第五話 食屍鬼(グール)
「ずいぶん厳重な包囲網ですね……」
タチカワ市立病院を中心にして一キロメートル以内の範囲は現在隔離地域とされ、警察による厳重な警戒網が引かれていた。その中を黒塗りのリムジンが進んでいく。人々は何事か、とそのリムジンの車内を覗こうとするが車内はよく見えない……『どこかの大臣でも来たのか?』とか『アメリカの外交官でも来ているのか?』などと邪推する人たちもいたが、警察によりその場から引き剥がされていく。
私と悠人さんは青山さんの運転するリムジンに乗っていた。私は窓際に座っているが、悠人さんは一人で二人分くらいの席にだらしなく座ってナッツを食べている。そういうとこ見せてるとモテねえぞ、と内心呆れるものの本人は気にもせずにナッツを放り投げては口に入れている。
「一応降魔被害は世の中では大っぴらに知られていないことになっているからねえ……こうでもしないとあっという間にインターネットに拡散! って感じだもんな」
悠人さんはアハハ、と笑って片手で持ったエナジードリンクを一口飲む。このエナジードリンク、結構匂いがきつくて個人的には苦手な飲み物だ。疲労回復・覚醒効果があるとか話しているが、そんな添加物の塊を飲んで平気な顔しているのもどうかと思っている。
私は呆れたようにため息をつくと、リムジンの窓から空を見る。闇夜の中に大きく月が浮かんでいる。この世界でも月は美しい……そういえば、子供の頃に月にはウサギさんが住んでいるんだよ、とお父様に教えられて以来、私は月の中にいるウサギを目で探してしまう。
ああ、今日も綺麗にウサギさんが見えている……美しい夜だ。
病院の入り口には警察車両が止まっており、ゆっくりとリムジンがそこへ横付けされる。どこの大臣が来たんだ、と訝しがる警察官たちは、リムジンから二人の人物が降りてくるのを見た。
一人はヤクザ、いやチンピラにしか見えない……金髪を短く刈り込んで、スーツをだらしなく着た頬に大きな傷跡のある男。
そしてもう一人が降りてきたときに警察官たちは驚きのあまり目を見張った。夜風に吹かれてさらさらと流れる長い黒髪は夜の闇を凝縮したような輝きを、この世界に神がいるのであれば嫉妬するであろう美しい整った風貌、大き目の胸、滑らかな首筋、膝より少し短いスカートから覗く白い素足、雰囲気にそぐわないゴツいブーツ。そして鞘に収められた長めの日本刀を腰に刺した、制服姿の女子高生がその場に立っていた。女子高生が!? なんでこんな場所に。
「あー、ここの代表の人いますー? KoRJの墨田ってもんですが」
チンピラ風の男が身分証と思しきカードを提示して、緊張感なく警察官に尋ねる。KoRJ? ああ、あの国際団体? それが何の用だろう? と考えるも、その場にいた刑事の一人が慌てて走り寄ってくる。
「あ、こちらで。KoRJからの応援ですね!」
不審がる警察官を尻目に、チンピラ風の男と女子高生は刑事に連れられて病院の入り口へと歩いていく。警察官の横を通った際に、女子高生の長い髪がフワッと巻き上がり、その一連の動作は神々しいまでの美しさを感じさせた。思わず見惚れてしまう警察官たち。
「ありゃあ……一体何者なんですか?」
二人を案内して戻ってきた刑事に警察官の一人が尋ねる。刑事はタバコに火をつけて、一と吹かしすると警察官を見ずにこう答えた。
「聞かねえほうがいいぜ、世の中には知らぬ存ぜぬを決め込んだほうがいいこともあるんだ。忘れな……」
電源を落とされ、予備電源の暗い照明で照らされた病院の中には、前世で何度も嗅いだ匂いが漂っている。死臭……屍人とか食屍鬼とか、死霊とかまあいわゆる死霊系の魔物の討伐の際に散々嗅いだ。
前世では慣れっこになってしまったが、この強い匂いは正直嗅覚がおかしくなりそうだ……ということで制服のポケットに入っていた布製の黒いマスクをつける。これだけでも多少嗅覚への攻撃はマシになってくれる。
「あ、いいなー。俺もマスク欲しいなあ、そうだ! 今つけてるのを俺にくれてもいいんだよ?」
悠人さんが羨ましそうな顔でこちらを見てしれっとセクハラしてくるが、無視してそのまま周りに注意を払う。
「ねえ、灯ちゃんと間接キスしたいんですけど?」
あー……はいはい無視無視、私が軽く手を振ると悠人さんは残念そうな顔でがっくりと項垂れる。
死臭がしているということは亡者が発生しているかもしれない。不死者を生み出せる、ということは……吸血鬼や不死の王がいるかもしれない。
KoRJの記録では過去に数回出現しているということだが、物理で殴って倒せるものだろうか? 前世では祝福された武器が必要だったんだっけ……細かいところまでは思い出せないな。
うーん、と考えながら病院内を探索していく。病院内とはいえ、いきなり敵に出くわすことはないだろうと考えていた矢先、とある病室のドアを開けた瞬間に、目の前に顔中が皺だらけになり、鋭い牙と虚な目をした動く死体……食屍鬼が立っていた。
入院患者が食屍鬼化したのだろうか、まだ原型は留めているものの、甚平風の患者着のあちこちに血の染みがこびり付いている。その横には同じように看護婦がいて……こちらも食屍鬼と化している。二人ともこちらに気がついたのか、人の匂いに興奮したうめき声を上げながら、ノロノロと歩いてくる。
「遅くなって……ごめんなさい」
謝罪とともに鯉口を切り……一撃で食屍鬼二体を両断する。
上半身が地面へと落ち、虚ろな目がこちらを見つめている。動かないのを確認して、気になってもう一度見ると……看護婦食屍鬼の胸に手書きの名札で「もののべ」と書かれているのに気がついた。
文字は子供が書いたかのように歪で、辿々しいものだった。子供がいるのか……私たちがもう少し早く来れれば死なずに済んだだろうか? 立ち止まって名札をじっと見つめている私を見て、悠人さんがいつになく真剣な顔で声をかけてくる。
「見るな、灯ちゃんがそいつの人生まで背負うことは無いよ……」
悠人さんがその死体に火を付ける。食屍鬼は残念ながらこのまま収容できないため、すぐに燃やす必要があるのだ。
そう……だな。前世でも同じ気持ちになったことがある。村ひとつが全滅し不死者の拠点と化した事件、人体改造で家族を合成獣にしてしまった魔導士、食人鬼に支配されていた孤児院……もう少し早く気がついたら、という物悲しい気持ち。いつだって間に合わないものなのだ、とは理解している。とはいえ目の前で同じことが起きると、毎回この気持ちを味合わなければいけないのだ。
動かなくなった死体へせめてもの気持ちで一礼すると、私は刀を納めて部屋を出た。
「貴方たちを辱めた相手は必ず殺すわ、約束する……もののべ、さん」
悠人さんと私はその後も次々と現れる食屍鬼を殲滅していった。悠人さんの発火能力と、私のミカガミ流剣術……食屍鬼ごときで遅れをとるようなことはない。病院に巣食っている食屍鬼を次々と倒し、燃やし、あらかた捜査をしてみるも、これだけの量の亡者を作った張本人が見つからない。
「地下……ですかね?」
「かもしれないねえ」
悠人さんと私は残る病院の地下へと向かう。マスクを外してインカムで三階までの掃除が終わったと伝え、重ねて地下には入らないように連絡をする。
「了解、戰乙女。少し声が震えているけど大丈夫か?」
「え? ……そうですか? 大丈夫です」
感情が少し昂っているのがわかる。
これは怒りとかではなく、敵を倒す時に生じた快感のようなものだ……剣を生業としていた前世、私は敵を倒すことに喜びを覚えていた。だから……敵を斬るということに、根源的な快楽を感じていることは私自身否定できない性のようなものなのだ。とはいえ声に出すとはまだまだ私は未熟者だな、と嘆息する。
ちなみに戰乙女は私のコードネームだ。職員があまり表情を変えずに、淡々としながら敵を斬っていく私を見て思いついたんだとか。
触れてはいけない天界の乙女、という意味も込めてるんだとかで、戰乙女をググって見た時に出た説明を見て、私もこのコードネームは内心……結構気に入っている。
「灯ちゃん、頬が赤いし息も少し上がってるね。もしかして興奮してる?」
悠人さんが私の頬にしれっと指を当ててニヤリと笑う。彼の冷たい指の感覚を感じて一息つく……私はできるだけ冷静に反論する。
「いえ、運動したので心拍数が上がっているんでしょう。それと私のことはコードネームで呼んでください」
「えー、つれないなあ……よし、終わったら俺と一緒にもっと興奮することしようか?」
「コンプライアンス違反です、いい加減にしてくださいね」
この人は……いつだってセクハラを忘れない。前世の私だってここまで露骨にやらないぞ?こうやって押しまくると落ちる女がいるのだろうかと疑問に思う。女子高生に嫌われる大人って今の世の中では案外悲しいものがあるのに。
「それと……ここですかね」
地下にある大きな手術室。扉から異様な瘴気が溢れ出しており……感じる、ここに事件を起こした張本人がいるのだろう。
ゆっくりと扉を開けて、私たちはお互いの顔を見て頷くと部屋の中へと進んでいく。
_(:3 」∠)_ 目の前に死体が歩いてたら逃げ出す自信ある
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