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リンデンホフ物語  作者: 雨晴気嵐(あまはらしけあらし)
第ー部 秘書と信頼
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12. Day4.1 苦いコーヒー

 三日目の朝。会議室にやってきた送電部門・配電部門の腰はそれはそれは低かった。当初は、一時間づつ時間を取っているので送電部門が終わった頃来る、と言っていた配電部門が最初から全員揃っている。

「みなさん、ものすごい緊張されているみたいですが、少しリラックスしてやりましょう」

 声をかけてみた。普段はミーティングルームに入ってくると、まずは用意されているコーヒーだのドリンクだの水だの、あるいはお菓子だののリフレッシュメントを銘々に取ってくるものなのだけれど、今日は誰も手をつけない。

「お気遣いありがとうございます。(ペーパー)の資料は好まれないとお聞きしましたので、今日は投影中心にご説明させていただきます。今日使いました資料は、正式ご着任時に電子データでお届けします。あと、本日は正確な説明を差し上げるよう、上からも指示受けております。ご質問があれば随時止めてください。どうぞよろしくお願いします。」

 昨日の発電部門とのミーティングの状況がどこからか漏れて、彼らはそれを聞いて対応してきたのだろうな。紙の資料が嫌だと言った覚えはない。ちょっと構えすぎだ。なんだか申し訳ない。


 送電部門・配電部門の説明が終わったあとは、すぐに需給調整業務部署が部屋にやってきて説明を行い、それが終わった後皆揃って帰って行った。まあ、結局のところスナバランの電力会社と決定的に違うところはない。やや違うところは発電所への指令の自動化や送配電網の遠隔管理が大きく進んでいるところ、そして送電線網・配電線網共に特に都市部ではほぼ地中化されているということだ。

 特に周波数調整に必要となる各発電所への発電指示は需給調整業務が完全に担っているということが違う。昨日の発電部門の説明とはやや異なり、需給調整業務は発電量調整に関して緊急停止ボタンを押す以外は発電所現地の関与はない、とはっきり言っていた。伝統的に労働力が豊かではないこの国では、機械に任せられるところは積極的に機械に任せ人間は責任と判断が必要な部分に集中して業務をしようという考え方がある。一度確立した業務や手順はなんとか手を入れないように策を弄して、俺が仕事を退職するまで何とか延命させようという人々とは根本的に考え方が違う。仕事を少しづつ整理とかカイゼンとやらをして薄皮を剥ぐような人数削減をして、人手が足りないところは一人でいろいろな業務ができるよう多能工化しようなんて言っていたけど、その考え方では労働力が社会からなくなっていくスピードについていけない気がする。

 あと不具合が発生した時のため、きちんと体系立てたフェールセーフとバックアップを考えているようだというのも特徴的で、この辺の合理性というのは結局リスクを直視できず、最後は神頼みとしかしようがない人たちとはずいぶん違うところだ。そういう意味では今や発電部門、特に火力発電所なんてのは燃料を注入して釜を焚く業務しか残っていないということだ。そして揚水発電所の発明により水力発電所は見かけ上の、という但し書きはつくものの、電力蓄積機能を持つことになり、この国では豊富に存在する水力発電所が電力発電機能の花形になっている。栄枯盛衰とはこのことだ。

 送配電線の地中化はスナバランでも大きな台風が来て電力供給が止まるたびに議論になるが、このコストを誰が負担するかが議論になるとうやむやで忘れ去られる。新しく作られた街などではデベロッパーが最初から街の地下に共同溝を張り巡らしこの中に配電線が入っている。こういう街は災害には非常に強い。スナバランのように台風が頻繁に来る国では送配電網の最も大きな脅威は実は風で、送配電線の張ってある鉄塔や電柱を風で倒されてしまうのが、現実には最も大きなリスクだ。地震でこういった地上送配電網が容易に損傷することもある。このようなリスクに対応するには電線の地中化がもっとも確実だ。

 受益者各々がコストを負担するのが難しいなら一気に災害対策の抜本的強化として国家としての投資を実施すれば、次世代に対する大きな遺産になるだろうし、もし税での費用負担が難しいと言うなら通信分野で行っているようなユニバーサルサービス料として、最終受益者に対して薄く賦課するという考え方もあるのにね、という気がする。地震や台風のリスクがほぼないカントナー国で電力線・通信線が地上に出ていないのは、周辺の国から侵攻されるかもしれない、その時に真っ先に攻撃されるのはこれら電線だ、という安全保障上のリスクを考えての対応だと思うのだけれど、この国で実現しているようなレベルのリスク認識を、喉元過ぎればナニという気質の強いスナバラン人に求めるのは難しいかもしれないなあ、と思う。

 あと技術的には直流送電が広範囲に実用化されていることも興味深い。これは初日に現場を見にいけと言われたやつだ。赴任したら早速連れて行ってもらおう。



 午前中のミーティングが終わり、参加者が出ていくとすぐにリフレッシュメントのカートが来たけれど、誰も何も取らなかったので交換しようがない。私のお茶がもうないので交換しますね、と言って担当の彼女はカートに持ってきた新しいお茶のポットにだばだばと熱湯を入れ、朝から置いてあったポットを回収してすぐに去っていった。

 次のミーティングまで一時間弱あるので、ちょっと頭を休めようと思い、仮眠をしようと思った。何でリフレッシュするかは人それぞれだが、僕はスナバラン時代から自分の机で仮眠することが多かった。パワーナップ、と言われているやつだ。仮眠といっても枕を持ってきてという本格的なものではなく、椅子のリライニングを後ろに倒し目を閉じていると自然に寝ている、という程度のものだ。二十分間を二セットねと思い、スマホのタイマーを四十分間にセットして、スタートしようと思った瞬間、支倉さんがやってきた。

「少しお久しぶりですね」

「色々ありまして申し訳ありません。スケジュール変更のお知らせなのですが、今日のシェーファーCEOとの面談がキャンセルになった話はお伝えできていますね?」

 支倉さんはにっこり笑っているものの、顔には疲労の色が濃く出ている。

「はい、今朝、プライスさんから聞きました」

「その代わりのミーティングが金曜17時から一時間で予定できました。CEOとのお二人でのミーティングになります」

「わかりました」

「そのミーティングが終了したあと、そのままCEO含め役員との会食をセットさせていただきたいのです」

「それはどなたが出席になるのですか」

「CEOのシェーファーさん、副社長のシュトレーックさん、人事総務所管役員のペータースさん、アルナソン課長と私です」

 私は行くつもりなかったのだけれど、昨日、ブリギッテに会食のアレンジの報告をしたところ、あなたも出なくちゃだめね、秘書でしょ?会食後、彼をホテルまで送って頂戴、と言われてしまったのだ。

「会食後はホテルまでお送りします」

「わかりました」

「今日は予定通り、13時にまた住居のお話です。担当が来ます。おそらく候補地を見にいくことになると思います」

「明日、木曜日ですが午前中は予定通りシステム部門のブリーフィングです。午後は各部門でサイバーセキュリティを担当している人たちが、お会いしたいと言っています」

 現在この会社には纏まったサイバーセキュリティの部署はない、と人事部長も言っていた。しかしこのご時世、サイバーセキュリティが全くない、なんて状況は考えづらい。正式に本社部門がなくても各部門で細々と活動しているのだろうと想像していた。その担当の皆さんと一同に会えるのであれば、それは嬉しいし興味深い。

「金曜日、ご勤務最終日となりますが、午前中はいろいろご相談したいことがありますので、秘書課で押さえています。午後は今のところオープンです。17時から先程お話ししたCEO面談と会食となります」

「全部承知しました。異論ありません」

 ありがとうございます、と言い、彼女はその以外の会話をすることもなく、では、と言って去って行った。取りつく島がない様子は相変わらずだ。ふと湖の眺望に気がつく。社内も大分混乱しているな、と思う。その混乱を起こしている理由は僕なのだ。いつもの紅茶ではなく、コーヒーを飲もうとリフレッシュメントの保温ポットに入っているコーヒーを注いで飲んでみる。煮詰まっていて苦い。


 まだワンセット二十分は寝られるな、と思い再びスマホのタイマーをセットしようとすると、今度はアルナソン課長が真顔でやってきた。金曜日のCEO面談に、副社長と人事総務所管役員も参加したいと言っているのだが、問題ないかとの確認だった。良いも悪いもそれに対して拒否権はないのだろう。

「結構です、私は問題ありません」


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