第三五話 剣の悪魔(ソードデーモン)
「血ィ……血ヲヨコセェ」
またこの夢だ、僕は軽い恐怖を覚えながら夢を見ている……視界は相変わらず赤い。
僕の荒い息遣い、そして手に感じる得物の重さ……ふと右手を見ると、僕の手には西洋の騎士が使うような直剣が握られている。
だかしかし、僕の意思とは関係なく僕の体はゆっくりと道を歩いている……何かを探すように、そう柔らかい女性の肉を切り裂くために。血を浴びるために……僕が感じる性衝動が強くなる。
目の前に一人の女性が歩いている、こちらには気が付いていないのか振り返ろうとすらしない。黒髪は長く腰まで伸び、サラサラと風に揺れている。肩にかけたカバンとは別に、長い袋に入った何かを担いでいる。
剣道部の女性なのだろうか? スカートやブレザーのデザインは見えないが彼女のスカートから覗く足は白く、とても滑らかな印象だ。
足に履いているのは、とてもではないが女子高生が履くようなデザインに見えないブーツだが、何かの帰りなのかもしれないな。
まあいい、これが今夜の獲物。
よく見れば柔らかそうな白い肌だ……血で濡らせばもっと美しくなるだろう。僕は剣を肩に担ぐように構えると……哀れな犠牲者へと突進する。
殺す、殺す、殺す、殺す、血をよこせ、血だ!
獰猛に剣を振るい……哀れな犠牲者が血飛沫をあげて倒れる……はずだったが、地面に転がったのは彼女の切り裂かれた鞄のみ。
僕の一撃はたかだか普通の女子高生によけられている? どうして?
混乱する思考の中でふと見上げると、月明かりに照らされて塀の上に日本刀を構えた彼女……僕の慕うあの女神……黒髪を夜風に靡かせ、僕を驚いたように見つめる……青葉根高等学園の制服を着た新居 灯が立っていた。
「甲斐さ……ん……殺人鬼は貴方だったんですか……」
私は少なからず動揺している。初撃を避けることができたのはかなり幸運だった……殺気を感じて飛び退いたが、あまりの斬撃の鋭さに、完全に回避しきれず持っていた鞄が切り裂かれて地面に転がっている。
あの鞄、学校に持って行ってるものではないがそれなりにお気に入りだったのにな……と少しがっかりした気分に包まれる。それと……鞄に入れていたいくつかのポーチが地面に散乱しており、これもまた残念な気分になる。
少し離れた位置へ塀から飛び降り……私は油断なく日本刀を構える。
目の前に立っている甲斐さんは両手で片手半剣を構え、邪悪すぎる笑みを浮かべて荒い息を吐いている。目は血走り……体は震えていてとてもではないが普通の状態ではないことがわかる。
『悪魔憑き』
……前世で何度か見た悪魔に取り憑かれた人間の状態をそう呼んでいたはずだ。
日本では狐憑きと言われるが、前世の魔族達は人に取り憑いて大量殺人を行ったり、悪虐非道な行動をさせることがあった。
おそらく甲斐さんは悪魔憑きで魔族が取り憑いている状態……この場合は本人の意識があるのだっけな、ちょっと覚えていないがとにかく体を乗っ取られた状態だ。
KoRでは降魔……つまり異世界の魔物をそう称しているが、私の前世では文字通り魔族のことをそう呼んでいた。
少しややこしいが、これは世界が違うから起きている問題として、使い分けている。
しかし……剣を使う、と言うことは『剣の悪魔』だろうか、誰が呼び出した? 誰が甲斐さんに取り憑かせたのだろうか?
「お前……ただの女子高校生、とやらではないな? 動きが鋭すぎる」
甲斐さんが口を開く……甲斐さん本来の声だけでなく、もう一人の声が被ったように二重の声が響いている。私は日本刀を油断なく突きつけたまま、彼に問う。
「あなたは『剣の悪魔』……ですか?」
その言葉に少し間を置いて、甲斐さんが笑い始める。
狂ったように、そして物悲しい表情だが、うちなる狂気を秘めた……そんな不気味な笑顔。
「あの荒野の魔女とか名乗った色っぽい女だけじゃなく、俺のことがわかる奴がいるとは……クハハ、これは面白い……」
甲斐さんは片手半剣を地面に軽く刺し、片手で支えながら顔を掌で覆って笑う。やはり……剣の悪魔は魔族の中でもちょっと特殊で、剣自体が本体で人に使われないと行動できない。知性ある剣に似ているが、分類としては全く違っていてれっきとした生命体だ。
「誰が呼び出したのですか? 荒野の魔女ですか?」
私は再び問う……荒野の魔女はこの世界における最強の魔法使い……異世界から魔族を呼び出すこともお手の物なのだろう。しかし剣の悪魔とは……。
「あの女が召喚したのは間違っていないぞ、女……しかしこの世界はどうだ。戦いが少ない……俺は溢れている憎しみを辿ってこの小僧を見つけた」
甲斐さ……いや剣の悪魔は自分の胸に手を当てて、とても愛おしそうに撫でている。魔族は負の感情を好物としているし、それに惹かれる。甲斐さんは負の感情によって剣の悪魔を呼び寄せ、そして何らかの形でこの魔族と契約してしまったのだろう。
「この小僧はな……最初に殺した三人を心から憎んでいたよ……だから力を貸した。おや……お前を見て動揺しているな」
剣の悪魔は少し私の顔をマジマジと見つめて……再びニヤリと咲う。
「ああ、こいつはお前のことが欲しいようだな……密かな欲望を感じるよ、お前を傅かせて好きなようにしたい、とな」
剣の悪魔は顎に手をやって、舐め回すように私の体を下から上に体のラインをなぞるように眺めると……舌なめずりする。
う……この舐め回すような目は嫌だ……ただでさえ普段から好奇の視線や、欲望に満ちた視線を感じて生きている身だ。特に同じ高校生の外見をしている剣の悪魔の視線に、背中がゾクリと冷えた気がして日本刀を構えたまま一歩後退する。
「こいつの欲望を満たすために……お前を動けなくして……泣き叫ぶお前をたっぷり嬲ってやろう」
剣の悪魔は片手半剣を振りかざし、一気に突進してくる。かなり速い……! 人間の限界を超えている速度でそれまで私がいた地面が抉れる。
私は空中に身を躍らせてその斬撃を回避すると、少し離れた地面へと着地する。そこへ間髪入れず片手半剣の斬撃が繰り出される。
そのまま剣を受けると、日本刀が折れたり曲がるかしてしまう可能性を考え、私は刀身を滑らせて受け流す。その受け流しに、舌打ちをしながら暴風のような攻撃を繰り出す剣の悪魔。
「ハハハッ! お前は……お前の剣はどこかで見たなぁ!」
暴風のような斬撃を流れるように全て受け流していく私。それを見て不気味すぎる笑みを浮かべる剣の悪魔。一撃一撃は非常に重いが、大丈夫……私の技であれば十分全ての攻撃を受け流せるはずだが、防御だけでは反撃のタイミングがない。
「くっ……この世界でここまで動けるとは……」
「ハハハ! 依代があれば問題ないのさ!」
剣の悪魔は間髪入れずに雷光のような突きを繰り出す……私は頬を掠める片手半剣をギリギリのタイミングで体を回転させてその突きを交わす。月光に照らされて私の長い黒髪が翻り、体勢を戻したと同時に私は、突きを繰り出したことで体勢の崩れた剣の悪魔へ斬撃を見舞う。
重い金属音とともに私の日本刀は片手半剣の剣の腹に受け止められ、ギリギリと音を立てる。
「女……お前は剣聖の技……ミカガミ流の使い手だな?」
剣の悪魔が競り合いの最中に息がかかるくらいの距離に顔を近づけ、笑みを浮かべて問いかける……私は力負けしないように踏ん張りながら、口を開く。私の頬からうっすらと血が滴る。
「なぜ……そんなことを聞くんですか?」
「我は剣の悪魔……魔族にして剣。剣聖の技を手に入れ、我こそが至高の剣となるのだ」
そして剣の悪魔は私の日本刀を押し返し始める。まずい……私の腕力には限界がある。前世ならいざ知らずこの女性の体は基本的に力押しには向いていないのだ。
私は競り合いを諦めて、力を抜いて後ろへ倒れ込むように力を逃し、地面を蹴って飛びすさり迫ってきた片手半剣の追撃を避ける。
「いいねえ、力負けしたとわかったらすぐに距離を取る。クレバーで戦い慣れをしている。年相応ではないな」
剣の悪魔はそれ以上の追撃を避けて、こちらの出方を伺っている。私の華奢な手がビリビリと痺れる……あの短い競り合いでも、完全に力負けしていて手に痛みを感じる。手を何度か振って痺れをとる。
「甲斐さんもきちんと鍛えていたから……思っていたよりも腕力があるのね……」
ふと剣の悪魔を見ると、目からポロポロと涙を流している……驚いた私が目を見開くと、剣の悪魔は涙に気がついたように自らの頬に手を当てる。
「こいつ……泣いていやがる。人を殺した時にあれだけ興奮していたくせに、憧れた女の前だとこうまで女々しくなるのか」
涙を拭うと、剣の悪魔は笑みを浮かべて……片手半剣を私に突きつける。
「支配完了……さあ、第二ラウンドだ。私を楽しませてくれ……」
僕は赤い視界と、かろうじて存続している意識の中で、新居さんがとてつもない身体能力で僕の攻撃を躱しているのを見ている。
日本刀を片手に戦う彼女の顔は……美しい。月明かりで黒髪が靡き、剣が掠めた頬の傷から軽く血を流しているが……紛れもない恋焦がれた彼女の姿だ。
しかし……彼女とこの体を動かしている異物の会話は全く分からない……荒野の魔女? 剣の悪魔? これは……この人は何者だ? 僕の知っている、笑顔がとても可愛い新居 灯という人物は単なる女子高校生ではないのか? そしてこの体にいる異物……深く暗い、どこまでも感じる憎悪の持ち主はこう言った。
『剣聖の技……ミカガミ流の使い手』
それは一体なんなのだろう?
僕はふと悪寒を感じる……目の前に見えている新居さんの目に宿っている光を見て……それが普段の彼女にはない、とてつもない暗い何かであることを感じて……恐怖を掻き立てられるが、そこで自分を支配する何かに自分の意識が塗り替えられていくことを感じる。
最後に残った意識で僕は疑問を……思い浮かべて闇の中へと溶け込んでいく。
『新居さん……君は一体何者なんだ……僕の知っている君は……何者だったんだ……』
_(:3 」∠)_ そのうちインテリジェンスソードの話でも作ろうっかな
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