第七〇話 禁断の恋(アモーレプロイビート)
「では、美しいお嬢さんと日本での初任務といきますかね」
「私ちょー帰りたい……」
とてもやる気満々なエツィオの横で、私は頭を抱えたい気分で俯いている。
私たちは先日大事件の起きたオダイバの近くにあるイベント施設の前に立っている……事件後オダイバは商業施設などの片付けなどが残っており基本的には工事関係者しか入ってこない場所になっているのだが、一部のビジネスビルなどは稼働を再開している。
その中心にあるイベント施設の中に……今回の降魔が出現したとの通報があったためだ。
あの後私は八王子さんから色々事のあらましを聞くことになったのだが、とてもじゃないが普通ではない人材だった。
まず……イタリアで彼はKoRの内部監査を担当する監察官であったこと、それまででもKoRでは魔法と剣を操る魔法剣士として知られていたらしい。
少し前に日本でアマラが死んだのち、『荒野の魔女』の能力はなんと男性であったエツィオに継承されてしまった……ちなみに確認できる歴史の中で継承が男性に起きたケースは記録になかったそうで、どうしてそうなったのか? はまだ議論がされているそうだ。
そして彼は荒野の魔女改め第三三代目荒野の魔法使いとして認定された。
今回日本に来たのは、志狼さんがイタリアで彼と話をした際に私に興味を抱いて日本への転属を依頼してきたのだとか……そして先日のパーティではKoRJのコネを使ってパーティのウェイターとして潜り込み私を観察して、さらなるコネを使って私の通う高校の臨時講師として表の顔を作った、とのことだった。
なぜ私に興味を抱いたのかを八王子さんも聞いたらしいのだが、彼はさも当然のように以下のように答えたそうだ。
『アーネストが日本に美しい剣士がいるって教えてくれてね、世界中の美女に会うのが僕の使命なので、僕はそのアカリ アライに興味があるんですよ』
と抜け抜けと答えたとか……え? 私もしかしてロックオンされちゃってるってこと? 身の危険を感じるんですが……。
「どうしたんだい? 僕の顔をじっと見て……おっと、そんな簡単に僕に惚れちゃいけないよ。お嬢さんと僕は教師と生徒の間柄……そんな僕たちが惹かれ合うのは禁断の恋ってやつだからね」
ドン引きした顔で私がエツィオを見ていると、その視線に気がついたエツィオは大袈裟な身振り手振りで、さも胸が痛いと言わんばかりの仕草をしている。
その仕草にイラッとしながらも、私はふと疑問を感じて彼に尋ねてみることにした。
「い、いや……別にあなたに興味なんてないんだけど……第一なんで臨時講師なんかしてるんですか?」
エツィオは顎に手をやって……上を見るように考えると、私の方を向いてにっこりと笑う。
「僕の前にいる美しいお嬢さんの日常を観察したいからかな……アーネストから聞いたよ。君はとても不思議な剣術を使うのだろう?」
そうやって私の腰の日本刀を見る彼は笑顔なのに……透き通るような青い目は全く笑っていないのに気がついて、少しだけ背筋が寒く感じる。
殺気ではなく、関心とか興味に近い視線だが、恐ろしいまでに冷たく私を見つめている。
青山さんが影で教えてくれていたが彼の内部監査、というのは裏切り者や内通者を秘密裏に処理する猟犬と呼ばれる監察官であったこと。
彼に目をつけられるというのは……本来の意味では私が降魔の契約者として疑われている可能性があるということだと。
「……どこまで聞いているんですか?」
私の浮かべている不審そうな顔を見て、私の抱えている感情というか不信感を察知したのかエツィオは間を置いてからクスクス笑うと、軽くウインクを飛ばしてくる。
「……実際に仕事で見せてもらうよ。油断して勝てる相手ではないだろう?」
それはそうだった……観察者は前世の記憶でもかなりの強敵で……ノエルは何度も戦術的転身、つまりは脱兎の如く逃げ出す羽目になっているからだ。
「エツィオさんは魔法を使える……んでしたっけ?」
私はどうやって相手を倒すのかを考えながら、彼に声をかける。彼はニコリと笑うと頷くと同時に腰に下げている刺突剣を指差した。
「魔法は継承で強化されたんだ……元々はこっちさ」
すらり、と刺突剣を引き抜くが……その刀身は恐ろしく美しく磨かれており前世で言うところの真銀という魔力を持った銀に近いかもしれない。
「美しいですね……」
ほぅ……と思わず彼の持つ刺突剣をまじまじと眺めていると、エツィオがスッと私の顎に手を添えて……少しだけ顔を近づけた。
目の前にイタリアの美男子の顔が……深い青色の目が私を射抜くように見つめている。ミカちゃんに言われたからじゃないけど、本当にこの人は美しい顔立ちだ。
なんかしらの香水のようなものをつけているのか恐ろしく良い匂いがする……ちょっとだけドキドキしてしまい、私の頬が熱くなる。
「お嬢さんもとても美しいですよ、特に深い闇のような黒髪とその愛らしい目……可愛らしい唇もとても」
エツィオの顔がだんだんと近づいてくる……え? もしかしてこの人は私にキスしようとしている!? 私は慌てて彼の胸に手をついてなんとか距離を遠ざけ必死に顔を背けると、彼は笑いながら距離をとり、私は早鐘のようになっている心臓を抑えてなんとか堪える。
「な、何するんですか……ってちょっと待って!」
「なんだ、隙だらけだから大丈夫なのかと思ったよ……続きは仕事の後にしようか」
彼はくすくす笑いながら、イベント施設の中へと足をすすめていき……私は赤い顔のまま、彼の後について歩き出す。
イベント施設の中は、先日の事件の痕跡を色濃く残していた。
壁や天井にあったものが地面へと落下していたり、破壊された床が隆起しているのと、電気が切られているのか内部は恐ろしく暗く……何があるかわからない。
「暗いねえ……相手から見つかるのも芸がないし」
エツィオは何事かを考えると、急にまた私に向き直るといきなり私の頬に手を添える。ほのかに暖かい感触が私の頬に触れて……私はびくりと身を縮こませる。
「ま、また……何をッ」
「動かないで、猫目……これで見えるかな」
私の視界がいきなりクリアに……それまで真っ暗にしか見えない空間が、昼間のような明るさへと変化していく。驚く私を尻目に彼は自分の頬に手を当てて同じ魔法を使う。
な、なんだ……魔法なのか……落ち着いて考えてみると、前世でもこういう魔法を何度かエリーゼにかけてもらったことがあったな……背の高さに差があったのでノエルは中腰になって彼女が手が届きやすいように配慮してしていた。エリーゼはその時本当に嬉しそうな顔でノエルの頬に触れていたのを思い出し……なんとなくだが、先ほどの行動に懐かしいようなこそばゆいような感覚が生まれる。
「魔法って便利ですね……」
私の独り言にエツィオは肩をすくめて苦笑いを浮かべると、私についてこいと手で合図をしてゆっくりと辺りを見ながら移動していく。
「便利だけど、急激な光の変化に弱くなるから……気をつけるんだよ」
きちんと自分が前に出て、私を庇うような位置で周りに気を配っている真剣な顔を見て、この人の言動と行動はちょっとアレだけど、案外優しいな……少しだけ彼の気遣いを感じてしまった。
「あの……私なんでエツィオさんの監視対象なんでしょうか?」
ふと心に浮かんだ疑問を素直に口に出してみる……そうなのだ、以前一度私はKoRJの監視対象となったことがあって……あの時は数日衆人環視のもと調査などをされたことがあるが、今回は内部監査を担当しているエツィオが直接私を監視しているというのがとても気になる。
少しだけ緊張した面持ちの私を見て、少し思うところがあったのか彼はふぅっ、と軽く息を吐くと私を見つめて口を開いた。
「僕は君が使う剣術のことが気になっている……アーネストから聞いた、君はミカガミ流を使うのだろう?」
私が息を呑んだのを見て、エツィオは何かを察したのか私を見つめながら、私との距離を一気に詰める……あまりに自然に詰められたため私は特に抵抗らしい抵抗をしないまま壁へと押し付けられる格好となってしまう。
「や、やめて……」
「随分と可愛い顔をするね、君は……」
エツィオは私の手首を抑えるように壁へと押し付ける……彼の顔を見ると、何か焦りのような複雑な感情の動きを感じさせる目をしている。
「僕は人を探している……そいつはミカガミ流を使う剣士だ。そして君はミカガミ流を使うと聞いている……何を知っているのか、僕は君に尋ねたい」
エツィオの手が遠慮なく私の太ももをそっと撫でたことで私は彼の意図をなんとなく感じて、頬を赤らめながら必死にもがく……少しだけ背筋がぞくりとしたが、それは彼が何をしようとしているのかを感じて……恐怖を感じたためだと思う。
「な、何を……やめ、やめてください……わ、私……」
「僕は女性が喜ぶことなら全部知っている……継承の前に散々女性は抱いてきた。もし君が答えを教えてくれなくても、僕は君の口を割らせることすらできるよ……喜びと共にね」
私の足の間に、エツィオが見た目よりもたくましい足を割り込ませて、再び太ももに手を這わせる……私はその動きに合わせて、びくりと身を震わせる。
黙っていたら確実にこの男は容赦なく私を蹂躙する気なのだろう。
「……ほ、報告しますよ! あなたに襲われそうになったって!」
「怒った顔も可愛いなあ……この場で君を手に入れたくなっちゃうよ……でも時間切れみたいだ」
いきなりエツィオが私を解放したことで、軽く地面へと膝をつくが……不気味すぎる息使いを聞いて私はすぐに日本刀の柄に手を当てる。
観察者が私たちの揉め事を聞いて、近づいてきているのが見え……化け物は一つしかない目を見開き、黒い皮膚を裂くような不気味すぎる赤い口が放つ不気味すぎる声で私たちへと語りかける。
「ファー、ダビジリティフ……あ、や、やあこんにちは、そしてしね」
_(:3 」∠)_ やたら距離の近いイケメン
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