第二七話 雛菊(デイジー)
「あ、危ない!」
東京のとある交差点。多くの人が横断歩道を渡るために待っている時、ボールを追いかけていた子供が不意に横断歩道上へと足を踏み入れた。クラクションを鳴らしながら直進してきたトラックがその子供を轢いた、と誰もが思った瞬間。
子供に触れる寸前にトラックが突如時が静止したかのように動かなくなった。よく見ればトラックと子供の間には不思議なモザイクのような空間が出来上がっており、微かだがジリジリとトラックは進んでいるようにも見える。
「危ないわ」
子供を一人の女性が抱き抱えて、歩道へと移動する。そしてその直後トラックは時が動き出したかのように直進していく……。女性は子供を道へと下ろすと、その子の頭をそっと撫でる。
女性はショートに切りそろえた……驚くほど美しい金髪だった。そして背はそれほど高くないが、細身でグラマラスな体型をしている。品の良い服装をしており、両手首には銀色のブレスレットが巻かれていた。
「もう大丈夫よ、安心して」
何が起きたかわからないまま泣き出す子供と、離れた場所から慌てて走ってくる子供の母親。周りの人間も何が起きたか説明できない。
女性は母親に何事かを話したあと手を振って別れ、早々にその場を去っていく。その光景を見た人たちは口々にこう噂しあったのだった。
『不思議な力で子供がトラックに轢かれるのを防いだ女性がいた』
『金髪のグラマーな女性が、トラックを止めて子供を救い出して事故を防いだ』
『なんかよくわかんないけど、すごいのを見た』
この事件は翌日以降テレビで連日報道される結果となり、一部のメディアやオカルト雑誌上でこの金髪の女性を探す企画などがもてはやされる結果を生み出すのであった。
KoRJの司令室のソファーに座りながら……私、新居 灯は今八王子さんが到着するまでモニターでテレビを見ていた。テレビでは情報バラエティ番組が放映されており、スピーカーから音声が流れる。もちろんテーブルにあるスナック菓子をポリポリ食べて、出されたお茶を飲んでいるのだが。そんな私の様子を見ながら、青山さんは苦い顔をしている。
『半年前に起きたこの事件! みなさん覚えていますか? 子供がトラックに轢かれそうになった時、女性が助けに入ったそうなんですが、なんとトラックがいきなり静止したというんですね!』
驚きの声と効果音がスピーカーから流れる。いきなりトラックが静止した、というのは不可解なことだ。おそらく何らかの能力で進むトラックの動きを一時的に止めたのだろう、とは思うが。さてその能力がどのようなものなのかわからない。
私がわからないのだから、テレビの出演者もゲストの大学教授もわかるわけがないだろう。
当時の動画は残っていないため、目撃証言を元にした再現CG映像が流れているが、確かに不思議な光景に見えるだろう。
『これはですね! プラズマの仕業なんですよ!』
大学教授が面白おかしく出演者の女性に向かってプラズマのことを説明し始めたが、別のゲストからツッコミが入って口論になっている。うん、まあプラズマではないと思うな、私も。
私もこの事件のことは知っている。一時期女性週刊誌でも取り上げられていた事件だったし、動画サイトなどでもその場所を取材しているアマチュアが多く動画をあげていたからだ。
『先生はプラズマとおっしゃいますけど、そういった事例が過去に一つでもあるんですか!?』
ドッとスタジオに響く笑い声と、大学教授が反論する金切声がスピーカーから流れている。
私は指についた塩や菓子のカスを軽く舐めとって考える。例えば先輩……青梅先輩なら念動力を使ってトラックを一時的に止めることができるかもしれない。
実はこの事件のことを軽く先輩に聞いてみたことがあるが……答えは半分YESで半分NOだった。
『僕の能力で動く物体を止めたら、その中にいる人には能力が効かないはずだ……つまり事件の場合で考えるとトラックは一〇〇歩譲っても止められるけど、効果の及ばなかったトラックの運転手が窓を突き破って飛び出すと思うよ』
とのことだった。先輩もこの事件のことを知っていて、気にはなっているそうだが。
そう考えると……先輩のような念動力ではないのだろう。すると何だろうか……? 前世の記憶を総ざらいしてみても似たような能力を見た記憶がない。
とはいえ、KoRが把握していない能力者もまだまだ数が多いのだとは言われている。おそらくだが見つかっているのはほんのひと握りで、世の中には能力をひた隠している者も多いのだろう。
犯罪者がそういう能力を持っていたとしたら……? 空恐ろしいことになりそうだ。
『では次の事件簿は、犬のホームズ君が一〇〇〇キロメートルも離れた元飼い主さんの元へと戻った話です』
テレビが別の場面へと移った後、八王子さんが部屋へと入ってきた。
「新居くん、待たせたようだね」
「いえ、大丈夫ですよ」
私はソファから立ち上がり、八王子さんの方向へと向き直る。すると八王子さんの背後に一人の女性が立っていることに気がついた。私の目がその女性に気がついたのを知ると、八王子さんは女性を手招きして私に紹介する。
「KoRJの協力者……稲城 雛菊さんだ」
女性はショートに切りそろえた驚くほど美しい金髪をしており、背の高さは私よりも低く……そうだなミカちゃんくらいの背格好だろうか。カジュアルな服装をしており、下はフレアスカートを履いている。ただボディラインは見事で私と比べても決して見劣りしないであろうレベルのグラマラスな体型をしていた。
稲城さんは私を見るとにっこりと笑って握手を求めてくる。
「私は稲城 雛菊よ。あなたは新居さん……ね。部長さんがあなたのことを話してくれたわ」
私は稲城さんの手を握り、負けじとにっこりと笑う。気のせいか私と握手をしている稲城さんの手に不思議な感覚を感じる……こそばゆいような、細かな振動を感じるような……。
「こんにちは、新居 灯です。稲城さんよろしくお願いいたします」
「まだ若いのね。私よりもずいぶん年下だって聞いてたけど……」
稲城さんは顔を近づけて私の顔を見つめる……稲城さんは女性である私が見ても非常に整った顔立ちをしており、正直美人だ……こんな美人に見つめられるとなんか気恥ずかしくて、顔が熱ってしまう。やだもう、なんか恥ずかしい。
「い、いえ……稲城さんはとてもお綺麗ですね……」
その言葉に稲城さんはクスリと笑うと、私の肩をぽんぽんと叩きソファへと腰を下ろす。はー、なんか捉え所のない美人という感じだなあ。私も続いてソファへと腰を下ろし……八王子さんが司令席に落ち着くのを待つ。
「稲城くんは、例のトラック静止事件の当事者だ。特殊な能力を持っていてな……KoRJがスカウトしたのだ」
口を開いた八王子さんから衝撃の事実が放たれる……マジか! あの事件で子供を助けた張本人なのか……。私が驚きのあまり何も反応できていないでいると、稲城さんが笑いながら私を見ていた。
「それまでも何度か人助けはしてたんだけど、あんなに大騒ぎになっちゃったのは初めてなのよ……中にはちょっとヤバい人たちからも目をつけられてしまって……お店の常連だったそこの部長さんに相談したってわけ」
そ、そうなんだ。KoRJが把握していない能力者だったってことか……ヤバい人たちってのはまあ大体予想がつくが、暴力団とかその辺りの人たちだろう。
ん? お店の常連? お店ってなんだ? と思っていると八王子さんが少し慌てたように稲城さんを手で制していた。
「ああ、すーちゃんはお店のこと話してないのね」
「す、すーちゃん?! 八王子さん、すーちゃんって呼ばれてるんですか?」
「い、稲城くん! それはやめてくれ!」
「あらやだ、すーちゃん。いつもみたいにヒナちゃんって呼んでいいのよ?」
八王子さんが青い顔で必死に稲城さんを止める……が、それに構わず稲城さんは私にスッと名刺を差し出した。出された名刺はとても高級そうな紙を使用しており、『クラブ タイムゾーン 代表 ヒナ』と書かれていた。
何これ? クラブ……ああ、ギンザとかで大人が癒しを求めて女性がいるお店でお酒を飲んで談笑したりお店の女の子を口説いたりとかっていう話をドラマとかで見たな……まあ男性が癒しを求めて、酒場で出会いを求めるのはわかる気がする。前世でも私は様々な女性を口説いて回ったものなのだ。
つまり稲城さんは高級クラブのママさんであり、八王子さんはそこの常連さんなんだ。ああ、腑に落ちた。そう考えるといつも難しい顔してる八王子さんが稲木さんの前では『すーちゃん』って呼ばれてデレデレしてると。想像しただけで、笑えるが……。これは何かに使えるかもしれないな。
「新居くん、大人にはな……癒しを求めたい時があるんだ……家族のことでも、仕事でもだ」
八王子さんが顔の前で手を組んで何かを誤魔化すような難しい顔をしている。そんな様子を見ながら稲城さんはにこにこ笑っている。確信犯だなこの人。まあ私はそんなことお構いなく、口を開いた。
「そうなんですね! すーちゃん」
八王子さんが音を立てて机に突っ伏した。
_(:3 」∠)_ 久々に短めタイトルに挑戦
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