第五一話 恐怖の夜(テラーナイト) 〇五
「剣聖……そうか、貴女はその剣聖その人でもあるわけだ……」
ドゥイリオはジリジリと間合いを図りながら……呟く。
私も日本刀を構えたまま……間合いを調節していく。ドゥイリオは一筋縄では倒せない、ノエルなら多分問題なく倒せるのだろうが、私の中に溶けようとしており昔のように意識して前面に出すことは難しく、私自身がこの剣士を倒さねばならない。
「どうでしょうね、私は私……前世は前世です」
「ウフフ……そんな貴女を私が負かして……その体を思い通りに嬲るなんて、昂るな……あなたの素顔をも拝見して、その顔が恥辱に歪むのを私は見たいですね」
再び舐めるように私の体のラインを見つめるドゥイリオの遠慮のない視線に、背中が寒くなる。お前……私は口に出していないけど、前世は男性なんだ……いいか? 前世の姿で見たら想像するだけで気分が悪くなる図にしか見えないんだぞ……。
「やめておいた方がいいですよ、私そんなに可愛くないですし、大人しくないんで」
私は本気で、吐きそうな気分で舌を出して拒絶の意志を表情で表す……そんな私の表情を見ても歪んだ笑みを浮かべたままのドゥイリオが舌なめずりをして咲う。
「そんなことはない、あなたは絶対に美しく……男性を喜ばせる身体を持っていると思いますよ、クフフ」
うう、この遠慮のない視線苦手だな……本当にちょっと想像したくない光景なんだよ、わかってほしいんだけど。
さて、そんなことはさておき……あの小剣での受け流しはかなり厄介だ。私の攻撃でもへし折れないくらい彼の技量は高い。性格は明らかに最悪で、女の敵でしかないドゥイリオだが……剣士としての技量は感心するほど高い。
二刀流の剣士というのは前世でもそれほど多くない、たいていが刺突剣と左手用短剣の組み合わせだったことが多いし……片手半剣と小剣の組み合わせなんて見たことがないのだ。しかも彼の片手半剣の一撃は強烈で小剣の防御は巧みだ。
本当に性格が悪いくせに、ベースとなる剣術の腕は反復練習と実戦経験で培われた努力の跡が見て取れる……挙げ句の果てにズルで魔剣を現世に持ち込んできている。
私がこんな女の子になっているのに! まあ私可愛いからそれはそれでズルと言われると言い返すことはできないのだけど、できれば前世くらいの肉体で生まれたかったな、と思うのは我儘だろうか。
「では……いくぞ!」
ドゥイリオは一気に間合いを詰めて大きく振りかぶった影炎を振るう……くそっ……一旦はこの攻撃を避けて……反撃に移るしかない。
私は上段に構えた日本刀を下段、片手に持ち替えて前傾姿勢のまま少しでも剣を振るうスペースを減らすために前へ出る。
少し大振りに見える影炎の斬撃を、私はギリギリで避けて……反撃に移るために姿勢を変化させた私の視界の隅に、いつの間にか順手に持ち替えた小剣の刃先が迫ってくるのが見えた。
そうかこれって……私の脳裏に一気にノエルの記憶が蘇り……私の意識は一気に過去へと飛んでいく。
「二刀流の剣士には気をつけろ……攻防一体、防御と攻撃の境目がないものがいる。レイブン流の高弟なんかはその典型だな」
唐突にかけられた師匠の言葉に俺は訝しげるような表情で素振りをしていた手を休めて、師匠の顔を見る。大真面目に話してるのか……俺は苦笑いを浮かべて首にかけていた布を使って頬に垂れた汗を拭く。
「師匠、レイブン流って西方の零細剣術だろ? 一撃必殺とかじゃなかったっけ? 俺戦場でも会ったことないですよ」
「お前零細っていうがな、ミカガミ流はそれ以上に門下生は減ってるんだぞ。お前が責任持って門下生増やせよ」
師匠は呆れたような顔で俺を見ている……先日俺が娼館で遊んだ帰りに、娼婦と肩を組んで歩いているところを師匠に見られて以来、師匠は女遊びよりも門下生を増やせと呪文のように唱えている。
それはもうご飯の時にも、寝ている時にも……真夜中に師匠が俺にずっと「弟子を取れ……」と囁いているのに気がついた時は正直ホラーだった。
「だってミカガミ流の道場ってここだけでしょ? しかも師匠は門下生候補が来ても虐めちゃうじゃない」
「おま……いじめてねえよ! 扱いたらすぐ逃げちまうんだよ!」
あーあ、それをイジメって言うんだよなあと俺はため息をついて、再び剣を上段に構えて素振りを再開する。そんな俺の素振りを見て、師匠は寂しそうな……それでも喜びを少し滲ませた複雑な表情を浮かべる。
「なあ、二刀流の対処方法ってお前に教えたよな?」
「あ? うーん……どんなんだっけ? 俺覚えてないですわ」
俺の返答に師匠は口をぽかんと開けて呆れたような顔になるが、まあいいや、と言わんばかりの苦笑をしながら、昔話していた対処方法を話し始める。
「単に剣を振り回すだけのやつは無視していい、どうせ剣に振り回されるだけの雑魚だ。一番警戒が必要なのは、主武器を虚として、本来防御に使うはずの副武器を攻撃にも転用できる使い手だ」
二刀流の剣士はミカガミ流にもいるが……普通は利き手に主武器を持ち、副武器を防御に使う。ミカガミ流が二刀流を主としていないため、こうなっているのだが師匠の話によるとレイブン流の高位剣士はそうではないのだという。
「本物の使い手は主武器の攻撃をブラフに使う、一気に間合いを詰めて副武器を突き立てる機会を狙ってくる。そんな奴は本当に危険だ」
俺は師匠の大真面目な顔を見て……少し真剣に覚えておいた方が良いのだと理解し、理解したと伝えるために頷く。ただまあ……俺はそれ以上に強けりゃ問題ないんだけどな。
少なくとも俺はそんな凄まじい使い手にあったことがないんだし……。
「でもまあ……そんな小技出す前に斬っちゃったら勝てますよね」
師匠は苦笑しながら俺の素振りを見つめているが、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいなあ。俺の馬鹿な思考を読んでいたのか師匠はクスッと笑うとかなり真面目な顔で助言をした。
「お前……まあ、でもそれはそうだな。ただ、小技を出されたら、多少カッコ悪くてもいいから全力で避けろ」
急速に意識が現世に戻っていく……恐ろしく大振りの影炎の一撃はブラフ。ドゥイリオの本命はこの小剣だったのだ。師匠の言葉は、本当だった。
私は急速に迫る小剣の切っ先を見つめて……全身を緊張させる。この一撃は首に小剣が当たる軌道……。
『この一撃は確実に死ぬ!』
先ほどまで嬲るだの何だの発言することで、自分の目的が別であるように見せかけておいて本命の一撃で確実に命をとりにくる。こいつは……生粋の戦士だ、しかも虚実を混ぜた変幻自在の攻撃を繰り出せる。
私は硬直したように動かない自分の体を必死に動かそうとする……ここで死んだら、誰があの荒野の魔女の兇行を止めるのか。ここにくるまでに何人の死体を見たかわからない……そのほとんどはなぜ殺されたのかわからないであろう、驚愕の表情を浮かべていた。
私が止めなければ……もっと犠牲が増える、それは現世で私が大事に思っている家族や友人、そして大切な人が死ぬと言うことでもあるのだ。一瞬だけ先輩の笑顔が脳裏に浮かんだ……そうだ、先輩に……もう一度会わなきゃいけないんだ。
全てがスローモーションのように感じられる……剣先はギリギリで姿勢を変化させた私の首筋を掠めるように通り過ぎていき、軽く鮮血が舞う。しかし……本当に皮一枚ギリギリのところで、私は攻撃を避けることに成功した。会心の攻撃が皮一枚で躱されたことを理解したドゥイリオの顔が驚愕の表情へと変わっていく。
「いけええええっ! ミカガミ流……鳳蝶!」
私は下段に持っていた日本刀を下から薙ぐように振り抜く……ドゥイリオの胸を斜め下から切り裂き鮮血が飛び散ると、ドゥイリオが切り裂かれた胸を手で押さえて、片膝をつく。
私は軽く切られた首筋に手を当てて、出血の具合を確認する。痛みがある上に、戦闘服の中に着ている白いシャツに血が飛び散っているが、量は大した物じゃない……本当にギリギリだが避けることには成功したのだ。
「はぁっ! ……はっ!」
私はようやく息を吐き出して、必死に呼吸する。限界まで集中した私は呼吸することすら忘れていたのだ、苦しさと心に恐ろしく強い高揚感……強敵である剣士を倒した、という悦びが満ち溢れてくる。
「素晴らしい……レイブン流……闇鴉を避けるなんて……ガハッ……」
口から血を吐き出しながら、ドゥイリオは手に持っていた武器を取り落とす……致命傷だ。私の手には彼の体を確実に切り裂いたと言う手応えを感じている。
「強かった……貴方は本当に強い……こんな戦い、今の私では初めてです……」
私が荒い息のまま絞り出した賞賛の言葉を聞いて、ドゥイリオは驚いたように一度目を見開くと、少しの間を置いて満足そうな笑みを浮かべる。
「可憐なる剣聖……私の今世の最後の敵が貴女のような剣士でよかっ……」
最後に口から大きく血を吐き出すと、彼はそのまま崩れ落ち動かなくなる。
死んだ……のか? 私は恐ろしいまでに感じた疲労と、首の痛みに立っていられなくなって崩れ落ちるように地面に座り込む。一瞬の間を置いて私の意識が暗転する。
「す……少しだけ休ませ、て……も、もう目を開けていられない……」
_(:3 」∠)_ 剣士同士の斬り合いってロマンありますよね
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