第九四話 星幽迷宮(アストラルメイズ) 〇三
「ふううううっ……」
大きく息を吐き続ける私は少しだけ腰を落とした構えで、腰に下げている日本刀の柄を軽く握る……前に出るか待ち構えるか、相手の武器の長さを考えると待ち構えて閃光を叩き込むよりも距離を一気に詰めて抜刀突進攻撃である刹那を叩き込む方が良いのではないか? と考えていると、思考の奥底で古い記憶の風景が蘇る。
『閃光はカウンター技に近い、先の先を取るには刹那が望ましい』
『師匠、先の先ってなんですか?』
『……今まで俺が話したこと覚えてないだろ? まあいい、相手の気線を制して己が一撃を叩き込む、と覚えれば良い』
『俺向きなんですかね? それ』
『戦えばわかる、そら……いくぞ』
記憶にある師匠の言葉、そしてそれに素直に頷くノエルとしての視線……まだ若い頃の記憶なのだろうか、構えをとる手がまだ記憶よりも小さく、そして細い気がする。
再び思考が現代へと戻ってくる……私はさらに全身に力をこめて打ち出される前の弓の弦のように筋肉を絞り上げる。
対峙する私の強い殺気を感じるのかイェルケルは大薙刀を構えて、ゆっくりと私との距離を測るようにジリジリと移動しながら何度も構えを変えている。
「クク……この世界にきて、これほどの剣士を相手にできるとは、テオーデリヒに感謝せねばいけないな」
彼は口元を歪ませると、一歩だけ前に出る……次第に縮まっていく私たちの距離。
私自身も集中した状態で相手の筋肉の動きや、細かい動きを見つめている……一瞬の油断が死に繋がる、そんな感覚が沸き起こる。
ノエル自身も何度も視線を潜っているが、彼は剣聖として覚醒してからは、一方的な戦闘が多かった。
それこそ魔王や幹部クラスの敵であれば綱渡りのような戦闘になっていたのだけど、彼の超絶技法はそれでも致命傷を負うことなく、最後の戦いまで生き延びていたのだ。
『私は残念ながら違う……』
何度もミカガミ流を練習し、受け継ぎ……ノエル自身の魂に叱咤され、それでも彼ほどの強さに至っていない自分が存在している。
魂は受け継いでいるはずなのに、彼ほどの頑強さはなく打たれ弱い……降魔からも指摘されてしまうその弱点、それでも私は剣を振るうのだ、いつか高みに届くその日まで。
「オオオオオオッ!」
「ミカガミ流……刹那!」
一瞬の間を置いて私とイェルケルは同時に床を蹴り叫ぶ……エツィオさんとリヒターにはほんの数秒だけ私とイェルケルが交錯し、その位置を入れ替えたように見えただろう。
日本刀を振り抜いたその姿勢のまま私は動けず、大薙刀を振り抜いた姿勢のままイェルケルも動かない、いやお互い動くことができないのだ。
私のこめかみから、スッと血が滴るのを見てエツィオさんは息を呑んだ。
「……見事……この世界で最後に見るのが音に聞こえたミカガミ流の美しい剣士の顔であることを、誇りに思う」
その言葉と同時に、イェルケルは血を吐き出し、切り裂かれた胴体を手で押さえながらそのまま音を立てて倒れ伏す。私は凄まじく強い疲労感を感じてその場に膝をついた。
ポタポタと頭から血が流れ落ちて、初めて大薙刀の一撃が少し掠めていたことに気がつく。
あの一瞬、イェルケルの大薙刀は少し低く構えた私の頭のすぐ上を掠めていった……ほんの少しの構えの変化、それが結果的に首と胴体を切り離されることを防いでいた。
私の日本刀は見事にイェルケルの胴体を薙いでおり、それが致命傷になっているのは手応えから理解できる。
「あ、あなたは……手練れでしたね……」
私はイェルケルの元へと歩み寄り、素直な気持ちを吐露する……その言葉に満足そうに口元に笑みを浮かべるイェルケルだが、何度も咳き込んで口から血を吐き出しながらだが。
「お前もな、よい殺し合いであった……この世界に来て一番満足しているぞ……」
イェルケルは大きく血を吐き出すと、そのまま動かなくなる。
私は日本刀を鞘に仕舞ってから、そっと動かなくなった彼の手を胸の前に置くと、軽く頭を下げる。良い戦士、良い戦い……緊張感から解放された私はふうっと息を吐いて、エツィオさんとリヒターの元へと戻っていく。
「怪我をしたのか? 治療するぞ、っておい……」
リヒターが私の頭の傷を見て、治癒魔法を準備し始める……傷は深くないが、それ以上に全身に疲労感を感じて少しだけ目眩を起こし倒れそうになる私をそっとエツィオさんが抱き止める。
「あ、す、すいません……思っていたよりもはるかに疲れているようで……」
「大丈夫、少し休みなさい」
エツィオさんは優しく微笑みながら頷く……私は強い眠気を感じて、そのまま微睡の中へと落ちていく。エツィオさんの胸の中は少し良い匂いがするな……花のような、なんだろう? 懐かしいような……私の意識がそこで途切れる。
「こうしてると、年相応で可愛いね。青梅なんかに渡さずに食べたくなるよ」
胸の中で寝息を立て始めた新居 灯を見てクスッと笑顔を浮かべるエツィオ……先程の一撃は本当に見事だった。剣を学んでいるエツィオとしてもあれほどの見事な一撃を見たことがないからだ。
彼女を起こさないように優しく抱えると、所謂お姫様抱っこの状態にしてリヒターへと声をかける。
「リヒター、彼女は当分寝かせたほうがいい。恐ろしく心が疲労しているようだし……慣れない迷宮のせいかもな」
「ふむ……そうだな、先程の立ち合いは相当に緊張感があった。素晴らしい戦士だな、彼女は」
床面が微振動を開始し、部屋の形が変化していく……この部屋を守っていたイェルケルの死により、次の進路へと姿を変えていくのだろう。
壁がまるでブロックを組み立てるかのように大きく変形し、次第に広大だった広間の先に新しい通路が組み立てられていく、本当に生きているようだとエツィオは感心している。
天井すらもそれまでよりも低く組み替えられていき、最終的にはホールのような広間が細長い通路へと変貌を遂げていく。通路が組み上がると同時に、その先に立っていた壁が花弁が開くかのような動きをしながら開いていき、その先へと道が伸びているのが見えた。
「これは誘い込まれているかねえ……」
「それが星幽迷宮の特徴だからな……侵入者を疲弊、混乱させて、さらには防衛部隊で殲滅するまさに完璧な防衛施設だ」
リヒターが眠りこける新居 灯の傷が塞がったと判断したのか、そのまま通路へと進み始める。エツィオはその後ろをゆっくりとついていく。
リヒターは赤い目を輝かせて満足そうに頷くと、ぱちんと指を鳴らす……何もない床面からずるりと黒い液体の塊のような何かが生み出される。
闇精霊と呼ばれた黒いシミのような物体は何度かリヒターの周りを懐くように飛び回ると、彼の前にふわふわと漂う。
「闇精霊だ、接近戦になれば一撃だろうが盾にはなる」
「ふむ……これは何度か見たね。リヒターは精霊を使役できるのか」
エツィオは興味深そうにリヒターの前に漂う黒いシミ……闇精霊を見つめている。振り返ってそんな彼を見たリヒターは頷く。
「この世界でも使役するものがいるのだろう?」
「そうだね……所謂精霊術師と呼ばれるものがいるから、彼らが使ったりするね。とはいえ純粋な精霊魔法の使い手はこの世界では希少種だよ」
ふむ、とリヒターは歩きながら顎に手を当てて何かを考え、そして再びエツィオと会話を続けていく。彼もこの世界に来てそれほど時間が経過しているわけではないが、それでも最近気になってきていることがあった。
エツィオが魔法使いであれば、彼と同じことを思っていると思うのだ。
「私がこの世界に来た頃よりも魔素は増えている気がする……元の世界よりも薄いのだが」
「それは僕も感じるよ、昔の記憶では一度魔法を使うと同じ威力を出すのに相当な回復期間が必要だった……最近はそれほどの時間を必要としないね」
歩いている最中に、姿勢が良くなかったのか新居 灯が身じろぎをしたのを感じて、彼はそっと優しく彼女を抱え直すとリヒターの横へと並ぶと、真剣な顔で口を開く。
「これは何かの前触れか? それとも……」
「わからん、とはいえ例のオダイバとやらの一件、あの時に大量の降魔を召喚したことで、世界と世界の距離が縮まったのか、何かが閉じずに残っているのか……少なくともこれほど大規模な星幽迷宮を展開できるというのは今まででは無理……止まれ」
リヒターは急に立ち止まると壁に軽く手を当てて、何かを探すように調べ始める。エツィオは何をしているんだ、という顔で彼の行動を見ているが……リヒターが再び壁を軽く叩いたと同時に、壁が開いていき通路を形成していくのを見て驚きを隠せなかった。
「……隠し通路? よくこんなのに気がついたな」
「こちらが罠の可能性もあるが、進むか?」
リヒターはカタカタと骨を鳴らして笑うようにエツィオへと問いかける。
彼自身は非常に懐かしい気持ちを感じている……まだ人間であった時に冒険の中で何度も迷宮探検を行い、死にそうな目にもあったこともある。この世界に来て再びこんな気持ちを味わえるとは……あの時勇気を出して新居に頼んでよかったとさえ思うのだ。
闇精霊がリヒターの周りをふわりと舞う……エツィオは少し悩むも、腕の中で寝息を立てる新居 灯を見てふう、とため息をついた。
「行こう、せっかく見つけたんだ、なんて言ったかな……そうだ、据え膳食わねば武士の恥、とかいうんだそうだよ」
_(:3 」∠)_ そりゃ集中しまくってたら疲れるわけで
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