は、」

「はい、こちらから本社にコンタクトかけて調整します。臼田さんから調整先は聞いていますので。今のご自宅を引き払われるのが、出発直前ということでよいですか?」

「引越し荷物を6月11日の週どこかで出して、同日に自宅引き払いあとは出発までホテル住まいか、会社の宿舎にいれてもらうかどちらかにしようかなと思います。まあその辺はこちらでも調整しますから、適宜連絡します」

「引越し荷物出されたらもうホテルになんか滞在されずに、すぐこちらにいらっしゃればいいじゃないですか」

 変更自由のチケット取りますから空席がある限り早く出発することもできます、と言いかけて、私、調子に乗りすぎだと思った。藍見さんもお友達と送別会をしたり、ご親族と会食をしたり、きっといろいろあるだろう。

「まだ現在の段階では、いつ荷物出せるかわからないですし … 」

 それはそうですね。わかりました。

「あと、総会までの間の予定ですが、リンデンホフを離れて宿泊するような予定はなしでお願いします」

 なぜですか?

「あなたのスーパーの買い物をヘルプするために早く行くんですよ?出張したらスーパー行けないじゃないですか」


 結局四十五分ほど話をして、Web会議を終えた。その後、ブリギッテにコールする。いつ何時になってもいいから、結果を教えてほしいと言われていたからだ。

「サツキ、どうだった?」

 こちらが名乗る前に、ブリギッテが話かけてくる。

「藍見さん、6月18日スナバラン発の便で来てくれるそうです。確約取りました」

「サツキ、あなた、すごいわ!」

 いつも冷静なブリギッテが絶叫している。これはご家族から苦情確定だろうな。

「総会前、十日間あればよいですよね」

「もちろんよ、十分だわ。ああ、サツキ、あなた本当に素晴らしい!」

「細かいことは明日の朝、報告で良いでしょうか」

「もちろんいいわ。メールでお願い。トーマスには一報入れておくわ」

 では、失礼します、と言ってコールを切った。

 藍見さんに会えるのは嬉しい。私自身も彼に一日も早く会えるのはとっても嬉しい。上司がこれだけ喜んでくれるのも、もの凄く良いことだ。でも今回のシェーファーさんやブリギッテの意図がしっくりこなくて冷静な自分もいる。なぜなんだろう。これだけ上司に喜んでもらえているのに。

 疲れた。化粧を落として今日はもう寝ようと思い、鏡をテーブルの上に引き寄せる。Web会議とはいえ、Web会議だからこそきちんと化粧して参加した。今、部屋の中でも歩くのが辛いので、可能なかぎり色々なものをダイニングテーブルの上に乗せてある。化粧品もそうだ。クレンジングをたっぷり含ませたコットンで顔を拭いていく。なぜかため息が出るのだ。なぜだろう。



 翌朝、なぜか早くに目が覚めてしまった。早めに仕事を始め、8時15分には昨晩藍見さんと確認取ったことを簡単にメールにまとめてブリギッテに送った。ブリギッテからは速攻でありがとうというメールが返ってきた。おそらくそのままシェーファーさんにメールを転送していることだろう。9時ごろ彼女から再びメールが返ってきたが、そこには凄いことが書かれていた。


 サツキに完治の診断が出るまで:

 診断に病院に行く際に往復社用車を手配する。

 病院から帰宅時に社用車にだれか女性を同乗させ、スーパーでもデパートでもどこでも好きな場所に寄り、物品購入の手助けをさせる。購入物品は社用車で自宅まで運び、ドライバーと女性で運び入れる。サツキはどの商品を買うかというチョイスと商品代金の支払いだけすれば良い。一回目は明日、土曜日でもいいし、希望があれば本日金曜日これからでもいい。

 週一回、会社費用で住居に半日のプッツフラウを入れる。この人をグラスヒュッテに入れる予定なので、行動に問題がないか事前確認をしてほしい。掃除や洗濯は彼女に任せてしまえば良い。事前確認なので費用は全額会社が持つ。

 メールの最後には、こう書かれていた。

『サツキ、気に入らないかもしれないけど、この三点、トーマスの心からの感謝と謝罪の気持ちからなの。受け取ってくれると嬉しい』



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